11.12
「国に帰れと怒鳴られた」との訴えも。警察官による人種差別の防止、「ガイドラインあり」はゼロ【全国調査】
※人種差別の実態を報道するため、この記事は外国にルーツのある人たちに向けられる差別の描写・表現を含んでいます。
「『お前ら外国人は国に帰れや』と怒鳴りつけられた」
「外国人であることが分かった途端、警察官の態度が急変しタメ口で職務質問が行われた」
人種や国籍などを理由とした職務質問(いわゆるレイシャル・プロファイリング)に関する東京弁護士会の調査に、外国にルーツがある人たちからそんな訴えが寄せられた。
レイシャル・プロファイリングを巡っては、在日アメリカ大使館も2021年に異例の警告を出すなど、近年関心が高まっている。
警察官による人種差別の問題に、警察はどう対処しているのか。
ハフポスト日本版が全国の47都道府県警察を対象に行った調査で、警察官による人種差別を防ぐためのガイドラインを策定している警察は「ゼロ」であることが分かった。警察庁への取材では、同庁による全国統一のガイドラインもないことが判明した。
ガイドラインがない一方で、多くの警察が「人種や国籍などに基づく差別的な職務質問を行わないよう研修で指導している」と回答。山梨県警のみ、指導内容を尋ねる質問に「回答を差し控える」とした。
ただ、元警察官たちからは「人種差別の防止を含め人権に関する研修を受けたことはない」との証言が上がっている。
レイシャル・プロファイリングに対する警察の取り組みの課題や、海外の事例について専門家に聞いた。
レイシャル・プロファイリングとは?
警察などの法執行機関が、人種や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性であることを根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすることは「レイシャル・プロファイリング(Racial Profiling)」と呼ばれる。
ハフポスト日本版は2023年8〜11月、全国の47都道府県警察に対しアンケートを行い、主に以下の点を尋ねた。
▽警察本部と警察学校で、人種差別を防止するための研修を行っているか。行っている場合、研修の中で人種差別的な職務質問(いわゆるレイシャル・プロファイリング)の問題を教えているか
▽研修で使用している資料
▽人種差別防止の研修の中で、外国にルーツのある当事者を講師として招いた講演会の有無
▽警察官による人種差別を防止するためのガイドラインの有無
39警察が「差別的な取り扱いを行わないよう指導」と同一の回答
調査では、全47都道府県警察が「人種差別の防止に関する研修(または授業)を行っている」と答えた。
加えて、「人種差別の防止に関する研修の中で、人種差別的な職務質問(いわゆるレイシャル・プロファイリング)の問題を教えているか」という質問に対し、8割に当たる39警察が「職務質問の際における留意点として、人種、国籍等に基づく差別的な取り扱いを行わないよう指導している」という同一の回答をした。
福島県警は、「人種差別防止に特化した研修は行っていない」と前置きした上で、「職務質問に関する研修の中で、レイシャル・プロファイリングに関して必ず触れている。ロールプレイング形式の訓練や、職務質問を含めた外国人への対応要領の中で、差別的な発言をしないよう教えている」と答えた。
このほか「警察学校の教官や部外講師が講義を担当し、講義の中でレイシャル・プロファイリングについても触れている」(山形)、「職務質問を含めた研修の中で、レイシャル・プロファイリングという言葉を使って教養を行っている」(大分)との回答もあった。
山梨県警は「人種・肌の色・国籍・服装等を端緒とした差別的な職務質問を防止し、外国人の人権等に配意した適正な職務執行を行うよう指導している」と説明した一方で、人権研修の中でレイシャル・プロファイリングの問題について教えているかを尋ねたところ「個別具体の指導内容については、回答を差し控える」として答えなかった。
当事者を招く講演会は?過半数が「プライバシー」理由に回答せず
人種差別防止の研修では、具体的に何を教えているのか。
研修内容を尋ねたところ、法務省発行の啓発冊子『人権の擁護』を教材に使用していると答えたのは32道府県。この冊子には主な人権課題として「外国人」の章があるが、ヘイトスピーチに関する記述が多くを占め、人種差別的な職務質問については盛り込まれていない。
研修の資料として、警察庁が2022年9月に作成した『職務倫理教養の手引』(全79ページ)を挙げたのは13府県。ハフポスト日本版が情報開示請求をしたところ、この手引きで外国人の人権について記述があるのは1ページのみだった。「各種警察活動において、人種や国籍等に基づく差別的取扱いと誤解を受けないよう言動に留意しましょう」との注意書きがある以外に、どういった言動が差別に当たり得るかという具体的な説明はなかった。
このほか神奈川県警では、国際協力機構JICAの職員が警察学校の講義を担当し、「増加する訪日外国人の実情を踏まえ、国際社会における日本の立場、国際人としての国際交流のあり方を学び、外国人に対する差別の絶無、人権擁護の理解を深めている」としている。
一方、多くの警察は「人権に配意した適正な職務執行に関する研修を実施している」(秋田)のように、具体的な研修内容を答えなかった。
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人種差別の防止の研修で、外国にルーツのある当事者を講師として招いた講演会を行っているかを尋ねたところ、「なし」と答えたのは20道府県警。「部外講師のプライバシーを侵害する恐れがあるため、回答は差し控える」などとして、26都府県警は答えなかった。
三重県警は、「人権研修の部外講師として外国人講師を招いているが、レイシャル・プロファイリングや職務質問に特化しているわけではない。日本と外国の警察の違いを紹介し、外国人と接する時に相手が警察官に対しどのように感じることがあるかを伝えている」と答えた。
「なし」と答えた警察のうち兵庫県警は、外国ルーツの当事者を招いての講演会はないとした上で、「通訳業務に従事する職員向けの研修で、外国人の講師が、自身の体験を基にレイシャル・プロファイリングについて説明し、注意喚起することはあった」と説明した。
また、人種差別を防止するためのガイドラインを作成していると答えたところは47都道府県警で「ゼロ」だった。
元警察官ら、人権教育「受けた記憶ない」
人種差別防止の研修や授業について、全ての都道府県警察が「行っている」と答えたが、警察経験者からはそうした研修を受けたことはないとの声が上がっている。
数年前まで警察官だった40代の男性は、昇任時を含めて約20年間のうちに警察学校に10回以上入校したが、「人種差別防止や人権に関する教育を受けた記憶はない」と語る。
男性は、警察職員への教養を担う部署に配属されたこともあったが、「人種差別の防止を含む人権教育を行うよう指示されたことはなかった」と振り返った。
「『人種や国籍に基づく職務質問はしないように』という文書が回ってきても、全ての警察官が目を通すわけではありません。現場で職務質問をする地域警察官が、レイシャル・プロファイリングの問題を学ぶ機会はほとんどないです」(元警察官の男性)
2023年6月に退職した西日本在住の元警察官の女性も、「人種差別防止の研修を受けたことは一度もありません」と取材に明かし、「警察内ではレイシャル・プロファイリングという言葉自体も浸透していません」と話した。
変化見られるも「具体性に欠ける」と専門家
レイシャル・プロファイリングを防ぐための措置は、国際人権機関からも求められている。
国連の人種差別撤廃委員会は、2020年の一般的勧告で各国に対し、警察などの法執行機関によるレイシャル・プロファイリングを防ぐため、職務質問や所持品検査に関する明確な基準を盛り込んだガイドラインを策定するよう求めている。
このほか、違反した場合の懲戒措置や、法執行機関による差別防止に特化した必修の研修プログラムを実施するよう勧告。可能であれば、研修の開発・実施には差別や偏見を受けている当事者グループが関わることが必要だとしている。
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人種差別の防止に対する日本の警察の取り組み状況を、専門家はどう見ているのか。
レイシャル・プロファイリングに関する東京弁護士会の調査を担当した宮下萌弁護士は、「これまでは、(個人として参加した)警察庁や国家公安委員会との省庁交渉の場でレイシャル・プロファイリングへの見解を尋ねても、『人種などを理由とした裁量が発生することはない』という趣旨の主張が繰り返され、警察側は『問題自体が存在しない』という立場を貫いていました。
ですが、レイシャル・プロファイリングが社会的に話題となった2022年以降は警察の認識が少し変わり、今回の各警察の回答からも、少なくとも『人種差別的な職務質問に対して何らかの対処をしなければいけない』という意識の変化は感じ取れます」とみる。
その上で、宮下弁護士は「研修で触れているとはいえ、内容は具体性に欠けて不十分」だと指摘する。26都府県警が講師のプライバシー保護を理由に、外国にルーツのある人を招いた講演会を開いているかについて答えなかったことに対しても「答えない理由になっていない」と付け加えた。
「本来市民を『守ってくれるはず』の警察官から、肌の色や人種的ルーツを理由に犯罪者予備軍として扱われる体験は、人としての尊厳を傷つけられること。公権力から差別を受けた人がどう感じ、具体的にどんな被害が生じるかを聞く機会がなければ、レイシャル・プロファイリングをしてはいけない理由が現場の警察官には伝わりません」として、当事者から話を聞く機会の必要性を強調する。
米国は20年前からガイドラインを作成
調査では、警察官による人種差別を防ぐためのガイドラインを作成していると答えたところは47都道府県警で「ゼロ」だった。
また、人種差別的な職務質問の防止を目的としたガイドラインの有無について、ハフポスト日本版が警察庁に取材したところ、同庁はそれには回答せず「職務質問に当たっては人権に配慮した適正なものとなるよう、警察官に対する教育を繰り返し徹底しています」と述べるにとどめた。
レイシズムの問題に詳しい社会学者の明戸隆浩氏(大阪公立大大学院・准教授)は、全国の警察の回答に対し、「人種差別防止のガイドラインなしに研修すること自体に疑問がある。警察の現在の取り組みは、非常に表面的なものにとどまる」と話す。
アメリカ司法省は2003年、人種や宗教などへの偏見に基づく捜査を規制するガイドラインを策定。その後の改定で、性的指向や障害などを理由とした捜査活動にも広げた。2023年5月の最新版では、対象を従来の警察官や捜査官に加え、検察官や弁護士などにも拡大した。
ガイドラインでは、「特定の国籍の人は罪を犯す可能性が高いという固定観念に基づき、個人を容疑者としてターゲットにすること」などを禁止している。一方で、特定の人物と特定の事件を結びつける信頼度の高い情報を得ている場合など、人種などを捜査の手がかりにすることが認められる例外的なケースも具体的に示している。
明戸氏はアメリカの事例を踏まえ、レイシャル・プロファイリングの問題に踏み込んだ全国統一の指針が日本でも必要だと話す。
「現場で犯人を早く探し出し治安を守ろうと職務に当たる中で、仕事に熱心な警察官ほど意図せずに人種差別をしてしまうことがある。それを防止するために、何がレイシャル・プロファイリングに当たるかをガイドラインで明示し、その基準を個々の警察官に浸透させるのが研修の本来の役割のはずです」(明戸氏)
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「新人の頃、外国人に対して積極的に職務質問するよう教え込まれた」。40代の元警察官の男性は、取材にそう証言した。
近く公開予定の記事では、元警察官へのインタビューから、レイシャル・プロファイリングの根底にある警察組織の人権意識の課題を考える。
(取材・執筆=國﨑万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
Source: HuffPost