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いまなぜ女性に「春画」が人気なのか?その魅力を紐解く女性が作ったドキュメンタリー
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2023年は、春画を題材にした映画が2本公開される。
近年、春画は静かなブームを起こしており、2013年にイギリスの大英博物館で春画展が開催されことは日本でも大きく取り上げられた。
国内で巡回展を行う気運が高まるも、国公立博物館や美術館での開催は実現しなかった。紆余曲折を経て2015年、永青文庫にて開催された春画展には21万人もの来場者が訪れる盛況となったが、その半数以上が女性客だったという。
今年公開される春画に関する2本の映画、劇映画の『春画先生』とドキュメンタリー映画の『春の画 SHUNGA』を企画・プロデュースしたカルチュア・エンタテインメントの小室直子さんも、永青文庫でその魅力に気づいた一人だ。
なぜ今、春画が現代の女性の心を捉えているのか。小室さん、そして、浮世絵研究者で京都芸術大学・准教授の石上阿希さんに聞いた。
江戸時代、大量流通していた「笑い絵」
公開中のドキュメンタリー映画『春の画 SHUNGA』は、国内と欧州の研究者や美術商、市井のコレクターに現代アーティストまで幅広く取材し、春画の魅力に迫る内容だ。
数多くの春画がカメラに収められており、その美しさとユニークさをスクリーンいっぱいに堪能することができる。彫りの細かさなどの圧倒的な技量もクローズアップで丹念に見せ、当時の職人技術に驚くとともに、趣向を凝らした数々のアイデアにも目を見張る。
春画は江戸時代、「笑い絵」と呼ばれ庶民に親しまれていたという。性的営みを面白おかしく描いたものを皆で笑いながら楽しんでいたそうで、贈り物としても重宝され、嫁入り道具でもあったと語られる。春画の魅力と成り立ちをわかりやすく紹介しており、入門編としてうってつけの内容だ。
京都芸術大学・准教授の石上さんは、春画について「出版物として大量に流通していた」点が興味深いという。
「春画は個人の絵師が表現意欲を突き詰めて作ったものだけでなく、多くは版元という企画者、彫師・摺師という共同制作者がいて不特定多数に売る商品として成立していたんです。これだけの手間暇をかけてこんなものを作って売っていたというのは驚きですし、江戸時代の人はこういうものを読んで喜んでいたのかという発見があります。
私は豪華な一点ものよりもちょっとヘンテコなもの、例えば、幽霊や妖怪しか出てこないものや、頭が全部性器になっているものとか、そういうものが興味深いなと思います」(石上さん)
春画には、現代でいう二次創作のようなパロディ作品も数多いそうだ。
「江戸時代の庶民は、伊勢物語や源氏物語という古典に親しんでおり、当時人気のあった仮名手本忠臣蔵は大体の人が知っていました。春画はそれらを面白おかしく性的なパロディにして、多くの人が楽しんでいたようです。例えば、仮名手本忠臣蔵には力弥と小浪という許婚が登場しますが、その2人の夜の生活をビジュアル化したものなどがあります」(石上さん)
女性が企画・監督した「春画」の映画
カルチュア・エンタテインメントの小室さんがプロデュースした春画をテーマにした2本の映画は、まず劇映画の『春画先生』の企画が先にあり、ドキュメンタリーの『春の画』は後から企画されたものだという。
「『春画先生』は、映画で春画を再現するという発想で企画したので、春画の歴史自体を解説する内容ではありません。2016年ごろから企画を進める中で、春画について知った情報には面白いものがたくさんあり、これらが紹介できないのは宝の持ち腐れになってしまう。ですので、春画そのものを紹介するためのドキュメンタリー作品を作る使命があると思いました」(小室さん)
前述した通り、小室さんは2015年の永青文庫の春画展に足を運んでその魅力に引き込まれた一人だ。
「当時、私は『ロマンポルノ・リブート』という映画プロジェクトに参加していて、それは男性が女性を性的に消費するものとは異なる、人間の性の有り様を描こうという趣旨でやっていました。
そんな時に春画展が開催されていたので参考になるかと行ってみたら、すごく面白くて大きな衝撃を受けたんです。春画の美意識やすごい技巧、想像力の広がりなどにすっかり飲まれてしまい、ロマンポルノで作り手たちがやろうとしていることにも通じるものがあると思ったんです」(小室さん)
本作のプロデューサーは小室さんとドキュメンタリージャパンの橋本桂子さんが務め、監督も女性の平田潤子さんという陣容で、出演者にも女性が数多く登場する。
小室さんは、平田監督を起用した理由として「(平田監督とは)20年来の付き合いで、最初にこの企画を相談した相手でした。本来はテレビ局などに春画の魅力を紹介する番組を作ってほしいと思うんですけど、きっとテレビでは放送できないでしょうから、普段地上波の番組も作っている平田監督がやるのがいいだろうとなりました」と語る。
男女が等しく性を楽しむ「和合」
小室さんが永青文庫の春画展に足を運んだ時、女性客の多さに驚いたという。
「主催者発表では観客は男女半々ぐらいだったと思いますが、女性のほうが多く見えました。たぶん、それは女性の方が積極的に前で見ている人が多かったからだと思います」(小室さん)
石上さんは、大英博物館でも女性客の方が多かったと語る。
「大英博物館では16歳未満は保護者の助言が必要という形での開催で、赤ちゃんを連れて夫婦で来場している方もいらっしゃいました。半数以上が女性のお客さんで、笑いながら解説を読んでいたりして、会場の雰囲気もすごく良かったです」(石上さん)
日本でもイギリスでも、なぜ現代の女性が春画に魅了されているのだろうか。小室さんは、「近年、展示される春画には“和合”という、男女がともに性を楽しむ姿が描かれているものが多いので、嫌な気持ちになりにくいからではないか」と語る。
「女性が、いわゆるエロ本やAVの多くを嫌だと感じるのは、男性の性的ファンタジーを満たすような描かれ方や振る舞いが気になってしまうからだと思います。
春画の中にも暴力的な表現をしたものはありますが、そうした作品では男性は醜く描かれることがほとんどで、むしろ男女等しく楽しんでいる様を描いている作品が多いんです。
当時の春画も、作っている人はほとんど男性だったはずで、性的欲望を満たす目的があったことは否定できません。
けれど、性的な営みは命をつなぐ、子どもを授かることでもあり、神秘的なことでもあったと作中でも言及されています。江戸時代には、5歳までに約2割の子どもが死んでしまう時代で、出産で命を落とす女性も珍しくありませんでした。生と死が近かった中で、子どもを授かることを祝っていたんだと思います」(小室さん)
作中で、春画はある種の縁起物だったと語られる。
嫁入り道具として持たされる風習は昭和初期ぐらいまで続いていたそうで、日露戦争までは生きて帰ってくるための願掛けとして兵隊に持たせていたとも言われている。石上さんによれば、春画を持って嫁に行けば夫が浮気しなくなるという、浮気防止の願掛けとして持たされた人もいるとのことだ。
「男女がともに性を楽しむ“和合”という表現が、夫婦円満にも良いと考えられていたんだと思います。特に江戸時代は家を残していくことが大事なことで、その要となるのが夫婦関係です。子どもを授かるにはお互いを大切にする必要があり、性の営みは家の存続のためにも重要なことと考えていたんでしょう」(石上さん)
この和合の表現が、現代の女性が春画を楽しめていることにつながっているようだ。
「大英博物館の春画展の時、“Who’s Pleasure?” というタイトルのシンポジウムが開かれたのですが、登壇者はほとんど女性でした。そこでの女性向けのセルフプレジャーグッズを扱うショップ経営者の発言は、女性が春画を楽しめる理由がよくわかるものでした。
その方は、春画は男女ともに喜んでいる様が描かれ、西洋のポルノと比べて女性の尊厳が敬意を持って描かれていると言っていました。さらに、春画はセックスに対して多様な語り口が用意されていて、議論もできる。しかも女性の性器を美しく描いていると言っていました」(石上さん)
石上さんは、近代以降の男性主体の性的表現は女性の裸だけが写るものが増え、その背景には性的なファンタジーとして自分以外の男性を必要としなくなったことがあるのではないかと考える。しかし、春画は男女ともに描かれることで、女性と男性が等しく性を楽しむ表現として成立しているのだ。
「家の存続や子孫繁栄などの建前もあったと思いますが、そのためには女性を一方的に性的消費の対象としていては駄目だったんでしょう。両方の性が等しく描かれている必要があったんです」(石上さん)
都内で本作を公開するシネスイッチ銀座 の主要観客層は女性だ。本作の上映は、劇場側からぜひ上映したいと申し出があったそうだ。
「シネスイッチ銀座は美術系のドキュメンタリー作品も多く上映してきているので、客層にマッチしているんだと思います。劇場の隣にあるギャラリーで『銀座の小さな春画展』を開催しているんですが、やはり女性客の方が多いんです。ここでは映画に登場する春画の本物が見られます」(小室さん)
春画は、明治時代に「風俗を害する」として禁じられ、後に刑法175条「わいせつ物頒布等罪」として公に封印されることとなった。
男女が性を等しく楽しめる表現が日本にあったにもかかわらず、それを知る、学ぶ機会が失われてきたともいえる。以前よりも春画に対する世間の風当たりは和らいだとはいえ、大規模な展覧会は2016年以降開催されておらず、春画を見られる機会はまだ限られている。
この映画の公開はそんな春画の魅力に触れられる貴重な機会となるだろう。
Source: HuffPost