11.28
【私が巻き込まれた陰謀論】カウンセリングオフィスで「公認心理師」から聞かされた“怖い話”(全5回まとめ)
ー
「トラウマ克服のため通っていた都内のカウンセリングオフィスで、『公認心理師』から“怖い話”を聞かされた」ーー。
ハフポスト日本版は11月10〜14日、こんな証言を寄せた女性の記録をもとに、シリーズ「私が巻き込まれた陰謀論」(全5回)を掲載した。
記事の公開後には、「まさか“心を救う場所”でこんなことが起きるとは」「公認心理師は国家資格なのに……」などと、大きな反響が寄せられた。
「私と同じ経験を誰にもしてほしくない」。そう語り、勇気を出して取材に応じた女性の思いを受け、5回分の記事を改めて1本にまとめて報じる。
ー
◆公認心理師の“別の話”が始まった
この日、東京都心の最低気温は氷点下を記録した。2月の終わりに冬日になるのは、3年ぶりだという。
冷たい風が、容赦なく頬を突き刺す。吐く息は白く、指先の感覚は次第に薄れていった。
私はうつむきながら、高級住宅街の中を歩いていた。足が鉛のように重い。目的地に近づくにつれ、心臓の鼓動が早くなっていった。
「また怖い話を聞かされるのだろうか」
顔を上げると、視界の先に少し年季の入った建物が見えた。
「カウンセリングオフィス」。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、うつ病、パニック障害など、心に傷を抱える人たちが通う場所だ。
私も、幼い頃に受けたトラウマを克服するため、2024年12月から通い始めていた。今日が5回目の訪問となる。
玄関前で足を止め、冷たい空気を吸い込んでから、ふうっと長く吐き出す。呼吸を整え、チャイムを押すと、公認心理師の男性が出てきた。
「今日もよろしくお願いします」。室内からの生ぬるい空気が外へと流れ出た。
個室の部屋に入り、コの字型の机の前に腰を下ろす。リラックスできるように、照明は少しだけ抑えられている。
「調子はどうですか?」
公認心理師が穏やかな声で問いかける。私は膝の上に手を置き、できるだけ明るい表情をつくって話した。
「昨日、誕生日だったんです。ひとりで過ごしたので寂しい気持ちもあったんですが、行ってみたかったケーキ屋さんに行って、前向きに過ごそうと自分なりに工夫しました」
しばらくは穏やかな会話が続いた。しかし、不祥事を起こした芸能人や“メディア界のドン”の訃報の話に移ると、場の空気がわずかに変わった。
「世の中って本当にねえ」
その言葉を合図にしたかのように、公認心理師の“別の話”が始まった。
《能登は人工地震だった。珠洲市がスマートシティだったから狙われた》
《NHKはDSからお金をもらっている》
《三浦春馬と竹内結子はアドレノクロムを知って殺された》
女性が公認心理師から話されたという「アドレノクロム」に関する投稿(※画像を一部編集しています)まただ。
DSは「闇の政府」の略。裏で世界を操っているらしい。「アドレノクロム」は子どもから抽出した若返り薬。セレブが密かに使用しているという。
繰り返し聞かされるうちに、彼が使う言葉の意味を覚えてしまった。
《習近平は神奈川で軍事兵器を発注し始めた》
《ビル・ゲイツは人口を減らすためにワクチンを作っている》
《眼帯をしている芸能人はアドレノクロムをやっていると思っていい》
カウンセリングは60分で1万1000円。しかし、大半はこうした話で終わってしまう。
《安倍元総理は薬を盛られて潰瘍性大腸炎になった》
《田中角栄はDSによってはめられた》
《悪魔信仰では子どもの左耳をくり抜いて注射器で刺す》
私が口を開く間もなく、ただ時間だけが過ぎていく。
「もう通うのはやめようか……」。そんな思いもあったが、なかなか行動に移すことはできなかった。
不思議とこのカウンセリングオフィスの評判は良かった。予約が殺到しており、私もここに通えるようになるまで半年ほど待った。
「科学的な心理療法」を掲げ、公認心理師の経歴も華やか。外部での講演や執筆活動も多数行っているようだった。
今さら別のカウンセリングオフィスを探しても、どこも予約でいっぱいだ。数カ月待ちは当たり前の世界。それに、また一から自分の生育歴やトラウマについて話さなければならないーー。
そんな考えをぐるぐると巡らせているうちに、時計の長い針が1周していた。
今日も長い60分間だった。言いたかったことはたくさんあったが、言葉にすることはやめた。
「安くないお金を払っているし、続けると良くなるのかもしれない」
しかし、帰路につき、友人に相談すると、「クレームを入れた方がいい」と、アドバイスを受けた。
私のことを、本気で心配してくれているようだった。
「怖い話を聞くのは終わりにしたいし、やっぱりクレームを入れよう」
自宅に戻り、パソコンを開いた。そして、冷たい指先でキーボードをたたき、文章を打ち込んでいった。
カウンセリングオフィスで公認心理師から陰謀論について聞かされた女性(※画像を一部編集しています)◆「アドレノクロムを知ったから殺された」
2025年2月。
5回目のカウンセリングを受けた日の翌日、私はパソコンの画面をじっと見つめていた。
クレームを送るべきか、それともやめるべきか。本文を読み返すうちに、時間だけが過ぎていった。
ただ、あの夜から続く息苦しさを、抱えたままではいられなかった。今すぐ吐き出さなければ、自分が壊れてしまいそうだった。
「私は“伝える”と決めたじゃないか」ーー。そう言い聞かせ、送信ボタンを押した。
【アドレノクロムの話を聞いてから、世の中にはいろんなことがあるのだなと思いました。でも、不安が増して、怖くて夜に眠れなくなってしまいました。このお話はトラウマ克服のために必要だったのでしょうか。次は他の話を聞きたいです】
勇気のいる行動だった。
送信直後、昨日の帰り道から続く息苦しさがまたぶり返し、公認心理師の言葉が何度も再生された。
《三浦春馬と竹内結子はアドレノクロムを知って殺された》
事件性があったなんて話は聞いたことがない。
三浦さんの所属事務所「アミューズ」も、「三浦さんは他殺」などと書かれた書籍やサイトはデマだとしており、「収益を目的としたものもある」とウェブサイト上で注意を呼びかけている。
ただ、頭ではそうわかっていても、この話を公認心理師から聞かされた日の夜、怖いもの見たさでYouTubeを開いてしまった。
画面には、公認心理師と同じような言説を垂れ流す動画がいくつも並んでいた。それをクリックするたびに、視界が揺らいだ。
《三浦春馬、他殺説の真相》《真犯人は〇〇か》《知った人は皆殺し》ーー。
何が現実で、何が嘘なのか。
わけがわからないまま、涙が止まらず、パニック状態に陥った。体には、赤い蕁麻疹が浮かび上がった。
「もしかして、私がおかしいの?」
頭が狂いそうだった。この恐怖の感情を打ち消そうと、ChatGPTに文字を打ち込んだ。
「本当にこんなことがあるの? 私はまともじゃないの?」
AIは「あなたは間違っていない」と言ってくれたが、心は穏やかにならなかった。
今度は、クレームを送ったことで、公認心理師を「怒らせたかもしれない」という不安が、再び胸を締めつけたのだ。
体も衰弱していた。自分を保つのに必死だった。何より、怖かった。
そのまま、朝を迎えた。
昼、公認心理師から返信が届いた。恐る恐るメールを開くと、次のように書かれていた。
「不安にさせてごめんなさい。次回からはそのような話はしません」
ふっと肩の力が抜けた。ようやく安心してセラピーを受けられるかもしれない。
「もう“怖い話”はしないんだ。よかった」
信じてみよう。もう一度だけ。
そのとき、私はほんの少しだけ、希望を取り戻していた。
女性は「クレームのメールを送ることは勇気のいることだった」と話した。約1カ月後。3月になった。
6回目のカウンセリングの日。足取りはいつもより軽かった。
チャイムを鳴らすと、カウンセリングオフィスのドアが開いた。いつもの個室に通され、公認心理師は優しく微笑んだ。
「それではお願いします。その後の不安はどうですか?」
私は勇気を出して伝えた。
「前回のカウンセリングから帰って、怖い動画を見てしまって。3日くらい調子が悪くて、眠れなかったんです。怖かったです」
公認心理師は「そうね、そうね」と相槌を打った。
ただ、謝罪はない。相槌も、それが本心からなのか、形だけなのか、私にはわからなかった。
「先生は嘘を言っていないと思っているから。でも信じたくなくて、動揺してしまいました。セラピーも受けたかった。頑張って出しているお金なので」
声が震え、胸が熱くなる。
「三浦春馬が殺されたという先生の話がショック過ぎて……。悲しくなっちゃって」
言葉とともに、大粒の涙がこぼれ落ちた。
公認心理師は静かに「うん、うん。そうね」と頷き、少しの沈黙を置いて言った。
「赤ちゃんの頃は自我の壁があまりなくて、神経が剥き出しの状態なので。極端な白黒思考が出ています」
この言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
「え、これって私がおかしいと言っているの?」
特にこれまでの“怖い話”には触れず、彼は話を続けた。
「母親との愛着をうまく形成できなかったのかもしれません。赤ちゃんの頃の自分に会いにいきましょう。あの頃に欲しかったものは何?」
胸の中で小さなざわめきが広がった。謝罪はないのか。
でも、久しぶりに聞いたセラピーのようなセリフに、ほんのちょっと安堵感が生まれた。
この日は、少なくとも“怖い話”は出なかった。前回に比べれば、まだ良い時間だった。
「またセラピーをしてくれるはず」
私は、4月の予約はキャンセルしないことにした。
イメージ◆公認心理師は、完全に“戻った”
春の匂いを感じられるようになった2025年4月。
穏やかな日の中にも、時折、突風が吹き抜けることがあった。
公認心理師もまた、あの“怖い話”を度々口にするようになった。
《海外の人達は聖書以外に道徳や正義感をつくるものがない》
彼は、私の出身地である東北の人々を「辛抱強い」とし、「日本は生まれながら生活の中に正しい心のあり方がある」と語った。
その後、当然のように「でも、キリスト教は……」と、人種を絡めた話に展開させた。
表情は穏やかで、口調も優しい。ただ、平然と「差別」に繋がるような言葉を口にする人間が、目の前に座っている。
この事実に、私の体は小刻みに震えた。
これまで、自らのトラウマを克服するため、公認心理師との信頼関係を築こうと努力してきた。
「我慢したらそのうちセラピーをしてくれる」と信じ、通い続けてきた。
ただ、彼は《能登は人工地震だった》《三浦春馬はアドレノクロムを知って殺された》といった話だけでなく、差別的な話も私にぶつけるようになっていた。
もう聞きたくない。もはや信頼関係を築く相手でもないのかもしれない。
「いずれ見極めないといけない時期が来る」
イメージ季節が巡り、5月になった。
街の緑が濃くなった頃、公認心理師は完全に“戻った”。
《白人はIQが低く、人から奪う人種》
《白人を登場させて、世界を一回崩すことになった》
《AIによって世界が一回破壊されている》
《まずい世の中をあえて作った人が国際金融資本家》
受け入れ難い言葉の一つひとつが、無理やり頭の中に入り込んできた。
もう限界だった。
「これはセラピーでもなんでもない。私の心に必要な『薬』でもない。私の心を削る単なる『毒』だ」
カウンセリングの帰り道、私は何度も「もう、行かない」と呟いた。
そして、心を落ち着かせた後、次回以降の予約を全てキャンセルするメールを送った。
【怖い話はやめてほしいと伝えていたのに、今回も怖い話をされ、本当に苦しいので、予約を全てキャンセルさせてください】
翌日、公認心理師から返信が届いた。
【そのくらいの話でも、後になって怖くなるのですね。その怖がりのところに何か意味があると思います。こちらでの進め方が合わないということなので、キャンセルで構いません】
まるで、“私に問題があった”かのような書き方だった。
私は再びパソコンに向かい、これまでのカウンセリングで語られた“怖い話”の数々を書き出した。
【三浦春馬と竹内結子はアドレノクロムを知って殺された】
【アメリカ民主党は悪魔儀式でアドレノクロムをやっている】
【能登は人工地震だった (珠洲市がスマートシティだったから狙われた)】
【ミシェル・オバマもレディガガも実は男】
【安倍元総理は薬を盛られて潰瘍性大腸炎になった】
【習近平は神奈川で軍事兵器を発注し始めた】
【財務省はDSとつながっている】
【田中真紀子邸はアメリカによって放火された】
【ビル・ゲイツは世界人口を減らすためにワクチンを製造している】
そして、こう問いかけた。
【今まで不信感を感じつつも、『自分の心のケアに関わる話なのかもしれない』と思い、通い続けてきました。心理的ケアの観点で、このような話はどのような意味があったのでしょうか】
返信は、その日の夜に届いた。
深呼吸をして開封すると、そこには自己弁護のような“言い訳”が延々と綴られていた。
【職場でのハラスメントの問題、副業での対人関係の問題、怒りの感情調整の問題、お仕事の業界の問題などについて話をしています】
【その中での話を意味のないこととおっしゃるのは、こちらとしては心外】
心外ーー。その一言に、思わず乾いた笑いが出た。
期待はしていなかったが、反省の言葉はどこにも書かれていなかった。
前回のカウンセリングで聞かされた言葉については、「歴史、経済の話で普通に使う用語」と説明していた。
では、《アドレノクロム》《DS》《ワクチンによる人口削減》とは何だったのか。普通に使う用語なのだろうか。
メールの中で、彼はこう言い切っていた。
【怖がらせるような話をしているつもりはありません】
私は、もう返信しなかった。
その一文を見つめながら、返信する気力を失っていた。
60分1万1000円だったカウンセリング。ほぼ全て陰謀論の話で終わることもあった。(※画像を一部編集しています)◆相談先の担当者は、冷たく言った
「この国に生きる以上、現実を直視するのは国民の役割」ーー。
そう言って、公認心理師は“恐怖”を煽る話を繰り返した。
子どもの頃のトラウマ経験から、人一倍怖がりな私に、「“真実”を知れ」とでも言うように、容赦なく言葉をぶつけてきた。
《三浦春馬と竹内結子はアドレノクロムを知って殺された》
芸能界に関わる仕事をしている私にとって、この言葉は特に衝撃的だった。まるで、私が関わる世界の裏で殺人が行われているかのような口ぶりだった。
何が現実で、何が嘘なのか。恐怖で涙が止まらず、パニック状態に陥り、体に蕁麻疹が浮かび上がった。
次回以降のカウンセリングの予約をキャンセルするメールを送り、「もうこの人とはかかわらない」とわかった時、今度は心の底から怒りが湧いた。
「心の健康を守る公認心理師がこんなことをしてもいいのだろうか」
2025年5月中旬。私は自らが住む地区の消費者生活センターに電話をかけた。
担当者は驚き、丁寧に話を聞いてくれた。しかし、返ってきた言葉は冷たかった。
「既にカウンセリングを受けているじゃないですか。返金は難しいと思いますよ。クオリティの問題で、内容が自分に合わないとか、先生が変だとか、人によって感じ方は違いますよね。人によっては気に入る人もいるかもしれない」
「カウンセリングを受けるには受けたんですよね。しっかり60分間。つまんない話だった、おかしな話だった、ということなら、さっさと辞めればいいですよ」
電話を切った後、私は深く息を吐いた。涙が出そうだった。
「さっさと辞めればいい」。そんなことは言われなくてもわかっている。
私は自らのトラウマを克服するという目的のため、「我慢したらそのうちセラピーをしてくれる」と信じ、通い続けてきた。
彼が「もう怖い話はしない」と述べたとき、もう一度だけ信じてみようと思った。
でも、彼は今日もあそこで「公認心理師」の看板を掲げている。通うのは、心に傷を負った人たち。良くなると信じ、あの部屋の扉を叩いているのだ。
同じような被害に遭う人が出たらどうするのか。
「泣き寝入りすることはできない」
消費者庁などが入る合同庁舎(東京都千代田区)怒りが原動力になっていた。
地区の消費者生活センターが対応してくれなくても、めげなかった。トラウマが悪化しながらも、計7つの機関に助けを求めた。
消費者生活センター、厚生労働省、日本公認心理師協会ーー。どこかに、誰かに、この理不尽をわかってほしかった。
カウンセリングオフィスに支払った金額は、計11万円。
「心の傷を癒したい」と願って通った場所が、まさか「心を壊す場所」になるなんて、思ってもみなかった。
《三浦春馬と竹内結子はアドレノクロムを知って殺されたんです》
《アメリカ民主党は悪魔儀式でそれを使っている》
《能登の地震は人工的に起こされた。珠洲市がスマートシティだったから》
《ミシェル・オバマもレディ・ガガも実は男性ですよ》
《白人は奪う人種です》
《財務省はDSとつながっています》
《ビル・ゲイツは人口削減のためにワクチンを作っている》
こんな話を浴びるように聞かされた。
そればかりか、まるで“真実を知らないほうがおかしい”と言わんばかりの態度で、彼の話に怖がる私を「神経系の問題」と断じた。
こんなこと、許されていいわけがない。私は、思いつく限りの場所に電話をかけ、メールを送り、経緯を説明する詳細な文書も添付した。
だが、そのたびに「別の機関に相談してみては」と言われ、たらい回しにされるだけだった。
電話口の職員は名乗らず、メールもほとんど返ってこなかった。
「公認心理師は国家資格なのに、なぜ誰も助けてくれないのか。なぜわかりやすい通報窓口がないのか」
そう思うたびに、無気力になった。やがて、体も動かなくなった。
朝、目を開けても起き上がれない。会社に行けない。人と1対1で話すことが、とてつもなく恐ろしく感じるようになった。
「このままでは自分が危ないかもしれない」
そう感じた私は、あるところに連絡した後、玄関を出た。
“命の危険”を感じていた。
女性が公認心理師から話されたという“怖い話”の一部(※イメージはGeminiで作成)◆「まさか心を癒すための場所で…」
「“命の危険”を感じる」
そう思った私は、最も信頼のおける知人の女性に会いに行った。
いつも優しく話を聞いてくれ、暖かく包み込んでくれる。そこだけが、私にとっての「安全な場所」だった。
「ありえないことが起きて…」
こう切り出した瞬間から、涙が止まらなくなった。号泣しながら、これまでの経緯を全て話した。
公認心理師に“洗脳”されそうになったこと。私のほうに問題があるかのように言われたこと。助けを求めた機関に冷たくあしらわれたことーー。
最後に震える声で絞り出した。
「やっぱり私が全部悪かったのかな。なにもかもが怖い」
すると、知人の女性は静かに首を横に振った。
「そんなことはない。あなたがおかしいわけではない。大丈夫だからね、大丈夫」
最も信頼する人からの言葉に、少しずつ心がほぐれていく感じがした。今このタイミングで同じ時間を共有できたことも大きかった。
「あのまま1人でいなくてよかった」
後から聞くと、知人の女性は私の目に生気がなかったことから、ただ事ではないと思っていたようだ。
涙は出し切った。同時に、同じような思いを他の誰にもしてほしくないという気持ちも大きくなってきた。
「もう我慢しなくていい。あそこにはもう通わないのだから」
イメージ唯一、希望が持てたのは、日本臨床心理士資格認定協会への相談だった。
公認心理師は、民間の「臨床心理士」の資格も持っていた。
「倫理申立ならできますよ」。2025年5月、受話器の向こうで、担当者が淡々と言った。
鬱々とした気持ちは晴れなかったが、それでも書類を送ってもらうことはできた。
私は自分の身に起きたことを一つひとつ書き出し、証拠をまとめて郵便局から送付した。
《能登は人工地震だった。珠洲市がスマートシティだったから狙われた》
《NHKはDSからお金をもらっている》
《三浦春馬と竹内結子はアドレノクロムを知って殺された》
心の傷を癒したい。過去のトラウマを克服したい。こう願って通った場所で、こんな話をされるとは思わなかった。
まさか「心を壊す場所」になるなんて、思ってもみなかった。
日本臨床心理士資格認定協会からは、同月中に「申立書を受け取った」という書面が届いた。
それからしばらく連絡はなかったが、9月中旬にようやく同会の倫理委員会の委員長名で一通の文書が届いた。
「本委員会で対応すべき案件と判断し、面談調査を行う」
つまり、公認心理師に話を聞くということだ。
しかし、その面談調査の日程は「2026年2月の予定」だという。既存案件の処理が滞っているためとの説明だった。
長い。あまりにも長い。
ようやく“誰かが見てくれた”という実感はあったものの、本当に調査してくれるのか、有耶無耶にされないか、不安は消えなかった。
ただ、長い時間止まっていた時計の針が、少しだけ動いたような気はした。
「心を守るための専門家が、心を壊すような言葉を投げていいはずがない。次の“被害”が生じる前に、しっかり反省してもらいたい」
私はぎりぎりのところで踏みとどまれた。結果的に洗脳もされなかった。周囲に話を聞いてくれる人がいたことで、自分の命を守ることができた。
でも、まさか心を癒すための場所で、心を開放する場所で、こんな“怖いこと”に巻き込まれるとは思わなかった。
関係機関に“たらい回し”にされるとも思わなかった。
もし、あの言葉をセラピーだと信じて受け入れていたら。信頼のおける知人の女性が近くにいなかったら……。
私はどこまで引きずり込まれていただろう。今頃、どんな顔をしていただろう。
そう思った瞬間、背中に冷たいものが走った。
氷の塊が、首元をつたって落ちていくようだった。
了
(取材・文:相本啓太)
Source: HuffPost


