05.27
米軍に協力したアフガニスタン人、アメリカに見捨てられタリバンに殺される危機が迫る
<移民ビザの発給が間に合わなければ、米軍とともに働いた現地の通訳やその家族らはタリバンに殺される危険性がある> サイゴン陥落でベトナム戦争が終結した1975年4月。南ベトナムにいたアメリカ人がヘリコプターで一斉に脱出するなか、ワシントンでは若き上院議員がこう主張していた。「1人だろうと10万人プラス1人だろうと、アメリカには南ベトナム人を救出する責務は一切ない」 救出計画つぶしの急先鋒だったその議員こそ現在の米大統領、ジョー・バイデンだ。 そして、20年に及んだ戦争の末に米軍がアフガニスタンから撤退し始めた今、バイデンは再びアメリカの良心が問われる二者択一に直面している。自国の軍隊のために働いてきたアフガニスタン人を見捨てるのか、それとも救いの手を差し伸べるのか。 アメリカに永住できる特別移民ビザ(SIV)発給を条件に、駐留米軍や多国籍軍の通訳などを務めてきた多数のアフガニスタン人とその家族。彼らは今、命の危険にさらされている。救出ミッションは時間との競争であり、煩雑な行政手続きとの戦いだ。 アフガンは再びタリバン支配下に 米軍と多国籍軍が撤退すれば、アフガニスタンは再びイスラム原理主義勢力タリバンの支配下に置かれかねない。今もSIVの発給を待っていた米軍の通訳が武装勢力に殺される事件が相次ぎ、通訳仲間らは不安を募らせている。 米軍に協力したアフガニスタン人とその家族へのSIV発給については、ワシントンでも米政府の対応の遅れを非難する大合唱が起きている。議員や退役軍人が手続きを迅速化するようバイデン政権に猛プッシュをかけているのだ。 下院外交委員会のメンバーである民主党のアミ・ベラ議員によると、現時点でSIVを申請し、発給を待っているアフガニスタン人はざっと1万7000人。手続きを迅速に進める具体的な計画がなければ、米軍の撤退完了までに発給が間に合うか「非常に心配」な状況だと、ベラは言う。 ベラが当局者と話したところ「早急に対処せねばという切迫感はあった」そうだ。「裏を返せば、それだけ処理に手間取っている、ということ。これから申請が急増するのは目に見えている。このままでは大変なことになる」 ===== 今のところバイデン政権は手続きの迅速化について、はっきりした計画を議会に示していない。このままいけばベトナム戦争終結時の二の舞いになると、民主・共和両党の議員は危機感を募らせている。「アフガニスタンをもう1つのサイゴンにしてはならない」。下院外交委員会の共和党のトップ、マイケル・マコール議員は議会でそう訴えた。「これはアフガニスタンでビザを待っている人だけの問題ではない。同盟国やパートナーがアメリカは約束を守らず、自分たちを見捨てると思ったら、アメリカの安全保障に致命的なダメージが及ぶ」 マコールは民主党のグレゴリー・ミークス下院外交委員長と連名でアントニー・ブリンケン米国務長官に書簡を送り、特に手続きが滞っている約3000人に早急にSIVを発給するよう求めた。 バイデン政権はできる限り迅速に対処していると主張する。「現地の米大使館での申請処理能力を増やすなど、リソースの改善・増強に取り組みつつ、(過激派などの入国を阻止すべく)引き続き厳正な審査を行っている」と、米国家安全保障会議(NSC)の報道官は弁明した。 見せしめの制裁を懸念 アフガニスタンの高官クラスの外交筋は匿名を条件に取材に応じ、米軍の通訳が国外に脱出できなければ、タリバンに報復されるとの懸念が現地でも広がっている、と明かした。 タリバンには通訳に制裁を加える動機があると専門家はみる。80年代末に旧ソ連軍が撤退した際、タリバンはソ連兵に協力したアフガニスタン人に厳しい制裁を加えなかった。そのため外国の軍隊に雇われるアフガニスタン人に歯止めをかけられなかった、とタリバンは後悔しているのだ。 「(米軍に雇われていた)人たちが(見せしめのために)報復されるリスクは極めて高い」と、スタンフォード大学の南アジア研究者、アスファンディアル・ミルは警告する。 バイデンが設定した米軍の撤退完了の期限は9月11日。政府が手続きを簡略化しなければ、それまでにはとてもSIVの発給は間に合わないと、議員や退役軍人らは懸念している。間に合わない場合は、通訳とその家族らを首都カブールか第三国もしくは他の米軍基地に一時的に避難させるべきだと、彼らは言う。 ===== 先日ジーン・シャヒーン上院議員(民主党)とジョニ・アーンスト上院議員(共和党)の呼び掛けで、20人の上院議員がバイデンに書簡を送り、今年10月に始まる新年度にはさらに2万人のアフガニスタン人にSIVを発給するよう訴えた。 この問題に対処するため、カブールの米大使館に関して「領事部の一時的な増員」を承認したと、国務省の報道官は語る。「米軍は9月までに撤退するが、アメリカは米大使館を通じて強固な外交的プレゼンスを維持し、カブールとワシントンの領事部はカブールの治安状況が許す範囲で、SIVの申請を可能な限り迅速に処理していく」 タリバンの標的になる これまでにイラクとアフガニスタンから約3万の家族が、SIVを通じてアメリカに移住している。一方で、米軍や多国籍軍を支援したアフガニスタン人の通訳などが、ビザの発給を待つ間にタリバンなどの武装勢力に殺害されており、アメリカのモラルの甚大な欠如だと、米退役軍人の支援団体は指摘している。 SIVの申請者を支援する非営利団体「ノー・ワン・レフト・ビハインド」は、少なくとも300人の通訳やその家族の殺害を確認していると、ジェームズ・ミーアバルディス理事長は言う。 国防総省報道官のロブ・ロードウィック少将は、「自分や家族を大きな危険にさらしながら、われわれの軍に貴重な責務を提供してくれた人々を助けるために」、同省もSIVプログラムを引き続き「支持する」と語っている。 米軍の撤退が加速するなか、ビザ問題の緊急性はさらに高まっている。多国籍軍に参加している国々は、早ければ7月4日の撤退完了を目指すところもある。米中央軍は5月中旬に、撤退開始から1カ月足らずでプロセスの13〜20%が完了したと報告した。戦闘司令部によると、アメリカは5つの施設をアフガニスタン国防省に引き渡し、資材を115機分空輸した。 9月の撤退完了目標がビザ問題をより難しくしているからといって、「共に戦った人々や、撤退後にタリバンの復讐の標的になるだろう人々に対する責任をアメリカが免れることはない」と、元米国防総省副次官補でABCニュースのアナリストとしてアフガニスタンに駐在していたミック・マルロイは言う。 ===== 「アメリカを攻撃した勢力と命を賭して戦った人々を、われわれは支援する準備をしなければならない。彼らはまさに、アメリカに来て市民権を得ようとする個人に求めるべき資質を備えている」 しかし、ビザ取得までには官僚主義の壁がいくつも立ちはだかる。膨大な数の申請書類をそろえ、米領事館で面接を受け、さらに書類作成、手続きなど14段階の複雑なプロセスを経て、ようやくSIVを手にできる。 1月に国務省が発表したデータからも、膨大な時間がかかることが見て取れる。書類審査は1つにつき平均10日、事務処理には3カ月以上かかることも。さらに、特別委員会が申請を審査して承認を決定するプロセスは平均833日と、2年を優に超える。 陸軍時代にイラクとアフガニスタンの双方に駐留したミーアバルディスは、自分のアフガニスタン人通訳のSIV申請を手助けしたが、ビザの発給までに3年かかった。多くの退役軍人が似たような経験をしていると、彼は語る。 「彼らはそれぞれ、個人として正しいことをしようと努め、自分のパートナーの脱出を助けるために何年もかけて官僚機構と戦ってきた」 国としてのモラルの問題 米国務省のデータによると、昨年10〜12月にアフガニスタン向けに発給されたSIVは計1321件。アフガニスタン人の申請枠は残り1万993件だ。 アメリカは19年度末までに、米政府のために働いたイラク人に2万993件のSIVを発給したが、やはり処理の遅さや言語の壁などについて批判を受けている。今も多くのイラク人が、アメリカへの入国の承認を待ちながら危険にさらされている。 長く待たされる理由は、典型的なお役所仕事に加えて、過去の申請の処理が滞っていること、厳格な身元調査に時間がかかること、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で米大使館員が退避したために事務スタッフが少ないことなどがある。 アフガニスタン人通訳の中には、雇用契約書や、かなり前に死亡した上司や倒産した契約会社からの推薦状など、必要な書類の作成に苦労する人もいる。また、米議会内外の支援者はバイデン政権に対し、移民の再定住先として、米国内の候補地を明確に承認することを求めている。 ベラ下院議員は、アメリカという国の基本原則が問われており、党派を超えた最優先課題だと語る。 「ほかの国の人々に私たちのために働いてほしい、協力してほしいと求めるなら、今後どのようなモラルを持つべきか。国としてモラルの範を示したいのなら、これこそ私たちがやるべきことだ」 From Foreign Policy Magazine
Source:Newsweek
米軍に協力したアフガニスタン人、アメリカに見捨てられタリバンに殺される危機が迫る