12.10
齊藤工さんの「負い目」から始まった児童養護施設との交流。「子どもの顔をモザイクで隠さない」映画『大きな家』
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様々な理由で社会的養護が必要な子どもの数は全国で約4万2000人、そのうち半数以上が児童養護施設で暮らしていると言われている。そうした施設で暮らす子どもたちの本音やリアルな生活は、なかなか社会で共有されることはない。
齊藤工さんがプロデュースするドキュメンタリー映画『大きな家』(12月6日から東京・大阪・名古屋で先行公開、同20日から全国順次公開)は、そんな児童養護施設に暮らす子どもたちの本音を捉えた作品だ。齊藤さんは、本作の舞台となる施設に、かつて1日限定のイベントで訪れたことがきっかけで、その後も足を運ぶようになったという。
本作は、出演者への配慮のため、予告編も本人が特定できないように作り、配信やパッケージ販売も行わず映画館のみで公開される。作品の収益は劇場公開のみとなるため、商業的なリスクはあるが、被写体となる子どもたちの安全を最優先に考えた上での判断だ。
そんな本作の展開などについて、プロデューサーである齊藤さんと監督を務めた竹林亮さんに話を聞いた。
なぜ施設に通い続けたのか
本作の発端は4年前、齊藤さんが施設を1日限りのイベントで訪れたこと。その時は、その一度きりの訪問となるはずだったが、そこで出会った少年の表情が忘れられなかったという。
齊藤「その時出会った子たちの中に、ピアノが得意な男の子がいたんです。彼が『今度ピアノ聴かせてあげるよ』と言ったんですけど、僕はまたそこに行くことを想定していなくて、『また来るのかな』みたいな表情をしてしまったんです。彼はその表情を見逃さず、乾いた目をしているように僕には見えました。それが気になってしまい、時間を見つけては通うようになりました。それほど、一度きりの支援活動として来て、二度と来ない大人が多かったということでもあると思います」
そんな負い目から始まった施設との継続的な交流が、映画製作というアイディアへとつながっていったのは、竹林監督の『14歳の栞』だった。
齊藤「最初は映画にしようとは思っていなかったんです。ただ、施設内に講堂みたいな上映できるスペースがあるので、そこで子どもたち自身に自分たちの日常を見てもらえるものを作ってはどうかと想定していました。公に見せるのは難しいだろうと考えていたんですが、そんな時に、竹林監督の『14歳の栞』を見て、これなら子どもたち(のプライバシー)を守りながら、多くに人に届けられると、点と点がつながった気がしたんです」
『14歳の栞』は、とある中学校のクラス全員の一年間に密着したドキュメンタリー映画で、劇場公開のみで配信やパッケージ化はしていない。SNSでの誹謗中傷やプライバシーの詮索・侵害は控えてほしいと記した紙を観客に配布するなど、被写体の保護を優先した姿勢が作品の内容とともに評価された。
実際に『14歳の栞』の劇場公開は話題を呼び、1館からのスタートで45都市まで拡大。今もスタッフと生徒たちの交流が続いているという。
竹林「『14歳の栞』の撮影をしている時、映像として残り続けることで、子どもたちが将来どこかで誰かに『これお前だろ』と言われたりするかもしれないという状況を想像できてしまったんです。配信やパッケージとして残すと良くないことが起きるかもしれないと思って、映画館だけで上映しました。
その頃は、SNSの状況を見ていて、人に対する信頼が僕の中で落ちていたんです。だから、映画館というクローズドな場だけで公開するとはいえ大丈夫かなと心配はあったんですが、上映時に丁寧にお願いしたところ、観客のみなさんが本当にきちんと趣旨を理解してくださいました。撮影から4年が経って、あの時の生徒と話すことがあるんですが、これまでも特段、嫌な目に遭わずに済んでいると聞きました。この体験を通して、僕も人への信頼を取り戻すことができました」
モザイクでは駄目な理由
プライバシーへの配慮という点では、被写体にモザイクでぼかしを入れる方法もある。テレビのニュースなどでは一般的な手法だ。しかし齊藤さんはある理由でそれはやりたくなかったのだそうだ。
齊藤「施設職員の方の話で印象的だったのは、写真や映像にぼかしを入れた状態で世に出ることで、『自分は隠さないといけない存在なんだ』と思ってしまう子どもがいるということです。だから、子どもたちの顔と本音の言葉を映してあげたかった。映画館なら、プライバシーを守りながら、それが可能だと思ったんです」
デジタル空間では、一度公開してしまった情報は消したくても消しきれない「デジタルタトゥー」となってしまう。誤解も広がりやすく、一部を切り取り事実がゆがめられることで頻繁に混乱が起きている。映画館という限定的な空間のみで展開するというのは、そうした時代に対するアンチテーゼともとれる。齊藤さんは、そういう情報化社会の中で映画館は「シェルター」のような存在だと考えている。
齊藤「ネット時代は情報のイニシアチブが受け手にあると感じています。映画で言えば配信サービスによって好きな作品を受け手が豊富な選択肢から選べて、どんなデバイスでも見られます。そういう時代の流れを止められると思っていませんが、今回のように、被写体が守られるべき対象だった場合、映画館には、ある種のシェルターになれるメリットがあるのではないでしょうか。映画館という場所の意義を問い直すことにもつながるんじゃないかとも期待しているんです」
施設の中と外を結ぶための映画
本作の大きな特徴は、施設の子どもたちの自然な姿をありのままに映しているという点だ。そこで交わされる会話も言葉も「メディア向け」のきれいごとのようには感じない。一緒に暮らす子どもたちや職員はどんな存在かと尋ねても、「血のつながりはないけど大事な家族」というような言葉は返ってこない。むしろ、「一緒に暮らしている他人」や「実家という感じとはちょっと違う」など、本音ベースの言葉が収められている。
こうした本音を撮影するために、竹林監督は様々な工夫と努力を重ねた。
竹林「段階を踏んで撮影を行い、最初の半年は月に2、3度カメラやマイクを持って訪ね一緒にご飯を食べたり遊んだりしました。次第に『いつまた来るの?』と言ってもらえるようになり、最後の半年は月の半分くらい行っていました。1日の撮影ノルマやゴールを定めずおおらかに構えて、みんなと一緒にいる時間を楽しむようにして撮影していって、無理に追いかけないことを意識しました。感覚的には、みんなに仲良くしてもらいに行った、という感じです」
2人は、施設の普通の日常を映画で見せることに意義を感じている。映画全体を通して、ことさらにドラマチックな場面を映そうという気負いは感じられず、彼らの生活を同じ高さの目線で淡々と見つめることにこだわった。
齊藤「施設の中の『普通』と施設の外の『普通』が違うんだと思うんです。この映画を作った僕らの願いは、映画に登場する子どもたちのこれからのサポートになればということと、施設の内側から見た日常を、施設の外の人と結んでいくことです。それが子どもたちの未来につながれば本望です」
一緒に過ごした時間はウソをつかない
本作はその題材ゆえに、「家族とは何か」という問いを観客の中に自然と発生させる。本作の制作を通して、齊藤さんと竹林監督は、「家族」というものをどう感じただろうか。
竹林「家族って何かと考える時、そこで普通と普通じゃない家族を分けたり、血はつながってなくても家族だとメディア側が一方的に決めつけるのも暴力的だと思うんです。『一緒に暮らしている他人』という言葉には、施設で暮らしている子どもたちの葛藤の中心にあるものが表れているんじゃないかなと、僕自身は考えました。
人は、自分の生活や環境を客観的に見られないことがあると思います。施設の子どもたちも、自分の人生を実際よりネガティブに捉えたり、他の家庭の子と比べて自分の環境は肯定できるのかと、どうしても考えてしまったりする時があるかもしれない。
僕たちにできることは、みんなの日常にある温かい瞬間や楽しい瞬間を収めること。それを何年か後に見返して、自分の気持ちや人生を振り返ってもらうために使ってくれたり、悪いことばかりじゃないなと思ってもらえたら嬉しいです」
映画は、様々な年齢の子どもたちを年の若い順で映し、中にはすでに18歳を迎えて独り立ちした青年も登場する。彼は施設に立ち寄った時、「実家みたいな感じ」がすると語っている。施設で過ごした年月の長さによっても、1人ひとり考えは異なる。齊藤さんは、監督発案によるこの構成から受け取ったものについて、こう語った。
齊藤「この作品は、7歳から19歳までの子どもたちを年齢順に取り上げる構成になっています。年齢が上がるにつれ、子どもたちの家族に対する捉え方が変わっていっているようにも感じました。その意味で、一緒に過ごした時間はウソをつかないんだと思ったんです。
施設の職員の方の1人がこの映画の感想で、『家族とは思えない』という子どもの声は辛辣だけど、普段は面と向かって聞くことがない言葉でもある、だけど、それを聞けたからこそもっと深く家族を目指せるんじゃないかと言っていたんです。血縁を超える家族というのは、僕にとって大きなテーマです。僕自身は、映画を通して子どもたちの葛藤を肌で感じた上で、血縁関係だけが家族じゃないという一つの答えをもらえた気がしています」
(取材・文=杉本穂高、撮影=増永彩子、編集=若田悠希)
◾️作品情報
映画「大きな家」
2024年12月6日(金)渋谷・ホワイトシネクイント、大阪・TOHOシネマズ梅田、名古屋・センチュリーシネマ先行公開
12月20日(金)全国順次公開
Source: HuffPost