2021
06.15

ワクチン接種進む欧州で高まる同調圧力 拒否した者が解雇される事例も

国際ニュースまとめ

<個人主義や人権意識の高いはずの欧州で、自らの体について自己決定権が奪われかねない事態が起きている> スイスでは新型コロナウイルスのワクチン接種が進み、6月初旬の時点で、全国で2回摂取完了した人は26%、1回終了した人は42%に達した。スイス最大の都市チューリヒのあるチューリヒ州では、16歳以上の接種予約が5月初旬に開始になり、7月からの学校の夏休みを前に摂取を急速に進めようという意図がうかがえる。 一方で、スイスでもすぐに接種はしない、または摂取は拒否すると決めている人がいる。そんな考えの介護職の女性が、接種しないことを理由に勤務先から解雇された。 しっかりと働いていたのに、解雇 6月のフリーペーパーのツヴァンツィヒミヌーテンの報道によると、ローザ・フォンターナさん(49歳)は、介護アシスタントとして、スイス・ルツェルン州の4つ星クアホテルに9年間勤務していた。ある日、上司から新型コロナウイルス予防接種を受けるよう強く求める手紙が送られてきたが、個人的な理由で拒否したという。その後、電話があり、接種することをもう1度よく考えるよう言われた。 フォンターナさんは了解し「もう1回熟慮します」と答えた。すると、また手紙が届いた。「予防接種を受けたいか」という質問に「はい」という項目だけがあり、それにチェックを書き込むという内容だった。 その手紙をそのままにしておいたところ、2月下旬に解雇を言い渡された。フォンターナさんは、自分は良い従業員だったのにと怒りがこみ上げるとともに、がっかりしたという。 ホテルは、フォンターナさんに解雇後の半年間は給与を払い続ける義務があったらしい。しかし、フォンターナさんは弁護士に依頼する費用を使いたくなかったし、また新しい仕事が見つかったため、ホテルを訴えることは止めた。 フォンターナさんによると、ほかに2人が同じ理由で解雇されたといい、同紙は、その2人のコメントも公開している。1人は理学療法士で「予防接種を受けたくないと言ったので、私も解雇されたのです」と話し、もう1人は「解雇の理由は予防接種です。接種を受けない人を働かせておきたくないと言われました。だから、私は荷物をまとめて去らなくてはならなかったのです」と語っている。 ===== 新型コロナウイルスに関する情報をはじめ、自然災害や火災など非常事態下にスマホでメッセージを受け取れるスイス国民保護庁のアプリ「アラートスイス」(筆者撮影) ワクチン接種拒否による解雇は、合法なのか? フォンターナさんらを解雇したホテル側は取材に対し「コロナ禍の始まり以来、ゲストとスタッフを最も適切な方法で守ることに努めてきました。予防接種は、そのうちの一策です。解雇には常に多面的な理由がありますが、非常事態には経済的な理由も含まれます」とコメントしている(ツヴァンツィヒミヌーテン)。 同紙は、弁護士の意見も聞いている。アンドレ・クーン弁護士いわく、雇用者が、被雇用者が予防接種をしたくないからと解雇したり、即座にほかの部署に異動させたりする場合、個々のケースにはよるものの、裁判官は、そのような解雇が不当なものかどうかを考慮しなくてはいけないという。 スイスで高齢者の介護を仕事にしている人の中には、フォンターナさんたちのように予防接種をしない人たちは確かにいる。 筆者が通う美容院の美容師は、ある高齢者施設で定期的に散髪をしており、昨年末に施設から優先的に摂取できるがどうするかと聞かれ、すでに今年初めに予防接種を済ませたという。そこの介護スタッフも摂取を薦められたが、数人はずっと拒否しているそうだ。また、過去の記事「日本と雲泥の差。「神が守る」と言う人も現れはじめたヨーロッパの不安」でふれたように筆者の親戚の1人は高齢者の訪問介護をしているが、摂取はしないと決めている。 女優も、予防接種拒否で役を下ろされた 似たようなケースは、ほかにも起きている。ARD(ドイツ公共放送連盟)で放映中の犯罪系のテレビドラマに出演中の女優エヴァ・ヘルツィヒさん(40代)が、予防接種を拒否したことを理由に降板になった。先日、独フォークス誌ほか、多数のメディアが報じた。番組制作には常に50人ほどのスタッフがいるといい、制作会社はスタッフに対する責任があるとしている。 ヘルツィヒさんが接種しないのは、ワクチンは副反応と長期的な影響を起こすかもしれず、疑問をもっているからだという。2人の子供をパートナーなしで育てているヘルツィヒさんにとって収入を失うことは痛手で、迷った末の決断だったそうだ。 ===== 刑法や法哲学を専門とするレーゲンスブルク大学カトリン・ギーアハーケ教授は、ヘルツィヒさんの件に関した予防接種についてのインタビューの中で、以下のように話している。 「予防接種については、客観的でオープンな話し合いが必要です。(中略)老いも若きも、接種が単にノーマルな状態へ戻る切り札だということではなく、自分の体に対する自己決定と個人の自主権に関することだと気づかなければいけません」 摂取は義務ではない 筆者の知人のひとり(60代)は、新型コロナウイルスは重症化する可能性があり、感染を過小視していないが、予防接種はあくまで推奨なのに、義務であるかのような見えない同調圧力がスイスをはじめとした多くの国々で働いていると話す。 知人の周囲では、これまで、体に害を与える遺伝子組み換え食品のことを厳しく批判したり、化学物質(アルミホイルなど)に敏感に反応していた人たちまで、積極的に予防接種しているそうだ。 また知人の妹は、子どものときから重度の喘息およびアレルギー体質で、生まれてから一度も予防接種をしないできたが、かかりつけの医師に最近ワクチンを奨められ、接種を受けることに決めたという。彼女は「誰がどんな選択をしてもよいが、社会が予防接種推進派とは違う意見を認めなくなるようなら恐ろしい」と筆者に語った。 ワクチン接種の副反応を一般化することができないことが、状況を複雑にしていることは確かだろう。ギーアハーケ教授や知人が指摘するように、最終的には摂取するかどうかは自分で決めることだが、接種拒否を理由とした解雇は表に出ないだけで、すでにあちこちで起きているのかもしれない。 [執筆者] 岩澤里美 スイス在住ジャーナリスト。上智大学で修士号取得(教育学)後、教育・心理系雑誌の編集に携わる。イギリスの大学院博士課程留学を経て2001年よりチューリヒ(ドイツ語圏)へ。共同通信の通信員として従事したのち、フリーランスで執筆を開始。スイスを中心にヨーロッパ各地での取材も続けている。得意分野は社会現象、ユニークな新ビジネス、文化で、執筆多数。数々のニュース系サイトほか、JAL国際線ファーストクラス機内誌『AGORA』、季刊『環境ビジネス』など雑誌にも寄稿。東京都認定のNPO 法人「在外ジャーナリスト協会(Global Press)」監事として、世界に住む日本人フリーランスジャーナリスト・ライターを支援している。www.satomi-iwasawa.com

Source:Newsweek
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