04.15
東大にはなぜ女性が少ないのか。入学式で総長が問いかけた「構造的差別」とは【式辞全文】
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「東京大学の入学者の性別には、大きな偏りがあります。そして、その偏りは文科よりも理科でさらに大きくなっています」
4月12日に開かれた東京大学の入学式での、藤井輝夫総長による式辞の内容が話題になっている。
総長は式辞で、入学者の性別の偏りについて話し、「構造的差別」を指摘した。
【令和6年度東京大学学部入学式 総長式辞全文】
新入生のみなさん。ご入学おめでとうございます。みなさんの新たなスタートを、ここで共に祝えることをたいへん嬉しく思います。
これから始まる大学生活でみなさんが獲得するものは、これまでの学校での学習とは性質の異なるものになるでしょう。大学は、確立した知識をただ学ぶところではありません。なぜなら学問は、未知なるものに挑む試みだからです。過去に遡って世界と人類の歴史を明らかにする、現在の社会・文化を分析する、過去から未来にもつながっていく生命の仕組み、宇宙や物質の真理を探究するなど、東京大学はさまざまな未知に取り組んでいます。
人類はその長い歴史の中で、ものごとの観察を通して、知見を蓄積し共有する、学問の手法を進歩させてきました。たとえば、ニュートリノの存在は、1930年にはじめて理論として提唱され、1956年に原子炉から、1970年には太陽からのニュートリノが観測されます。1987年に、東京大学が中心となったカミオカンデグループが、16万光年先の超新星爆発によるニュートリノの観測に成功し、1998年には、それが質量を持つことを示す「ニュートリノ振動」が発見されました。そしていま、高感度化したスーパーカミオカンデのもとで、「ニュートリノ天文学」、さらには重力波や他の観測ともあわせて探求を進める「マルチメッセンジャー天文学」という学問分野が発展しています。極小の素粒子ニュートリノにより、無限大の宇宙の謎を解き明かすというアプローチは、スケールの大小の差異をこえて物理の世界がつながっていることを感じさせます。
ノーベル物理学賞で広く知られるようになったアト秒は、100京分の1秒の単位ですが、アト秒パルスを用いると、物質の中の電子の瞬間的な移動をとらえることができます。化学反応への理解が深まり、「アト秒科学」という新たな分野の開拓が期待されています。このように、コンピュータの計算速度、測定の時間解像度、人工知能による技術革新などさまざまな次元で、より細かく、より速く、より精緻な測定を実現し、解像度を上げていくことは、学問の重要な試みのひとつです。
しかしながら学問に必要な解像度は、時間・空間の物理的な尺度や次元にとどまるものではありません。
社会や文化の測り方も大切です。ある地域を、たとえばエスニシティの観点から分析すると、さまざまな差異や構造が見えてきます。ただ、その結果だけで、そこで暮らす人びとを理解できるでしょうか。「セクシュアリティ」「世代」「教育」「ジェンダー」「社会経済状況」など、他の要素で分析すれば、また別な差異が浮かびあがるでしょう。ひとは複数のアイデンティティを持っていて、社会は多種多様な人びとから構成されていますので、ひとつの側面から見ることで、別の側面が見えにくくなってしまうことがありえます。あるマイノリティ性における差別をそこだけ切り取っても、それを充分に理解したとはいえません。なぜなら、そのひとが持つ他の属性によって、受ける差別の深刻さが変わるからです。差別されるという経験が、複数の属性のあいだで交錯するため、そのリアリティをそれぞれの次元の足し算だけでとらえることはできません。
このように、人間の多次元性とそれらの関係性に着目して、その力の社会的な作用を分析する枠組みを、インターセクショナリティ(交差性)といいます。インターセクショナリティは、いくつもの要因が多次元でからみあう複雑な関係性をとらえる、重要な概念のひとつです。そして、解像度が問われる次元そのものが社会によって構築され、また自覚しにくいものであることにも注意が必要です。
医学や神経科学の分野では、人びとの脳の機能や行動の差異を一義的にではなく、多様性の形として尊重することも重要だとされています。ニューロダイバーシティとよばれるこの考え方に基づくと、発達や学習において、疾患や障害とされているような脳の機能も、ひとが持つ多次元の特性のひとつとしてとらえなおすことができます。また同じ疾患でも、困難を感じる機能とその程度が、個人ごとに異なることを前提にしてはじめて、個々のニーズと状況に応じた対策が可能になります。
物事を多次元的にとらえる姿勢は、学問分野をこえて他の分野とコラボレーションする場合にも重要です。
たとえば、工学分野である半導体の微細加工技術を用いたマイクロ流体デバイスの開発と、医学の分野における、さまざまな臓器由来の細胞培養の研究は、一般には異なる学問分野と考えられています。しかしながら、私自身の研究では、これらの分野の境界をこえ、マイクロ流体デバイス上で臓器由来の細胞を培養し、薬の効果をテストすることが可能となりました。壇上に座っておられる南學正臣医学部長と共同研究をしたこともあります。この分野はOrgan-on-a-Chipとよばれますが、一見異なる学問分野の知が交差する場所で、これまでにない発見やブレイクスルーが起こることを示しています。
世界が多次元であることの重視は、ある課題に対する答えが必ずしもひとつでない、ということを広く理解することにもつながります。パンデミックへの対策、社会問題、国家間の関係、気候変動への対応など地球規模の課題解決において、正解はひとつであるという考え方の強制が分断を招いてしまうことがあります。自分が強い意見を持っている場合でも、そうでない視点もふくめて考えてみることが大切です。解決すべき問題自体も多次元であることを認識しつつ、さまざまな属性を持つ人びとの存在に思いをはせ、対話を通して合意形成を目指す態度が必要です。
自分がこれまで信じ、いまも正しく感じていることを、客観的に評価しなおすことは簡単ではありません。
ひとには、これまでの経験や固定観念に影響され、合理的でない情報の処理や判断をおこなう性質、いわゆる「認知バイアス」があるからです。情報過多の現代社会では、認知バイアスがフェイクニュースの拡散やマスメディア情報の解釈などに大きく作用します。ある社会問題について特定の意見を持つひとは、その意見を支持する情報を探しあつめ、それに反する情報を無視する傾向があることが指摘されています。またひとは記憶に新しく、印象に残った情報に基づいて判断を下す傾向があるため、ニュースやSNSでの拡散に大きな影響を受けます。自分自身の知識や能力を過大評価するバイアスもあります。
認知バイアスの存在は、多次元性に目を向けることを難しくします。学問においても生活においても、私たち自らが持つ認知バイアスを可能なかぎり自覚し、調整する姿勢が重要です。
ここで、みなさんを迎え入れる東京大学という「社会」に、目を向けてみましょう。
東京大学では、大学の進むべき方向を示したUTokyo Compassのもと、世界の誰もが来たくなるキャンパスを創るという理念を掲げています。2022年6月には、「東京大学 ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を公表、また今年2月には「東京大学における性的指向と性自認の多様性に関する学生のための行動ガイドライン」を策定するなどして、すべての構成員が差別されることがない公正な環境を実現すべく動き出しています。この4月には多様性包摂共創センターを開設し、教育、研究そして実践を通して、そのための取り組みを具体的に推進する体制をととのえたところです。
その一方で、東京大学の入学者の性別には、大きな偏りがあります。そして、その偏りは文科よりも理科でさらに大きくなっています。その基礎には、そもそも受験する女性が少ないという状況もあります。東京大学が、女性のみなさんをはじめ多様な学生が魅力を感じる大学であるか、多様な学生を迎え入れる環境となっているかについても、問わなければなりません。
昨年の内閣府男女共同参画局の発表によると、日本の女性国会議員の割合は16.0%で、世界139位です。上場企業の役員における女性比率は10.6%で、政治も経済も、いまだに意思決定にかかわる女性の数が圧倒的に不足しています。教育においても、女性の進学や理系受験をさまたげるような障壁の存在が指摘されています。
このように、特定の属性を持つひとが、等しい機会を得られずに排除され、あるいは人一倍の努力をせざるをえない状況を「構造的差別」といいます。この構造的差別から脱却すべく、経団連は、2030年までに役員に占める女性比率を30%以上にする目標を掲げました。東京大学も、2020年に30% Club Japanのメンバーとなり、UTokyo Compassにおいても、学生における女性比率を30%とすることや、新たに採用する研究者の女性の割合を30%以上とし、教員における女性比率を向上させるという目標を明記しています。
なぜ30%という数値目標なのかということですが、ハーバードビジネススクールのロザベス・モス・カンター教授は、ビジネスの場に関する研究において、女性が15%に満たない組織では、女性一人ひとりの能力や技能が、女性という集団的な属性に関係づけられる傾向があること、そして女性の比率が30%を超えるとそうした傾向が変わりうることを指摘しました。すなわち、女性個人としての能力や技能に応じた貢献が可能になり、意思決定プロセスに影響をあたえ、組織のさまざまな変革を推進できるようになるということです。
であればこそ、その状況ゆえに活躍できない少数派の女性の割合を30%にまで上げることが、公正な社会実現に向けた最初の目標となるでしょう。
社会的・文化的性別の次元ではマジョリティの集合に属しているひとも、障害の有無、貧しさ、エスニシティ、性的指向・性自認などの別な次元ではマイノリティであるかもしれません。しかし、複雑化した現代社会には、単一次元の指標では測定できない、複合的な構造的差別が存在しており、複数のマイノリティ性を持つひとが、交差する次元の中で、さらに弱い立場に追いやられてしまうような事態も見すごすことはできません。
私たちには、これまで触れてきたような構造的差別の再生産と拡大とを断ち切り、あらゆる構成員が等しく権利を持つ社会を実現する責任があります。多様な人びとが活躍することで、社会はより豊かなものになるからです。その社会に生きる者たち自身が、責任をもって構造的差別を解消していくという考え方はきわめて重要です。現実を観察する解像度を上げ、考え、行動していくことが強く求められます。
「障害の社会モデル」という言葉があります。障害は、身心の機能不全という個人的な特性に由来するものではなく、むしろ機能不全をうけいれようとしない社会によってつくられるものであり、社会にはその障壁をとりのぞく責務がある、という考え方です。そこでは、社会的排除が問われ、制度的な障壁の除去や、偏見の克服が試みられます。東京大学はこの考え方を重視し、合理的配慮のもとさまざまな構成員が活動できるよう環境を整備する方策を進めています。さまざまな構造的差別は自然には解消されないので、私たちがそれを認識し、自省し、アクションをとる必要があります。
最初に述べたように、学問は未知への挑戦から始まります。ここに集まった新入生のみなさんが、「構造的差別」のいまどこに位置しているのかを知ることは、それぞれにとって最初の宿題かもしれません。構造を知る者は、同時に、その構造を変える力を持ちます。ぜひ、現在の社会構造をみんなで望ましい方向に変えていくにあたって、自らが持ちうる力を探っていただきたいと思います。
みなさんが前期課程で通う駒場キャンパスでは、インターセクショナリティ、ジェンダー、法律、障害、政治などに関する、さまざまな科目を開講しています。女性や性的マイノリティをふくむ多様な学生が、安心感と帰属感を持って学べる場である「駒場キャンパスSaferSpace」というコミュニティもあります。基礎科目や総合科目に加え、語学の授業などを通しても、異なるさまざまな文化に触れる機会が豊富にあるはずです。
一見、関連性が低いと思えた科目が、具体的な問題解決のなかでつながっていることに気づくことがあるかもしれません。答えがないかもしれないし、あったとしてもひとつではないかもしれません。点と点をつないでみることは、先に述べたOrgan-on-a-Chipの例のように、新たなブレークスルーのきっかけにもなりえます。
多様な属性を持つ人びとが暮らすこの社会で、仲間の輪を広げていくことも大切です。大学生活で出会うさまざまなひとは、みなさんの未来を豊かにする財産でもあります。挑戦を恐れず、自らの力と可能性を信じて進んでください。
みなさんには、この東京大学において、多くのひとと出会い、多様な知に触れることで、解決すべき問題の多次元性に思いを馳せ、よりよい社会の実現に向け、それぞれの力を発揮していただきたいと思っています。のびのびと大学生活を楽しんでください。入学、おめでとうございます!
令和6年4月12日
東京大学総長
藤井 輝夫
Source: HuffPost