06.17
10年戦争で崩壊したシリア、国民をさらに苦しめる「最悪の飢餓」が迫る
<ロシアの圧力により最後の越境支援ルートも閉鎖の危機に。支援の道が断たれれば人道上の悲劇を招く> 6月16日の米ロ首脳会談で、ジョー・バイデン米大統領はロシアのウラジーミル・プーチン大統領にシリアへの越境人道支援を拡大するよう個人的に迫る構えだ。複数の消息筋によれば、この結果、中東の中心に位置する国で新たな人道上の悲劇が起きるのを阻止するためにアメリカの役割が重要性を増す。反米の筆頭格ともいうべき国から譲歩を引き出せるかどうか、バイデンの手腕も試される。 これに先立ち、アントニー・ブリンケン米国務長官は3月に行われたシリアの人道危機を議論する国連安全保障理事会で支援強化の必要性を訴えた。リンダ・トーマスグリーンフィールド米国連大使も6月2日にトルコを訪れ、トルコおよびイラクの国境からシリア側への越境支援を拡大する計画に支持を求めた。オバマ、トランプの両政権が無関心だった国に再び関与しようという、バイデン政権の限定的だが一貫した取り組みの表れだ。 シリア北西部と北東部の反政府勢力支配地域の民間人にトルコ、ヨルダン、イラクとの国境にある一握りの検問所経由で支援物資を届ける国連の大規模計画は、ロシアの圧力で縮小を余儀なくされてきた。「人道上の悲劇」を招きかねないとの国連の警告をよそに、越境支援を可能にする国連決議案が期限を迎える7月10日を前に、ロシアは計画の完全中止か、少なくとも期間を1年から半年に短縮する可能性をにおわせている。 340万人以上が人道支援に頼る シリアでは10年に及ぶ内戦で民間人数十万人が死亡、国外に逃れた難民は660万人以上、国内にとどまる避難民もおよそ650万人に上る。現在シリア北西部では340万人以上が人道支援に頼っており、北東部でも180万人以上が支援を必要とする。北東部の状況は昨年以降悪化している。新型コロナウイルス対策に必要な医療物資の輸送を担当していたイラク国境のアル・ヤルビヤ検問所をロシアが閉鎖に追い込んだためだ。 「現在シリアの人々の状況は、安保理が前回レビューを実施した9カ月前と比べて悪化している」と、国連人道問題調整事務所(OCHA)は支援状況に関する4月11日の極秘評価で指摘した。「北東部の状況も、昨年アル・ヤルビヤが国連の公認検問所から外れたのを受けて悪化している」 北西部の状況はそれ以上に深刻で、OCHAによれば「シリア北西部の交戦地帯では何百万もの人々が国境に追いやられ、生きるために人道支援を必要としている」という。ロシアが最後に残ったトルコ国境のバブ・アル・ハワ検問所の閉鎖も迫ると国連の外交官らはみている。国連はこの検問所から毎月約1000台のトラックでシリア北部イドリブ県に支援物資を運び、反政府勢力支配地域の240万人以上に届けている。 ===== シリアのフメイミム空軍基地に着陸した長距離爆撃機の乗組員を出迎えるロシア軍兵士 Ministry of Defence of the Russian Federation/Handout via REUTERS ロシアは、シリア国内の支援物資輸送はシリア政府の監督の下で首都ダマスカスから各地の戦線へ送られるべきだと主張してきた。だがシリア政府は、国連がそうした輸送ルートを確立するのを大部分妨げてきた。過去には、必要不可欠な支援物資や医療物資の反政府勢力支配地域への輸送をたびたび阻止。そうした地域の住民を飢えさせ、国外や国内の政府支配地域に逃れざるを得なくすることを狙った軍事的戦略の一環だった。 「救えるはずの命が……」 「反政府勢力支配地域への輸送を定期的に行っても、越境支援の規模と範囲には及ばないだろう」と、OCHAの評価は指摘している。「越境支援が認められなければ、北西部の支援を必要とする民間人340万人は、10年前の内戦勃発以降で経験したことのない窮地に陥ることになる。飢餓が拡大し医療を必要とする人々が放置され、水も手に入りにくくなる。国連による越境支援活動の中止でさらに物資が不足すれば、救えるはずの命が救えなくなるだろう」 2014年7月に国連安保理は人道支援として、4カ所の国境検問所から反政府勢力の支配地域に物資を搬入することを承認した。このとき認められた検問所は、ヨルダン国境のアル・ラムサ、トルコ国境のバブ・アル・サラムとバブ・アル・ハワ、イラク国境のアル・ヤルビヤだ。 しかし、昨年1月にロシアと中国の反対で、越境支援のルートは2カ所に限定された。7月にはロシアのさらなる圧力を受けて、バブ・アル・ハワのみとなった。 バイデン政権は発足当初から、シリアの人道的危機を優先課題としてきた。今年3月にブリンケンは安保理に対し、「困窮しているシリア人がどこにいてもできるだけ早く手を差し伸べられるようにしたい」と訴えた。 トーマスグリーンフィールドはトルコ訪問中に、アメリカが人道支援に2億4000万ドル以上を拠出すると発表。「最後の人道的な国境を閉鎖するという残酷さは計り知れない」と語った。「国際的なNGOのコミュニティーや難民から私が聞いたところでは、国境を通過できなければ人々は死ぬだろう」 米上院および下院の外交委員会を中心とする超党派の議員は6月7日、ブリンケンに宛てた公開書簡で越境支援の重要性を主張した。 「支援を全面的に再開することは一連の人道的な大惨事のさらなる悪化を軽減させるためのカギとなる。国連安保理が国際的な平和と安全を維持する力を弱めようという、ロシアの動きに対抗するためにも有効である」 「越境人道支援を排除しようというロシアの試みは、東地中海へのアクセスを維持して、国際社会にバシャル・アサド政権の正統性を再び認めさせ、ロシアの戦略的足場を確保することにつながる(シリアの)復興の資金集めの再開を目指すという、より大きな目的の一環である」と、書簡は指摘している。 ===== 多くの国連関係者にとって、バイデン政権のシリアへの関与は米政府の国際舞台における影響力と、国際システムを意のままに動かす能力を改めて問う機会でもある。さらにトランプ前政権時代にはほとんど見られなかった、各国間の政策を調整する手腕を示すことになる。 「アメリカの関与の質と重要さは、トランプ政権下とは比べようがないほど変わっている」と、シンクタンク国際危機グループのリチャード・ゴワンは言う。「個人的には、アメリカが多国間外交に復帰しているという言葉が、初めて現実味を帯びてきた」 一連の外交戦略はアメリカにとって、ロシアと建設的に協力できる部分があるかどうかを見極める場にもなる。「アメリカはこれを、シリア問題だけでなく、より全般的なモスクワとの関係を見定めるための試金石と位置付けている」と、ゴワンは言う。「ロシアが何らかの妥協をする気があるかどうか、確認するテストでもある」 米ロの駆け引きの行方 一方で、アメリカは人道支援や過激派組織「イスラム国」(IS)の制圧を掲げることで、包括的な政策が足りないことを隠しているのではないかという指摘もある。シリアでロシアやイランの影響力と権力が拡大していることや、大規模な戦争犯罪、シリアが化学兵器プログラムを維持していることなど、さらに困難な課題に対処する政策が求められている。 「シリアの問題が全てなくなることはない」と、トランプ前政権でシリア政策特別代表を務めたジェームズ・ジェフリー元駐イラク米大使は警鐘を鳴らす。プーチンが見返りなしにライフラインを開放することはなく、「ロシアは譲歩を求めてくるだろう」。 ジェフリーによると、かつてシリアをめぐるアメリカとの2国間協議に出席したロシア側の担当者は、他国や国際開発機関がシリアの復興に投資することを妨害するのをやめるようにといった要求を一方的に並べ立てた。 「彼らはアサド大統領への制裁を解除し、復興を認めてほしいと求めてきたが、私たちはノーと言い続けた」 From Foreign Policy Magazine
Source:Newsweek
10年戦争で崩壊したシリア、国民をさらに苦しめる「最悪の飢餓」が迫る