10.08
営農するアリ「ハキリアリ」、そのシャープな歯は金属製だった
<葉を噛み切って集め、巣に持ち帰ってキノコを栽培。商売道具の鋭い歯は、重金属の原子で覆われている> 人類の定住生活を可能にしたともいわれる農耕は、歴史上で大きな役割を果たしてきた。実はアリのなかにも、一種の栽培業を営む種類がある。中南米に分布するハキリアリだ。 ハキリアリは鋭い歯を使って木の葉を小さく切り取り、地下の巣に持ち帰って菌床をつくる。正確には、餌となるのは私たちが想像するようなキノコではなく、成長前の姿でカビのような見た目をした「菌糸体」だ。いわゆる傘と柄の形となる子実体に成長しないよう適度に刈り取りつつ、菌糸を繁殖させてゆく。 また、まるで専門の農家が優れた肥料を知っているように、菌床に良い栄養分を本能的に理解している。豪科学誌の『コスモス』は、デンマークの学者による研究を紹介している。ハキリアリの好む餌を実験で確かめたところ、菌にとって害となる多量のタンパク質を含む餌を避けて採食することがわかったという。 さらに、人間が温室栽培をするように、ハキリアリの巣の環境はその構造上、菌糸が成長しやすい温度と湿度に保たれている。農業によって作物を栽培すると、長い間にトレードオフが発生する。安定した量を収穫しやすくなる反面、保護下で育てられた作物は、環境の変化に弱くなってしまう。ハキリアリたちは地下の安定した栽培室で菌を守り、優れた栄養を運ぶことで、打たれ弱くなった菌糸を手厚く保護している。 亜鉛コーティングで鋭い切れ味 このようなユニークな生態をもつハキリアリに関して、またひとつ意外な特徴が明らかになった。葉を集めるための歯は営農生活の基本となるが、シャープな切れ味を保つため、亜鉛とマンガンなどによって硬度を高めていることが判明した。その切れ味はステンレスナイフにも匹敵するという。米オレゴン大学物理学部のロバート・スコフィールド博士らが研究によって明らかにし、論文が自然科学分野の学術誌『サイエンティフィック・レポーツ』に9月1日付けで掲載されている。 歯はハキリアリのアゴの内側に並んでいるが、その先端の太さは人間の髪の毛よりも細い。にもかかわらず高い耐久性を確保できているのは、進化の過程で強度のある原子構造を獲得したからだという。先端部分はタンパク質の上を亜鉛原子が均一に網目状に覆っており、根元付近はマンガンで強化されていることがわかった。ほか、サソリやクモなどにも類似の構造が確認された。 亜鉛(赤で表示)やマンガン(黄橙色)などの金属は、ハキリアリ、毛虫、サソリ、クモにも含まれている (画像クレジット:Robert Schofield、CC BY-ND 4.0) 極小の構造を分析する過程では、相応の苦労があったようだ。米技術解説誌『ポピュラー・サイエンス』によると本研究では、本来は人工的な材料の分析に使用される「アトム・プローブ・トモグラフィー(APT)」と呼ばれる技術が導入された。 アリの歯から原子数個分という極小のサンプルを採取し、これを真空容器に入れて高電界下に置く。すると「電界蒸発」と呼ばれる現象が起き、金属原子がイオンとなって表面から順次飛び出してゆく。この様子を解析し、飛び出した原子の種類、およびサンプル中のどこから飛び出したかを分析することで、元々のサンプルの原子構造を推定した。 ===== エナメル質では出せない利点が こうした研究により、ハキリアリの歯は人間の歯と違った方法で硬度を高めていることがわかった。人間の場合も歯はもっとも硬い器官であるが、これはエナメル質によって硬度が保たれている。ライブ・サイエンス誌によるとエナメルは、炭素・水素・酸素原子を核として、周囲をカルシウムとリン酸塩の分子が結晶構造で覆っている。これによって硬度が上がる反面、細く鋭い形状を形成できない制限がある。 一方、ハキリアリの歯はタンパク質の周囲を網目状の亜鉛がコーティングしている。研究チームはこれを「重元素バイオマテリアル」と命名し、エナメル質に匹敵する強度とシャープなエッジを両立できる構造だと述べている。鋭い角度とすることで、最小限の筋肉量でより大きな切断効果を発揮できることが利点だ。 交換の効かない歯、鈍ったときは? 鋭い歯をもつハキリアリといえど、徐々にその切れ味は衰えてゆく。アリは食事にほとんど歯を使用しないが、「農業」を生活の糧とするハキリアリにとって、歯の衰えは死活問題だ。しかし、健康な歯を失ってなおコミュニティの一員として活躍できるよう、「転職」の社会システムがコロニーに備わっている。 歯の劣化にともなって生産性が3分の1ほどにまで落ちると、その個体は葉を切り裂く仕事からお役御免となる。かわりに運び屋などの職業にポジションを変え、別の形でコロニーに貢献できるようになっている。 ハキリアリの職業変更システムについては、2010年の論文で明らかにされた。研究を主導したのは同じくオレゴン大のロバート・スコフィールド博士だ。博士は人間の社会生活とも似たメリットがあるとし、「人は例え特定のタスクをこなせなくなって一人で生きてゆけなくとも、それでも社会に対して意義深い貢献をすることができます」と述べている。 作物の栽培から引退後の再就職まで、ハキリアリは人間社会によく似た社会に生きているようだ。 Close up of leaf cutter ants cutting (from above)
Source:Newsweek
営農するアリ「ハキリアリ」、そのシャープな歯は金属製だった