09.03
高利回りで人気の分散型金融「DeFi」、本当にリスクに見合う運用法なのか
<ブロックチェーンを使った「分散型金融」に仮想通貨を預けることで高い利息を得ることができるDeFiだが、実際にはどれほどのリスクがあるのか> 仮想通貨業界のニュースを追っている方は、DeFiという言葉を聞いたことがあるかもしれません。直訳すると「分散型金融」。ブロックチェーンを使って世界中に分散するユーザーが相互にチェックし合うことによって、預金や融資などの金融サービス提供を、銀行などの仲介業者を頼らずに個人間で(P2P)で実現するという壮大な実験です。 最初にDeFiブームが起きたのは、2020年夏頃です。その後、ビットコインをはじめとする仮想通貨市場全体の急上昇もあり、主要なDeFiプラットフォームが預かる資産額は2021年8月26日時点で840億ドル(約9兆2000億円)と1年前より11倍以上も増えました。 日本の取引所は現時点ではDeFi系の仮想通貨を取り扱っていませんが、世界の投資家の間では高い人気を誇っています。 DeFiプラットフォームが預かる資産額(TVL) (出典:DeFi Pulse) DeFi人気を支える最大の理由は、DeFiプラットフォームに資金を預けることで獲得できる利息が高いことでしょう。とりわけ、先進国を中心に低金利が続く中、銀行預金で得られる利息よりもはるかに高い利息は投資家にとって魅力的です。 しかし、高いリターンの背景には高いリスクも存在します。例えば、2021年8月10日、DeFiを手がけるポリ・ネットワークが、ハッカー攻撃により約6億ドル(約660億円)相当の仮想通貨が流出したと発表。被害額は2018年のコインチェック事件を上回る額でした。 その後、ハッカーが資金の返却を申し出ましたが、ポリの投資家は生きた心地がしなかったのではないでしょうか。 本稿では、上記のような「プラットフォーム・リスク」や仮想通貨自体に内在する「通貨リスク(Currency Risk)」について分析し、DeFiプロジェクトが謳う利息が本当にリスクに見合うものなのかを検証します。また本稿では、DeFiの中でも、とりわけ預けた仮想通貨に対して利息を得る「レンディング」を想定して、リスクを算定します。 通貨リスク そもそも金利とはなんでしょうか?金利は、資金を借りるコストのことであり、一般的に年間の利回りで表現されます。基本となる利子率はリスク・フリー・レートと呼ばれており、将来の支払いが保証されている=リスクがゼロとみなされる資産の利回りを指します。 一方、リスク・フリー・レートに対する追加的な期待利回りはリスク・プレミアムと呼ばれています。伝統的な金融市場では、一般的に国債の利回りがリスク・フリー・レートのベンチマークとして使われ、例えば株式の配当利回りと国債の利回りの差が、その株式のリスク・プレミアムと考えられています。 ===== 仮想通貨の場合はどうでしょうか?ビットコインの供給量は、コードによって2100万枚と上限が予め決められています。インフレによる価値の減少など不透明要素がないため、ビットコインのリスク・フリー・レートはゼロであると考えることができるでしょう。 では、イーサリアムの場合はどうでしょうか。ビットコインと同様にリスク・フリー・レートはゼロであると考えられますが、クラーケンの研究チーム「クラーケン・インテリジェンス」は、発行上限のないイーサリアムのインフレ率をハードルレート(投資を行ううえで、最低限確保すべき利回り)と考えることができると想定します。 なぜならイーサリアムでは毎年の新規発行によってインフレが生じETHの購買力が低下するため、それを上回る利回りの確保が必要となるからです。 イーサリアムの年間発行額は1800万ETHで、2021年2月時点では約1億1400万ETHが市場に流通しています。市場の流通量は年々増える一方で年間発行額は変わりませんから、イーサリアムの希釈率(dilution rate)は低下します。 2021年2月時点では、4.3%の年間流通額の増加があり、そしてインフレ率は4.3%となります。この4.3%がイーサリアムのハードルレートと考えられます。 ここで、DeFiの一つであるレンディングについて考察してみましょう。DeFiレンディングは、特定の仮想通貨を資金として預けることで利息を獲得できるサービスであり、イーサリアムも取扱通貨の対象の一つです。 DeFiレンディングで有名なコンパウンド(COMP)とアーヴェ(Aave)、Fulcrumでイーサリアムを預けた場合の年利は、2021年2月時点でそれぞれ0.13%、0.05%、1.33%です。イーサリアムのハードルレートは4.3%と想定しましたから、それぞれ4.17%、4.25%、2.97%の通貨リスクが発生することになります。 現在ほとんどのDeFiプラットフォームはイーサリアム基盤で構築されていており、資金の貸し借りに使われるトークンはイーサリアムだったりイーサリアム規格のERC-20が大半です。その中で、「ラップド・トークン」と呼ばれるラップド・ビットコイン(WBTC)とレンBTC(REN)があります。 ラップド・トークンは他の仮想通貨の価値と連動する仮想通貨を指し、ラップド・ビットコイン(WBTC)とレンBTC(REN)は双方ともビットコインと一対一で連動していると主張しています。 先述の通り、ビットコインのリスク・フリー・レートはゼロです。ただ、例えばWBTCでは、「カストディアン」と呼ばれる人々がビットコインを保有し、WBTCをミント(ブロックチェーンの一部として記録)します。 次に、「マーチャント」と呼ばれる人々が、ビットコインをカストディアンに預けたり、WBTCをバーン(焼却)してビットコインを取り戻す役割を担っています。 複雑なことを書きましたが、要するにWBTCという仮想通貨が成立するにはカストディアンとマーチャントが必要であり、彼ら自身がWBTCという仮想通貨自体のリスク要因になり得るということです。 ===== ではどのようにそのようなリスクを測るのでしょうか?ビットコインとWBTCの価格の差異に注目することで、WBTCのリスクを分析ができるでしょう。 ビットコインに対するWBTCの価格プレミアム (出典:Kraken Intelligence) ビットコインとWBTCの価格差は-1.9%〜6.9% と振れ幅がありますが、30日間の平均は0.24%です。このため、WBTCのリスク・プレミアムは0.24%と考えることができるでしょう。 先ほどと同様、著名DeFiレンディングであるコンパウンド(COMP)とアーヴェ(Aave)、FulcrumにWBTCを預けた場合の年利をみてみましょう。それぞれ、0.06%、0.19%、8.74%です。WBTCのリスクプ・レミアムが0.24%であるため、Fulcrum以外はリスクがリターンを上回る計算になります。 スマートコントラクト・リスク 次に、DeFiサービス提供に必要なプラットフォームにはどんなリスクがあるのかみてみましょう。まずはDeFiに欠かせないスマートコントラクトの脆弱性を標的にする外部からの攻撃リスクです。 スマートコントラクトは、ブロックチェーン上であらかじめ決められた契約を自動的に実行するもので、仲介者のいないP2P(個人間)の取引が前提となっているDeFiにとっては必要不可欠な仕組みです。コードの設定ミスやバグといったスマートコントラクトの欠陥によって、DeFiに預けられた巨額の資金が流出する事件は後を絶ちません。 2020年にDeFiの脆弱性をついた攻撃によって喪失した資金は、約8600万ドルと言われています。これは当時のDeFi預け入れ資産147億ドルの約0.58%に相当します。伝統的な金融業界とは異なり、こうした脆弱性に対する保険制度は整備されていません。 カウンターパーティー・リスク 次は、取引相手としてのプラットフォーム側の信頼性について考えてみましょう。一つの方法は、二つ以上のプラットフォームで特定の仮想通貨の価格を比較することです。例えば、2016年8月にDDoS攻撃を受けた仮想通貨取引所ビットフィネックスと同時期のクラーケンにおけるビットコイン価格を比較してみましょう。 ビットフィネックス:DDoS攻撃時のトレーディング停止とビットコイン価格 (出典:Kraken Intelligence) トレード再開時のビットコイン価格比較 クラーケン(赤)とビットフィネックス(青) (出典:Kraken Intelligence) 2016年8月2日、DDoS攻撃によってビットフィネックスは1万2000BTCを盗まれました。ビットコイン価格は下落し、ビットフィネックスはトレーディングを2、3日停止しました。 ハッキング攻撃があった日、取引終了時にビットフィネックスとクラーケンのビットコイン価格には11.8%の違いがありました。その日一日を通してみますと、二つの取引所の価格差のレンジは0.6%〜28.4%。このパーセンテージは、不透明な時期におけるプラットフォームに対する信頼値を示しており、プラットフォームに対するリスク・プレミアムと考えられるでしょう。 ===== 流動性リスク DeFiプラットフォームは、相場暴落など危機的な状況にも耐えうる十分な流動性を担保する必要があります。流動性が高い状態は、投資家が金融商品をいつでも売り買いできる状態を指します。 逆に流動性が低い場合、相場暴落時に売りが殺到して大量の資金がDeFiプラットフォームからひきあげられたら、残された投資家はそこで自分の望む売買ができなくなります。このため、プラットフォーム側は、事前にしっかり担保をとったり資金引き出し額に上限を定めたりルールを定めます。 例えばコンパウンド(COMP)は、流動性が低い時、投資家によるプラットフォームへの流動性供給に対するレート(貸出レート)とユーザーによる資金の借入に対するレート(借入レート)を上昇させます。これによって、流動性供給をする投資家にはさらに流動するインセンティブが、借り入れをしているユーザーにとってすぐに借金を返済するインセンティブが発生します。 コンパウンドの貸出レート(青)、借入レート(赤)、流動性(灰色) (出典:Kraken Intelligence) 以下のグラフは、流動性が低い時に、コンパウンドが貸出レートと借入レートを上げた結果、流動性が上昇したことを示しています。例えば、2019年8月6日〜8日、コンパウンドは76%以上も流動性が低下したため、貸出レートと借入レートをそれぞれ4%と2%上げました。その結果、流動性は17%以上も上昇しました。 コンパウンドの借入レート(青)、貸出レート(赤)流動性(灰色)の変化率 (出典:Kraken Intelligence) 2019年後半をみてみると、流動性が低下したのは3回ありました。その際、貸出レートと借入レートはそれぞれ0.6%〜3.3%、0.4%〜3.0%のレンジで上昇しました。もちろん一概には言えないものの、今後の流動性リスクを計算する上でこれらは参考になる数値であると考えています。 ガバナンス・リスク DeFiとは、仲介業者なしでインターネット上に散らばった個人間でのみ成立する金融サービスです。とは言っても、最初から「分散型」ではありません。そこには創業者が存在し、中心となるグループが存在します。ここでは、DeFiプロジェクトが運営権を一部の主要メンバーからコミュニティー全体に移譲する際に発生するリスクについて考えます。 成熟したDeFiのプラットフォームでは、独自トークンの保有者がプラットフォームに関する重要事項を投票によって決定します。これは「オープンガバナンス」と呼ばれるモデルで、DeFiプラットフォーム間で若干の違いはあるものの、「分散型」の成長を目指すDeFiにとって欠かせない要素です。 例えばDeFiプラットフォームの一つであるメーカー(MKR)は、2019年12月20日、MKRトークンのコントロール権をメーカー財団からメーカーのガバナンスコミュニティーに移譲しました。メーカーの保有者に、メーカーの未来に関する決定権が移ったのです。MKRの価格は、この変更によって、3.09%上昇しました。 ===== また、2020年7月29日、シンセティック財団がシンセティック(SNX)の保有権を3つの自立分散型組織(DAO)に移譲し、SNX価格は8.74%上がりました。 ガバナンスを分散型にすることによって、ガバナンス・リスクが消えるわけではないかもしれません。ただ、上記2つは歴史的にも注目されたケースであり、マーケットの反応はガバナンス・リスクに対する一つの評価として考えられるでしょう。 DeFiレンディングの推定リスクは? さて、「スマートコントラクト・リスク」、「カウンターパーティー・リスク」、「流動性リスク」と「ガバナンス・リスク」を合わせると、以下のようにDeFiレンディング全般におけるハードルレートの参考値が算出できます。 DeFiレンディングのハードルレート (出典:Kraken Japan ※上記のリスクレートは、DeFiのハードルレート発見のためだけに算出されたものであり、今回の原稿で紹介されたプラットフォームのリスクを測る上で、確立された手法ではありません) DeFiのリスクを算定する方法は一つではありません。ただ、上記のようなハードルレートを参考値として持っておくことにより、銀行預金よりDeFiの利息が高いからと言って一足飛びにDeFiへの投資を決断することが、必ずしも正解ではないことが分かるでしょう。 DeFiは革新的であり、今後も金融サービスの分散化の流れは続いていくでしょう。今回の記事が、リスクを管理して情報に基づいた投資判断につながれば幸いです。 [筆者] 千野剛司 クラーケン・ジャパン(Kraken Japan)- 代表 慶應義塾大学卒業後、2006年東京証券取引所に入社。2008年の金融危機以降、債務不履行管理プロセスの改良プロジェクトに参画し、日本取引所グループの清算決済分野の経営企画を担当。2016年よりPwC JapanのCEO Officeにて、リーダーシップチームの戦略的な議論をサポート。2018年に暗号資産取引所「Kraken」を運営するPayward, Inc.(米国)に入社。2020年3月より現職。オックスフォード大学経営学修士(MBA)修了。
Source:Newsweek
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