03.24
「北朝鮮のミサイル発射」注目すべき3つのポイントとは?【解説】
ミサイル発射を繰り返す北朝鮮。ニュースで速報され、SNS上には「またか…」「なんで撃つの?」などの声が上がる。ニュースをどう読み解けばいいのか。ミサイルの種類を特定し、日本は防衛できるのかを調べ、発射の思惑を考えるーー。ミサイル防衛に詳しい日本政府関係者に、注目すべき3つのポイントを聞いた。
ミサイル発射の注目ポイント①ミサイル技術は上がっているのか?
北朝鮮からミサイルが発射されると、日本や関係国はミサイルの種類の特定を進める。どのように迎撃すればよいかを考えられるからだ。ミサイルの種類を分析すれば、北朝鮮のミサイル技術が向上しているかどうかも分かる。
ミサイルの種類を見分ける手がかりになる点は、大きく3つある。
●軌道
ロケットエンジンで飛翔し、通常放物線を描くように飛ぶのが「弾道ミサイル」だ。これは、通常の軌道で発射された場合、日本のミサイル防衛体制で迎撃可能だが、通常と異なる軌道を描いて発射されることもある。通常と異なる軌道で発射することで、ミサイルが撃ち落とされることを困難にするためだ。
たとえば、通常より角度を上げて高い高度にミサイルを撃ち上げることで描かれる「ロフテッド軌道」では、飛距離は短くなるものの、高い高度まで上昇し、落下速度も速くなるため、迎撃が困難になる可能性がある。
軌道の上部で迎撃するイージス艦に搭載されたミサイル防衛システムでは、高度が高くなると迎撃が難しくなり、軌道の下部で迎撃するミサイル防衛システムでは、「落ちてくるところを狙い撃つので、落下速度が速くなると迎撃は難しくなる」(日本政府関係者)という。
さらに、北朝鮮は通常よりも低い高度や、変則的な軌道を描くことができる弾道ミサイルも開発している。
その一つが、北朝鮮が「極超音速ミサイル」だとするミサイルだ。
「極超音速ミサイル」は、弾道ミサイルをブースターとして発射し、取り付けた「滑空体」が途中で切り離されるため、弾道ミサイルとは異なる軌道を音速の5倍(マッハ5)を超える速さで長時間飛翔する。「滑空体」の軌道は弾道ミサイルより低く、変則的に動くため、レーダーでの探知や迎撃がより困難になる可能性がある。
日本政府関係者は「弾道ミサイルは放物線を描いて飛んでくるのである程度飛び方の予測ができるが、極超音速ミサイルは速度も速く、軌道も変則的。今のミサイル防衛システムではなかなか迎撃できない。脅威は高まっている」と話す。
2021年10月に更新された米議会調査局のレポートによれば、「地上配備のレーダーと現在の衛星探知システムでは、極超音速兵器を探知・追跡するには不十分だ」という。
また、ロシア製の弾道ミサイル「イスカンデル」も通常の弾道ミサイルとは異なる軌道で飛ぶ。迎撃されることを避けるため、通常より低い軌道で飛び、尾翼を動かすことで姿勢を制御し、飛翔中に方向を変えることもできるという。
●高度
ミサイルの高度が上がるということは、その分、落下速度も速くなる。また、地上から約100キロまでの「大気圏」を越えると「宇宙空間」となるが、こうした高い高度を飛行すると、空気が薄く、抵抗が少ないため、同じエネルギーでも遠くまで飛ぶことができ、大気中を飛行する航空機や巡航ミサイルよりも高速となる。
先述した「弾道ミサイル」は通常、発射後に大気圏の高層や宇宙空間まで到達し、飛翔した後に大気圏に再突入する。そのため、日本のミサイル防衛体制では、レーダーで弾道ミサイルを探知すると、宇宙空間を飛行している間に、システムを搭載したイージス艦から迎撃ミサイルを発射して撃ち落とすことを想定している。
だが、迎撃可能高度にも限界があり、高度が高くなればなるほど、ミサイルの迎撃が難しくなる。また、大気圏に再突入した後に撃ち落とす場合も、落下速度が速くなればなるほど迎撃の難度が上がる。一方、低い高度の場合もレーダーでの探知や迎撃がしにくくなるとされる。
例えば、先述した「極超音速ミサイル」は、弾道ミサイルの通常の高度よりも低い高度で、変則的な軌道で飛行する。アメリカのシンクタンク、ランド研究所のレポートによれば、地球は湾曲しており、高い高度を飛べば地上のレーダーからは早く探知することができるが、低い高度で飛行してくる場合は、探知が遅くなる可能性がある。射程3000キロの弾道ミサイルであれば、地上のレーダーで衝突する約12分前に探知する一方、極超音速ミサイルは約6分前まで探知しないという。
そのため、北朝鮮のミサイル技術が上がるたびに日本政府は防衛システムの向上を目指してきたが、日本政府関係者は「北朝鮮の弾道ミサイルの能力が上がると、だんだん迎撃で全部落とすことができなくなる。攻める側の能力と、守る側の能力がお互いにイタチごっこをしている状態。全部撃ち落とすことがだんだんと厳しくなっていることは間違いない」と語る。
【弾道ミサイルが発射された場合の日本の基本的な防衛体制】
①レーダーでどんなミサイルがどこを飛んでいるのかを調べ、
②迎撃できるシステムを搭載したイージス艦からミサイルを発射して宇宙空間を飛んでいる弾道ミサイルを撃ち落とす
③イージス艦で撃ち落とせなかった場合、ミサイルが大気圏に落ちてきて着弾するまでの段階で、地上に配備されている「PAC-3」というミサイルで撃ち落とす
●飛距離
ミサイルの飛距離が長くなればなるほど、狙える範囲が広がる。そのため、他国に届く距離のミサイルは当然、その国の脅威となりうる。どの程度飛ぶことのできるミサイルなのかによって、北朝鮮がどこを意図して発射実験を繰り返しているのかが見えてくる。
先述したように、「弾道ミサイル」は速度が速く、長距離の目標を攻撃することが可能なミサイルだ。北朝鮮は日本にも届く弾道ミサイルを数百発持っているとされる。弾道ミサイルは、核、生物、化学兵器などの大量破壊兵器の運搬手段としても使用できることから、組み合わせて使用することで、相手に甚大な被害を与えるものとなる。
他国の平和と安全の脅威となるため、北朝鮮の弾道ミサイル開発や発射は、核実験とともに国連安全保障理事会で繰り返し非難され、その計画を停止・放棄するとした決議が採択されている。そのため、北朝鮮が弾道ミサイルを発射するたびに日本政府は「国連安保理決議違反だ」と非難している。
弾道ミサイルはその射程ごとに分類されている。
・短距離弾道ミサイル(SRBM) 1000キロメートル未満
・準中距離弾道ミサイル(MRBM) 1000〜3000キロメートル
・中距離弾道ミサイル(IRBM) 3000〜5500キロメートル
・大陸間弾道ミサイル(ICBM) 5500キロメートル以上
北朝鮮からのミサイルの場合、平壌を起点とすると、東京まではおよそ1300キロ。アメリカ領で島内にアメリカ海軍・空軍の基地や施設が多数あるグアムまではおよそ3400キロ、アメリカ東部の首都ワシントンまではおよそ1万1000キロだ。
弾道ミサイルの中でも、5500キロ以上の射程を持つICBM(大陸間弾道ミサイル)は飛距離が長く、宇宙空間に達した後、高速で飛び、再び大気圏に突入する。弾頭に核兵器などを搭載して発射した場合、弾頭を守りながら、高速かつ高温を耐え、ミサイルを狙い通りに誘導する高い技術が求められる。そのため、開発資金も高くつく。
アメリカの政府系放送VoiceOfAmericaは2022年2月2日、アメリカのシンクタンク「ランド研究所」の上級防衛アナリスト、ブルース・ベネット氏の調査として、北朝鮮のミサイル発射にかかるコストについて伝えている。
ベネット氏によると、北朝鮮がミサイル1発を実験するのにかかる費用は、燃料やその他の経費を含め、短距離ミサイルで300万ドル(約3億6000万円)、長距離ミサイルで1000万ドル(約12億円)にのぼるという。
ミサイル発射の注目ポイント②ミサイルの発射場所はどう進化しているのか?
ミサイルをどこから撃ったのかも注目点の一つだ。固定された発射場所ではなく、発射台付き車両や潜水艦から使用する場合、発射地点を移動させられ、発射の兆候を事前に把握するのが困難になるためだ。北朝鮮は2021年には、鉄道発射型の弾道ミサイルも撃っている。
特に、潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)は、海中からの発射となるため見つかりにくくなるうえ、北朝鮮は新型ミサイルの開発を進めている。2021年10月に発射したのは、低高度で変則軌道で飛翔する、新型SLBMだった。
日本政府は、こうしたミサイル発射場所の進化について、「発射の兆候把握を困難にするための秘匿性や即時性を高め、奇襲的な攻撃能力の向上を図っているものとみられる」としている。
このミサイル発射場所に関連するのが、「敵基地攻撃能力」をめぐる議論だ。
日本政府関係者は「相手が撃ってくるミサイルを途中で撃ち落とすより、相手のミサイル基地を攻撃する方が技術的にはやりやすいし、コストもかからない」と話す。ミサイル防衛技術の向上には時間がかかる上、コストもかかる。それよりも相手の基地を攻撃した方が簡単で安上がりだという主張だ。
敵基地攻撃能力とは?
相手の基地を攻撃する能力を持つかどうかについての議論は実際に現在、進んでいる。
その号砲となったのが、2020年9月11日に安倍晋三首相(当時)が発表した談話だ。「迎撃能力を向上させるだけで本当に国民の命と平和な暮らしを守り抜くことが出来るのか」と問いかけ、与党内で協議すると表明した。
その後の菅義偉首相(当時)では議論は進まなかったが、岸田文雄首相は就任後の2021年1月に初めて行った施政方針演説のなかで、北朝鮮の弾道ミサイル発射に触れ、「いわゆる『敵基地攻撃能力』を含め、あらゆる選択肢を排除せず現実的に検討します」と表明した。
「敵基地攻撃能力」をめぐっては、1956年2月の衆院内閣委員会でも議論されている。鳩山一郎首相(当時)の答弁として、「敵基地から誘導弾による攻撃が行われた場合、座して死を待つべしというのは自衛権の本質として考えられない。他に適当な手段がないと認められる場合に限り、自衛権の範囲に含まれる」と示されており、政府は「他に手段がない場合は敵基地攻撃は許容される」との見解を引き継いでいる。
一方で、ICBMや長距離戦略爆撃機、攻撃型空母など、相手の「壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器」を保有することは、「自衛のための必要最小限度の範囲を超える」として許容されないという考えを示している。
岸田氏が検討するとした「敵基地攻撃能力」には何が含まれるのかは明らかになっていない。
「打撃力」?それとも「抑止力」?
河野太郎前防衛大臣は2021年11月11日のブログで、「今、議論すべきは『抑止力』」と指摘。その理由として、「現在は、北朝鮮もミサイルを移動式の発射装置から発射する能力を保有し、ミサイルは基地から発射されるものではなくなりました」とし、「敵『基地』攻撃能力」について、「昭和の議論であり、令和の今日、もはや意味がありません」と述べている。
また、相手を「先制攻撃する」などと捉えられることへの危機感から、国民の理解を得るため、自民党内には「敵基地攻撃能力」という名称を変更しようとする動きもある。
2022年2月18日の衆院予算委員会では岩屋毅元防衛大臣が「基地を攻撃するのかしないのかに焦点が当たってしまっている」「そろそろ他の用語を使ってしっかり議論していく必要があるのではないか」などと問うと、岸田氏は「名称も含めて検討していくことは考えていかなければならないと思っている」と答弁した。
2022年末に予定されている外交・安全保障の基本方針を示す「国家安全保障戦略」の改定に向けた議論の中で、敵基地攻撃能力の具体策を検討する方針だ。
注目ポイント③何を意図して発射しているのか?
3つ目の注目ポイントは、北朝鮮は何を意図して発射しているのか、という点だ。
北朝鮮自身はこれまで、ミサイル発射について「主権国家の自衛権に基づいた行動だ」と主張している。
「北朝鮮はなぜミサイルを撃つのか?」を読み解くポイントについて、日本政府関係者は「『短期的な狙い』と『長期的な狙い』に分けてみるべきだ」と話す。
例えば、短期的にみれば、2022年に入ってから繰り返されている発射は「ミサイル性能の試験」だと考えられるという。どんなミサイルを撃ったのかを分析すれば、今まで発射したことのあるミサイルなのか、それとも撃ったことのないミサイルなのかという点からも、「性能を試すための実験を繰り返しているのか」「新しいミサイル技術を試しているのか」などと狙いを推測できる。
長期的にみれば、「アメリカとの交渉」において自国の立場を強くしたいとの思惑が見えてくる。北朝鮮が最も意識しているのは、アメリカと韓国だ。
北朝鮮とアメリカはこれまで、北朝鮮の非核化をめぐり交渉を重ねてきた。トランプ大統領時代の2018年には、非核化の見返りとして北朝鮮側が求めている「体制保証」を明言。だが非核化交渉は進まず、2019年2月のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談は決裂した。それ以降、北朝鮮側は態度を硬化させている。
日本政府関係者は「体制保証は、金正恩体制を安泰なものにするために一番重要なポイント。だから彼らは外交交渉で、自分たちの立場を強くするために北朝鮮は弾道ミサイルや核兵器の開発を続けている」と話す。
つまり、アメリカ本土にまで届くICBMを開発するのは、「自分たちはニューヨークもワシントンも破壊できる能力を持っているんだ」と誇示し、交渉で少しでも自分たちを有利な立場に置きたいという狙いがあるということだ。
第二次世界大戦末期にアメリカ軍とソ連軍の間で「北緯38度線」で分割されて以来、分断が続く韓国。北朝鮮は韓国に吸収される形で統一されることを恐れており、それだけに核ミサイル技術を向上させ、軍事力で対抗することで自らの体制を守ろうとしているとみられる。
北朝鮮の相次ぐミサイル発射を静観しているのが中国だ。北朝鮮の北部で国境を接している。中国が静観しているのは、北朝鮮と思惑が一致するからだ。日本政府関係者は「韓国に吸収される形で南北が統一されてしまうと、韓国に駐留する米軍が中国との国境まで進出してくることになる。中国はそれを最も警戒している」と語る。
中国は、北朝鮮のミサイル開発を咎めることなく、米朝交渉に向けた動きがどうなるか目を光らせているとみられる。
なぜ、「北朝鮮のミサイル発射」はそのたびにニュースで速報されるのか。それは、日本を含めた国際社会への脅威であることはもちろんだが、ミサイルの種類や発射のタイミングから北朝鮮の思惑を読み解くことで、関係国のパワーバランスの行方や日本の防衛体制のあり方を考えるきっかけになるからだ。
Source: HuffPost