08.14
「いかに対立を和解に繋げていくか」日中韓の生徒が同じ歴史教材で学べるように。3カ国の研究者が共に教材をつくった背景
日本、韓国、中国版の3カ国共同編集歴史教材第1弾『未来をひらく歴史』(2005年出版)戦後80年に合わせ、日本と中国、韓国の研究者らが共同で編集した歴史教材『新・未来をひらく歴史─東アジア3国の近現代史』(高文研)が3カ国で同時刊行される。
日中韓の生徒が同じ歴史教材を使って共通の内容を学び、相互理解を深めることが目的だ。
3カ国の研究者らが共同で歴史教材をつくるのは、今回が3回目。
執筆者の一人で、20年以上このプロジェクトに携わってきた、早稲田大名誉教授の大日方(おびなた)純夫さんに話を聞いた。
同じ歴史教材を使い「共通の知識の土台を築く」。いかに「対立を和解につなげていくか」
日本と韓国版の『新・未来をひらく歴史』(9月刊行)9月に刊行される歴史教材『新・未来をひらく歴史─東アジア3国の近現代史』は、高校の副教材を想定してつくられた。
写真や資料を元に生徒に意見を問い、クラスで議論できるようなスタイルで「考える素材」となることを目指した。
3カ国の歴史研究者や大学教授、高校教員ら約40人が委員会をつくり、執筆に当たった。
大日方さんは「共通の歴史教材を作ることで、共通の知識の『土台』を築き、歴史認識を深めていくこと」が狙いだと話す。
「もちろん歴史認識は簡単には共有できません。でも少しずつ土台を広げ、共通項を増やしていくことによって、お互いを理解し合える環境を作っていくことはできると考えています」
日本の歴史教科書では、日本の加害や植民地支配の歴史については深く取り扱わない傾向が続いている中、この教材では、加害の歴史も学ぶ。
3カ国はそれぞれ立場も違い、読者の歴史認識や知識、関心も異なる。
日本軍「慰安婦」問題、徴用工問題、強制連行問題などのテーマをどう取り上げ、「いかに対立を和解につなげていくか」「相互理解を深められるか」という議論が「最も大変だった」という。
韓国や中国の研究者らからは、「加害と被害という二項対立だけでなく、加害と被害を超える共有性をつくり、議論をしていこう」という提案もあった。
各国の実行委員が議論と編集作業を重ね、まさに共同作業でつくり上げた。
自国中心の閉鎖的・排外的な歴史観の克服にはどのような知識や観点が必要か。時には意見の相違もあったが、長い期間をかけて調整を続けた。
早稲田大名誉教授の大日方純夫さん東アジア初の挑戦。’02年に始まった歴史教材の共同編集
今回で3度目となった、3カ国共同での歴史教材の編集。1冊目の『未来をひらく歴史』は2005年に刊行され、これまで各国の大学や高校、市民講座などで使われてきた。
東アジアの歴史上「初の挑戦」として3カ国の研究者が共通の歴史教材編集に乗り出した背景には、歴史教科書問題や歴史修正の動き、それに伴う日韓・日中関係の冷え込みなどがあった。
始まりは2002年。中国・南京でフォーラム「歴史認識と東アジアの平和」が開催された際、「やはり共通の歴史教材が必要」と、3カ国で連携して教材をつくることが研究者から提案された。
「どう和解を実現していくか。それには歴史教育が大きな役割を担います。私たちには、単なる研究や教材作りだけではなく、東アジアの平和を実現したいという思いがありました。そのためには歴史認識の共有が必要だと考えました」(大日方さん)
目指したのは「教科書」ではなく「教材」。教科書の場合、各国での教科書検定があり、政府が定める学習指導要領に沿う必要がある。
そのため、歴史の授業で副教材として使える内容や形を目指し、3カ国で同時出版。英語などにも翻訳された。
当時、日本と韓国の研究者や教員らは、相次いで歴史に関する書籍を共同で出版していた。しかし、そこに中国が加わることは非常に珍しく、「未来をひらく歴史」での3カ国の協業は「画期的だった」。
日本、韓国、中国版の3カ国共同編集歴史教材『未来をひらく歴史』植民地支配・戦争の背景がある近隣諸国が共通の歴史教材をつくるという取り組みは、ヨーロッパ諸国で実践されてきた。
実行委員は、ドイツ・フランス、ドイツ・ポーランドなどが共同でつくった歴史教材の選考事例も参考にし、プロジェクトを進めた。
ヨーロッパと東アジアで違ったのは、各政府のサポート体制だ。ドイツやフランスなどでは、政府からのサポートがあったが、東アジアの場合は違った。市民から賛同金を募ったり、クラウドファンディングを実施したりして「手弁当」で進めてきた。
それでも、刊行後の手応えはあった。第1弾の『未来をひらく歴史』は3カ国で30万部以上が発行され、2012年には、第2弾として共同編集の歴史書『新しい東アジアの近現代史』上下巻が同じく、3カ国で発売された。
通訳・翻訳者の力も借り、研究者らは言葉の壁も乗り越えて、会議での議論や編集を重ねた。
2024年11月に中国・長沙で開催された3国会議の様子「加害の歴史は『素通り』できない問題」だからこそ
第1弾の『未来をひらく歴史』の刊行から20年が経過した今年、『新・未来をひらく歴史』が発売される。
大日方さんは「加害の歴史は『素通り』できない問題。だからこそ、できるだけ多くの人に門戸を閉ざさずにまずは知り、考えるきっかけを掴んでもらい、対話をしていけるような教材にしたいと考えた」と話す。
例えば、教材のある章では「8月15日は何の日か」と問いかける。日本では「終戦記念日」とされているが、各国では名称も、その日が持つ意味も異なる。
1945年8月15日に3カ国で撮影された写真を見比べて、各国の人々の手記を読み、その歴史について学び、クラスで話し合える仕様になっている。
「日本は敗戦しましたが、『8月15日で戦争が終わり平和が来ました』という話ではなく、戦後も戦犯や補償の問題などは残り、今も続く問題もあります。中国と韓国にとっては一体何を意味していたのかということも考えないと、植民地支配をされた側の歴史は見えてきません」
韓国では2012年から「東アジアの歴史」が高校の選択科目となり、日本では2022年から「歴史総合」が高校の必修科目となった。
それらの授業内で高校生たちが多角的な視点で考え、話し合える教材を目指した。
新刊では戦後の現代史にも力を入れ、選択的夫婦別姓や「#metoo運動」などジェンダーの観点も重視。他にも、3カ国が共通で抱える学歴・競争社会、または自然災害や気候変動などの社会課題にも焦点を当てている。
歴史修正主義とどう向き合うか
戦後80年の今年は、沖縄戦の慰霊碑「ひめゆりの塔」の展示説明を「歴史の書き換え」とした自民党の西田昌司・参院議員の発言や、「自虐史観からの脱却」を掲げる参政党の躍進などの動きもあった。
大日方さんは歴史修正主義の台頭が「日本だけでなく、世界的な潮流にもなってきてしまっている」と指摘する。
「背景には、歴史認識の欠落や自己中心主義、内向き思考などがあります。それをどうやって超えていけばいいか。日本は戦争で『酷い目にあった』というだけでなく、『酷いことをした』という認識が欠落しているから、歪んでくる。
加害と被害がどのように関係しているのかを考える必要があります。そして、今後またその歴史を繰り返す可能性もある。まさに排外主義もそうですが、過去ではなく現在進行形かもしれませんよね」
一方で、今のような状況だからこそ、3カ国共通教材により「小さな一歩でも、そうした状況に前向きな『きっかけ』を作っていくことができるのではないか」とも話した。
展望は、共通教材使った3カ国の高校生の交流
日中韓3カ国の間では、生徒たちが各国に赴き、歴史を学ぶ取り組みが長年続けられてきた。
3カ国の中高生約100人が年に1度、戦跡を巡るフィールドワークや討論を通じて共に学び語り合う国際交流プログラム「東アジア青少年歴史体験キャンプ」は今年で22回目を迎えた。
大日方さんが実現したいと語るのは、『新・未来をひらく歴史』で歴史を学んだ3カ国の生徒たちの交流だ。オンラインや対面で、教材で学んだ内容について「意見交換できる機会が作れれば」と語る。
(取材・文=冨田すみれ子)
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戦後80年企画「加害の歴史否定と差別に抗う」戦後80年を迎え、植民地支配の責任や日本の加害の歴史を否定・歪曲する言説が日本社会にあふれています。今広がる排外主義は、こうした歴史否定とも深く結びついています。
ハフポスト日本版は戦後80年企画「加害の歴史否定と差別に抗う」で、日本が二度と侵略戦争や植民地支配を繰り返さないため、将来世代へと教訓を引き継ごうとする人や、歴史の歪曲に抵抗する人たちを取材しました。
Source: HuffPost




