2024
12.13

<北朝鮮>危険すぎる「速度戦」アパート工事を分析(2) 「完成だけが目的。命が軽視されている」と専門家 過去には平壌で23階建ての倒壊事故…生かされない教訓

国際ニュースまとめ

兵営を建設するために木材を担いで階段をふらふらと上る兵士。階段は寄せ集めの木材で作られていて、手すりもない。2024年10月平安北道義州郡、撮影アジアプレス

<北朝鮮>危険すぎる「速度戦」アパート工事を分析(1)「水準は日本の90年前。耐久性は10~15年か」と専門家 高層なのに資材の圧倒的不足、動力源はゼロ…

7月末の集中豪雨によって甚大な被害を受けた北朝鮮北部地域では、被災住民向けのアパート建設が、12月中に完工せよとの金正恩氏の命によって突貫工事で進められている。アジアプレスが10月中旬に中国側から取材したところ、施工状況は杜撰で、作業員たちの安全管理も極めて不十分に見えた。高層にも関わらず命綱なしに作業する姿もあり、墜落事故の発生が心配になった。

コンクリートの材料特性が専門である東京理科大学の今本啓一教授は、「完成だけが目的で、人の命が軽視されているように見える」と懸念を示す。北朝鮮では、政策に基づく突貫工事によって、建物倒壊などの重大事故が度々発生している。その教訓は生かれさていないようだ。(洪麻里

東京理科大学の今本啓一教授。コンクリートの収縮の評価や耐久性の研究を専門にしている。鉄筋コンクリート造の建物の劣化メカニズムにも詳しい。

◆人命と建設コストを天秤にかけたら…

7月末の洪水で被害を受けた民家の多くは、北朝鮮で一般的な低層アパートや木造の平屋住宅だったと推測される。一方で、中国側からよく見える鴨緑江沿いに建設中のアパートは鉄筋コンクリート造で、今本教授は従来の住宅に比べて「水害に対してははるかにメリットがある」と評価する。

しかし、前回の記事でも指摘したように、その施工水準は極めて低く、安全に住めるのは「長くても10~15年」と今本教授は推定する。観光客が多く、中国側からよく見える場所には、復旧をアピールするために15階建ての高層アパートも建設されている。しかし、今本教授はこうした杜撰な造りで安全が担保されるのは「せいぜい平屋程度」の高さだと分析する。

10階程度の高さで腹ばいになり身を乗り出して作業している。下の作業員も命綱はあるが、一歩踏み間違えれば落下しそうだ。2024年10月平安北道新義州、撮影アジアプレス

「細かい所まで手を入れて、丁寧に作って、初めて人に安心して住んでもらうことができる。これが基本だと思いますが、北朝鮮の現場では、完成させることだけが目的になってしまっているように見えます」

さらに、建設資材も安全装備も圧倒的に不足しているのに、突貫工事でひたすら人を働かせている作業状況についてはこう指摘した。

「人の命と建設コストを天秤にかけて、建設コストの方が重要だと判断しているとすると、それは人の命が軽んじられていることになる。そのようなことはないと信じたいが、北朝鮮の現場写真を見ていると、そういった不安を感じざるを得ません」

約500人が死亡したとされる倒壊事故で、金正恩氏は住民の前で幹部に謝罪をさせた。官製メディアは「施工をいい加減に行い、幹部らの無責任な行為によって人命被害が出た」と伝えた。2014年5月18日付朝鮮中央通信より引用

◆「見違える平壌」…その裏で23階建てアパートが倒壊

今本教授の指摘から思い起こされるのは、2014年に発生した平壌中心部の23階建て新築アパートの倒壊事故だ。入居中の92世帯、約500人が死亡したといわれている。

2011年8月の平壌は、高層アパートの建設ラッシュだった。しかし各階の窓枠が、位置も大きさもまちまちで歪んでいるのがわかる。撮影ク・グァンホ(アジアプレス)

これは故金正日氏の指示で始まり、金正恩氏が受け継いだ「平壌10万戸住宅建設事業」の一環で建てられたアパートだった。その名の通り、10万戸の住宅を平壌に建設し、「強盛国家」をアピールするのが目的だった。当時の建設ラッシュの様を北朝鮮の官製メディアは、「見違える平壌」「一晩で街並みが変わる平壌」などとしきりに宣伝した。

高層アパートの建設現場に接近し撮影。北朝鮮は地震が少ないとはいえ、これほど簡便な作りで大丈夫なのかと心配になる。2011年8月、撮影ク・グァンホ(アジアプレス)

アジアプレスの平壌に住む取材協力者ク・グァンホは2011年8月、大同江(デドンガン)区域の建設現場の様子を秘密裏に撮影していた。20階を超える高層アパートの作業現場では、積み上げられたブロックにはいかにも雑にセメントが塗られ、表面はガタガタだった。

倒壊事故の原因は、無理な施工期限に追われたことによる手抜きや、幹部らが建設資材のセメントや鉄筋を横流ししたことによると見られている。

◆倒壊で「跡形もなく瓦礫の山に」

1990年代後半にも、平壌の統一通りで新築8階建てのアパートが完全崩壊し、約60人が圧死する事故があったとされる。冬季に作業が行われ、コンクリートが十分に硬化する前に凍結してしまったにもかかわらず、建設工事を続けたことが原因だったという。

当時、事故のあった現場を見た脱北者の男性は、「(アパートは)跡形もなく瓦礫の山になっていた。春先に気温が上がって凍結したコンクリートの水分が溶け出しもろくなって倒壊したのだ」とアジアプレスの取材に証言している。

鴨緑江下流の建設現場では、11月中旬から氷点下を下回る気温が続く。今本教授は、適切な温度管理をせずにコンクリート作業を続けていた場合、倒壊の可能性もあると指摘した。北朝鮮独特の突貫工事によって、これまで平壌だけでなく各地で人命事故が発生していたことは容易に想像できる。まさに人災である。

◆見栄え重視の北朝鮮高層アパート

被災住民用のアパート。今はこの時から想像できないほど、外観が近代的に整えられている。2024年10月平安北道新義州、撮影アジアプレス

被災者用アパートの建設は8月初旬から始まり、完工期限はいくどか延長された。朝鮮中央通信によると、金正恩氏は、12月末に予定されている労働党全員会議までに「最上の水準で完工」するよう命じた。12月に入って中国から撮影された写真では、アパートの外観は見違えるように整えられている。

しかし、北朝鮮の高層アパートは見栄えだけは良いが、非常に不便が多い。多くのアパートにエレベーターは設置されないし、あったとしても電力不足で動かないケースがほとんどだ。水道も同様に電力不足が原因で供給時間が限られている上、低水圧のため上階では使用できないのが普通だ。そんな不便な、そして安全も担保されないアパートを、果たして当の住民たちは歓迎するだろうか?

動員された人々が駆り立てられるように作業にあたっていた。2024年10月平安北道新義州、撮影アジアプレス

◆「安全かどうかなんて我が国では気にしない」

両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)に住む取材協力者に尋ねると、こう答えた。

「水は5階以上にはほとんど上がらないだろう。ただ、(中国側からの視線を意識して)国の体面を守るために、電気は『住民線』ではなく『工業線』を入れると思うので、電力事情は一般住宅よりはいいはずだ」

※「工業線」とは工場、企業所の生産のための電気供給専用線であり、「住民線」とは一般家庭用の線である。工業線が優先されるため、電気を使える時間が長い。

この協力者の周辺のアパートでも、不良施工のため、部屋の壁のセメントが落ちて修理が必要になることがよくあるという。建設中の被災者用のアパートでも同様のことが起き得ることを想定した上でこう話す。

「金正恩の方針で建てられるアパートには、エレベーターが設置され、ある程度の設備も整っているはずなので、先を争って入ろうとするだろう。きちんと(安全を担保して)工事したかどうかなんて、我が国の水準では気になんてしない」

長期間にわたって避難生活を強いられている住民にとっては、何よりもまず安心して生活できる家が必要なのは言うまでもない。しかし、その安心はいつまで担保されているのだろうか。外部へのアピールが優先されている限り、決して長くないのではないかと危惧される。

※アジアプレスでは中国の携帯電話を北朝鮮に搬入して連絡を取り合っている。

北朝鮮地図 製作アジアプレス

 

 

Source: アジアプレス・ネットワーク