2021
05.29

「男性」「女性」という言葉が出てこない、あらゆる人のためのセックス・ハウツー本

国際ニュースまとめ

<愛の国フランスで13万部のベストセラーになった『あなたのセックスによろしく』が日本上陸。挿入を必ずしも前提としていないという、ユニークだが真面目で楽しい本だ> ※本稿は一部書店で配布される『あなたのセックスによろしく――快楽へ導く挿入以外の140の技法ガイド』(ジュン・プラ著、CCCメディアハウス)の特製パンフレットに寄せられた解説文を転載したものです。 ◇ ◇ ◇ まずタイトルに少しびっくりした。ただ読んでみると、デリケートな問題を真面目に楽しく扱った良い本だった。 フランス語の原題は『快楽クラブ~喜びへの地図作り』といった感じになる。それに対して邦題の『あなたのセックスによろしく』は敢えて日本語としてこなれない表現を使っているが、これは本書第1部のタイトルから来ている。 Dis bonjour à ton sexe.なので英語にすればSay hello to your sex. 「よろしく」という意味にもなるが、直訳すれば「あなたのセックスに『こんにちは』と言おう」というもので、要は恥ずかしさや警戒心を取っ払って、自分のセックスと向き合おうというメッセージから始まっている。 私は実は女性向けポルノを男性向けのものと比較する小文をいくつか書いている(「女性向けポルノ」に見る男性の「独りよがり」〔東洋経済オンライン2015年1月15日〕等)。 そこで感じたのは、女性向けのものは挿入までの時間がとても長く、お互いの感情の高まりをゆっくり表現したり、女性自身の内面の吐露が多く見られたりすることだった。 その対比で男性向けのものを見ると、とにかく挿入と激しいピストンとで女性があえぎまくることになっている。男性の願望の投影なのかも知れないが、あまりに身勝手な気がするし、ものすごく体力を消耗しそうに思われる。 それに対し本書は、まずそもそも挿入を必ずしも前提としていない。この点は邦訳の副題に「挿入以外の140の技法」という表現で示されている。 もちろん挿入が否定/排除されているわけではないが、オーラルセックスや指を使ったものなど、クリトリスや膣やペニスのどこをどんな風に触ると快感が得られるかがイラストとともに詳しく描かれている。そしてそれらはとってもスローだ。 「○○をゆっくりと指で回すように触って」など具体的で、かつ相手の反応を確認しながら進めることが大事だと強調されている。よくまぁこれだけテクニックがあるもんだと驚いたし、女性器にまつわることはもちろん、男性器についてもけっこう知らないことがあり、まさに「こんにちは」と挨拶していろいろなことを教えてもらうような気分になった。 イギリスのコンドームメーカーDurex社の調査では、日本は調査対象国のうち世界で最もセックスの頻度が低い社会とされている。一方で年齢とともにセックスの頻度が落ちていくのは当然の現象だ。 ただそれに対して本書は、それをおじさん向け週刊誌のように「死ぬまでセックス!」と煽るのではなく、パートナーと相談しながらゆっくりとどこが気持ちいいか見つけられるように提案している。 ===== 相手とのコミュニケーションがとても重要視されており、これは女性向けポルノと男性向けのものとの違いとも通じるように思われた。男性の独りよがりを脱却してパートナーと積極的に話し合うために工夫されているのだ。だからこそフランスでベストセラーになったのだろう。 もう一つ評価したいのは用語法である。男性、女性という言葉が一切出てこない。その代わりに「ペニスを持つ人」「ヴァルヴァ(フランス語の外陰部)を持つ人」という表現が使われる。 これは両方を持っているかも知れないインターセックスや、外性器と心の性が一致しない場合のあるトランスジェンダーの人たちに目配りをしたものだろう。 また「シスジェンダー」や「割り当てられた性」といった言葉も出てくる。「割り当てられた性」は出生時の証明書類に記される性別で、トランスジェンダーやインターセックスの人たちにとってはそれが自分のアイデンティティとなる性(性自認)ではない。そして「割り当てられた性」と性自認と外性器が一致している人を「シスジェンダー」と呼ぶ。 これらは性的マイノリティに関する教科書ならば当然説明される用語だろうが、こうしたいわば「ハウツー本」で使っているのは、立派だし、さすがは性の先進国フランスだなと思わされる。とにかく細かいところやマイノリティへの配慮がしっかりしているのだ。 そうした意味では、背景にフェミニズムが通奏低音のように流れているのがわかる。ただ一方でそれをまったく感じさせずに、具体的なヒントや技法がどんどんと出てくる。挿入を前提としない点で、高齢者や同性愛者にとっても有益な情報だろう。 フェミニズム、ジェンダー論、性的マイノリティへの目配り、これらをしっかりやった上でのセックスの指南書というのは確かに類書を知らない。願わくはこの本を手に取った人たちが、まずはパートナーと恥ずかしがらずに、ゆっくり話し合いながら、自分たちなりのセックスを作っていってほしい。 結果としての快楽へのヒントが本書にはいっぱい詰まっている。だがそれ以前にその対話自体が、パートナーとの性関係や関係そのものを変えていくだろうし、そのことこそが日本において一番求められる課題なのではないかと思う。 帯にあるとおり「教科書でもポルノでもない」、実用的な本だ。そして何より大事なのは、そのテクニックではなく、2人で読んで話し合うプロセスだと思う。 [筆者] 瀬地山 角(せちやま・かく) 1963年、奈良県出身。学術博士。2009年より現職。専門はジェンダー論。大学での講義は履修者が600人を超える人気ぶり。大学だけでなく、爆笑の起こる人気講演で全国を回る。主な著作に『炎上CMでよみとくジェンダー論』(光文社)、『お笑いジェンダー論』(勁草書房)など。 『あなたのセックスによろしく ――快楽へ導く挿入以外の140の技法ガイド』 ジュン・プラ 著 高橋幸子 医療監修 吉田良子 訳 CCCメディアハウス (※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

Source:Newsweek
「男性」「女性」という言葉が出てこない、あらゆる人のためのセックス・ハウツー本