05.06
福島・双葉町長、中間貯蔵施設の場所を知らない議員に「残念」。国にも注文、東京・三鷹市議会の「“汚染土”意見書」巡り
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江戸時代から続いているという福島県双葉町の「ダルマ市」。JR双葉駅前にある町役場の応接室には、左目のみ入った「双葉ダルマ」が置かれていた。
4月24日午前10時過ぎ、私は伊沢史朗町長を訪問した。2013年に就任し、現在4期目。私が全国紙のいわき支局員(いわき市)として双葉郡地域を取材していた頃と変わらず、髪をきっちりと整え、凛とした姿で出迎えてくれた。
取材時間は午前11時まで。挨拶もほどほどに、用意してきた質問を片っ端から聞いていった。「除染土」を保管する中間貯蔵施設を受け入れた理由、除染土の「県外最終処分」完了まで残り20年となった心境、再生利用の理解醸成を進めるためにはーー。
伊沢町長はどの質問にも歯切れよく、自らの考えを交えながら答えてくれた。町の将来がほとんど見通せていなかった12年前と比べると、心なしか表情も和らいで見えた。
しかし、「『放射能汚染土』の再利用の中止・撤回を求める意見書」が原案可決された東京・三鷹市議会に関する質問に移ると、少しだけ顔が曇った。
私は取材の経緯を説明した上で、意見書を出したり、賛成したりした複数の議員が、中間貯蔵施設が立地する自治体について「富岡、大熊でしょ?」「すみません。知りません」と答えたことを伝えた。
すると、伊沢町長は右を向きながらフウっと短く息を吐き、こう述べた。「一番最初に出てくる言葉は『残念』ですね」
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福島県双葉町役場町長就任時は役場機能が埼玉にあった
東に太平洋、西に阿武隈山系をのぞむ双葉町。2022年8月に「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」の避難指示が解除され、最も遅く住民の帰還が始まった。
11年3月11日の東日本大震災では、震度6強の地震や津波に見舞われ、その後の東京電力福島第一原発事故で全町避難を余儀なくされた。
当時の人口は7140人。町民らは北西に約50キロ離れた福島県川俣町に逃れた後、「さいたまスーパーアリーナ」(さいたま市)に避難。3月末に、約1200人の双葉町民が埼玉県加須市の旧騎⻄⾼校に移り、役場機能も同校に移転した。
伊沢町長が就任したのは、まだ役場機能が埼玉にあった13年3月10日。前町長の辞職後、町長代理として指揮をとっていた副町長から業務の引き継ぎを受けたが、何から手をつければいいのかわからないほど課題が山積していたという。
除染土を保管する「中間貯蔵施設」に関しては引き継ぎを受けた覚えがほとんどなかった。役場機能を福島県内(いわき市)に戻し、当時の井上信治・副環境相らから説明を受けるなどした。
国から正式に同施設の設置を要請されたのは13年12月。胸の中には「なぜ原発事故の被害が最も大きかった町が再び犠牲にならなければならないのか」という感情が渦巻いていた。第一原発が立地していた同町は事故の影響が大きく、町内の96%が「帰還困難区域」となっていた。
ただ、福島の環境回復のために必要な施設だということは理解していた。「迷惑施設」を引き受ける自治体があるとも思えなかった。各自治体では早く仮置き場からフレコンバッグを搬出してほしいという声が大きくなっており、避難する町民が生活しづらくなることを危惧しているという状況もあった。
「双葉町は福島県の一部。福島全体の復興の先に地元の復興がある。県内1350カ所の仮置き場に黒いフレコンバッグが山積みになっている状態で、『福島は復興しています』と言っても、誰が信じるだろうか」
「苦渋の決断」実際はそんなもんじゃない
双葉町が国の要請を受けてから1年8カ月後、事態は一気に動く。
当時の佐藤雄平・福島県知事が14年8月末、中間貯蔵施設の建設受け入れを容認する意向を示した。
同時に、国に5つの確認事項を申し入れ、施設稼働後30年以内に「県外で最終処分を完了するために必要な措置を講ずる」と明記された改正JESCO法も同年11月に成立した。
これを受け、大熊町がその翌月に建設受け入れを発表。双葉町も翌15年1月、建設受け入れを表明した。つまり、2町が受け入れを決めたのは、「県外最終処分」が前提となっているのだ。
当初、同施設の候補地として上がっていた楢葉町については、伊沢町長と当時の大熊町長・渡辺利綱さんの間で、「楢葉は早く帰還できる。双葉と大熊で受け入れるほうがいいかもしれない」という意思疎通があったという。
双葉、大熊両町が受け入れを表明して以降、新聞やテレビに「苦渋の決断」という5文字が並んだ。「福島全体の復興のために」という思いがあったとしても、言葉にできないほどの葛藤があったはずだ。その時の心境について聞くと、伊沢町長は次のように語った。
「よく『苦渋の決断』と一括りにされるが、実際はそんなもんじゃない。最も被害を受けたのに、また我々が犠牲になるのかと。町民にとって、自然、家、土地、畑、田んぼ、全てが思い出です。それを国に提供すると決めた時のやり場のない思いは計り知れない」
中間貯蔵施設への搬入容認について、記者団の質問に答える福島県大熊町の渡辺利綱町長と同県双葉町の伊沢史朗町長(左)(2015年2月24日、福島市で)「結局、みんな他人事なんですよ」
中間貯蔵施設に保管されている除染土は「東京ドーム約11杯分」。このうち、国は放射性物質の濃度が低い「再生土」を再生利用した上で、2045年3月までに県外最終処分を完了させる方針だ。
だが、全国的な理解醸成は進んでおらず、除染土の最終処分に関する認知度は福島県外で約2割。東京や埼玉で計画されていた再生土の再生利用の実証事業も反対の声を受け滞っている。
中間貯蔵施設の受け入れ表明から10年が経った2025年2月、伊沢町長は双葉町内での再生利用も検討する「私見」を報道陣の前で明らかにした。全国でも大々的に報じられ、一連の問題は「ある地方の小さな問題ではない」ことを改めて示すきっかけとなった。
なぜこのような私見を明らかにしたのか。伊沢町長に聞くと、「最終処分まであと20年ですよ。当時、受け入れを判断した福島県知事、大熊町長は引退していて、もう私しか残っていない。大変な思いをして進んできた事業です。受け入れを判断した人間として責任があるんですよ」と述べた。
さらに、全国的な理解醸成が進んでいない現状についても触れ、「環境省には『歴史を勉強してもらおう』とよく言っています。福島第一原発が稼働した経緯、エネルギーが使われた場所、これらを伝える努力をしなければ協力してくれる人なんて1人も出てこない。言葉は悪いけど、拙速ですよ」と語った。そして、次のように訴えた。
「水面下では『我々は協力する』と言ってくれる人たちもいる。2月の『私見』も、この問題を協力しながら解決するという気持ちになってほしいという思いがあった。でも結局、みんな他人事なんですよ。それが今の日本の一番だめなところだと思います」
“他人事の空気感”は、福島県内の自治体にもあった。
中間貯蔵施設の受け入れに、感謝を直接伝えてきたのは当時の飯舘村長・菅野典雄さんだけだった。菅野さんは「できる限りのことをする」と、実際に村内で再生土を農地造成に利用する実証事業を受け入れた。2月、私の取材にも「中間貯蔵施設の問題は、大熊町、双葉町だけの特別な問題ではない」と語っている。
伊沢町長は晴れない表情で、「他の首長からそういう気持ちをいただけなかったのは残念だった。『双葉と大熊が受け入れるのは当たり前でしょう』という感覚があったのではないかな」と話した。
双葉町の伊沢史朗町長「はっきり言わせてもらう」三鷹市議会を巡る意見書に
私は、伊沢町長の「他人事」という発言を受け、現在取材している東京・三鷹市議会での出来事についても見解を求めた。
三鷹市議会では3月27日、野村羊子議員(無所属)が「『放射能汚染土』の再利用の中止・撤回を求める意見書」を提出。立憲や共産、維新などの賛成多数(13対12)で原案可決され、意見書が同31日に首相や環境相などに送付された。
一方、野村議員や、賛成した立憲の谷口敏也、小幡和仁両議員に取材を行うと、再生土の安全性に関する科学的な見解に認識の違いがあったほか、福島に関する基本的な知識が欠如していることが判明した。
特に、中間貯蔵施設がある場所は3議員とも正確に答えられず、全員から「双葉町」という名前が発せられなかった。谷口議員は福島第一原発で作られていた電気が福島県内で使われず、東京など関東圏で使われていたことも知らなかった。
このような取材結果を報告していると、伊沢町長は「一番最初に出てくる言葉は残念ですね」とため息をついた。その後は、声に一層の力を込めた。
「私も議員経験がありますが、意見書の採択や要望活動の際はきちんと勉強してから臨みました。意見書を出したり、賛成したりした議員が中間貯蔵施設の場所がわからないというのは、議員の資質として問題がある。これは、はっきり言わせてもらう」
「もっと言わせてもらうと、政治に関わる人間というのは、この国のために、この地域のために、人々を説得すべき立場になる時もある。勉強してもらう体制をつくっていなかった国にも責任がある」
伊沢町長は「自分の住んでいる地域に中間貯蔵施設があったら、と考えてほしい」と述べ、次のように訴えた。
「もし自分のところにあれば、本気で議論して考えると思います。犠牲になった地域をまた犠牲にしていいんですか。あまりにも情けない」
双葉町役場の隣では震災後初めて町内にできるスーパーの建設が進む一連の問題を一歩前進させるためには、伊沢町長がこれまで指摘した通り、地元が中間貯蔵施設を受け入れた経緯や、どのような住民感情があったのかを知ることが重要となる。
同じく約10年前に同施設の受け入れを判断した元大熊町長の渡辺さんも、2月の私の単独インタビューに「全国の人には『総論賛成各論反対』ではなく『自分のこと』として捉えてほしい。町が歩んできた歴史や町民の思いを知り、皆さんでこの問題を考えて」と述べていた。
皆で考えることが、「Not In My Back Yard(私の裏庭には置かないで)」と言われる「NIMBY問題」を解決することにもつながる。
再生土の再生利用の中止・撤回を求めた東京・三鷹市議会の一部議員らが、中間貯蔵施設がある自治体や、福島第一原発で発電されていた電気が福島県内ではなく東京など関東圏で使われていたことを知らなかった事実は、国やメディアも重く受け止めなければならない。
最後に、読者に向けてメッセージを求めると、伊沢町長はこう語った。
「決して『あなたのところで協力しろ』と言っているわけではありません。私たちが『日本一の迷惑施設』を引き受けた背景や、最も原発事故の被害が大きかった地域に施設がある現実を知ってほしい。他人事ではなく、どうしたらこの問題を解決できるのか、皆で考えるべきだと思います」
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原発事故で大きな被害を受けた福島と情報の向き合い方について取り上げる「ルポ『福島リアル』」。東京・三鷹市議会で原案可決された「『放射能汚染土』の再利用の中止・撤回を求める意見書」の取材を続けています。
※ハフポスト日本版はこれまで、再生利用される土も含めて一括して「除染土」と表記してきましたが、一連の問題に対する理解の妨げになっている可能性があることから、公共事業などに再生利用される土(1キロあたり8000ベクレル以下)については「再生土」と表記しています。
Source: HuffPost




