06.28
仕事も経済も回しながら“がっつり”休む。バカンス大国・フランス流の「働き方」は、日本のヒントになるか【2023年上半期回顧】
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2023年上半期に反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:6月7日)
◇◇
「人生は美しいと言える時間と仕組みは、日本でも作れる」
これは、フランス在住のライター・高崎順子さんの新著「休暇のマネジメント」(KADOKAWA)にある一文だ。
今から40年前に年30日の有給休暇を法制化し、高い取得率を誇るフランス。しかし、かつては“休めない国”だった。
いかにしてバカンス大国と言われるまでになったのか。日本はもっと休める国になるのか。長期休暇の良さとは何か。
ハフポスト日本版は今回、高崎さんにインタビューした。
仕事も経済も回しながらバカンスを楽しむフランスの話をもとに、日本が働き方を改善させていくためのヒントを探る。
私も昭和の価値観が染み付いていた
ーー高崎さんがパリに渡ったのは2000年、25歳の時です。それまでは日本で働いていたのでしょうか。
大学を卒業後、新卒で都内の出版社に入社しました。朝遅く出勤し、夜遅くに帰宅するといった生活を送っていました。
ただ、午後9時には会社のビルが施錠されていたため、社員たちはファミレスや自宅で残りの仕事をやっていました。印刷会社に持ち込んでいる人もいましたね。
当時は長時間労働が当たり前で、誰も疑問に思わなかった。私は未熟だったこともあり、スケジューリングが甘く、流れてきた仕事にとりかかるといったやり方で、いま考えたら非効率な働き方だったと思います。
ーー私自身、昔は朝から晩まで働いていましたが、今は保育園に通う子どもの迎えがあるため、夕方には必ず帰らなければなりません。その分、日中に集中して効率よく仕事ができるようになったと思います。
拘束時間が長いと、延々と仕事をしてしまい、心身ともに疲弊してしまいます。そうなると休みは心身の回復に使わねばなりません。
私の父は典型的な昭和のサラリーマンで、基本的に家にはおらず、週末はずっと寝ていました。母が育児と家事をしつつ、合間にパートをして家計を支えていました。
そのような家庭で育ったので、私自身にも「長時間働くことはいいこと」「休みは体を回復させるためにある」といった価値観が染み付いていたと思います。
ーーいわゆる当時の日本的な働き方の価値観が染み付いた状態でパリに行かれたわけですね。そこでは全く違った世界が広がっていたのではないですか?
全てが違いました。
2年間の出版社勤務を終えてパリに渡り、1年間は学生として生活した後、2年目から個人事務所に所属し、フードジャーナリストとして働き始めました。
ある日、仕事先に電話をかけたのですが、「担当者がいません」と言われたので、日本的な感覚で「代わりの人か、同じ部署の人はいませんか?」と聞きました。
すると、「担当者が休みから戻ってきたら対応する」と言うんです。休み明けといっても当分先です。
戸惑って上司に相談したら、「それはしょうがないね」と言われました。フランスにはフランスのやり方があり、私はまだまだ日本のやり方だったんですね。
渡仏して20年がたち、ようやく「休む」という意識が芽生えた
ーー著書でも、高崎さん自身が「休めない人」と書いてありました。感が鈍ったり、仕事に影響が出たりするといった不安があったのだと思いますが、「休む人」になれたきっかけは何だったのでしょうか。
実は、私が2週間の長期休暇をとることができたのは、2022年の夏が初めてなのです。
それまでは、3日休んだらドキドキしていて、徐々に4日、5日と伸ばし、まとまった休みは長くて1週間ほどでした。
ーーつまり、2000年に渡仏して以降、20年間はフランス流の休み方ができなかった。
そうです。2008年にフランス人の夫と結婚し、夫は夏にしっかり2〜3週間の休みをとります。
私は「そんなに長くは無理だな」と思い、休暇中でも常にパソコンを持っていました。
というのも、2人の子どもが生まれたとき、私はそれぞれ1年間ずつの産休・育休を取ったのですが、その間に仕事が激減した経験があります。
フードジャーナリズムの分野では、常に最新の情報を求められますし、休むことに抵抗感がありました。
しかし、バカンスの時期は国全体がのほほんとしていて、「フランスはこうなのだ」と、半分諦めのような感情が生まれると、少しずつ休むことができるようになりました。
そして、この本を書くにあたり、ついに連続14日間の休みを実践してみたんです。
ーー初めて2週間の休暇をとってみていかがでしたか?
夫と子どもたちと思い切り遊びました。まとまった時間のおかげで読みたかった本も読めました。
そして仕事に戻ってきた日、パソコンを開く時の喜びが最高だったんです。「待ってました!」という感じで、パソコンをパカーンと開きました。
今回、本の中でインタビューさせていただいた方々も言っていましたが、仕事に戻ることがなんだか嬉しくなるんです。「今年もやるぞ」といった気持ちにもなります。
あと、私が休めなかった理由は「業務調整が苦手だったんだ」と気づくことができました。2週間の休みをとるためには、取引先にその旨の連絡をしたり、前倒しで仕事にとりかかったりする必要があります。
今回は計画的に休みに入ることができ、完全にパソコンも封印してみました。うまく言葉で表現できないのですが、本当に「最高」でした。
ーー私も先日、人生で初めて有休らしい有給を取得しましたが、仕事から完全に離れる日をつくることも大事だなと感じました。なぜか有給を取れない環境であったり、休むことに罪悪感を抱いたりする人は多いと思います。
そうですね。
でも、休むということは、本来良いことなんですよね。フランスの人々も昔は休めなかったけど、国ぐるみ、業界ぐるみで工夫したら休めるようになりました。
バカンスのために働くことがモチベーションになっているということも、自分で実際に休んでみてものすごくわかりました。
バカンスの制度はなぜつくられた?
ーーフランスでバカンスが国の制度になったのは「1936年」とありました。年に一度、夏に連続で15日間の有休を取らせるというものですね。その背景には、「余暇を通して生きる喜びと、人としての尊厳の意味を見出してほしいのだ」という言葉があるそうですね。
この言葉は、バカンスをめぐる近代史をつづった本(「フランスのバカンス 1830年から現代まで」《著・歴史学者アンドレ・ローシュ》)にありました。
海をみながらこの本を読んでいたのですが、その中に「生きる喜びと、人としての尊厳」という言葉を見つけました。
本当に衝撃的というか、マーカーを引いて、赤線を引いて、さらに星をつけたくらいです。
いやあ、そっかと。なぜバカンスがつくられたのだろうと疑問に思っていましたが、生きる喜びと人としての尊厳のために、まとまった休みが必要なのですね。
ーーフランスでは1936年にバカンスを国の制度としていますが、日本はまだこうした環境と程遠いと思います。この考え方の違いは何なのでしょうか。
やはり「人の尊厳」という言葉に象徴されるのではないでしょうか。
一般的に、フランスの人々は「人間たるもの」と意識してものを考えます。人として生きるには、とか、そういう働き方は人間ではない、などです。
だから、同僚の休みが脅かされることには、皆で阻止する。それは「守るべき権利」で、権利を脅かす人には「NO」と伝えます。
一方、あくまで肌感覚ですが、日本では権利が脅かされても、「残念だね」で済んでしまう人が多い気がします。
「権利はあったらいいもの」という感覚に近いと思いますが、フランスでは権利はなくてはならないものです。
フランスでは「休まないことは悪いこと」であり、日本では「休めるのは良いこと」という違いがあると感じています。
ーー昔は日本の友人に「休むと経済回るの?」と言われていたそうですね。最近は日本でも「休まないのは悪いこと」が徐々に浸透してきたのか、「フランスはどのようにして休んでいるの?」と聞かれるとか。
長期休暇をとってフランスに旅行に来る友人もいますし、だんだんと日本もより多く休む傾向になっているのではないかと感じます。
ただ、友人との会話の中で「フランスでは部下を休ませられない上司は無能とされるんだよ」と話して、「お願いだからそんなことを言わないで」と言われたことがあります。
友人によると、最近の中間管理職には、部下を休ませている分、部下より休まずに仕事をしている上司も多いみたいです。「部下を休ませるために自分の命を削っている」という話に、認識不足だったと感じましたね。
休みをめぐる話は、私の講演会でも多くしています。
例えば、「休むと目標を達成できず、評価が落ちる。フランスではその点どうやっているのか」という質問がありました。
フランスの人々であれば「なぜ休みを考慮に入れて目標を立てないの?」と言うと思います、と答えました。
休む前提で目標を立てないから、休んだことで無理がたたる。結局、目標設定が間違えているのではないか、ということです。
「休まないのは悪いこと」を広めたい
ーー日本人が休めない理由に、仕事の属人化があると思います。本ではフランスの病院に勤める日本人医師の話が出ていますが、日本の病院では休めなかったのにフランスではバカンスをしている。これは属人化が解消された結果ではないでしょうか。
分業のほか、同じ業務のチームでの分担という面もあり、属人化は日本より薄いですね。
言葉は悪いですが、属人化は「人質にとられている」ということなのではないでしょうか。
例えば、営業職で「Aさんがいないと仕事をしない」「Aさんにしか任せられない」というのは、ある意味「脅し文句」で、Aさんが業務継続のための人質にとられているのと同じです。
それを避けるために、チームワークよく「誰がこの仕事をしても大丈夫」という形にしなければなりません。
本の中で出てくる日本人医師が勤めるフランスの病院では、秘書が医療以外の業務をこなす分業体制となっており、かつ医師は当番制で、「誰がやっても同じゴールの治療をする」という概念が浸透しており、医師でも長期休暇をとることができます。
私も出産時にフランスの医療にかかった経験がありますが、もう生まれるという時にそれまでいた助産師さんが別の人に代わったんです。
日勤から夜勤のシフトに変わる時間帯だったみたいで、私が「行かないで〜」と言うと、「夜の同僚も同じくらいできるから心配しないで。また明日の朝来るね」って。
ーー日本ではない光景ですね……。チームワークというか、従業員全体が同じレベルだということがわかります。
分業していると、関わる人がたくさん必要なので、仕事の底をそろえる作業が大変になります。フランスもそこは簡単ではないようです。
意識やキャリアも違うので、底のレベルをよく詰めて、「最低限はこのレベルでやろう」という形になります。
そこからは個人のプラスアルファで、評価や賞与に直結します。
ーー本には埼玉県の精密機器加工業「栗原精機」の話もありました。町工場は下請け仕事が多く、そのまま売り上げに直結するため長時間労働になりやすい。でも、会社を次世代に繋げるために働き方改革を行った。「苦しくとも変わらないといけないのは上の世代だ」という社長の言葉に胸を打たれました。
その言葉には本当に感動しました。
業績を回復させるなど、素晴らしいことを成し遂げた方ですが、苦しいことも話していただきました。
自らは24時間働くことが当たり前の感覚で、自分を変えることが何よりも苦しかったと。簡単ではないけど、やらないといけないということです。
この本を苦しい思いで読む人もいると思いますが、それでも読もうとする人に全身全霊でエールを送りたいです。本当に素晴らしくて尊いと思います。
ーーやはり働き方改革は国や企業がトップダウンでやることが大事ですね。
日本の場合、最もキーになるのは属人化の解消だと思います。
フランスでは「休みは人の尊厳」という考え方に加え、労働時間の短縮がそもそも国策となっています。
なので、生産性の向上が重視されます。日本における休暇の効能としては、全員が順番に休暇を取ることで属人化を解消し、組織としてのリスクを下げることが一番だと思います。
そういう意味では、2019年の労働基準法改正は大きな一歩です。有給取得や残業の上限など、国が一定の制度を設けた。「24時間働けますか?」ではなくなったということです。
ですが、やはり上の世代は休むことが苦手な人が多いと思います。繰り返しになりますが、フランスの「休まないのは悪いこと」という認識は真実だと思います。
メンタル面の問題などもありますし、「休まないのは悪いこと」という認識を広めていきたいと思っています。
ーー「休まないことは悪いこと」という認識を、国や企業のトップにもってもらうためにはどうすればいいのでしょうか。
休まないことの弊害を見つめることでしょう。
日本では、業務上の過労でも「潰れた人が悪い」といったように、個人の責任にするケースもあります。
ですが、専門性が高い職業や志望者が少ない分野の仕事ほど、人材を過労で失うのは一大事です。育てても潰れてしまったら、同じパフォーマンスができる人を再び見つけることは難しいからです。
先日、国際協力や人道支援の関連団体で講演をしてきました。国際協力や人道支援の仕事というのは、100人いたら100人できる仕事ではありません。
そこで、「人手不足や心身の不調で職員がいなくなるということは、支援が途切れるということにもなる」という話をしたところ、翌日には「夏に休暇をとるためにはどうしたらいいか話し合いました」とメールがきました。
素晴らしいですよね。
日本の良いところは、やると決めたら早く、しっかりできることだと思います。私は日本が大好きですが、これは日本のいいところだと改めて思いました。
ーーこの本を誰にどう読んでほしいですか?
最初の希望としては働く人です。特に、変える力がある経営者の人たちに読んでほしい。
ただ、読者の反応の中には、高校生の子どもと一緒に読んだという人もいました。今すぐ変える力がある人にはもちろんですが、これからの人にも読んでほしいと思います。読みやすく工夫したので、学生でも楽しく読めると思います。
あと、私の本は読んで終わりではなく、これを行動の起点にしてほしいと思って書いています。ぜひ、本をきっかけに行動を起こす人に読んでほしいです。
ーーとてもためになる話をいろいろお聞きさせていただきました。ただ、長い休みをとれたとしても、何をして過ごしていいのかわからない人も多いかもしれません。フランスの人々はどのようにバカンスを過ごしているのですか?
本を読みますね。夏休み前に「この本を読もうランキング」みたいなのが毎年発表されます。新刊の販売も夏にぶつけてきます。
あとはお金をかけずに自然の中で遊びます。
例えば、朝早くから海に行き、昼食をとって昼寝する。起きて再び海に行って、散歩する。午後6時を過ぎたら「アペリティフ」という食前酒を飲み、夜が始まる。
時間にアクセントをつけながら、ゆったりと楽しむことが上手です。自分はどういう生活が好きで、どういう休みを過ごしたいか、などを説明できる人が多いと思います。
ーー高崎さん自身は日本で休暇を促進する策として、1泊多く旅をする提案をしていました。熱海旅行でのご経験があるそうですね。
なぜか熱海旅行は1泊しかないと思い込んでいた時期が長く、そのために行けなかった場所、できなかった経験がたくさんありました。
例えば、お土産屋さんで「あとでもう1回戻ってきます」と言ったのに、時間がなくて行けなかった経験をしたことがある人も多いのではないでしょうか。
2泊にすると、そういう心残りは解消されますし、訪れたいと思っていた地元の居酒屋にも行けます。
今回、日本に帰ってきて東北に行きました。
森の中の温泉で1泊し、2日目はターミナル駅周辺のホテルに泊まりました。そして、翌朝は海辺の海産物の仲卸市場に行きました。海鮮丼を食べるぞーって。
その足で近所の観光名所にも寄りました。1泊だったら、仲卸市場にも海の名所にも行けませんでしたね。
ーー休むという行為が、体を休めるということだけではなく、「命を輝かせる」ことにもつながると思いました。
そうですね。
ただ、休める人が同じ部署で1人だけだと辛くなります。自分は休めないけど、あなたは休めていいよね、と残る側は思ってしまう。
個人の資質とか気の強さではなく、仕組みで皆が休めるということが大事だと思います。
そのためには国や企業のトップが率先して行動しなければならない。トップの方々もぜひ人生を楽しんでいただきたいです。
本でも書きましたが、まとまった休みを楽しむというのは、引退後の予行練習でもあります。仕事のない時間を自分でどう生きるのかということです。
貴重な人生なんですから、成り行きや人任せではなく、自分でしっかり楽しんでほしい。いま、私はもっぱらネコと家庭菜園ですね。
ーー最後に、日本でも28連休は実現できると思いますか?
いろいろなところでお話しさせていただいていますが、経営者や管理職の方々から「正直、業務調整をすれば14連休はいけますね」という声は聞こえてきます。
フランスでも、28連休は仕事に戻るのが嫌になるという人もいて、だいたい14~21連休という人が多いです。
まずは日本で10日連続の有給取得が実現されるといいなと思います。そして、個人では旅行を1泊分増やしてみて、人生を楽しんでほしいです。
高崎順子(たかさき・じゅんこ)さんプロフィール
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業。都内の出版社を経て、2000年に渡仏。書籍や新聞、雑誌、ウェブなど幅広いメディアで、フランスの文化や社会について寄稿している。得意分野は子育て環境と食。著書は「フランスはどう少子化を克服したか」や「パリのごちそう」など。
Source: HuffPost