12.11
<福岡県小郡市>旧幼稚園売却後のアスベスト除去で追加負担1000万円超 法制度の不備で訴訟相次ぐ
福岡県小郡市の加地良光市長は12月2日の市議会本会議で、2023年に売却した旧三国幼稚園跡地について、解体工事に向けた事前調査で園舎の一部にアスベスト(石綿)が含まれていたことが新たに判明し、売却先との「協議の結果」除去費用を「市が負担する必要が生じた」として議案を提出した。同10日に委員会で全員一致により可決。あわや訴訟という状況だが、なぜこのような問題が生じるのか。(井部正之)
◆石綿調査せず費用負担も当初拒否
加地市長は市議会で、「旧三国幼稚園跡地売却については、社会福祉法人どろんこ会と土地及び建物売買契約書を締結したところですが、その後跡地上にある園舎の解体工事に係る調査において、一部にアスベストの含有が判明しました。協議の結果、当該アスベスト除去にかかる追加経費につきましては、本市が負担する必要が生じたことから、損害賠償として額を定め、和解することについて議会の議決を求めるものです」と説明した。
市の資料によれば、2022年3月末で三国幼稚園は廃止。2023年9月から跡地の建物と土地を売却する公募型プロポーザル方式で実施し、11月7日に「最高得点を得た」社会福祉法人どろんこ会(東京都渋谷区)の受託が決定した。
売却手続きの資料をみると、2023年9月に事業者から建物の石綿調査について質問され、「福岡県に対する報告にてアスベストなしで報告」「詳細な報告書についてはありません」としっかりとした調査はないと説明。一方、石綿含有が判明した場合であっても「不動産鑑定の建築物査定額について変更はありません」と回答。費用負担に応じない方針を示していた。
その後どのような経緯で追加負担に転じたのか。12月10日の市保健福祉常任委員会で詳細な説明がされた。
市の答弁によれば、2023年12月に売却予定となったどろんこ会が現地確認し、その際に「アスベスト含有の可能性が高い」と指摘。翌1月、同会は「アスベスト調査を市の方で実施をしてほしい。仮に発見された場合については解体費用についての負担をしてもらいたい」と協議を申し入れた。
しかし市は「アスベスト調査の実施については市、売り主として実施をする法的義務がない」「解体工事等を行う施工業者に義務付けられている」として、「相手方の責任において実施をしていただくということをお願いした」という。
当時はまだ調査が未実施だったことから、「その段階で費用負担についての協議はできない」と市は返答。ただし今後の調査で「アスベストのような隠れた瑕疵が判明した場合については民法上、市の売主責任において対応する必要が出てくる」と判断。売買契約書に石綿に関する市の瑕疵担保責任を明記することで相手方と協議し、「本件建物にアスベスト等の有害物質が含有されていることなど隠れた瑕疵を発見した場合はその解決に向け甲・市は乙・相手方との協議に応じるものとする」との1文を加えたうえで3月に相手方と土地及び建物の売買契約を締結するに至った。
その後9月、どろんこ会側の専門業者による調査で石綿含有が判明したとして、改めて契約書に基づく協議の申し入れがあった。会側は、管理棟1階職員室の床下シート、保育室等園児トイレの天井裏のスレート、管理棟の外壁の塗料、保育室外壁の塗料、職員トイレ天井裏のセメント板から石綿含有が明らかになったと説明。
契約時の不動産鑑定評価額では、更地価格1億7100万円とされ、現有施設の解体費用の減額として2000万円とされ、売買代金1億5100万円(2023年度に支払い済み)。
石綿除去にかかる追加経費として、会側は石綿除去を含む建物取り壊し費用として3069万円を計上。すでに減額している2000万円を除く石綿除去の追加経費は1069万円とした。
市は契約上の隠れた瑕疵として、「民法上瑕疵担保責任については市・売主の責任において対応することが必要であると規定されていること」に加えて、「当事者間との争いの長期化あるいは信頼関係の失墜等を回避するためには話し合いによる和解が望ましいという判断をしたということから今回アスベスト除去にかかる追加経費につきましては小郡市が負担することが望ましいという判断を行った」と説明した。
ほぼ質疑はなく、全員賛成で可決された。12月20日の市議会本会議で改めて採決されて議決される見通し。
◆制度の不備で売買後の紛争相次ぐ
委員会で市側は売却時のプロポーザルの際に「何らかの方法を持ってアスベストの含有を確認することができなかったのか」「プロポーザルの経過の中でも相手方に対してもう少し十分な説明をすることができなかったのか」を担当課長、部長は反省点として挙げるのだが、具体的な対策は明言しなかった。
きちんと石綿調査をすればよいだけだが、建て替えでない場合、国の補助はないため市の持ち出しになる。予算が逼迫するなか、法的位置づけのない費用負担などしたい自治体はない。そんな市側の事情も透けてみえる。
石綿除去費用は本来なら売り主が負担すべきもので、今回のような手続きの場合、民事訴訟になれば敗訴の可能性が高い。しかし建物や土地の売買時における石綿調査が義務づけられていないことから、これをおこたり、売却後に紛争や訴訟になる事例が増加している。
国が売却した建物でさえ、石綿の使用が物件調書などに記載されていなかったとして訴訟になり、2019年に国が和解に応じて石綿除去費用350万円を支払った事例もある。自治体でも同様の事案はいくつも発生しており、今年6月にも千葉県銚子市が2019年に売却した旧消防庁舎の石綿をめぐる説明義務違反があったとして、約963万円の損害賠償金を支払うことに調停で合意した。ちなみに売買時の資料で市は外壁の石綿を「未調査」と明記していたが「石綿含有の可能性がある」と記載されていなかったことから、千葉地裁八日市場支部の調停案では市の「不法行為(説明義務違反)に基づく損害賠償は免れない」との見解が示された。
一方、損害を被りかねない民間側も対応に苦慮している。
12月2日、買い主のどろんこ会に尋ねると、「小郡市のプロポーザルでは(石綿の使用状況を確認した)質問に対して、今回のために調査したのではない、福岡県の調査に(石綿が)ないと答えている記録があるだけという答えだったので、評価額では考慮せず、(石綿が)出たら相談するしかないとして対応せざるを得なかった」(マーケティング本部)と明かす。
本来なら契約後すぐ施工などに入ることができるはずだが、市に何度も協議を申し入れるなどの対応が必要になるうえ、訴訟リスクも抱え込むやっかいな対応を迫られることになる。
こうした紛争は法制度の不備により引き起こされている側面がある。
労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)で吹き付け石綿や保温材、断熱材などの管理義務はあるものの、調査義務は位置づけがないうえ、石綿を含む成形板などいわゆる「レベル3」建材はいずれも対象外だ。建築基準法は吹き付け石綿などレベル1建材の一部しか法規制の対象にしていないありさまだ。宅地建物取引業法(宅建法)では石綿調査結果が「ある場合にだけ」売買時に提供義務を設けているにすぎない。
建物売却時に網羅的な石綿調査をあらかじめ実施して提供する仕組みがないことについて、全国約160施設で保育などの事業を展開しているどろんこ会はこう話す。
「保育園の解体などいたるところで同じようなことが起きています。現在の保育園や幼稚園は昭和40年代に建てていることが多く、建て替えなどの時期に来ていて、どんどん取り壊しています。役所によって(石綿調査の)対応の温度差があるので、ちゃんと確認して進めないとこっちが(石綿対策費用を)被ることになるので気をつけるようにしています。本来(売り主が)事前に調査を入れるのがフェアだと思います。同時に、たぶん市町村も大変だと思うんです。(民営化で)保育園の公募を出さないといけないけど、スケジュールがギリギリのなかでやるみたいな状況ですから、(法的義務がないのに)石綿調査なんて予算とってできないですよ。そういう意味では(現場も)苦労されていると思うので、もう一段上の法制度のほうでちゃんと網をかけて縛ってあげたほうがいいのかなという気がします。現在は(売り主・買い主の)双方が困っています」(同)
ほとんどが石綿による被害という中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん、予後が非常に悪い)による死亡者数は年間1600人超で、統計開始から3倍増。今後も数十年にわたって被害が増え続けると国も想定する。WHOとILOの共同推計によれば、石綿由来の肺がんなども含めると日本では毎年2万人近くが石綿による職業ばく露が原因で死亡していると見積もられている(世界では20万人超)。
さらに吹き付け石綿のある部屋で働いていただけで中皮腫を発症し、労災認定された被害者はこれまで100人超に上る。建物の石綿による被害も出ているのだ。にもかかわらず現状では、乳幼児や児童が長時間を過ごす保育・学校施設でさえ、有資格者による建物全体の網羅的な石綿調査・管理の義務が存在しないのだからひどいものだ。
建物の改修・解体時には2023年10月からようやく有資格者による石綿調査が義務づけられた。吹き付け石綿などの見落とし事案が最近頻発しているのはほとんどそれが原因である。
そうしたなかで吹き付け石綿まで含めて見落としが相次ぎ、児童らが石綿ばく露していたことが明らかになっても怪しげな“ねつ造”資料を根拠に安全宣言してごまかす手口が横行している。現在の規制・対策状況からは乳幼児も含め、多少の石綿は吸わせてもかまわないと判断しているといわざるを得ないのだが、そんなひどい状況が十分理解されていない。さらに建物使用時から網羅的かつ適切に石綿の調査・管理がされていれば、今後の被害の発生も減らせるうえ、売却時などの再調査が不要になり、今回のようなトラブルも防げる利点もある。
建物利用者のばく露があるにもかかわらず、建物の使用時においては、有資格者の実施どころか調査義務すら相変わらず存在しないありさまだ。これだけ被害を出し続け、土地・建物売却時の訴訟リスクを発生させているにもかかわらず、いつまで建物使用時の適正な石綿の調査・管理を求めない異常な法規制を放置するのだろうか。
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Source: アジアプレス・ネットワーク