2021
06.02

ワクチン血栓の原因解明か アストラ/ジョンソン製改良へ手掛かり 独研究

国際ニュースまとめ

<ウイルスベクターワクチン接種後の血栓症は、体内で遺伝情報を複製した後で起きるエラーが原因だとの可能性が示された> アストラゼネカ製およびジョンソン・エンド・ジョンソン製のウイルスベクターワクチンでは、血栓による重篤な副作用が報告されている。ゲーテ大学のロルフ・マーシャレック教授たち研究チームは、この原因を突き止めたと発表した。研究成果は現在、正式な査読前のプレプリントの状態で公開されている。 論文の詳細は後述するが、ごく簡単に要約すると次のようになる。ワクチンからの遺伝情報が細胞内で複製された後で、不要部分を取り除くクリーンナップ作業が行われる。この際、ごく稀にエラーが発生し、誤った位置で遺伝情報が切断され、不正なたんぱく質の生成を招いているというものだ。 ワクチンによる血栓症の発生率は稀であり、イギリスでは3300万回行われた接種のうち、血栓が確認されたのは309件、死亡に至った件数は56件となっている。しかし、重篤な副作用を懸念し、デンマーク、ノルウェー、オーストリアなどが使用停止に踏み切ったほか、他にも複数の国が高齢者への接種を中止している。教授はワクチンの改善ポイントを製造各社に伝える用意があるとしており、実現すればより安全な接種に結びつきそうだ。 「運び屋」を利用するウイルスベクターワクチン アストラゼネカ製とジョンソン・エンド・ジョンソン製は、どちらもウイルスベクターワクチンに分類される。エラーのメカニズムをもう少し詳しく見るため、前提としてそのしくみをおさらいしたい。 ベクターワクチンの「ベクター」とは、運び屋という意味だ。ワクチンの成分であるDNAを細胞核に送り込むため、風邪ウイルスを無害化して運び屋として利用する。このDNAは、新型コロナウイルスの構造に似たたんぱく質を生成するための設計図になっている。細胞核にたどり着いたDNAは鋳型の役割を果たし、一旦たんぱく質のレシピであるmRNAに転写される。 続いてmRNAは、細胞核を取り巻くリボソームへと届けられる。リボソームは受け取ったレシピに従い、新型コロナウイルスの外側の構造である「スパイクたんぱく質」を合成する。結果、ウイルスと同様のスパイク構造が細胞の表面に現れるしくみだ。体内の免疫システムがこれを発見し、本物のウイルスの侵入に備えた抗体が生成される。 「スプライシング」過程でのエラーが疑われている 話を血栓に戻そう。研究チームは、DNAの鋳型からmRNAを生成した後のプロセスに問題があると踏んでいる。このとき単に転写するだけでは、完全なmRNAとはならない。転写後、たんぱく質の生成に不要な部分を除去する「スプライシング」と呼ばれるクリーンナップ作業が必要だ。 教授たちの研究によると、この段階で稀に転写範囲を取り違えるエラーが起きるのだという。本来切り取るべきでない場所で遺伝情報が編集され、不正なmRNAが発生する。 こうして発生した誤ったmRNAにより、細胞壁に同化できない変異型のスパイクたんぱく質が生成され、それが細胞外に流出することで炎症反応を誘発する。また、変異したスパイクたんぱく質を攻撃するための抗体が生成されることや、脳の静脈特有の特殊な血流にさらされることなど、複数の条件が組み合わさって血栓が発生すると研究チームは考えている。 ===== 一方、血栓の報告が目立たないファイザー製およびモデルナ製ワクチンは、どちらもmRNAワクチンだ。これらは細胞質内に直接mRNAを送り込むしくみになっているため、細胞核内での転写作業とスプライシングを必要とせず、エラーの余地がない。マーシャレック教授たちの説は、mRNAワクチンで血栓症の報告が見られない点とも符合するものだ。 研究チームは現在J&J社とコンタクトを取っている 本研究は第三者による査読を受ける前の状態だが、早くも複数の海外メディアが報じている。米ブルームバーグは、英ノッティンガム大学でウイルス学を研究するジョナサン・ボール教授のコメントとして、不完全なスパイクが生成され得ることが本研究によって十分に示されたとの見解を伝えている。現段階ではこのスパイクを血栓の原因と断定する確実な証拠がないとしながらも、さらに調査を進める価値が確実にある、と教授は述べている。 血栓の原因については、これまでも複数の可能性が示されてきた。英テレグラフ紙は既存の説として、ドイツのグライフスヴァルト大学病院による研究を伝えている。アストラゼネカ製ワクチンにはEDTAという防腐剤が含まれており、これが原因になっているという説だ。しかし、ジョンソン・エンド・ジョンソン製ワクチンにEDTAが含まれていないことを考慮すると、今回の新説にはこれを上回る説得力がありそうだ。 研究を主導したマーシャレック教授はすでに、ワクチンの改良を念頭にジョンソン・エンド・ジョンソン社と連絡を取っている。教授によると、研究チームはスパイクたんぱく質の不正なスプライシングを防止するためのゲノムの変更方法を伝える用意があり、ジョンソン・エンド・ジョンソン側もワクチンの最適化に動いているという。アストラゼネカ社とはまだ話し合いの場を持っていないものの、同社への情報提供にも積極的な姿勢を教授は示している。 ベクターワクチンは比較的破損しにくいDNAを成分とするため、mRNAワクチンのように極低温の保管・運搬を必要としない利点がある。血栓を抑止できれば、より多くの人々が安心して接種を受けられる環境に一歩近づきそうだ。

Source:Newsweek
ワクチン血栓の原因解明か アストラ/ジョンソン製改良へ手掛かり 独研究