07.21
精子提供で生まれた子、知れぬ出自に葛藤「自分は何者なのか」既往歴に不安も【2022年 上半期回顧】
2022年上半期にハフポスト日本版で反響の大きかった記事をご紹介しています。(初出:6月5日)
「自分は何者なのか、という不安がいつまでも解消できない」ーー。
第三者から精子や卵子の提供を受けて生まれた子どもの「出自を知る権利」をめぐる議論が始まっている。
超党派の議員連盟は3月、提供者(ドナー)情報の保管や開示などについて定める新たな法律の骨子案を了承した。
ドナーの個人情報の管理を担う公的機関の設置や、情報の保存期間を100年とすることなどが柱だが、ドナーの承諾が開示の条件となっており「子どもの出自を知る権利が認められているとは言えない」などと指摘する声もある。
精子提供で生まれた人や研究者らが5月30日、国会で開かれた集会(主催:日本弁護士連合会)に登壇。子どもが遺伝上のルーツを知る「出自を知る権利」を保障する制度創設を求めた。
何が問題になっているのか?集会の報告から考える。
「今までの自分が崩れる感覚」
第三者から精子提供を受ける非配偶者間人工授精(AID)で生まれた人の自助グループ(DOG)メンバーの石塚幸子さんは、23歳の時、精子提供で生まれたことを知った。
遺伝性疾患のある父親からの遺伝を心配していた石塚さんに対し、母は大学病院で他人から精子の提供を受けて石塚さんを産んだこと、提供者が誰か分からないことを告げたという。
「最初は遺伝していないことにほっとしたんですけど、こんなにも長い間親が嘘をついていたことがショックでした。今までの自分が崩れるような感覚で、自分が一体何者なのか分からなくなってしまいました」
石塚さんは、「精子というモノと母親から生まれたという感覚がとても嫌だと感じています」と明かす。
その上で、提供者を知りたい理由について「モノではなく、きちんと実在する人がいたから今自分がいると実感したい。そのためにも一度でいいので提供者と会わせてほしい」と語った。
精子や卵子の提供を受ける「提供型生殖医療」で生まれた人にとって、どのような苦悩や葛藤があるのか。
石塚さんは自身の体験から、告知の時期やされ方、された後の対応が適切でないことで親子の信頼関係が崩れたり、子どもが自分を肯定することが難しくなったりする問題があると強調する。
さらに、提供者が分からないことで既往歴を把握できなかったり、一人の精子から多くの子どもが誕生することで生じる近親婚のリスクがあったりといった懸念もあるという。
開示の可否はドナー次第
議連の法案の骨子案では、精子や卵子の提供者については厚労省が認定する「供給医療機関」が、夫婦と生まれた子どもについては「実施医療機関」が、それぞれ氏名や住所、生年月日などの情報を公的機関(独立行政法人)に提出。公的機関はそれらの情報を100年間保存する。
子どもは成人すると、ドナー情報の開示を求めることができる。ただ、開示するか否かはドナーの判断に委ねられる。そのためドナーが拒んだ場合、子どもはドナーの情報にアクセスできなくなる。
石塚さんは「出自を知る権利は生まれた子どもの権利であり、提供者の意思によって開示される情報が変わったり、知ることができる子とそうでない子が出てきたりしてしまうのはおかしい」と疑問を呈する。
なぜ開示の可否をドナーの判断に委ねるのか?背景には「ドナー保護」の考え方がある。生まれた子に対してドナーの意思に反して個人情報が伝えられた場合、ドナーに不利益が生じるとの見方だ。
これに対し、石塚さんは「今後は、情報の開示に了承した人のみが提供者になるべきです」と訴える。
提供精子で生まれた当事者として石塚さんが求めるのは、「子どもと提供者の両者を支える開示システム」だ。
「これまで提供者の情報が秘密や匿名にされてきたのは、家族に知られることが脅威だと捉えられてきたから。ですが脅威なのは、むしろ秘密にすることのリスクです。子どものためになることは、ひいては親のためになること。自分の誕生の物語を子どもが知った上で、安心して成長できる環境を作ってほしい」
「出自を知る権利」20近くの国・地域が保障
お茶の水女子大ジェンダー研究所の研究協力員・仙波由加里さんによると、海外では提供型生殖医療で生まれた子の出自を知る権利を法律で保障する動きが広がっているという。
▼出自を知る権利を保障する国・地域
スウェーデン、オーストリア、オーストラリア(豪)・ヴィクトリア州、スイス、オランダ、豪・西オーストラリア州、ノルウェー、ニュージーランド 、イギリス、フィンランド、豪・ニューサウスウェールズ州、アメリカ・ワシントン州、クロアチア、アイルランド、アルゼンチン、ドイツ、豪・南オーストラリア州、フランス(2021年成立、今後施行の見通し)※仙波さんの発表資料より
法律ができた背景は様々だが、国連の「子どもの権利条約」の条文や養子の出自を知る権利との兼ね合い、ドナー情報を求める出生者による訴訟といったケースがあるという。
「いずれの国や地域においても、法が検討されている段階では賛否の意見が見られました。しかし法律が成立することで、情報開示が可能な人のみが精子や卵子を提供するようになり、既婚でパートナーの了承を得ているなどドナーになる人の特徴にも変化が生じています」(仙波さん)
生まれてくる子の権利を尊重する世界の動向や、親との血縁関係を容易に調べられるDNA検査の普及といった現状を踏まえ、仙波さんは「ドナーの匿名性は早期に廃止するべきです」と主張する。
日本も批准する子どもの権利条約は「児童は、できる限り、その父母を知りかつその父母によって養育される権利を有する」と定めている。
「条文の観点からも、提供型生殖医療で生まれる子の出自を知る権利を、重要な人権として認識する必要があります」(仙波さん)
親の告知、支える体制を
集会では、精子提供を受ける親の立場からの発表もあった。
無精子症と診断された夫婦らの自助グループ「すまいる親の会」は、精子提供を検討するカップルを対象に情報提供をしたり、当事者同士の交流の場を設けたりしている。
事務局の清水清美さんによると、会の設立当初、参加者たちは精子提供で出生したという真実告知を子どもにするという認識がほとんどなかった。
精子提供で生まれた人の思いを聞く勉強会などを通じて告知の大切さを知り、「事実を伝えても親子関係を壊すことにはならない」「嘘の上塗りではなく、正直な親子関係に力を注ぐ方が良い」といった意識が広がっていったという。
一方で、国内での精子提供が原則匿名で実施されてきたことから「ドナー情報が分からないなら、親が告知してもかえって苦しめてしまう」と感じたり、「年をとった親や田舎では理解されない」と不安を抱えたりするケースもある。
清水さんは、「親が告知できるように親と子をサポートする体制や、子どもが望んだ時にドナー情報を得られる仕組みが必要です」と述べた。
<取材・文=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>
Source: HuffPost