06.29
トイレに生理用品設置は必要?大学部活動で実験してわかった、「生理用品設置」がもたらすこと。
部活中、ふと嫌な予感がしてトイレに駆け込む。
白い道着の股が真っ赤に染まっていた。
大学で空手部に所属していた私にとって、そんな経験は一度や二度ではなかった。
「早く練習に戻らなければ」と焦りながら、トイレの洗面台で血を洗い落とす。
「どうしてまた失敗しちゃったんだろう…」
そんな自己嫌悪に襲われながら必死に道着をこすり洗いし、ふと頭をよぎった。
「もし男性にも生理があったら、道着は白色だったのかな?」
そこから想像が広がっていく。
「男性にも生理があったなら、テーピングやコールドスプレーの横に生理用品も並んでいるかもしれない。スポーツショップにも、スポーツ用に特化した生理アイテムが当たり前に置かれていたかもしれない。いや、そもそも少しぐらい漏れても気にしない空気だったのかも…」
生理は世界のおよそ半分の人に当たり前に起こりうることのはずなのに、スポーツの現場も、社会の仕組みも、生理があることを前提につくられていない。
そう気づいたことが私が、大学院で「生理用品設置」について研究しようと思ったきっかけだった。
本記事では、大学体育会の部活環境に「生理用品を設置」したことで起きた変化について、約250人を対象に3カ月間実施した実験の一部を紹介していく。
生理当事者が部活中に抱える悩みとは。思い切った動きを躊躇してしまうことも
アメリカの政治哲学者イリス・マリオン・ヤングは、「生理は隠さなければいけないということが生理そのものよりも大きな負担を構成している」と論じた。
大学の部活動において生理当事者はどのような困難を抱えているのか、インタビューを通じて様々なことが明らかになった。
まず多く寄せられたのは、部活の直前や最中に生理が始まり、予備のナプキンを持っていなかった時の対応についての声だった。「部員同士でナプキンを貸し借りした」「トイレットペーパーで代用したことがある」といった具体的な事例が集まった。
ナプキンを借りる際には「部活に集中している部員の邪魔をしてしまって申し訳ない」という気持ちや、「一人ひとりに声をかけて持っている人を探すのが負担」という葛藤も伴っており、それが部活中の心理的なストレスや集中力の欠如に繋がっているということがわかった。
また、練習中の生理の漏れについても様々な声が集まった。
スポーツによっては大きく足を上げたり、思い切り飛び込んだりと、動きの中でナプキンがズレやすいことで経血漏れの心配も強まる。頻繁にナプキンを交換したくても、休憩がないことやトイレが部室の外にあるなどの理由から、2〜3時間に及ぶ部活中に気軽に交換することが難しい。
そのような背景から「生理中の部活では漏れるのが心配で、どこか思い切って動けないことがある」という声もあった。
こうした「動きを躊躇する」感覚。これは、特に深刻に捉えるべき問題だと感じた。
常に自分の身体の限界に挑んでいるアスリートにとって、「躊躇」はパフォーマンスに直結する。もしかしたら、当事者は自覚がなくても生理によって、大きな動きを制限させられているかもしれない。たとえ小さなことに見えても、そうした積み重ねが当事者の力を静かに削いでいるような気がした。
生理用品のイメージ女子だけの環境の方が生理について言いづらい?意外だった、当事者同士だからこそのプレッシャー
男女で活動する空手部で、男子部員に生理について知られたくないというプレッシャーを経験していた私は、「生理の悩み」に関しては女子のみで活動する部活の方がよりオープンで過ごしやすい環境が作られているのではないかという仮説を持っていた。
しかし、実際に女子だけの部活の当事者に話しを聞いてみると、当事者だけの環境ならではの難しさがあった。
例えば、生理痛が辛くて部活を休みたい時、多くの部員は痛みを我慢したり「生理痛」ではなく「腹痛」「頭痛」など痛みを変換して欠席連絡をしたりしていた。インタビューでは、「先輩含め全員に生理が来ているからこそ、自分だけ生理を理由に休めない」という声が集まった。
生理の症状は種類も重さも人それぞれであるがゆえに、同じ当事者であっても認識は異なる。「当事者だからこそ理解し合えるはずだ」という私の仮説は安直だった。
ではなぜ、同じ当事者同士でもここまでのプレッシャーが生まれてしまうのだろうか?
それは生理の症状に違いがあるだけでなく、「部活」という組織体制に原因があることが調査の結果わかった。
インタビューでは、「部活で休むことは滅多に許されない」「自分が部活を休むことで周囲の士気に悪い影響を与えてしまう」といった声が散見された。
様々な研究でも指摘されているように、日本の運動部活では自己犠牲的なコミットメントが求められる傾向がある。これは、学校部活が同好会やサークルのような自由度の高い組織とは差別化を図る一方で、日本代表やプロスポーツのようにメンバー全員がトップレベルのモチベーションや実力を有する組織とも異なるという、いわば「中間的」な位置にあることによる現象だと考える。
厳しい規律の遵守と自己犠牲を通じてこそコミットメントが証明されるという、独特の文化がそこには存在している。
こうした自己犠牲を前提とした組織体制は、学校の部活に限らず、企業など社会のさまざまな場面でも見られる。生理を我慢したり、隠したりする背景には、こうした空気や構造が深く関わっているのではないか。だからこそ、このような視点は「生理の困難」について語る上で欠かせない。
「あの子にも生理来てたんだ」生理用品設置がもたらした効果
今回の研究では、大学の部活動を対象に3カ月間の生理用品を設置した。設置後、対象者に対して感想を尋ねると興味深い結果が得られた。
設置した生理用品のイメージまず、生理用品が設置されたことについて「本当にありがたい」「感謝します」「助かりました」などの意見が多く集まった。これだけでも、当事者にとって部活中の生理がどれだけ負担になっていたのかがわかる。
また、部活中にいつでも生理用品にアクセスできたことで、「安心して練習できた」「生理でも頑張ろうとポジティブになれた」という声が集まり、生理用品が設置されるという環境の変化は、当事者を勇気づけていたことがわかった。
更に、今回の実験では更衣室や練習スペースに生理用品が置かれたことにより、部員同士が生理用品を手に取る瞬間を見ることになった。
そこで生まれたのが「あの子にも生理来ているんだ、この辛さは私だけでないんだと思えた」という声だ。
生理用品を設置し、ある意味「生理を可視化」したことは、お互いの生理の症状や悩みについて会話するきっかけとなっていた。
「『今日辛いんです』と共有するだけでなんだか症状が楽になった」という声や、他の部員に対しても「『この子は今日調子悪いんだ』って思うだけで、練習中適切な声がけができたり、プレーの調子が悪くても理解できるし、部員同士の信頼関係にも繋がった」という声もあった。
生理用品を設置、これまで隠されてきた生理を可視化したことは、それまでの「生理のタブー」を破壊した。生理に関する対話や共感を促し、当事者同士の“連帯”にも影響したのかもしれない。
「生理用品設置」が私たちにもたらすこと
今回の実験で明らかになったことは、生理用品の設置は生理の悩みを改善させるだけでなく、生理のタブーを壊し、そして当事者を“勇気づける”ということだ。
はじめにも述べた通り、生理がまるで「ないもの」とされている環境は、生理に伴う不調や困難が無視されやすく、当事者が様々な「あきらめ」を抱える状況を生み出している。こうした無理解や沈黙の空気は、当事者が持つ力を少しづつ奪い、スポーツの場ではそれが身体的なパフォーマンスに影響していた。
そのような環境下で、生理用品を設置することは結果的に「生理は当たり前のもの」というメッセージを発信することになり、周縁化されてきた生理という経験を私たちのもとに取り戻したのだ。
2025年の3月、ある地方議員の投稿をきっかけに、トイレに生理用品を設置すべきか否かについてSNS上で様々な論争が生まれた。
ここまでの私の研究成果から、ここで改めて考えたい。なぜ生理用品設置が求められるのか。
生理用品を設置することについては、「便利」「楽」「金銭的な節約になる」などの表面的な効果だけが語られがちである。
しかし、生理とは社会的な経験であり、私たちの尊厳に関わる問題である。
これまでの男性中心社会では生理について考える必要性が問われなかったかもしれない。しかし、女性の社会参画を進めていくうえで、生理を「当たり前」としていくことは欠かせない。
私は研究を通じて、生理のタブーが当事者の持つ力を少しずつ削いでいることも、逆に生理用品設置が当事者にパワーを与えるということにも気づくことができた。
ちなみに、生理用品設置に関するネガティブな意見として、「トイレに生理用品を置くと一部の人が大量に持ち去ってしまう」という懸念もみられる。
しかしそれは、日本社会において生理用品がそれだけ貴重なものとなってしまっている現状を示しており、貧困の問題、もしくはモラルの問題が別にあるということだ。
駅のトイレなどで、トイレットペーパーを持ち去る人への警告掲示を見たことがある人も多いのではないだろうか。どんなことでも、人間社会ではモラルハザードは一定の割合で起きる。
どうして、トイレットペーパーの設置は許容できて、生理用品は許容できないのか。そこには、何らかの非対称性があるのではないだろうか。
しかし、生理に関する理解が未熟である日本社会において、生理用品設置を進めることにはまだ様々な懸念や課題もあるだろう。
重要なのは、このような取り組みを通じて当事者の声を発信し、生理用品設置がもたらすことについて客観的に示していくことだ。
「スポーツとジェンダー」をテーマに立ち上げたaway projectでは、「ジェンダーをはじめ社会的に背負うものから、私たちを解放するスポーツ」を追求している。
男性中心的な文化が根強く残るスポーツ。生理でも安心して動ける環境作りに向けては様々な変化が求められるだろう。
私は、この研究で発見することができた「生理用品設置がもたらすパワー」を信じて、これからも当事者をエンパワーメントしていくような活動を続けていきたい。
Source: HuffPost




