04.24
誰もが悩むコミュニケーションという問題。『カモン カモン』マイク・ミルズ監督が描く「人間関係の綻びと修復」
「未来はどんなふうになると思う?」
「正しい道を進むために大人は何ができたと思う?」
俳優のホアキン・フェニックスが、アメリカに住む子どもたちに、人生や未来についてこう質問を投げかける。デトロイトに住むある黒人の女の子からは、こんな答えが返ってくる。
「アメリカってもの凄く悲惨。人が公平に扱われない。人種や、何が好きか。住む場所や、お金があるかないか。
この国がもっとよくなり、自分と違う人たちを認めるようになってほしい」
フェニックスは、その答えを静かに受け止める。
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映画『ジョーカー』でカリスマ的な悪のアイコンを演じたホアキン・フェニックスが、次の主演作として選んだのは、マイク・ミルズ監督の『カモン カモン』(4月22日全国ロードショー)。
フェニックスはラジオジャーナリストの主人公ジョニーを演じ、妹ヴィヴ(ギャビー・ホフマン)の頼みで、9歳の甥ジェシー(ウディ・ノーマン)を預かって子育てを体験する。自由奔放で好奇心旺盛なジェシーとの共同生活で、2人はぶつかりながらも心を通わせていく。
『人生はビギナーズ』や『20センチュリー・ウーマン』を代表作にもつミルズ監督は、「家族は、人生で一番最初に経験する人間関係」だと考える。家族や子育てという親密なテーマは、どのように社会と接続するのか。ミルズ監督に話を聞いた。
子どもはこの世界をどう見ている? 21人と対話を交わす
全編モノクロームで撮られ、寓話のような雰囲気を醸し出す『カモン カモン』。劇中では、アメリカの子どもたちへのインタビューシーンが挿入される。冒頭のフェニックスと黒人の女の子のやりとりは、そのワンシーンだ。
ミルズ監督と主演のフェニックスらは、アメリカの東西南北に位置するニューヨーク、ロサンゼルス、デトロイト、ニューオリンズの4都市を渡り、それぞれの都市に住む9〜14歳の子どもたち21人(劇中では2人のインタビューシーンをカット)と対話を交わした。
台本はない。ミルズ監督は、歴史も文化も異なる地域に住む子どもたちの脚色のないリアルな声を聞くことで、アメリカ社会の今と未来を映し出したかったと話す。
「ロサンゼルスは自分が住んでいる馴染みのある都市で、ニューヨークでは移民の子どもたちと話しました。デトロイトは、かつては車産業が発展し未来を象徴する都市でしたが、今は廃れてしまった。ニューオリンズは気候変動の影響で水没の危機にあり、深く複雑な歴史を持った都市でもある。どこかスピリチュアルな雰囲気が、この作品に込めた感情を表現するのに適していると感じていました」
ラジオジャーナリストのジョニーと甥のジェシーは劇中でも対等な人間関係を結ぶが、それは実際の子どもたちへのインタビューでも重要視したことだった。
インタビューの現場では子どもたちに「君がどのような世界観と意見を持っているのか知りたい、そしてそれを尊重したい」と伝えたという。
「子どもだからと下に見るのではなく、人と人として対等に接したい。中には、赤の他人である私たちに『あなたは知らない人。話したくはない』と言う子もいました。そうやって意思表示すること自体が知性の表れであって、私は『よくやった!』と拍手を送りたくなった。彼らは、自分の考えを表明できる勇気のある人たちで、自立した存在です。
大人は自分をより良く賢く見せるために、弱さや矛盾した部分を隠すことが多いですよね。自分を武装しようとする。子どもたちはそういう技術を身につけていません。感性の赴くまま、何かに縛られることなく率直に話してくれました」
この世界をどう見て、何を考えているのかーー。子どもたちを「子ども扱い」せず、この世界で生きている人として、その声に耳を傾け、背景にあるものを理解しようとしたというミルズ監督。
実際にこのインタビュー部分で、子どもたちは社会の格差や差別の問題、あるいは未来への希望や恐怖について、複雑な感情を自分の言葉で語る。
「子どもたちの声を無視し、彼らが生きる未来に関する重要な問題について意見を聞かないこと、『子どもはまだ社会を理解できていないだろう』と決めつけることは、大人たちの勝手な思い込みなのだと気付かされました」
「すべての大人は、子どもたちとその未来に責任がある」
子どもたちのリアルな声を反映させた本作でテーマになっているのは、「大人と子ども」「人と人」「人と世界」の間にある繋がりだ。
75歳でゲイをカミングアウトした父が人生を謳歌する姿をきっかけに、主人公が自分を見つめ直す『人生はビギナーズ』。
母・幼なじみ・同居人と、世代の異なる3人の女性の生き方と、1970年代のカルチャーやフェミニズムを通じて、主人公が成長していく『20センチュリー・ウーマン』。
どちらの作品も主人公のモデルはミルズ監督自身で、父や母、自身の実体験をもとに自伝的なストーリーを中心に映画を撮ってきた。
今作『カモン カモン』は、妻でアーティストであるミランダ・ジュライとの間に2012年に生まれた子どもホッパーの子育て経験から着想を得た。ミルズ監督は子どもを授かってから「過去ではなく、未来に思いを馳せる」ことが増えたという。
「この社会を築いてきたすべての大人は、子どもたちとその未来に対する責任があります。今起こっている様々な社会の問題はそのまま未来へと引き継がれていく。子どもと日々接する中で、そのことをより切迫感を持って考えるようになりました」
「完璧」を求められる母親たちの苦悩
ミルズ監督の過去作における、家族内の「父親の不在」やフェミニズムへの共感というテーマは、『カモン カモン』でも垣間見える。
劇中では、夜寝る前にジョニーがジェシーに本を読み聞かせる形でいくつかの書物が引用される。中でも印象的なのは、イギリスの人文科学者ジャクリーン・ローズの「Mothers: An Essay on Love and Cruelty(母たち:愛と残酷さについて)」の一節だ。
「母親は個人や政治の失敗、あらゆる問題への究極の生贄であり、すべてを解決するという不可能な任務を負っている」
別居するジェシーの父親ポール(スクート・マクネイリー)は、メンタルヘルスの問題を抱えた人として描かれる。母親のヴィヴは、そのサポートのために家を留守にする間、兄のジョニーにジェシーを預ける。
子育てと夫のケアで疲弊するヴィヴと、この一節を重ね合わせることで、ミルズ監督は「完璧」を求められる母親たちの苦悩に寄り添おうとする。
「残念なことに、父親は不在であっても特に疑問には思われない存在です。その一方で、母親は当たり前にすべてをこなすことが求められてしまう」
ポールがスクリーンに映る時間はわずかだが、ジェシーとヴィヴの背後に常にいるような存在感があり、ジェシーはジョニーに「自分も父親のようになるのではないか」と不安を告白する。
「ポールの描き方は『もっとも重要なキャラクターこそ距離をとる』という手法で、直接的ではなく、遠くから光を当てて、間接的に他の登場人物に影響を与えているように描きたいという狙いがありました。
誰かにとって輝いている部分は、誰かにとって影にもなりえる。精神の病を抱えている人と、そうではない人。それは非常に流動的なもので、社会はそうした人たちの集合によって成り立っています。
どんな人にも悩みや欠点があり、人間関係は綻びと修復を繰り返し、わかりあえないこともある。それは当たり前のことです」
ありふれた生活と社会のつながり
ミルズ監督が関心を持ち続けるのは、誰もが一度はつまずいたことがあるだろう「家族」や「コミュニケーション」という身近な問題。
劇的なことは起こらない。けれど、見逃してしまいそうな小さなエピソードを突き詰めることで、何気ない生活がいかに社会や政治と繋がっているかが浮かび上がるーーミルズ監督はそんな考えのもと映画を作る。
「他者がどのような視点と色調で世界を見るか。その視点の行き交いを理解することが、この世の中の肝心なことだと思います。それが第一歩になり、社会のあらゆる問題を理解することに繋がっていく。
私の映画は強力な政治的なメッセージを打ち出しているわけではありません。けれど、アメリカの文化や政治、社会を丹念に織り交ぜ、現状を描き出したいと常に考えています。いかに個人的で親密な物語であっても、そのありふれた出来事の外側には、大きなテーマが広がっているんです」
作品情報
『カモン カモン』
4月22日(金)より TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
監督・脚本:マイク・ミルズ 『人生はビギナーズ』『20センチュリー・ウーマン』
出演:ホアキン・フェニックス、ウディ・ノーマン、ギャビー・ホフマン、モリー・ウェブスター、ジャブーキー・ヤング=ホワイト
音楽:アーロン・デスナー、ブライス・デスナー(ザ・ナショナル)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
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Source: HuffPost