2021
06.01

「空賊」と化したベラルーシ 前代未聞の暴挙で払う代償の大きさは?

国際ニュースまとめ

<国際線をハイジャックして反体制派を拉致した前代未聞の暴走に対し、国際社会にできる対応策は限られているが……> 不審な男が私の後をつけてきて、私のパスポートを写真に撮ったようだ──。 ベラルーシ国籍のロマン・プロタセビッチ(26)は5月23日の朝、現在の住まいがあるリトアニアの首都ビリニュス行きの飛行機に乗り込む前、アテネの空港から同僚にテキストメッセージでそう伝えていた。アテネでは恋人と一緒に、つかの間の休暇を楽しんでいたのだった。 プロタセビッチはベラルーシの反体制ジャーナリスト。テレグラムという暗号化メッセージアプリを用いて独自の報道チャンネル「ネクスタ」を立ち上げ、昨年8月の同国大統領選における体制側の不正を暴き、数十万人規模の大衆的な抗議行動を起こす上で重要な役割を果たした。 当然、彼とその仲間たちはベラルーシの治安機関に目を付けられていた。今はポーランドにいる「ネクスタ」の現編集長タデウシュ・ギチャンも「日に10回以上は殺すぞという脅迫がある。もう慣れっこだ」と語っている。 そんなプロタセビッチを乗せたライアンエア(アイルランド)の旅客機がベラルーシの領空を通過しようとしていた時だ。ベラルーシ軍は戦闘機を緊急発進させ、テロリストによる爆破予告があったと称して同機を誘導し、首都ミンスクの空港に強制着陸させた。プロタセビッチを逮捕するための官製ハイジャックであったことは明らかだ。 有罪なら死刑になる恐れも プロタセビッチは昨年、反体制活動を理由に「テロリスト」として訴追されている。もしもベラルーシの法廷で有罪を宣告されれば、死刑になる恐れもある。「こんなことが、まさか実際に起きるとは想像もしていなかった」とギチャンは言う。 他国の旅客機に搭乗中の人物を拉致するという前代未聞の暴挙を受けて、欧米諸国は国際ルールを無視した国家によるハイジャックだと非難した。ここで国際社会が断固とした対応をしなければ、いわゆる「ならず者国家」がベラルーシの例に倣い、反体制派の身柄を拘束するためなら平気で他国の旅客機を、それも空中で強奪するという最悪の事態が続発しかねない。 当然、EUには毅然とした対応が求められる。欧州議会議員(フランス選出)のナタリー・ロワゾーはEU大統領のシャルル・ミシェルに宛てたツイートで、「今こそEUの尊厳が問われている」として強い対応を求めた。 アメリカでは上院外交委員会のロバート・メネンデス委員長が、欧州各国の議会外交委員長と協議して直ちに共同の抗議声明を発表した。 ===== ベラルーシ国営テレビが配信した反体制ジャーナリストのプロタセビッチの映像 TELEGRAM@ZHELTYESLIVYーREUTERS そこには、アレクサンドル・ルカシェンコ大統領の率いるベラルーシに対する新たな経済制裁、国際民間航空機関(ICAO)からの追放、ベラルーシ領空の通過禁止(同国発着便も含む)などの対応が盛り込まれた。 ちなみに、抗議声明にはチェコ、ラトビア、ドイツ、リトアニア、アイルランド、ポーランド、イギリスの各国が名を連ねている。 スカンジナビア航空を含め、近隣の航空各社は航路を変更してベラルーシ領空を回避すると発表した。イギリス政府も国内の航空各社に同様な対応を命じた。EU域外のウクライナも、大統領命令でベラルーシ発着の直行便の運航を停止した。 5月24日にはベラルーシ政権派のメディアが、露骨に揑造と分かるプロタセビッチの「自白」映像を公開した。首都ミンスクで大規模な騒乱を画策した罪を認め、現在の自分は警察に虐待されていないと述べる映像だ。彼の家族や仲間たちは拷問の可能性を指摘している。 大衆の抗議行動に、警察と治安部隊は激しい暴力で応じてきた。既に約3万5000人が身柄を拘束され、殴打や拷問が繰り返されているという。収監されている政治犯は現状でも約400人に上る。 都合の悪い人物は「テロリスト」 身の危険を感じて国外に脱出したジャーナリストや反体制活動家は多い。たいていは近隣のリトアニアやウクライナ、あるいはポーランドに身を寄せている。 「みんな身の危険は感じている」と言ったのはフラナク・ビアチョルカ。反体制派の女性指導者で、今はリトアニア政府に保護されているスベトラーナ・チハノフスカヤの対外広報官だ。ビアチョルカによれば、ベラルーシ政府がチハノフスカヤの搭乗する飛行機を拉致する事態は想定されていたが、その可能性は低いと信じられていた。「まさか大空が、こういう政治的な争いの舞台になるとは誰も思わなかった」 民間航空機の強制着陸という手法は前代未聞だが、全体主義の国家が国外にいる反体制派を襲った事例は山ほどある。人権擁護団体フリーダム・ハウスが2月に発表した報告によれば、2014年以降だけでも独裁国家による他国での暗殺、拉致、暴行、拘禁などは608件に上る。 例えばルワンダ政府は昨年8月、難民の惨状を描いた映画『ホテル・ルワンダ』の主人公のモデルになったポール・ルセサバギナをドバイで拉致し、テロリストとして逮捕、起訴している。ルセサバギナはルワンダの現大統領を激しく批判していた。 フリーダム・ハウスの報告書にある国外での人権侵害事例の58%は、今回同様に「テロリスト」の逮捕を名目に行われている。都合の悪い人物を「テロリスト」と呼ぶのは独裁国家の常套手段だ。 ===== 政権に対する抗議を徹底的に弾圧するルカシェンコ大統領 MAXIM GUCHEKーBELTAーREUTERS フリーダム・ハウスのネート・シェンカンによれば、独裁者が反体制派の弾圧に手段を選ばなくなった背景には2つの事情が考えられる。 まずは技術の進歩。国外にいる反体制派が母国の人々にメッセージを届けるのが容易になった一方、権力による監視もたやすくなった。2つ目は、国外での犯行なら罪に問われにくいという事情だ。「実際、そうした行為で政府の責任が問われることは少ない」とシェンカンは言う。 サウジアラビアの反体制ジャーナリストであるジャマル・カショギが、トルコで殺害された例を見るといい。アメリカの情報機関はサウジアラビア皇太子ムハンマド・ビン・サルマンの関与を認定したが、アメリカ政府は今も彼に対する制裁を拒んでいる。 「外交の世界では、誰もが相手の顔を見て動く。相手が自分の国とどんな関係にあるかによって、対応は大きく異なる」。そう言ったのはイギリスの元駐ベラルーシ大使ナイジェル・グールドデービスだ。 経済制裁の効き目も不透明だ。ベラルーシのルカシェンコ大統領は、ずっと前から国際社会の「ならず者」と見なされてきた。経済面でアメリカやEUとの関係も薄い。 赤白の靴下をはいただけで逮捕 今さら制裁を科すと言っても、できるのは国営企業に対する制裁の拡大、国営航空機の乗り入れやEU圏内の飛行禁止、ICAOからの追放、インターポール(国際刑事警察機構)からの除名といった措置くらいだ(ベラルーシ政府は反体制派の海外脱出を妨害するため、既に「国際手配書」を乱発してインターポールを混乱させている)。 街頭デモが始まった昨年8月以来、ベラルーシ政府は容赦ない弾圧を繰り出し、反体制派の息の根を止めようとしてきた。国民は反体制派のシンボルである赤と白の旗を掲げたり、そんな色の靴下をはいただけでも逮捕される。つい最近も独立系のニュースサイトが閉鎖された。収監されていた活動家が刑務所で不審な死を遂げた例もある。 新型コロナウイルスの感染拡大もあって、最近は街頭デモも下火になっていた。しかし戦闘機で民間航空機を強制着陸させるという今回の暴挙によって、ベラルーシ情勢は再び、ヨーロッパで最重要な問題となった。 「ルカシェンコも愚かなことをしたものだ」とギチャンは言った。そう、これで国内外の抗議活動が勢いを取り戻すことは間違いない。 From Foreign Policy Magazine

Source:Newsweek
「空賊」と化したベラルーシ 前代未聞の暴挙で払う代償の大きさは?