2021
05.19

市民の「殺害事件」を繰り返すアメリカ警察は、どんな教育で生まれるのか

国際ニュースまとめ

<地域社会と市民を守りたくて警察官を志したはずの善良な人々は、いかにして組織内の教育で「変身」するか> 警察官の人格はいかにして形成されるのか。それを、理屈ではなく体で感じ取りたい。アメリカの首都ワシントン郊外にあるジョージタウン大学の法学教授ローザ・ブルックスはそう思い、2015年に首都の予備警察隊に志願し、その「沈黙の青い壁」の内側に飛び込んだ。 そこで見聞きし、考えたことを、彼女は新著『青い制服にこんがらがって(Tangled Up in Blue)』(ペンギン・プレス刊)にまとめた。この本には、いま議論の的になっている警察活動の問題が組織の体質、とりわけ警察官の養成課程に深く根差していることが詳述されている。 警察官の過剰な暴力で、「容疑者」とされる市民が命を落とす事態は後を絶たない。多くの人が抗議しても止まらない。なぜなのか。以下では、彼女の著書から訓練生が警察学校で何を教わり、それが警察官の勤務中の行動にどんな影響をもたらしているかを論じた部分を紹介する。 ◇ ◇ ◇ 「誰だって君たちを殺せる、いつでもな」。それが警察学校で教わった最高に重いメッセージ。君が警察官なら、いつ誰に殺されてもおかしくないぞという警告だ。 もちろん教科書には載ってないが、教官の語るエピソードや繰り返し見せられたビデオで、ぐさりと胸に突き刺さった言葉だ。警察官が襲われ、ぼこぼこにされ、殺される映像を、受講生の私たちは何度も何度も食い入るように見つめた。そして思った。 この世は警察官にとって危険な場所、刺されたり撃たれたり殴られたり蹴られたり、車にひかれたり川に放り込まれたり、毒を盛られたり猛犬にかみつかれたりする。 「警察官の身の安全」を守るためのビデオだと、教官は言った。だから休み時間や、次の講義までの空き時間に、自分のパソコンやタブレットで見ておくように言われた。ネット上のビデオクリップを片っ端から再生したがる子供のように、私たち受講生もそんな動画のURLを互いに教え合った。 警察官が殺される状況は山ほどあることを、私たちは知った。ただの交通規制をしていた警察官が、後部座席の色の濃いガラスに隠れて見えなかったイカれ男に銃撃されるシーン。立ち往生したトラックに駆け寄った警察官たちが猛毒のガスを吸って倒れるシーン。事故車の運転手を助けようとした警察官が別の車にはねられるシーン。 ===== カリフォルニア州ハイウエーパトロールの訓練生 DAVID PAUL MORRISーBLOOMBERG/GETTY IMAGES 家庭内暴力の通報を受けて駆け付けた途端に凶暴な夫に襲われた警察官。容疑者と格闘しているうちに橋から突き落とされた警察官。容疑者に抵抗されて銃を奪われ、頭を撃ち抜かれた警察官。スタンガンも効かない薬物常習者の群れに踏みつぶされる警察官。 そうやって死んだ警察官は、みんな「殉職した英雄」とされるが、身内の評価は違う。私たちは教わった。たいていの場合、彼らが命を落としたのは用心が足りなかったせいだと。 防御が甘かった。適切かつ戦術的な警戒を怠った。暑いとか面倒とかいう理由で防弾チョッキを着ずにパトロールに出た。そのせいで胸に6発も食らったんだ! パトカーを止め、ちょっとスマホで私的なメールをチェックしていただけなのに頭を撃たれた。後ろから近づいてくるイカれた野郎に気付かなかったからだ! 家庭内暴力の通報で駆け付け、事情を聴いていたら容疑者にナイフで心臓を刺された。キッチンには鋭利な刃物が何本もあることを忘れていたからだ! どう見ても人畜無害に思える年配の運転手に免許証を返し、行っていいぞと言った途端、そいつは隠していた銃で警察官を撃ってきた! 殉職者にならないために 「安全な業務などないと思え」と教官は言った。ありふれた、どうってこともない状況が一瞬にして命取りになる。それが警察官の日常。だから絶対に「戦術的」なアプローチを忘れるな。 いつ、どうやって自分が殺されるか分からないということを常に念頭に置いて、間違っても「殉職者」にならないために必要な行動を取れ。「それで無事に家に帰れたら、今日はいい日だったと思え」。私たちはそう教わった。 予備警察隊の講習だから授業は週末に限られたが、その時間の大半は肉体の鍛錬と「身を守る」技術の習得に充てられた。教官は巡査部長のフラナガン。小柄だが筋肉質で、アイルランド系の50代男性だ。 最初の授業で「来週からは諸君の名字を背中に黒マーカーで書いた白いTシャツを着てこい」と言われたのには閉口したが(私たちは事前にグレーのTシャツを着てくるよう言われていた)、決して悪い人ではなかった。 2016年第1期の春から夏にかけてのクラスでは、歩き方(容疑者には絶対に背中を見せず、カニ歩きを交えつつ後退する)から実戦的な戦い方、拘束術や痛みを与えて服従させる方法までを教わった。 サンドバッグやゴム人形を使ったり生徒同士で組んだりして、蹴りの入れ方や、手のひらで相手を打つ「掌底」、肘打ちなどの練習をした。相手の指の握りを解く方法や、腕を後ろにねじ上げて服従させるやり方も習った。 ===== 首都ワシントンの警察官候補生 AMANDA VOISARDーTHE WASHINGTON POST/GETTY IMAGES ただし首都警察では、首絞めは禁じ手だった。被疑者が命を落とす例が多かったからだ。「(逮捕時に首を絞められて死亡し、大きなニュースになった)ニューヨークのエリック・ガーナーを覚えているだろ。首を絞めるのは禁止、厳禁だぞ」。フラナガンはそう言った。 すると、かつてニューヨーク市警にいたというウェンツが異議を唱えた。「それ、おかしいですよ。絞め技は正しく使えば、完璧に安全です。これは訓練でしょ。だったら、みんなに正しい絞め方を教えてください。それに、ガーナーは首を絞められて死んだんじゃない。死因は『体位性窒息』です」 フラナガンは動じない。「厳密に言えばそうだな。でもテレビでみんなが見たのは、ガーナーが絞め上げられて死んだ姿だ。体位性窒息についてはまた後で教えるが、とにかく絞め技は禁止。それがルールだ」 ところがウェンツは引き下がらない。「殺されるより、絞め技を使って罪に問われるほうがましだ」 それでも教官はどうにか自制心を保った。「いいか、ウェンツ。もし相手の首を絞めなきゃ殺されるような状況に追い込まれたら、やるなとは言わない。しかし警察のルールでは禁じられている。だから、手錠を掛けるときに抵抗されたからって首を絞めちゃいけない。いいな」 授業はそのまま「体位性窒息」の話になった。うつぶせにした相手の背中を膝や足で押さえて拘束することも首都警察の規則では禁止されている。長時間のうつぶせ、特に背中への加重を伴う行為は、もしも相手の心臓が弱かったり医学的な問題を抱えていた場合は、命取りになる可能性があるからだ。 警察にも「無事に家に帰る権利がある」 「容疑者と格闘しているときは戦いだ。相手の上に乗り、顔を泥の中に押し込むこともある。しかし……」と、フラナガンは続けた。「相手をコントロールしたら、すぐに解放しろ。うつぶせの状態を長く続けさせればそれだけリスクが高まる」。実際、この授業の4年後にはジョージ・フロイドが警官に膝で首を圧迫され、そのまま窒息して死んだ。 ウェンツはまた何か言いたそうだったが、教官が制止した。「首絞めと同じだ、うちの規則では許されていない。そこは理解しろ。だが生きるか死ぬかの状況だったら? 君が一人きりで、まだ手錠を掛ける前で、相手が君よりずっと大きく、圧力を弱めた瞬間に反撃してきたら? そのときは君にも、無事に仕事を終えて家に帰る権利がある」 ウェンツは満足し、うなずいた。「だが忘れるな」と、教官は続けた。「それでも君には、組織の規律を破った理由の説明が求められる」 ===== 命の危険と組織の規律。その板挟みの中で、警察官は常に緊張を強いられる。授業では繰り返し、そう言われた。いずれ現場に出る日が来れば、そこでも実感させられる。 警察官の心得は2つに要約できる。1つ、警察官は常に危険にさらされている。どんなに安全そうな状況も一瞬にして命取りになり得る。身を守るためなら何でもする準備を、一瞬たりと怠るな。 もう1つ、組織の決まりには絶対に従え。逸脱行為で組織のメンツをつぶせば、必ず干される。疑問の余地はない。停職、解雇、あるいは起訴。待ったなしだ。 ここまで言われると、私たちのような「予備」の生徒でさえ思ってしまう。ああ、警察官は誰にも守ってもらえないのだと。 現場に出たら逃げ場はないぞ、と教官は言っていた。前にいるのは敵意に満ちた人々で、みんな諸君を殺す機会をうかがっている。そして後ろには敵意むき出しの警察官僚がいて、いざとなれば平気で諸君を狼の群れに放り込む、と。

Source:Newsweek
市民の「殺害事件」を繰り返すアメリカ警察は、どんな教育で生まれるのか