07.16
「私の“普通”って誰が決めたんだろう」ももクロ・百田夏菜子さんが発達障害のある人を演じて感じたこと
連続ドラマ『僕の大好きな妻!』(東海テレビ、フジテレビ系)は、妻・知花(ちか)と夫・悟の夫婦、そして彼女らを取り巻く人々を描く。知花は、片付けが苦手で、世界史の大航海時代の話題になると話が止まらず、聴覚過敏の特性がある。ドラマの第1話で、知花に発達障害があることが判明する。
一方の夫・悟も、完璧な人間ではない。原作はマンガ『僕の妻は発達障害』(ナナトエリ・亀山聡/新潮社)だが、そのなかで「1人じゃ生きられない女とちゃんと生きていなかった男はその後結婚した」と書かれているように、2人は互いを補い合いながら、困難に立ち向かい、幸せな夫婦を目指す。
発達障害のある主人公・知花を演じたのは、ももいろクローバーZの百田夏菜子(ももた・かなこ)さん。
発達障害を表現すること、そして作品を通して感じたことについて、主演の百田さんと、このドラマでプロデューサーを務める東海テレビの中頭千廣(なかず・ちひろ)さんに話を聞いた。
私の「普通」は誰が決めたのか
「“普通”って何なんだろう、と思いました」と、主演の百田夏菜子さんは語る。
「今回この作品で知花と一緒に生きていると、『私はなんでこれを普通と思って生きてるんだろう』と感じることが山ほどあって。
例えば、知花は片付けが苦手な特性を持っています。でも私は、何かを使ったら片付けるのが“普通”だと思っていました。でもその“普通”は、誰が決めたんだろう、って。
一度気になると、世の中の普通や当たり前というものに、違和感を抱く部分がすごく多くなりました。知花を演じているときは、そういうたくさんの人が思う普通や当たり前をあまり意識せずにいたので、すごく新鮮でしたし、私の中での世界がちょっと広がった感じがします」(百田さん)
発達障害は、スペクトラム(連続体)の概念で説明される。例えば、ASD(自閉症スペクトラム)の特性で、コミュニケーションが苦手だとする。その苦手さの程度は定量的に測れないから、「この数値より下なら“普通”で、超えたら“障害”だ」と定められるものではない。
困難さが著しく大きければ「障害」と判断されるが、特性そのものは、あらゆる人の中にあるとも言えるのだ。
100人いれば100通りの特性
「発達障害のある人が100人いれば100通りの特性があると、はじめて知りました。
その特性について、当事者の方々に話を聞いたり調べたりしていると、誰もが持っている要素が濃いか薄いかの違いがあるだけで、思っていたより身近でした。発達障害に対してのイメージは、知らないからよく分からないということもあると思うので、私自身も知花を演じたことで知れてよかったなと思います。
役では何か作り込むのも違うかなと思っていて、もともと自分にある要素を引っ張ってきて、なるべく自然体で演じました。例えば、知花は急に予定が変わるのがすごく苦手ですが、発達障害のない人でも急に予定が変わったら嫌だと感じる部分がありますよね。だから、私自身のそういう感情もすごく大切にしたいなと思って演じました」(百田さん)
このドラマの企画を手がけた東海テレビの中頭千廣プロデューサーは、発達障害をドラマで描くことの難しさを語った。
「発達障害のある方が100人いれば100通りの特性で、それぞれのグラデーションがあります。テレビドラマで表現する上で、それはひと目で伝えられるようなものではない難しさを感じていました。
私自身、原作マンガを手に取るまで知らなかったように、ドラマで初めて発達障害にふれる視聴者に、知花の特性=発達障害のすべて、と思われないよう、劇中では知花以外にも別の特性がある方を登場させています。
発達障害にフォーカスしてどこまで伝わるか、堅苦しくならないようあえて説明しないか、エンタメとしてのバランスを考えながら、一番にはドラマチックな過度な表現で当事者の方々が傷つくことがないよう、なるべく丁寧に物語を紡ごうと心がけました。
ドラマがきっかけとなって、これまで語られなかったいろんな意見が出て、発達障害に関する議論が生まれれば地上波のテレビドラマの放送意義があるのではと思っています」(中頭さん)
当事者を傷つけず、なおかつエンタテインメント作品として仕上げることは難易度が高いチャレンジだろう。登場人物の特性をストーリーにうまく反映できず、脚本を何稿も重ねたという。
夫の悟もまた、完璧ではないパートナー
原作マンガ『僕の妻は発達障害』の作者のひとりであるナナトエリさんも、発達障害の当事者だ。また、中頭さんと百田さんは、当事者の集まるカフェに足を運んで取材をした。百田さんは取材のことを振り返る。
「私もいろんなことを質問しました。自分の苦手なことを人に話すのは難しいことだと思うんですけど、みなさんが『遠慮しないで何でも聞いてください』と言ってくれたので、私も本当に遠慮せず、ガツガツ聞かせてもらって。
知花と似たような特性の方も、違う特性の方もいて、聞いたお話をお芝居に反映できたらいいなと思いました」(百田さん)
今作で特徴的なのは、夫の悟もまた、完璧ではないことだろう。悟は発達障害の当事者ではないが、当然ながら失敗することや間違えることもある。2人が相互に関わり合うところに、知花の発達障害の特性が表れてくる。
障害の「社会モデル」と呼ばれる考え方がある。社会モデルでは、障害は個人のなかではなくて、社会の側や、社会と個人の接点にあると考える。
そこで、パートナーシップのあり方、さらに職場の人間関係、当事者同士のつながりなどに、困りごとの本質が詰まっていることは多い。だからこそ、今作がさまざまな人間関係を描くことで、発達障害の特性を描き出すことに成功しているのではないだろうか。
中頭さんは、原作を読んで「こんな夫婦になれたら素敵」と感じたそうだ。
「自分が傷つきたくないし、相手を傷つけるかもしれないから、相手に思いを伝えないことがあったなと感じました。
でも、原作の2人(知花と悟)には、“飽きるまで伝えきったときにしか見えないもの”があるんだろうなと思ったんです。だからこそ、本当に困難なときでも2人なら大丈夫だと思えるぐらいの関係なのだと想像したときに、 私はそれをやってこなかったなと思って」(中頭さん)
これは、発達障害の有無に関わらない、パートナーシップの本質のひとつかもしれない。
ドラマが、自分や身近な人を知るきっかけになれば
プロデューサーの中頭さんは、企画段階から「知花には、百田さんの顔しか浮かんでこなかった」と言う。プロデューサーは4人体制だが、全員一致だった。
百田さんは、ドラマを観た人が自分や周囲の人と向き合うきっかけになることを願っている。
「この作品をきっかけに、改めて自分と向き合ったり、 自分自身に目を向けたりしてもらえたら嬉しいです。自分でも自分のことを知らなかったりもするのかなと、私自身も思いました。
ドラマの中では、知花も自分と向き合ったり、悟と向き合ったりする場面がよく描かれています。私自身も役を通して自分と向き合ってきて、新しい発見がたくさんあったので、観てくださっている方も自分や周りの方と向き合う機会になったらいいなと思います。
その結果、知花と似た特性があると知ってすっきりすることもあるでしょうし、人との接し方や向き合い方が変わってくるかもしれません。優しい方向に変わって、その優しさが広がり、つながっていったらいいなと思います」(百田さん)
発達障害の認知は広がってきている。いま知られてきているのは、その当事者たちがさらに多様であることだ。
筆者も当事者だが、自分を知り、他の当事者たちと接するたびに、それぞれが異なっていることに気付かされる。ときに、「発達障害」の字面が強いために、「天才なのはどの部分?」といった偏見のまなざしを受けていることもある。
しかし偏見を一度はずしてみると、実はほかの誰かと地続きで、それぞれが多様であることが見えてくる。そして、百田さんが言うように、「普通」とは何なのかを考えさせられる。
ドラマ『僕の大好きな妻!』は、発達障害の社会的なイメージを、ひとつ深く掘り進めた作品になっているのではないだろうか。
Source: HuffPost