2021
08.11

ホッキョクグマは道具を使って狩りをする イヌイットの伝承は真実だった

国際ニュースまとめ

<北極ならではの道具を活用。18世紀から語られてきた伝承が、研究によって真実だと証明された> どう猛な性格と同時に、純白の毛皮が愛らしささえ感じさせる不思議なホッキョクグマ。そんな北極圏の主に、賢いという新たなイメージが加わることになりそうだ。最新の論文により、道具を使って狩りをするという生態が明かされた。 今回その生態に迫ったのは、カナダ・アルバータ大学の生物学研究者であるイアン・スターリング博士だ。ホッキョクグマ研究の権威である博士は、今年80歳という年齢ながら精力的に研究をこなす。博士は現地に残る伝承や研究者たちの目撃談、そして飼育下にある近縁種のクマの行動を分析することで、ホッキョクグマが道具を駆使するという結論を導き出した。 ホッキョクグマは主食のアザラシに加え、魚類のほかセイウチなどを捕食する。アザラシを捕らえる場合は噛み付くことでダメージを与えられるのだが、ぶ厚く頑丈な頭蓋骨を持つセイウチはそう簡単には噛み砕くことができない。そのため次第に、北極圏にふんだんに存在する氷塊を道具として使う術を習得したのだという。 狩りの手順はこうだ。特定のセイウチに狙いを定めたホッキョクグマは、気づかれないように静かに尾行に入る。雪原の凹凸を巧みに利用して身を隠しながら距離を詰めていき、手の届く範囲にまでゆっくりと近寄る。そこで氷の塊でセイウチの頭を殴りつけ、頭蓋骨を割って仕留めるという寸法だ。氷のほか、ときに岩石を使うこともある。 研究成果は今年6月、論文に著され、学術誌『アークティック』に掲載されている。さらに論文の発表後に別の研究者が、実際にホッキョクグマがセイウチの集団にむけて氷塊を運ぶ映像の撮影に成功している。 イヌイットが語り継いだ伝承 ホッキョクグマが氷で狩りをするという事実は、イヌイットのあいだでは古くから伝承として語り継がれてきた。グリーンランドとカナダに住むイヌイットたちは18世紀後半の時点から現在に至るまで、同様のストーリーを現地を訪れたガイドや研究者たちにも語ってきている。その多くは、油断して休んでいるセイウチを狙い、ホッキョクグマが石を投げつけるという内容だ。 眠っているセイウチの頭の上に氷の塊を持ち上げているホッキョクグマの彫刻 Itsanitaq Museum/GLORIA DICKIE また、彼らの祖先が残した芸術作品にも、同様のストーリーを表現したものがある。カナダ中部、人口1000人に満たないチャーチルの町の美術館では、まさにホッキョクグマが眠っているセイウチの上に氷塊を振りかざしている彫刻が現在も展示されている。加えて、イヌイットから伝承を聞いた北極探検家のチャールズ・フランシス・ホールは、1865年に出版された書籍において、断崖のうえからセイウチに向かって岩を落とすホッキョクグマの挿絵を遺した。 CHARLES FRANCIS HALL, LIBRARY OF CONGRESS ところが、このような伝承は寓話の類いとして扱われ、あまり学術的な研究対象とはなってこなかった。カナダ公共放送のCBCは、「しかし現在まで科学界は、こうした物語を無視するかうわさや神話だとして、ほとんど相手にすることはなかった」と指摘している。現地ではシャーマンがホッキョクグマに姿を変えられるなどの伝承も伝わっており、神話的な物語との区別が難しいという事情があった。 ===== 今回新たな習性が知られたのは、イヌイットたちのストーリーに敬意を払って耳を傾けたスターリング博士の姿勢によるところが大きい。博士は、「こうした種の報告が非常に多いという事実、そして基本的な内容がかなり似通っているということが、調査の価値がある何かがそこにあるという可能性を暗示していました」と振り返る。 博士は米サイエンス・ニュース誌に対し、「私の認識としては一般的に、イヌイットの熟練ハンターが何かを見たと語るなら、それには傾聴の価値があり、非常に高い可能性で正しいのです」と語り、イヌイットに対する全幅の信頼を表明している。 天王寺動物園の事例が参考に ホッキョクグマが道具を使うというスターリング博士の結論は、もちろん古い言い伝えだけに頼ったものではない。さらなる裏付けのひとつとなったのが、日本の動物園で飼育されている個体の行動だ。大阪の天王寺動物園で飼育されているオスのホッキョクグマの「ゴーゴ」に関して、吊るされたセイウチの肉を道具を使って器用に取ることがこれまでに確認されている。 飼育係の職員は2010年、ちょっとした腕試しを仕掛けてゴーゴを気分転換させようというアイデアを思いつく。展示スペース内にあるプールの水面から約3メートルの高さに肉片を吊るすと、当初ゴーゴはジャンプを試みるも、3メートルには届かず失敗に終わった。続いて道具を試すようになり、最終的に長い枝でつついて肉の獲得に成功する。繰り返すことで徐々に上達し、最終的には5分で肉を落とすことができるまでの熟達がみられた。この事例もホッキョクグマが道具を使用する証左のひとつとして、スターリング博士の論文に採用されている。 さらに、野生の個体においても、狩り以外で道具を使う事例が確認されている。カナダ民放局のCTVによると、ある生物学者が動物の脚を縄で捉える罠を設置したところ、ホッキョクグマが岩をおとりに使って罠を空打ちさせ、難なくエサだけを持ち去ったという。このような報告例は稀ではあるが、ホッキョクグマが腕力だけでなく相当な知力をも備えていることを窺わせる。 巨体のセイウチとの闘いを有利に ホッキョクグマは元々十分な体力を備えていることから、すべての狩りで道具に頼るわけではないようだ。論文のなかでスターリング博士は、飼育下では積極的に道具を使うホッキョクグマが多くみられるものの、野生での道具の使用はセイウチの狩猟に限られるとの見解を明らかにしている。セイウチの成獣は体重が1トンを超えるものもあり、狩りが困難であるほか、ホッキョクグマの丈夫な皮膚をも貫通する大きな牙を持つ。ホッキョクグマにとって、返り討ちに遭う可能性すらある危険な狩りだ。スターリング博士は、こうした分の悪い戦いにのみ道具を使うと考えている。 また、すべての個体が道具をマスターしているわけではなく、狩りの上手い母熊から小熊へと一部の個体間で技術が受け継がれているという。なかにはタヌキ寝入りをしてアザラシを油断させ、近くまでおびきよせるなど、道具の使用以外にも周到な狩りの戦術を駆使する個体もいるという。 イヌイットへの傾聴から始まったスターリング博士の研究は、北極圏を代表する生物の興味深い生態を明かすこととなった。 ホッキョクグマvsセイウチ | BBC Earth

Source:Newsweek
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