10.07
管理職の中国出張は危険…外資企業を待つ共産党「人質外交」の罠
<ビジネスマンの身柄を突然拘束して、交渉を有利に運ぶ「切り札」にする。共産党政府の狡猾な戦術に屈してはならない> 9月25日、中国当局に3年近く身柄を拘束されていたカナダ人マイケル・コブリグとマイケル・スパバが釈放され帰国した。カナダ当局に拘束されていた中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ・テクノロジーズ)の孟晩舟(モン・ワンチョウ)副会長兼最高財務責任者(CFO)が米司法省との司法取引に合意して釈放された直後だ。この事実は、2人の拘束理由が中国側の主張した「国家の安全を脅かした疑い」ではなかったことを物語っている。 実際、コブリグとスパバがたどった運命は、中国で活動する全ての欧米の企業と組織にとって、ぞっとするようなメッセージだ。中国政府が欧米の政府に侮辱されたと感じたら、その国の企業の社員が拘束され何年も人質にされかねない。社員を中国に派遣しても安全かどうか、企業はじっくり考えるべきだ。 そもそも2018年12月に中国当局が突然、カナダ人2人を中国に対するスパイ容疑で拘束したことが奇妙な話だった。それも孟(ファーウェイ創業者の娘)がアメリカの要請によりカナダで逮捕された数日後に、だ。 孟の容疑は重大で裏付けもある。米政府は孟が米金融機関に虚偽の説明をしてイランに製品を違法に輸出し、その結果アメリカのイラン制裁措置に違反したと主張している。 一方、コブリグとスパバに対する容疑は根拠が薄かった。中国当局は証拠を提示せず、裁判についても外国の外交官らの傍聴を許可しなかった。 それでも中国政府は終始コブリグとスパバの容疑が本物であるかのように振る舞った。今年8月にはスパバに懲役11年の有罪判決を下したほどだ。 だが、孟が司法取引で容疑を認め、バンクーバーでの快適な自宅軟禁(新型コロナ関連の規制に反して家族との外出や友人たちとの食事を楽しんでいた)を解かれると態度を一変。数時間後にコブリグとスパバを快適とは言い難い拘束状態から解放した。これでは、2人を交渉の切り札にするために容疑をでっち上げたことを認めたも同然だ。 コブリグとスパバの拘束理由がスパイ容疑なら、今後も中国に自社の社員を派遣して構わないだろう──欧米企業はそう判断した。2人は罪を犯したから正式逮捕されたのだ、と。しかも多くの企業にとって中国は一番の輸出市場であり、それ以外の企業にとっては重要な生産拠点だ。中国で合弁事業を進めている企業も多い。もっとも研究開発拠点を移した企業は(当然ながら)驚くほどわずかだが。 ===== ファーウェイの孟晩舟副会長の声明を報じる街頭テレビ(北京、9月26日) CARLOS GARCIA RAWLINSーREUTERS 「恣意的拘束」の標的に 現に今年5月、英経済紙フィナンシャル・タイムズは、欧米の企業幹部は人質が犯人に同情するストックホルム症候群に陥っていると報じた。最近は多くの欧米企業が、地図上での台湾の扱いや、ウイグル人の強制労働に懸念を表明したことなどを「侮辱」だとして中国政府から罰せられてきた。にもかかわらず、多くの欧米企業の幹部は中国政府ではなく欧米メディアや人権団体を非難しているという。 だが目を覚ましたほうがいい。中国は孟の釈放の数時間後にコブリグとスパバを釈放したことで、カナダ人2人の拘束理由がスパイ容疑ではなかったことを世界に示した。 2人が拘束されたのは、単にカナダ人で、孟が逮捕された際たまたま中国にいて、スパイ容疑が全くの事実無根には見えないような職業だったからだ(コブリグは元外交官で有力シンクタンク「国際危機グループ」に勤務、スパバは北朝鮮とつながりのあるコンサルタント)。要は、外交上の目的を達成するための恣意的拘束だったのだ。 この種の人質外交に手を染めた結果、中国の並外れたいかがわしさはムアマル・カダフィ大佐時代のリビアに匹敵するほどになった。08年、カダフィの息子ハンニバルはスイスの高級ホテルで使用人を殴った容疑で妻と共にスイス当局に逮捕された。その後、夫妻は出国を許可されたものの、逮捕に激怒したカダフィはスイスに対する報復措置として、たまたまリビアに滞在中だったスイス人ビジネスマン2人を恣意的に拘束した。 中国がこうした国の仲間入りを果たしたことは、グローバル企業に計り知れない影響を与えるかもしれない。 確かに多国籍企業は、従業員が誘拐事件や人質事件、さらにはテロ事件など、さまざまな危険にさらされてきた。このため、ハイリスク国に駐在したり出張したりするビジネスパーソン向けに、危険を回避するためのトレーニングを実施する業界は、かなりの大きさに成長している。 だが、基本的に、こうした国で誘拐などに従事するのは、犯罪集団だ。政府当局が外国政府を脅す目的で、その国から来たランダムな市民を逮捕することはめったにない。 そのわずかな例には、イランが含まれる。実際、イランには今も、イギリスの慈善団体職員ナザニン・ザガリラトクリフなど、欧米諸国の市民(その多くは欧米諸国に帰化したイラン出身者だ)が複数拘束されている。 だが、標的にされた市民には悲劇とはいえ、企業活動への影響の面から言うと、国際社会の制裁のせいで、そもそもイランと取引をしている欧米企業はほとんどない。 ===== 中国は違う。それどころか、中国は欧米企業が進出したい国だ。19年だけでも、中国に投資した外国企業は4万888社もある。このうち小売業が約1万4000社、製造業が約5400社に上る。 その中国が、人質外交に前向きになった今、欧米企業は従業員の派遣を再考するだろう。もちろん破天荒な経営者の一部は、そんなリスクを冒してでも、中国進出をもくろむかもしれない。なにしろ、そこには巨大市場があるし、自社の従業員が人質外交のターゲットになる確率は低い。 中国出張はやめるべき それでも、経営者は従業員に対して法的な善管注意義務がある。また、従業員を危険にさらしたとなれば(ましてやリスクを分かっていながら)、業績がダメージを受けるだけでなく、会社のブランドに傷が付く恐れもある。 「もし私が大手企業または政治的にセンシティブな企業のCEOだったら、管理職に中国出張はさせない」と、中国で20年にわたり事業を展開してきた企業の上級幹部は言う。「オーストラリア、イギリス、アメリカの企業の大株主やオーナー、CEO、CFO、上級顧問などは、特に慎重になるべきだろう」 「本国で大規模な公共事業を請け負っている企業もそうだ。テクノロジー企業や、主要原材料を生産する企業、それに軍需企業だ。しばらくは、危険過ぎる。香港も心配だ」 実際、従業員を危険国に派遣した結果、会社が法的責任を問われたケースはある。 15年にリビアでイタリアの石油プラント会社ボナッティのイタリア人技師4人が、過激派組織「イスラム国」(IS)に拉致された事件に関連して、イタリアの裁判所は19年、ボナッティのCEOと2人の取締役、そしてリビア事業部門のトップの責任を認定。4人全員が司法取引を行い、執行猶予付きの有罪判決を受けた。 中国と欧米諸国の対立が鮮明になり、中国当局が人質外交に意欲を示すようになるなか、欧米企業の経営者は重大な選択を迫られている。確かに自社の従業員が人質になる確率は低いかもしれないが、そのリスクは常に存在する。そして万が一、そのリスクが現実になれば、人質の従業員は中国の見せしめ裁判に引きずり出されるだろう。 そんなことになれば、その会社の名前は何カ月も、ひょっとすると何年もニュースに取り上げられる。そして経営幹部は刑務所送りになるかもしれない。とりわけアメリカの企業なら、その訴訟は破滅的な結果をもたらす可能性すらある。 もちろん中国(香港を含む)に出張したり、駐在したりするビジネスパーソンはこれからもいるだろう。だが、今後その数は激減する可能性が高い。それは結果的に、中国経済に大きな打撃となるはずだ。 From Foreign Policy Magazine
Source:Newsweek
管理職の中国出張は危険…外資企業を待つ共産党「人質外交」の罠