07.04
バズ・プーンピリヤ監督に聞く『プアン/友だちと呼ばせて』制作秘話
タイに行けなかった時間が長い、タイが好きな人にこそ見てほしい
タイが好きな人にとって、この2年半のタイに行けない時間は、まるで大切な人と会えない時間のように感じられないだろうか。
渡航できなかった間に、タイの景色を思い出すとき、それはまるでフィルムの中のように、セピア色のフィルターがかかることはないだろうか?
この映画を見た時、タイリピーターであれば、まるで自分の目の中に映るタイの光景だと驚く人も多いはず。特に20年以上タイに通っているという人は、あなたがタイに恋した瞬間を思い出すに違いない。
タイが好きな人なら、そしてまだ渡航が叶っていないのであれば、こみ上げる何かを抑えることができないし、見終わった後、大切な誰かに会いに行きたくなる。そんな映画に出会ってしまった。
とはいえ、この映画『プアン/友だちと呼ばせて』は昔の話ではない。主人公である2人は、ニューヨーク暮らしを経験した、まさに現代のタイの若者だ。
最近タイが好きになった、とか、日本はもとよりアジアで大人気のタイドラマでタイにハマった、という人の次のタイ旅行の旅先のヒントにもなることだろう。
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』バズ・プーンピリヤ監督最新作
ここ最近で「タイ映画って凄いな!」と、日本でも話題になった映画と言えば、『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』ではないだろうか。
終始手に汗握るカンニングシーンや魅力的なキャストの人間模様に「この監督凄い!」と感動したのを覚えている。その監督こそ、バズ・プーンピリヤ監督。
ひそかに筆者は「ハラハラ・ドキドキの帝王」と呼んでおり、今回の『プアン/友だちと呼ばせて』もタイ人の友人に「ネタばれになるから言わないけど、後半どんでん返しがあるから!」と忠告された。そう言われると『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』のスピード感を想像していた節があった。
しかし、大きく裏切られた。それもいい意味で!そして未だにその感動から抜け出せないでいる。
短い時間ではあるが、プーンピリヤ監督にZoomでインタビューできるという時間をいただいたため、監督に伺ったお話も含めタイ好きの皆さんに『プアン/友だちと呼ばせて』の魅力を伝えたいと思う。
ウォン・カーウァイ監督からいきなりオファー
この作品はプーンピリヤ監督の新作というだけではない。
『恋する惑星』『ブエノスアイレス』で知られるウォン・カーウァイ監督がプロデュース。
プーンピリヤ監督自身も最初に全く面識がなかったウォン・カーウァイ監督に「一緒に映画を作ろう」と言われた時には「嘘だろ?」と驚いたと言う。
個人的な話で申し訳ないが、昔から香港映画が大好きな筆者にとって、日本の香港映画のイメージを覆してくれた方であるウォン・カーウァイ監督と、あの『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』のプーンピリヤ監督がタッグを組んだと言うこと自体が夢のよう。
特に『花様年華』の女性の描き方の美しさ、色使い、そしてタイのスーパースター、バードことトンチャイ・メーキンタイも出演した『2046』の未来感など、ウォン・カーウァイ監督作品の魅力を語れと言われたら、止まらないというファンも多いだろう。
この監督2人が組んだらどんなことになってしまうのか?
案の定と言うかやっぱりと言うか、2021年サンダンス映画祭のワールドシネマドラマティック部門で審査員特別賞を受賞している。
実はプーンピリヤ監督は、元々異なるストーリーをウォン・カーウァイに提案をしていたの
だそう。
しかしウォン・カーウァイに、自分の思い入れのある作品にするべきだとアドバイスを受け、全てピーンピリヤ監督自身が思い入れのある物語や、世界観が作られていった。
『プアン/友だちと呼ばせて』ストーリー
物語は、白血病の余命宣告を受けた男性と、そのプアン(友達)との青春ムービー。
ニューヨークでバーを経営するボスは、かつて一緒にバーを経営するはずだったウードから数年ぶりに連絡を受ける。ウードはバーのオープンを目前に帰国してしまったこともあり、ボスは冷たい態度を取るものの、ウードから白血病で余命宣告を受け、最後の願いを聞いて欲しいと頼まれ、慌ててバンコクの彼の家に駆け付ける。
ウードの願いは、元彼女たちを訪ねる旅。自分は運転ができないからと、ボスは運転手を命じられるのだった。
ウードの父は、元ラジオのDJ。癌で亡くなっており、ウードは最期に会うこともせず、火葬にも立ち会わなかったことを悔んでいた。父の形見であるビンテージのBMWで旅をスタートさせるが、カーステレオでカセットテープに録音した父の番組を流す。
車内に流れるのは、父の声と、父の愛した曲。
コラート、サムットソンクラーム、チェンマイと、ウードが愛したかつての女性たちを巡り、ナコンサワンで父の遺骨を風に流しお別れする旅を終え、2人はすっかり、昔の親友に戻っていた。
旅の最後にボスの故郷であるパタヤに招かれ、ボスはウードにカクテルを振舞う。物語のクライマックスかと思いきや、ここから第2幕。
ボスに隠してきた秘密をウードが打ち明ける。果たして死を目前にしたウードがボスに隠してきた秘密とは?
ウードは監督の実在のプアン(友達)が投影されている
映画の冒頭に「ロイドに捧ぐ」と映し出される。これは主役の一人、ウードに非常に大きな影響を与えた人物の名前だ。
プーンピリヤ監督はニューヨーク在住経験がある。この映画のシナリオを描き上げ2週間が過ぎた頃、ニューヨーク在住時の友人が奇しくも物語のウードと同じ白血病となり余命宣告を受けたのだ。
映画の中で最も難しい役であるウードは、タイだけではなく韓国でもモデルとして活躍した後、俳優として活躍中のアイス・ナッタラットが演じた。彼はこの役のために、なんと17キロも体重を落とし、この難役に挑んだのだが、その際、余命宣告を受けたプーンピリヤ監督の友人が、アイスと何度も対話を重ねてくれたのだと言う。
その友人の名前こそが「ロイド」だったのだ。ロイドは映画の公開を楽しみにしつつ、映画を見ないまま旅立った。
ウードはロイドに似たキャスティングをオーディションで射止めたのか?と言う問いに、監督は「ロイドのDNAはたくさん入っている」としつつも、アイスがロイドに似ているからと言う理由でのキャスティングではなく、オーディションでアイスを見た瞬間に、彼しかいない、と思ったのだと言う。
ウードはバンコクの下町に暮らし、ニューヨークに住んでいた時も、ボスに出会うまでは、タイレストランで働いていた。片やボスは母親がセレブと結婚を果たしたことで、ニューヨークの高級レジデンスに住み対照的。そのため、アイスとは正反対の印象があったトー・タナポップが決定。
ちなみにトー・タナポップは数多くのタイのドラマに出演。アイドル的な人気もあり、日本でタイドラマにはまっている人は顔を知っているという人も多いはずだ。
女性の美しさが際立つオリジナリティあふれるオマージュ
この作品のカギを握るのが、主演の二人に加え、女性たち。ウードの元カノだけではなく、ボスの人生を変えた女性や、ボスの母親、道中で出会うバーのママまで、全ての女性の個性が強く、美しく描かれている。
ウードが会いに行こうとする元彼女たちは、ニューヨークで暮らしていた時に知り合った同じ故郷タイ出身の女性たち。帰国しタイで暮らす元カノたちの、ニューヨークにいた頃のファッションやメイクと、帰国後の変わり方がハッとするくらい効果的に描かれている。
中でも特に場面が切り替わるたびに変化を見せたのが、コラートでダンス教室を開いたプローイ・ホーワン演じるアリス。
ニューヨークに住んでいたころのアリスは、髪を赤く染め、ファッショナブルな姿でニューヨークのストリートミュージシャンの曲に合わせて踊るシーンと、コラートでボスがウードに会ってくれるよう頼みこむシーンでのノーメークで髪をひっ詰めた衝撃の姿、そしてボスの頼みを聞き、ウードに会うシーンでは、タイの屋台で売っている安いけれどキュートなワンピースに黒髪で、息をのむような清楚な美しさを見せ、その変身に見とれてしまう。
女性の描き方が、際立って美しく、それぞれの女性に色を持たせる手法は、どこかウォン・カーウァイの手法に似ていると思い、ウォン・カーウァイ自身が現場に参加したのだと思っていたら、そうではなかった。
「こんなに偉大な監督と一緒に作品を作ることができることは、一生に一度かもしれないから、彼をオマージュした部分は入れたかった」と話してくれたプーンピリヤ監督。
タイのそれぞれの都市に合わせた演出は、オマージュとはいえオリジナリティをたっぷりと感じさせてくれる。
オマージュと言えば、映画好きなら気付くはずの、まさかのジョン・ウー監督オマージュも出てくる。ただこちらはどちらかというと、シャレが効いたオマージュだ。
『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』の主演で注目を浴びたオークベープ・チュティモン演じるヌーナー。彼女はニューヨークで女優になる夢を、ウードに潰された元彼女で、タイに戻って女優になっていた。
純白のウエディングドレスを身にまとい、教会で撮影をしているところに、ウードが現れ、ウードと話すことで当時の憎しみが蘇り、最高の演技を見せるというシーン。
ウエディングドレスから二丁拳銃を出し、夫を打ち殺す。そして、その後、鳩が飛び立つというこのシーンは、香港ノワールで知られるジョン・ウーの手法。
随所にユニークな演出を入れてくるので、ワンシーンワンシーン、見逃せない。
レトロな世界を引き立たせる選曲の素晴らしさ
ニューヨークからバンコク、サムットソンクラーム、チェンマイ、そしてパタヤと、場面が切り替わるたびに重要なアイテムが、自身がミュージシャンだというタネート・ワラークンヌクロ演じるウードの父がラジオで選曲している名曲の数々。
アメリカのオールデイズや、ローリング・ストーンズの曲がなぜかタイの地方都市のレトロな雰囲気に、とても合っている。しかもバンコクのドライブから、コラートに移った瞬間、の、イサーンミュージック(タイ東北部のカントリーミュージック)への切り替えも、非常に自然だ。
プーンピリヤ監督は「僕自身が聴いてきた曲で、このシーンはコレ、このシーンにはこれ…と自然に選んだものだけど、許可が取れるのかが一番の問題だった」と笑う。
タイの景色にこれほどまでにエルトン・ジョンやストーンズ、フランク・シナトラが似合う
だなんて、この映画を見なければ知ることがなかった新たな発見かもしれない。
原題は『One For The Road』
『プアン/友だちと呼ばせて』の原題は『One For The Road』。この意味には最後の一杯と言う意味や旅立ちの前の一杯と言う意味がある。
作品の中には、様々なシーンでカクテルが出てくる。ボスが振舞うカクテルに、ウードがほろ酔いで『俺にとったら最後の酒なんだから…』というセリフから、彼の告白が始まり、物語が急展開するシーンには、最後の一杯の意味が非常に効果的に使われている気がする。
むしろパーフェクトなタイトルではないかと思われるが、監督は邦題の『プアン/友だちと呼ばせて』と言うタイトルがタイ語だったことを、タイの文化をタイトルにしてくれてうれしいと語っていた。
最後の最後まで、ボスのウードに対する心は変わり続ける。でも、本当のラストに、この『プアン/友だちと呼ばせて』というタイトルが響いてくる。
タイ語を知らない人にも『プアン』が友達の意味であることを知ってほしいと思ってしまうシーンがたくさんあるのだ。
タイがこんなに美しい国だと、もう一度確認できる映画
恐らくタイが好きな人にとっては、バンコク、サムットソンクラーム、チェンマイ、ナコンサワン、パタヤと懐かしい場所の光景が広がり、たまらない映画だと思う。
しかし、どの光景も郷愁を感じさせる場所が選ばれており、ビンテージのBMWで往年の曲を聴きながら進む映画のシーンとリンクしている。
バンコクはサイアムやエカマイのような最先端な場所ではなく、ワットパクナームの巨大仏像が見えるトンブリー側のレトロな街内が、古き良きバンコクの姿を見せてくれる。コラートやチェンマイも、のどかで、そしてセピア色が似合う場所が多く、いつの時代か分からなくなるような不思議な世界観がある。
ウードの父の墓地はナコンサワンにあり、ナコンサワンでウードは父とすれ違う。もちろん妄想の中かもしれないが、ナコンサワンは「天国の都」という意味があり、監督自身も父とすれ違うシーンは「ナコンサワン」を想定したものの、実際のロケ地はまた違う場所なのだと言う。
映画が好きな人にとっても素晴らしい映画であることに違いはないが、ロケ地探しもタイ好きな人だけに許される楽しみとなるに違いない。きっと一人ひとり、印象に残るロケ地が異なるはずだ。
筆者が特に印象に残ったのは、ボスの家族が経営するパタヤの豪華ホテルと言う設定のホテル。「これこれ!これが大好きだったタイのホテル!」と思い出す人もいるだろう。
壮大な前フロアぶち抜きの吹き抜けに、ブーゲンビリアや植物が館内にふんだんに取り入れられたホテルは、今のタイの最先端のホテルではなく、今から30年ほど前に主流だったタイの高級ホテルのスタイルだ。
監督はロケ地選びについて「レトロな場所が好きだということもあるが、物語の根幹にレトロな場面が必要だった」と話す。
また、チェンマイに関しては撮影したい家があったこと。そして監督の昔の彼女が住んでいたから…というウォン・カーウァイと話した「思い入れ」の部分で重要な意味があるのだ。
前述通り、この映画は監督の「思い入れ」のあるものでできていると同時に、監督の半自伝でもある。女性が際立って美しく感じられたのは、監督の昔の恋人を巡る旅でもあったからかもしれない。
その土地で暮らす女性の姿が魅力的であると同時に、その土地も女性たち以上に美しく魅力的に描かれ、タイってこんなに美しい国だったんだ…と再認識させられる。
大切な誰かを無性に抱きしめたくなる
大好きな景色の中で繰り広げられる、ウードの残り少ない人生と元彼女たちに渡したかったもの。ボスの家庭環境や恋愛模様、そして元恋人たちの現実…登場人物一人ひとりがとても丁寧に描かれていて、それぞれの登場人物の思いで心がいっぱいになる。
映画のラストで頭によぎるのは、いつも会っている恋人や、友達ではなく、しばらく会っていない父親や母親、遠くで暮らすプアン(友達)。そしてウードのように過去に付き合った恋人。
大切な誰かに会いに行きたい。そして抱きしめたい。そんな気持ちにさせられる。
あなたは余命を告げられたら、誰に会いに、どこに行きたい?
今ある人生の儚さ、自分にかかわっている人たちとの出会いの奇跡を、古き良きタイの美しい光景と共に、噛みしめてほしい。
[記事・取材 吉田彩緒莉]
<STORY>
NYでバーを経営するボスのもとに、タイで暮らすウードから数年ぶりに電話が入る。白血病で余命宣告を受けたので、最期の頼みを聞いてほしいというのだ。タイに駆けつけたボスが頼まれたのは、元恋人たちを訪ねる旅の運転手。カーステレオから流れる思い出の曲が、二人がまだ親友だった頃の記憶を呼びさます。忘れられなかった恋への心残りに決着をつけたウードを、ボスがオリジナルカクテルで祝い、旅を仕上げるはずだった。だが、ウードがボスの過去も未来も書き換える〈ある秘密〉を打ち明ける──。
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プアン/友だちと呼ばせて
One for the Road วันสุดท้าย..ก่อนบายเธอ
[監督]
バズ・プーンピリヤ『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』
[製作総指揮]
ウォン・カーウァイ『花様年華』『恋する惑星』
[脚本]
バズ・プーンピリヤ、ノタポン・ブンプラコープ、ブァンソイ・アックソーンサワーン
[出演]
トー・タナポップ アイス・ナッタラット プローイ・ホーワン ヌン・シラパン ヴィオーレット・ウォーティア/オークベープ・チュティモン
タイ/2021年/カラー/シネスコ/5.1chデジタル/129分/字幕翻訳:アンゼたかし/監修:高杉美和
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配給:ギャガ
HP:gaga.ne.jp/puan Twitter:@puan_movie facebook:facebook.com/gagajapan LINE:gagamovie
8月5日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、渋谷シネクイントほか全国順次公開
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