03.31
肩書き以上の「自分」を交換できる。デジタル名刺「プレーリーカード」が創る未来とは?
ビジネスシーンで出会う人たちの「肩書き以上の顔」を、私たちはどれだけ知っているだろう。
「はじめまして」と交換した名刺には、会社名や役職などの“看板”が掲げられているが、肩書きの奥にあるその人のアイデンティティまでは光を当てられない。
その人が歩んできたキャリア、何に情熱を燃やし、仕事を通してどんなことを実現したいのか。所属先や役職など「表の肩書き」だけではなく、「K -POPが好き」「学生時代は野球一筋」といった「横顔」も互いに“交換”できたなら──。
そんな想いから誕生した“デジタル名刺”のサービスが話題になっている。
2月にローンチした「プレーリーカード(Prairie Card)」は、スマホをかざすだけで情報交換ができる「未来の名刺」。専用アプリやカメラは不要で、SNSや名刺管理ツールとの連携も可能だという。また、一度購入すれば、一枚のカードをずっと使い続けられるというのも魅力だ。
分厚い名刺入れを手放すことで、ビジネスシーンのコミュニケーションはもちろん、私たちの「出会い」はどんな風に変化するんだろう。
胸を躍らせながら、株式会社スタジオプレーリーの共同代表、坂木茜音さんに会うため、イノベーターたちが集うSHIBUYA QWS(渋谷キューズ)へと足を運んだ。紙の名刺を持って…。
きっかけは、海外に旅立つ友人へのプレゼント
渋谷の街を見下ろす渋谷スクランブルスクエアの15階にある「SHIBUYA QWS」でインタビューをスタート。まずは“名刺交換”から…。
──紙の名刺を持ってデジタル名刺の取材に来てしまいました(笑)。坂木さんのカードは素敵なデザインですね!
いつも誰かとお会いする度に「紙の名刺で恐縮ですが…」と謝られてしまうんですけど(笑)、実は私自身は紙の名刺に課題を感じてプレーリーカードを作ったわけではないんです。
というのも、始まりは贈り物として生まれたカードでした。私は「アサヒ荘」というクリエイターが集まるシェアハウスに管理人をしながら住んでいて、2022年の5月に同居人の一人が路上アーティストとしてヨーロッパに引っ越すことになりました。
その同居人が、紙の名刺を100枚くらい持っていこうとしているのを見て、「配り終わったらなくなっちゃう」「そもそも海外では、日本ほど名刺文化が根付いていないのでは」と思ったんです。用意していた名刺には、裏面に自分の作品を紹介しているSNSのQRコードがあったんですけど、スマホでコードを読み込む一手間が作品までの距離を遠くしてしまっている気がして…。
そこで同じシェアハウスの同居人で、今は会社の共同代表でもある片山(片山大地さん)が、交通系ICカードに内蔵されているNFC技術(かざすだけで決済や情報交換ができる技術)について教えてくれて、私のデザインと、片山のエンジニアリングで、第1号はスムーズに完成しました。
私のプレーリーカードはその時のもの。シェアハウスのみんなで1枚の油絵を描いて、それぞれ自分の好きなパーツを写真で切り取って名刺のデザインに使用しました。まさに世界で一つだけのデザインなんですよ。
出会いの瞬間って、紙の名刺が最適解なんだっけ?
──素敵なストーリーですね。事業にしていこうと思ったのは、どうしてですか?
クリエイターの友人たちがお家に遊びに来た時に「めちゃくちゃ便利じゃん」「自分も欲しい」と言ってくれて、「需要があるかも」と感じたんです。
そんな中で、「出会いの瞬間って紙の名刺が本当に最適解なんだっけ?」とも考えるようになって、そこから紙の名刺の課題が次から次へと見えてきました。
紙の名刺は、名前や肩書などの基礎情報のみで相手を深く知るための情報が載っていないことに加え、いただいた名刺が押入れの奥に溜まっている人も多いですよね。部署異動や転職される方の余った名刺は廃棄されてしまうことも少なくないですし、「大量に持ち歩いて配ったらそれっきり」という仕組みにも疑問を感じ、事業化に向けてQWSに入会しました。
──9月に本格始動し、10月にはSHIBUYA QWS Innovation協議会主催のQWS で開催されたピッチコンテスト「QWS ステージ#12」で、最優秀賞とNTTデータ賞のW受賞。2月の本格的なリリースまで、一気に駆け抜けてきました。想像以上の反響だったのでは?
ある営業職の方が「挨拶がわりに天気の話をしなくなった」とプレーリーカードを大変気に入ってくださって、つくり手の自分も強く共感したのを覚えています。「初対面でも差し支えない共通の話題」の限界があったんですよね。
プレーリカードは、相手の懐にいきなり飛び込んで印象的な「はじめまして」を実現できるんだと、改めて実感したエピソードです。
高校生が1カ月に100回も名刺交換
QWSも心強い存在です。コミュニケーターの方が色々な人と繋いでくださったり、会員の方が気にかけてくださったりして、「ここでやっていこう」という確信と安心が持てています。
みんながそれぞれ自分の「問い」と向き合っているので、「最近どう?」「ニュース出てたね」なんて切磋琢磨したり、一緒にご飯を食べに行ってリフレッシュしたりできるのも醍醐味ですね。
ユーザーとして支えてくださっている方も沢山いて、「さっき会った人に使ってみたけど、ここに困ってたよ」「こういう機能があったらいいのにな」というようなフィードバックをすぐにいただけるのは、本当にありがたい。みんなで一緒に作っている感覚です。
そういえば、QWSで出会った高校生の会員さんから「月に100回プレーリーカードで名刺交換をした」と聞いた時はとても驚きましたね。「インスタ交換しよう」みたいな軽いノリで交換しているそうなのですが、実はその1枚には彼女のアイデンティティがぎっしり詰まっている。まだ名刺を使わない世代にコアユーザーがいるということに、未来の可能性を感じて嬉しかったです。
「プレーリーカード」で作りたい「一生に1枚」の未来
──「名刺文化」が変わると、未来はどんな風に変化するでしょうか?
ビジネスシーンで出会った相手と良い仕事ができる時って、実は名刺にある肩書きの奥に隠れている“その人自身”が鍵になることも多いと思うんです。肩書きだけで形式ばって話を始めるよりも、共通の話題が一瞬で見つかって「私も猫好きです」みたいな会話ができた方が、気持ちが緩やかになって仕事の話もしやすいですよね。特に近年はスラッシュワーカーやフリーランスという言葉も身近になり、個人の肩書きが多様化していることもあります。
また、プレーリーカードは、カンファレンスやコワーキングスペースなど人が多く集まる場所でも活躍できます。誰と誰が繋がったのか、どれだけの出会いがあったのかを可視化できるため、企業にとっては参加人数などの表面的な数字だけではなく、そこで生まれたコミュニケーションの密度も測ることができるようになります。社員の見えない努力を評価する指標の1つにもなれると期待しています。
時々「完全にデジタルじゃダメなの?」と聞かれるのですが、やっぱり名刺文化にはその良さもあって、だからこそ今日まで続いている。自分の持っているものを交換するって、やっぱり素敵じゃないですか。
プレーリーカードはフィジカルなものを交換する訳ではないですが、従来の名刺の魅力を踏襲した「カード」という形であることにも意義を感じています。フィジカルとデジタルの絶妙な塩梅を探している感覚ですね。
プレーリーカードを通して、紙の名刺にはできない、よりフリーなコミュニケーションの形を育んでいきたいと思っています。そして何より、大量に作って大量にばら撒くのではなく、「それぞれの人生が詰まった1人1枚の名刺を大切に使える未来が訪れるといいな」と心から思っています。
【文:林慶、撮影:川しまゆうこ、編集:中村かさね】
Source: HuffPost