03.16
<ニカラグア写真報告>裏切られた革命(8)解放の神学は今その2…苦悩する元神父
2021年の大統領選挙は、76%の票を得たとされるオルテガ大統領の「圧勝」が伝えられた。一方、選挙前月のある統計は、与党支持率はわずか9%に過ぎず、67%が「支持政党なし」と答え、不正選挙だと国際的な非難を浴びた。ニカラグアでは今、現政府を巡り世論が激しく対立する。こうした中、かつて革命と解放の神学の実践に身を投じてきたフェリックス・ヒメネス元神父は複雑な思いを抱えている。(文・写真 柴田大輔)
fa-arrow-circle-right<ニカラグア写真報告>裏切られた革命(1)民衆に怯える「革命の英雄」オルテガ
◆「反オルテガ派に与するところは何もない」
ニカラグアでは今、政府を巡り世論が真二つに割れている。最高選管は、大統領選挙でのオルテガ氏の得票を76%、投票率を約65%と発表した。一方、反政府の立場をとる民間監視団体は、有権者の8割以上が棄権したとした。フェリックス・ヒメネスさんは、「家族の中でも意見が割れている」と複雑な思いを口にし、自身の投票については言葉を濁し、こう続けた。
「私はダニエル・オルテガの全てに賛成できるわけではない。だが、反対派に与するところは何もない。反対派はより大きな問題を抱えているからだ」。苦々しい表情に、反対派への嫌悪が読み取れた。
ヒメネスさんは1960年代、カトリック司祭による「解放の神学」実践の場「キリスト教基礎共同体」をニカラグアに根付かせた一人だ。革命に大きな影響を与えた運動だ。「社会意識に目覚めた多くの若い信徒が『革命』に向かった。誰もが自由を求めていた」と当時を振り返る。
ヒメネスさんが活動したのは、「キリスト教基礎共同体」であるサン・パブロ・アポストル教区。そこはマナグア市内の貧困地区だった。独裁者が支配する不平等な社会で、教区から多くの若者がサンディニスタ民族解放戦線(FSLN)に合流した。FSLNを支持する教区内には民家を利用した医療施設や軍事学校ができ、住民が武器や食糧の輸送を担った。ゲリラ活動を支える動きは各地に広がった。戦闘員となる者も多く、1979年の革命成功までに命を落とした信徒は少なくない。
◆「利己主義の反オルテガ派が国を分断させた」と元神父
1979年に革命政府が樹立すると、ニカラグアは米国が支援する反革命派との内戦に突入する。内戦の長期化と経済封鎖で疲弊した国民は、1990年の大統領選で保守派を選ぶ。その後、2007年にFSLNが返り咲くまでの17年間をヒメネスさんは「新自由主義勢力に国が壊された時代」だったと評価している。
国営企業の売却、教育の私学化など「革命で築いた国の仕組みが壊された」と捉え、「格差は拡大し、再び社会が分断された」と話す。聖職者として革命を支えたヒメネスさんにとって、許し難い時代だった。
オルテガ政権への思いを聞くと、直接答えず「79年以降、右派は革命に抵抗し続けてきた。2018年の出来事も、右派による我々への攻撃だ」と話す。「2018年」とは、全国に拡大した反政府抗議活動のことだ。これをオルテガ大統領は「クーデター」と捉え武力で応じ、300人以上が死亡した。
また、ヒメネスさんは2021年の大統領選に臨んだ反対派をこう喝破する。「右派は、オルテガに真剣に対抗する意志がなかった。彼らは各自の利益だけを考え、結局一つになれなかった『利己主義者』だ」。 大統領選に向けてオルテガ氏は、複数の対立候補を投獄するなど反対派を激しく弾圧し、国内外の非難の的となった。一方で反対派は、内部対立を繰り返し、候補を一本化できずに分裂した。
こうした反オルテガ派に対する国民の不信を裏付ける調査結果がある。在ニカラグア日本大使館の公式サイトに掲載された、コスタリカの調査会社「開発総合コンサルティング-ギャラップ社(CID-Gallup)」による統計だ。同社による選挙1ヶ月前の支持政党調査で、与党FSLNがわずかに9%、「支持政党なし」は 67%に及んだ。一方、選挙後の投票調査は、「ダニエル・オルテガ」への投票は27%でトップ、以下、5人の野党候補が僅差で並び、白票が7%、無効票 が13%と続いた。
弾圧による主要野党候補の不在が、投票結果に大きく影響したと思われる。しかし、3割弱の得票に留まったオルテガ氏へ不満を、反オルテガ派はまとめられなかった。それが7割弱に及んだ「支持政党なし」が示していると読み取れる。
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