05.28
先住民アボリジニの記憶術に、ホームズ流「記憶の宮殿」凌ぐ効果 豪研究
<オーストラリアの先住民であるアボリジニは、5万年続く文化のなかで高効率な記憶術を生み出した> オーストラリアの先住民族であるアボリジニの文化は、地球上に現存する文化としては最も古い部類に属する。部族の重要な記憶は数万年ものあいだ、次の代へと口頭口伝で申し送られてきた。 少なくとも5万年以上のあいだ、アボリジニは唄や踊りなどの独自の文化を通じ、文字に頼ることなく重要な情報を継承してきた。彼らの伝統文化には、部族間の勢力関係や食料の入手場所など、生存に必要な複雑な情報が織り込まれている。 ところが、場合によってはこれよりも柔軟な即効性の記憶術が必要だ。当面必要な情報を素早く記憶に留めるべき場面で、唄を作っていたのでは間に合わない。そこでアボリジニは、独自の記憶術を発展させてきた。 その方法とは、現実世界のモノに記憶を結びつけるというものだ。よく慣れ親しんだ場所を歩き、目にした動植物の形状などをヒントに、記憶すべき項目が登場するストーリーを発想してゆく。後日この実体験を振り返ることで、歩いた経路と目にしたオブジェクトを思い出し、そこに結びついた記憶項目をもれなく順に思い出せるという。 シャーロック・ホームズ愛用の「記憶の宮殿」にも似ている これは、ヨーロッパで編み出された「記憶の宮殿」方式にもよく似ている。記憶の宮殿とは、長年住んだ街や自分の家などを舞台に選び、そこに登場する特徴的な物に対し、記憶したいものを結びつけてゆくものだ。 例えば、「卵、ミネラルウォーター、消しゴム……」という買い物リストを丸暗記するよりは、「家の前で鶏が卵を産んでいる」「続いて勝手口を入ると、キッチンのテーブルにはミネラルウォーターのボトルが乗っている」「2階に上がると、子供部屋の机に消しゴムが転がっている」などと情景を描いた方が鮮明な記憶に残る。人間の脳は場所や風景などの記憶に長けており、この特性を応用したテクニックだ。 元々は古代ギリシャで発明されたと言われる記憶の宮殿は、とくに活版印刷の登場以前に重宝された。当時は手書きで本が複写されており、それゆえ書物は大変貴重なものであった。この時代の人々は書籍の現物を手元に残さなくともその内容をいつでも思い出せるようにと、記憶の宮殿を活用した暗記法に力を入れていたのだ。 近年では英BBC製作のドラマ『SHERLOCK/シャーロック』で取り上げられたことで一躍有名になった。『羊たちの沈黙』に登場するハンニバル・レクター博士もこの技術の実践者として描かれるなど、創作の世界でも注目度が高い。 アボリジニ式の記憶法はこれとよく似たものだが、想像のなかでイメージを膨らませる記憶の宮殿と異なり、実際に現場を歩いて脳に刻むことが大きな特徴だ。それだけに、より効果的なのだという。 ===== 医学生を対象にした実験で、高い効果が示された アボリジニ式の効果を実験で確認したところ、日々膨大な量の記憶を求められる医学生のあいだでも、優れた効果を発揮することが判明した。研究はメルボルンのモナシュ大学のデイヴィッド・レイサー博士らのチームが行い、米科学学術誌のプロス・ワンに掲載された。 実験に参加したのは、オーストラリアの郊外に住む76人の医学生たちだ。20種類の蝶の名前を順番通りに記憶するという記憶力テストに挑んだ。 参加者は無作為に3つのグループに分けられた。1つ目のグループはとくに何のトレーニングも受けず、自力で記憶に努める。2つ目のグループは前述の「記憶の宮殿」を活用する。 3つ目のグループは、アボリジニ式記憶法を用いる。大学キャンパスにあるロックガーデンを実際に歩きながら、そこに配置された植物や岩などを巡り、リストにある蝶の名前をそれらの特徴などと関連づけて記憶するというものだ。 まずは基準値を測るため、グループごとに1度目の記憶テストを行った。次に、それぞれの記憶方法を伝授してから2度目のテストを行い、その効果を比較した。 満点を取った被験者の割合がどれだけ増えたかを比較したところ、記憶法のアドバイスを受けなかったグループでは、1度目のテストと比べて1.5倍の向上に留まった。同じテストを2度受けているため多少の改善は見られるが、この数字が比較のベースラインとなる。記憶の宮殿方式のグループではこれより改善し、2.1倍であった。アボリジニ式を実践したグループはこれらを顕著に上回り、2.8倍にまで改善が見られたという。 高レベルな学問の敷居を下げられるかもしれない 本実験結果を伝えるサイエンス・アラート誌は、長年語り継がれる物語を継承するには、献身的な努力と風景との強い結びつきが有効だと述べている。土地との強い繋がりを育んできたアボリジニだからこそ生み出せた記憶法だ。 研究チームは、とくに順序立てて物事を記憶するような場合において、アボリジニ式の記憶法は優れた効果を発揮すると述べている。実際に現場を歩いた体験をベースにすることから、行動の手間はかかるものの、効果の高い記憶法と言えそうだ。各グループが記憶法のトレーニングを受けたのはわずか30分間であり、短い時間で習得できるテクニックでもある。反面、6週間後の記憶量では記憶の宮殿方式に軍配が上がっており、中長期的な定着が課題だ。 モナシュ大学が発表したリリースのなかでレイサー博士は、本テクニックによって学生の学習効果が向上するだけでなく、先進的な学問分野の習得に伴うストレスを抑えることができるのではないかと述べている。苦痛を伴う暗記が常識だった分野でも、工夫次第で精神的負担を軽減してゆけるのかもしれない。 The Memory Palace : Can You Do It?
Source:Newsweek
先住民アボリジニの記憶術に、ホームズ流「記憶の宮殿」凌ぐ効果 豪研究