08.08
「自由になる方法をお知らせしたい」。僧侶でメイクアップアーティスト・西村宏堂さんがNECで話したこと。
「どんな方でも自分が持っているユニークなところに自信を持って輝かせることができる方法、自分を自由にする方法、周りの多様な人たちを応援し、制限やしがらみを感じている人を自由にしてあげられるような方法を、今日はお知らせしたい」
浄土宗の僧侶でメイクアップアーティストの西村宏堂さんはそう語り始めた。NECが社員向けに6月に開催したオンラインでの講演会での一幕だ。
講演会では、珍しい取り合わせでの活動に至った自分の生い立ちなどについて語り、社員からの相談にも応じた。
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東京のお寺の家に育った西村さん。幼い頃から、自分のことを「女の子でもあり男の子でもある」と感じていたという。お寺にたくさんあった風呂敷を長い髪に見立てたり、母親のワンピースを履いたりと、大好きなプリンセスのように着飾っておしゃれを楽しむ子どもだったという。
しかし、アニメには、同性愛のように描かれるキャラクターや女装した人が、悪役や「望まれない相手」として登場したりする。そんなことから徐々に「自分を隠さないといけないと思うようになっていきました」。
さらに中高生になると、「女性らしさや男性らしさ」を規定するようなメイクやファッションの広告などを目にするようになり、「普通や常識がどんどん息苦しくなっていきました」。その頃には、物静かな振る舞いを心がけるようになっていったという。だが、ある日のこと。
「高校で、あまり面識のないクラスメイトが『西村、あいつホモでしょ?』と噂をしているのを聞いてしまったんです。その時には、布団圧縮袋に入れられてキューっと空気を抜かれているような気持ちになりました。聞こえなかったふりをして、家に帰りました。とても苦しかったし、悔しかった。いい人であろうと心がけているし、みんなと仲良くしたいという気持ちもあるのに、なぜ馬鹿にされる?と、とても悔しかった」
西村さんは、高校卒業後にアメリカの美術大学に進学した。そこでは、さまざまな国からきた学生たちが、ファッションやメイクを自由に楽しんでした。自分を多様な方法で表現する人々と出会うことになった。
「メイクをしてアパートから出る時はとっても怖かった。でも、勇気を出して外に出て仲間と楽しい時間を過ごした時には、これがしたかったんだなという瞬間でした」
そして、容姿の問題で悩む友達にメイクをして喜んでもらえた、自信を持ってもらったという経験を経て「みんなを応援したいなという気分でメイクを始めた」という。その後、ミス・ユニバース世界大会で人種も様々な女性たちにメイクを施した経験から、美の基準は一つではなく「自分の元々の姿を生かすことが大切」と学んだという。
一方、大学では絵が得意だった友人の韓国人が兵役に行くため、休学して帰国することになった。その時の最後の発表会で見せた軍隊式のパフォーマンスに衝撃を受けたことが、西村さんをもう一度日本に向かわせるきっかけになった。
「覚悟をしている、受け入れたんだなという辛い気持ちがグサっときました。本当に自分の心にグサッと刺さる芸術は、本当に自分の悩みをオープンにしてシェアすることからしかないのだと」
そこで西村さんが自分を見つめ直し考えたのが自らのルーツ、仏教だった。
「なんで拝まないといけないの?極楽浄土って本当にあるの?などと幼い頃から疑って、仏教を知ろうとしていませんでした。プリンセスの長い髪に憧れていたのに、『お寺を継ぐんでしょ?』『将来はお坊さんになって髪を剃るんでしょう?』と言われ続けていたのも嫌だった。でも、避けていたものに立ち向かった時に、どういう人になるんだろう。どういう人間に成長できるんだろうと」
自分だけのオリジナルなものを完成させたいと、大学卒業後、24歳で修行の道に入った。しかし、男女で分けられた修行は共同生活だ。修行中に、男性用の風呂場でこんな出来事もあった。
「お風呂は特に、非常に居心地が悪かったんですが、よりによって一番バレたくなかった、脱衣所でのこと。向こうのほうから乱暴な感じの人が私のところにやってきて、『てめー、最初見た時、“カマ”かと思ったぜ』と言われたんです。高校生の時はフリーズしてしまった。でも今なら私は、何て言ったらいい?と。アメリカでは多くのLGBTを公言する立派な人たちが活躍していました。たくさんの企業がプライドパレードで応援してくれているのも見ました。日本を変えるには、私が今、変えないといけないな。その時思ったんです。それで『そうだよ』と言いました」
続けて性的な質問をされ、嫌な気持ちで黙っていると、周囲の人々が「西村さんはニューヨークでメイクアップアーティストとして活躍している」などと割って入ってくれ、彼は黙ったという。しかし後で、彼はまたやってきて「がんばれよ」と言ったのだという。人の気持ちを変えられたことは、西村さんの自信になった。
「自分が恥じることではないと確信できて、その子にちゃんと話をして、だからこそ、その子が私に対しての気持ちを変えてくれたんじゃないかなって思います。本当は悪いことじゃないことって世の中にいっぱいある。自分がそれを悪いことじゃないと確信できていることが、周りの人へも影響させるポイントかなと思いました」
一方、修行中の僧侶として、同性愛者であることをカミングアウトしてよいかどうか、西村さんが「先生」に訪ねると、阿弥陀経の中には「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」というくだりがあると諭された。それは、それぞれの人がそれぞれの色で輝くことが美しいという意味だという。
「自分を隠さないでお坊さんになってもいいんだなと思いました。世界には宗教的な価値観から同性愛を否定される人もいるけれど、この話は僧侶として私が多くの人に伝えるべきことだなと思いました」
僧侶になった後はメイクアップアーティストと二つの仕事で活躍するようになった西村さん。しかし、お寺の関係者の差別的な発言に遭遇し、「泣きながら帰った」こともあるという。そこから、「私って寛大だなと思いながらも」発言した人のことを想像して、こんな結論に至ったのだという。
「差別的な発言の背景には、簡単に、コミュニティで仲間はずれにならない安心を得たい、LGBTQなどの知識を勉強をせずに楽をしたい、安全でいたいという気持ちがある。人間である限り、それは求めてしまうこと。でも、助けてあげたいと思うんです」
西村さんは全日本仏教会に提案し、お寺が門や掲示板に掲げるためのレインボーステッカーをデザイン。仏教の「一切の生きとし生けるものは皆幸せであれ」という平等の教えを元に、LGBTQをはじめとする様々な人々を応援し、差別をする人に対しては戒めの意味も込めて貼ってもらうという活動をしているという。
「他人の自由を認めることは自分の自由を認めることでもある。自分の価値観と違っても受け入れてあげることで、自分が人と違うことがしたいなと思ってももっと受け入れやすくなる。他人を応援するからこそ、自分を応援できる。それが自由になることなんじゃないかなと思っています」。最後にそう締めくくった。
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講演に続いて行われた質疑応答では、「上司として、部下にいるかもしれないLGBTQの社員に対して、私は何をしたらいいか」という具体的な質問も寄せられた。西村さんは、アメリカでの学生時代に、先生が必ず話していたという言葉を元に「『このプロジェクトではいかなる差別も許さないし気になることがあったら私に言ってください。あなたの気持ち全ては理解できないかもしれないけれど、一緒に解決していきたいという気持ちがあります』と、知らせる機会があると良いと思います」とアドバイスを送っていた。
NECのインクルージョン&ダイバーシティグループのコーポレートエグゼクティブ、佐藤千佳さんは、「NECはカルチャーの変革に本腰を入れて取り組み、ダイバーシティの加速を2021年から2025年の中期経営計画のど真ん中に掲げています」と話している。I&Dについて社員向けのイベントを年間を通じて計画しており、この講演会はその一環として行われた。
■西村宏堂さんプロフィール
1989年東京生まれ。NYのパーソンズ美術大学を卒業。ミス・ユニバース世界大会やNYファッションウィークなどでメイクを行い、世界的に高い評価を得る。2015年に浄土宗の僧侶となる。LGBTQ活動家として、国連人口基金本部、イェール大学、スタンフォード大学、増上寺などで講演を行う。Netflix番組「Queer Eye」にも出演。2021年にTIME誌「Next Generation Leaders」に選出された。著書に『正々堂々 私が好きな私で生きていいんだ』(2020年、サンマーク出版)など。
Source: HuffPost