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チンパンジー研究で革命をもたらした霊長類学者ジェーン・グドールが91歳で死去。未来へ残したメッセージ
スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラムフォーラム年次総会の「地球の知恵の守護者たち」というパネルで講演するジェーン・グドール氏(2024年1月19日)世界的に著名な霊長類学者で自然保護活動家のジェーン・グドール氏が91歳で死去した。ジェーン・グドール・インスティテュートが10月1日に発表した。
グドール氏は講演先のカリフォルニアで亡くなり、死因は自然死だったという。
同インスティテュートは声明で「グドール博士の動物行動学者としての発見は、科学に大変革をもたらしました。彼女は自然界の保護と再生の提唱者としてたゆまぬ努力を続けました」と追悼している。
ジェーン・グドール氏、どんな人物だったのか
グドール氏は1934年、イギリス・ロンドンで生まれた。イングランド南岸のボーンマスで育ち、小学校時代にエドガー・ライス・バローズの『ターザン』シリーズやヒュー・ロフティングの『ドリトル先生』シリーズを読んでアフリカへの憧れを抱くようになった。
高校卒業後に秘書などをして働きお金を貯めた後、22歳だった1957年に船で友人がいたケニアへ向かった。
到着から2カ月後に、人類の起源がアフリカであることを明らかにした著名な考古学者で人類学者のルイス・リーキー氏と出会い、ナイロビの自然史博物館で助手として働き始める。
グドール氏に才能を見出したリーキー氏は、チンパンジーのフィールド調査のために、現在のタンザニアにあるゴンベ渓流国立公園の熱帯雨林保護区へと送り出した。
1965年12月22日にCBSで放送されたテレビ特別番組「ミス・グドールとチンパンジーの世界」に出演したグドール氏。タンザニアのゴンベ渓流国立公園で撮影ゴンベ渓流国立公園での大発見
ゴンベ渓流国立公園での最初の数か月間、グドール氏は警戒心を抱くチンパンジーに近づくことができなかった。
しかし餌となるバナナを使って辛抱強く調査を続けるうちに徐々に距離が縮まり、近くで観察できるように。
チンパンジーとの距離を縮めたグドール氏は個体に名前をつけたが、当時は番号で識別するのが一般的だったため、非常に型破りな手法と見られた。
グドール氏は観察を続けるうちに、チンパンジーの社会的行動が、想像以上に人間に近い複雑さを持つことを発見。人間のような深い思いやりや暴力的な一面を持ち、機知に富み、遊び好きでもあると考えるようになった。
グドール氏は1960年10月、最大の発見の一つとされる、ある行動を観察することになる。
デイヴィッド・グレイビアードと名付けた雄のチンパンジーらが、枝をアリ塚に差し込んでシロアリを取り出して食べていたのだ。
それまで科学者たちは、道具を作り使うことができるのは人類だけだと信じていたため、この発見は科学界を揺るがした。
さらに、グドール氏はチンパンジーが肉を食べることも発見した。それまで、チンパンジーが肉を食べる行動は知られていなかったが、グドール氏は狩りで哺乳類を捕える様子を観察。他の種類のサルを食べるだけではなく、非常に稀なケースとしてチンパンジーを共食いすることも明らかにした。
オーストラリア・シドニーにあるタロンガ動物園を訪れ、19頭のチンパンジーの大家族を観察するグドール氏(2006年7月14日)グドール氏は1961年に学士号なしでケンブリッジ大学の博士課程に入学し、在学中にチンパンジーの道具使用に関する論文を科学誌『ネイチャー』で発表した。
1966年に博士号を取得した後は、再びゴンベに戻り研究を継続した。1967年には最初の著書『My friends, the wild chimpanzees(私の友人、野生のチンパンジー)』を出版し、その後も大人や子ども向けに数十冊の著書を発表してきた。
2013年の著書『希望の種(Seeds of Hope)』は、他の資料からの引用に出典が示されていなかったことを批判され、グドール氏は「メモの取り方がずさんだった」と釈明して、改訂版を出した。
動物の権利と環境保護の提唱者として知られるように
1977年にジェーン・グドール・インスティテュートを設立し、ゴンベでの研究支援や、アフリカの保全、地域開発に携わってきた。
同インスティテュートは現在では世界各地に拠点を持ち、多くの国々で動物や環境、地域社会により良い変化をもたらすための若者向けのプログラムを実施している。
グドール氏は名声とともに動物の権利と環境保護の提唱者として知られるようになり、多くの動物保護団体の活動に関わり続けてきた。
2010年のガーディアンのインタビューでは、「ボーンマスで私がそうしていたように、犬や猫と暮らした経験のある人なら、動物に個性や心、感情があることを知っているはずです。科学者たちもみんな心の中ではわかっていたと思いますが、証明できなかったので語らなかったのです」と話している。
2021年のハフポストUS版のインタビューでは、人類の知性を活かして環境保全という共通の利益に向かうべきだと語った。
「チンパンジーには残虐で、暗く、戦闘的な面があり、同時に愛情深く利他的な面もあります。私たちと同じです」
「しかし決定的な違いは、私たちは知性が爆発的に発達したことです。言葉を使う能力がその一因だと思います。言葉があるからこそ、存在しないものについて語り、遠い未来の計画を立て、異なる分野の人を集めて問題を議論できる。言葉があるから、私たちは道徳的な行動規範を築き上げ、何をすべきで何をしてはいけないかを知っているのです」
「ただし、本能的な縄張り意識はナショナリズムにつながります。これは遺伝子に刻まれているものです。しかし知性があるからこそ、それを乗り越えることができるはずです。私たちには道具があります。言語があります。科学技術を持っています」
「私たちは、日々正しい選択を行い、それを何十億もの人々が実践すれば、人類は正しい方向へ進むことができると理解しています。しかし、それが果たして間に合うのか――私にはわかりません」
グドール氏は1964年にオランダ出身の自然写真家バロン・ヒューゴ・ファン・ローウィック氏と結婚し、1967年に子どもが生まれた後、1974年に離婚した。
1975年にはタンザニア国立公園の責任者デレク・ブライソン氏と再婚。ブライソン氏は1980年にがんで亡くなった。
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集しました。
Source: HuffPost




