08.01
18歳で原爆開発に関わり“危機感”を抱いた青年は、スパイになった。映画『原爆スパイ』監督が語る核兵器の脅威
作品より。テッド・ホール氏の写真。広島と長崎への原爆投下から80年が経過する今夏、アメリカ側から原爆開発の歴史を見つめたドキュメンタリー映画『原爆スパイ』の日本公開が開始する。
本作では、第二次世界大戦中に原爆を開発する「マンハッタン計画」に最少年の18歳で参加しながらも、米国による“原爆の独占”を危険視し、ソ連に原爆情報を流したとされる物理学者、セオドア・ホール(テッド・ホール)の半生を描いている。
2024年に日本でも公開され話題となった『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)では描かれなかった、広島・長崎への原爆投下後の惨状も、本作では実際の映像を交えて伝えている。
スティーヴ・ジェームズ監督は『原爆スパイ』を通し、核兵器の脅威に警鐘を鳴らす。監督に話を聞いた。
作品より「制作を通じて、原爆投下の過ちをさらに強く感じた」
──数年前、テッド・ホール氏について知り、衝撃を受けたことが、本作制作のきっかけだそうですね。米国では現在も、原爆についての議論はタブー視されている部分もあるかと思います。何が監督を突き動かしたのでしょうか。
スティーヴ・ジェームズ氏(以下、スティーヴ):世界の歴史、そしてアメリカの歴史においても重要な時に、自分の倫理観に基づいて重要な決断を下したこと、そして彼の非常に複雑な人間性に惹かれました。
2023年の夏にアメリカでは映画『オッペンハイマー』が劇場公開され、原爆投下というトピックについても関心が寄せられました。私の撮った『原爆スパイ』もその恩恵を受けた部分はあるかもしれませんね。
──制作にあたって、史実を直視するのがつらい局面もあったかと思います。ネガティブな感情とどのように折り合いをつけていったのでしょうか。
スティーヴ:原爆の歴史そのものについては以前から知っていましたが、この映画を作ったことで、原爆投下という過ちについてさらに強く感じることになりました。原爆投下の是非については、アメリカでも様々な議論があります。
私は『オッペンハイマー』はよくできた映画だと評価しつつも、一面的な部分もあるとは思います。例えば、本当に日本に原爆を落とすべきだったのかという点について十分な考察がされていないのではないかと感じました。
取材に応じる監督。 (スティーヴ・ジェームズ:アメリカ合衆国バージニア州ハンプトン生まれ。二度のアカデミー賞ノミネート、多数の受賞歴を持つドキュメンタリー作家。代表作に『フープ・ドリームス』や『スティーヴィー』『Life Itself』)今も続く、原爆投下の擁護論。核戦争の危機は忘れられがちに
──アメリカでは同日公開だった映画『バービー』と『オッペンハイマー』を掛け合わせた「バーベンハイマー」という造語が社会現象レベルに盛り上がり、インターネット上でのミームが行き過ぎた結果、特に日本からは大きな批判を受けました。「結局のところ、アメリカ人は原爆投下を何も反省していないのではないか」とする声も散見されました。
スティーヴ:実際、アメリカには「あの当時は日本に原爆を落とすしかなかった。従来の方法で戦い続けていたら、さらに何万人ものアメリカ人兵士が死んでしまっただろう」と考えている人は今もたくさんいます。
歴史家の間でも議論が続いている最中ですが、私は個人的には原爆を落とす必要はなかったと考えていますし、原爆投下の歴史について、アメリカ人はきちんと知るべきだとも思います。
アメリカもロシアもさらに大きい核兵器を開発していますし、中国では大きな核兵器用に格納庫の開発が進んでいます。一方、核戦争の危機が迫っているにも関わらず、忘れ去られがちでもあります。
核戦争の危機が迫っていることを注意深く意識すべきだとも思います。
テッド・ホールを「裏切り者だとは思わない」
作品より。テッド・ホール氏。──劇中のテッド氏の空虚な目には映画『オッペンハイマー』でキリアン・マーフィーが演じたロバート・オッペンハイマーを想起させるものがありました。しかし、まるで感情を失ったように見える彼が、終盤に見せる表情に観客も心揺さぶられるのではないかと思います。制作を通じて、テッド氏へどのように感情移入していきましたか?
スティーヴ:私は自分自身をジャーナリストというよりは、ノンフィクションの語り手だと考えています。もちろん映画を制作する上で自分の視点も入りますが、重視しているのは熟慮とリサーチを重ねることです。そして、私が最終的に到達した視点は、やはり彼は正しい理由のためにソ連への情報提供を行ったのだということでした。
先ほども述べたように、もちろん賛否両論ある話です。テッド・ホールは当時の指導者で独裁者とも言われたヨシフ・スターリン氏率いるソ連の体制をサポートしたと非難する人もいれば、アメリカの裏切り者だと呼ぶ人もいます。法律的に考えればそうなのかもしれません。
しかし、彼はソ連の味方をしたかったわけではなくて、原爆が大量殺戮の原因となってしまうことを分かっていたから、そこに住む一般市民の心配をしたのだと思います。ですから、倫理的に、モラルとして捉えたときに私は彼を裏切り者だとは思いません。一方で、彼を美化しているわけでもありません。
作品より。本作では、関係者のインタビュー動画や記録映像に加え、1940年代については再現ドラマを交えて表現している。米国民に伝えたかった「長崎、広島で亡くなったのは一般市民」という事実
──本作では『オッペンハイマー』では描写されていなかった、被爆後の長崎や広島、被爆者たちの映像を徹底的に映していますね。アメリカが原爆投下により犯した加害に向き合うことは試練でもあったかと思いますが、被爆し負傷した人々のケロイドなどの映像をあえて繰り返し挿入した意図を教えてください。
スティーヴ:私は監督だけでなく映画の編集も行ったので、長崎と広島の原爆投下後の映像を、本作に映っているもの以外もたくさん見てきました。
もちろん、制作以前にも原爆投下後の映像を見たことはありましたし、直視するのはものすごくつらい体験でしたが、広島も長崎も壊滅的な被害を受けたこと、そして亡くなったのが一般市民だったことを観客にも理解してほしかったのです。
作品より。テッド・ホール氏アメリカが日本との戦争に勝つためだけではなく、ロシアとの関係性など別の理由もあって原爆を落としたという背景についても理解してほしいという思いもあります。
アメリカ人の中には、その歴史を知らなかったり、無視していたりする人もいます。「日本を止めるためには仕方なかった」と思ってしまった方が楽なのだろうと思います。しかし私はアメリカが日本に対してしたことを、観客にちゃんと見てほしいという気持ちがありました。
また、ロバート・オッペンハイマーとテッド・ホールの違いを挙げるならば、オッペンハイマーは当時40代でマンハッタン計画を主導した立場だったのに対して、テッド・ホールは同計画参加時、弱冠18歳でした。
オッペンハイマーも原爆を投下したことを後に悔やみ、水爆反対の立場をとることになったわけですが、テッド・ホールは原爆を投下する前から「自分たちが行っていることは間違っている」と気付き、行動を起こしたことに意義があると私は感じています。
作品より。写真の左から3人目がロバート・オッペンハイマー氏。「アメリカにも原爆に反対する人がいたことを知ってほしい」
──原爆の歴史について、デリケートな問題を扱った本作を日本人が鑑賞するにあたって、注目してほしいポイントはありますか?また、第二次世界大戦中は、日本も他国に様々な加害を行った歴史があります。加害の歴史と向き合うということについてはどう考えられますか。
スティーヴ:まずは、アメリカにも原爆を落とすことに反対した人がいたことを知ってもらいたいです。そして、テッドの妻・ジョーンも常にテッドの隣で彼を守って、テッドの決断を信じていた人ですから、世界をクリアな目で見られる人が当時からいたことを理解してもらえると嬉しいです。
作品より。テッド・ホール氏(左)と妻・ジョーン氏(右)、3人の子どもの写真。そしてアメリカは決して単独で世界大戦に勝利したわけではなくて、ソ連の力なくしては勝てなかったわけですが、今日のアメリカではソ連の力なんて関係ないどころか、当時ソ連が同盟国だったことさえ知らない人もいます。
歴史を直視できない人というのはどこの国にもいると思います。もちろん、本作は日本の加害について訴える内容ではないのですが、もし日本の方々が、加害の歴史をあえて無視してしまっていたり、目を覆ってしまっていたりする部分があれば、本作がそのような歴史についても考えるきっかけになればと思います。
作品より。インタビューに応じるテッド・ホール氏の妻・ジョーン氏。原爆について描く作品、倫理観が重要性
──『オッペンハイマー』の他にも現在、『ターミネーター』や『アバター』シリーズで知られるジェームズ・キャメロン監督が広島・長崎への原爆投下をテーマにした『Ghost Of Hiroshima』の映画化の準備を進めています。これまでなかなか取り上げられる機会のなかった原爆というテーマを取り上げるフィルムメイカーが増えている機運を、どのように捉えていますか?
スティーヴ:歴史のことを忘れてほしくないので、原爆について語る人が増えていることはとてもいい傾向だと思います。テッドが機密をシェアしたのは、1つの国だけが原爆を占有することは危険だと感じたからであって、もしアメリカだけが原子爆弾を持っていたら歴史がどう変わっていただろう、どれほど危険だっただろうと私も思います。
現在、核兵器の保有国は増えていますし、核戦争の脅威はいつにも増して大きくなっているので、歴史に向き合って考える機会が増えてほしいと思います。
ジェームズ・キャメロンの新作映画については、原爆の恐ろしさを描いたとしても、エンターテインメント性が強い、スペクタクルな作品になってしまうのではないかという危惧はあります。非常に力強い映画になったところで、真実よりも力強いものになることはないかもしれません。ただし、パワフルな作品になってしまうことで、倫理観が欠如した映画にならないことを願っています。
歴史に向き合い、「自分たちの未来を自らコントロールして」
──戦後80年を迎える今年、第二次世界大戦の経験者や語り部が減り、日本では平和の重要性を伝える人が少なくなっていくことに危機感を抱く声もあります。戦争の痛ましさや愚かしさを語り続ける意義をどのように捉えていますか?
スティーヴ:この作品はテッドという理想に燃えた若者が勇敢な決断を下す物語です。テッド本人も次世代に伝えたいメッセージを問われ、涙していましたが、今は社会全体として自分たちの行く道を正しく決断することができなくなっている部分もあると思います。
この作品を見てくれる若い世代の人たちが、意識的に勇敢な決断を下し、自分たちの未来を自らコントロールできるようになることを私は願っています。
<『原爆スパイ』上映情報>
8月1日〜広島:八丁座
8月2日〜東京:渋谷ユーロスペース
8月9日〜愛知:ナゴヤキネマ・ノイ
9月6日〜大阪:第七藝術劇場、ほか各地の劇場で上映予定。詳細は公式サイトから。
(取材・執筆=真貝友香、編集=冨田すみれ子)
Source: HuffPost




