05.03
レイシャルプロファイリングは「破壊的な固定観念を助長」。海外の裁判所は、肌の色や「人種」に基づく職務質問をなぜ違法としたのか
レイシャルプロファイリング訴訟の原告と弁護団(2024年撮影)【関連記事】【警察官へのアンケート】「人種差別的な職務質問」に関する体験・意見を募集します(レイシャル・プロファイリング調査)
肌の色や「外国人ふう」の見た目を理由に人種差別的な職務質問を受けたとして、外国出身の原告3人が国などを訴えている裁判が、東京地裁で係争中だ。
警察などの法執行機関が、「人種」や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性を根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすることは「レイシャルプロファイリング(Racial Profiling)」と呼ばれる。
人種差別的な職務質問の違法性を問う日本初の裁判として注目を集める一方、海外ではレイシャルプロファイリングを巡る判例が多く存在する。
特に欧州やカナダを中心に、人種的・民族的マイノリティの原告が、公権力から差別されたことを裁判所に認定され、勝訴したケースは多数ある。
そうした訴訟で、各国の裁判所は警察による人種差別をどのように認定し、違法または条約違反だと結論づけたのか。
代表的な判決を紐解くと、日本のレイシャルプロファイリング訴訟を考える上で重要なポイントが見えてくる。
▽この記事に書かれていること
・「ワ・バイレ対スイス」事件とは?
・主張・立証責任の転換
・「警察の取り組みは不十分」と断じた欧州人権裁判所
・「差別的な運用の有無」まで判断を
「ワ・バイレ対スイス」事件とは?
黒人のスイス市民が政府を訴えた「ワ・バイレ対スイス」事件で、欧州人権裁判所は2024年2月、警察の対応が差別の禁止などを定めた欧州人権条約に違反していたと認定した。
この判決は、レイシャルプロファイリングをめぐる近年の司法判断の中でも特に注目を集めた。
スイス国籍で黒人のワ・バイレさんは2015年、通勤中にチューリッヒ駅で職務質問された。身分証の提示を拒んだところ、警察官はワ・バイレさんに手を上げて足を広げるよう指示し、身分を証明する書類を確認するまで調べ続けた。ワ・バイレさんは、警察の指示に従わなかったことを理由に100スイスフラン(約1万7000円)の罰金の支払いを命じられた。その後、人種差別的で違法な職務質問を受けたとして提訴した。
チューリッヒ州行政裁判所は2020年、ワ・バイレさんが受けた職務質問は違法だと認定した一方で、肌の色に基づく人種差別的な職務質問だったかについては判断を留保した。上告するも訴えを却下されたことから、ワ・バイレさんは欧州人権裁判所に申立てをした。
裁判所は、全員一致で欧州人権条約(8条、13条、14条)違反があったと認定した。
平等原則と差別の禁止を定めた同条約の14条は、日本国憲法14条(法の下の平等)や、日本も批准する自由権規約26条とほぼ同じ内容となっている。
そのため、日本のレイシャルプロファイリング訴訟の原告弁護団は、この裁判所の判断が憲法や自由権規約を解釈する際に参考になると主張している。
欧州人権裁判所は判決で、「申立人が異なる扱いの存在を立証した場合、その異なる扱いが正当であったことを政府が証明する責任がある」という判断の枠組みが、すでに確立していると言及。
その上で、スイス警察によるレイシャルプロファイリングの事例をまとめた国際人権NGOの記録などを踏まえ、「差別的取り扱いの推定が存在し、政府がそれを反証できなかった」として、条約違反だと判断した。
主張・立証責任の転換
ワ・バイレ事件で裁判所が示したこの「主張・立証責任の転換」は、日本のレイシャルプロファイリング訴訟にも関わる重要なポイントだ。
欧州人権裁判所(フランス・ストラスブール、2024年撮影)国家賠償請求訴訟では通常、国や地方自治体の公務員の違法行為で損害を受けたという主張・立証は、訴えを起こした原告側がする必要がある。
一方、ワ・バイレ事件を含む海外のレイシャルプロファイリング訴訟では、原告が統計や状況証拠などを根拠に「人種差別的な取り扱いがあった」と示した場合、被告に「差別ではなかった」あるいは「扱いの違いが正当だった」と証明する責任があるとして、裁判所が責任の転換を認めたケースは多くある。
上述のように、欧州人権裁判所は「申立人(ワ・バイレさん)に対する差別的取り扱いの推定が存在し、政府がそれを反証できなかった」として、条約違反だと結論づけた。
このほか、カナダのエルマーディvsトロント警察事件(※)のオンタリオ州最高裁判決(2017年)でも、別の事件を巡る2003年の州高裁判決を基に、事実上立証責任を転換している。
州最高裁は、原告側が「状況がレイシャルプロファイリングに基づくものと考えても矛盾せず、かつ警察官が被告人に着目した理由について虚偽を述べていると考えられる事情を提示した」場合、合理的な理由があったかの検証に移り、被告側がその主張・立証に失敗した時には「レイシャル・プロファイリングに基づいていた」と認定すべきだとした。
(※)黒人男性のエルマーディさんが2011年、トロントの警察官2人に路上で停止させられた。エルマーディさんがポケットから手を出すのを拒否した後、1人の警察官がエルマーディさんの顔を2回殴打した。エルマーディさんは地面に倒された上に手錠をかけられ、同意なしにポケットと財布を捜索された。一審判決は職務質問の違法性を認めたものの、レイシャルプロファイリングの被害者だとは認定しなかった。州最高裁は、エルマーディさんが受けた職務質問について、「原告が黒人であるという事実によって動機付けられていた可能性の方が高いという推論を導き出すことができる」として、原審を破棄した。
日本のレイシャルプロファイリング訴訟で、原告側は「警察から職務質問を受けた経験がある外国籍の人の割合は、日本国籍者の5.6倍」とする調査結果のほか、レイシャルプロファイリングに関する在日アメリカ大使館の警告、不審点がなくてもノルマ達成のために「見た目が外国人」の人に職務質問していたという元警察官の証言などを証拠として提出。警察の組織内にレイシャルプロファイリングの運用が存在し、原告たちが受けた職務質問はそうした運用によるものだと訴えている。
一方、被告の国、東京都、愛知県は、原告たちに対する職務質問は不審点や交通違反があったためで、違法ではないと反論。レイシャルプロファイリングの運用はないと否定し、請求の棄却・却下を求めている。
原告弁護団の一人で、海外の判例を調査・分析した井桁大介弁護士は、原告側がこれまでに示した証拠を踏まえ、ワ・バイレ事件をはじめとする主張・立証責任を転換した司法判断は日本の訴訟でも参考になると強調する。
「これまで弁護団は、統計や外国ルーツの当事者たちの体験などを示し、人種差別的な理由に基づく職務質問が頻繁に行われていることを主張してきました。
欧州やカナダなどの裁判例と同様に、差別的な取り扱いの『一応の徴候』があると認められた場合、被告から具体的な主張・立証がない限り、原告たちが受けた職務質問はレイシャルプロファイリングに基づいていたと認定されるべきです」
「警察の取り組みは不十分」と断じた司法
ワ・バイレ事件の判決でもう一つの画期的なポイントは、人種差別撤廃委員会の一般的勧告(2020年)を踏まえて、裁判所が警察によるレイシャルプロファイリング防止の取り組みを不十分だと明確に指摘した点にある。
レイシャルプロファイリングに関する2020年の一般的勧告36号では、日本を含む人種差別撤廃条約の締約国に対し、
・法律、政策、制度に起因する差別を排除するための措置を積極的に講じる義務がある
・レイシャルプロファイリングの事案を報告し終結させるための適切かつ効果的な仕組みが、国内の法制度に存在することを確保しなければならない
━などとしている。
裁判所はこれらを引用し、スイス当局が勧告の求める水準の義務を果たしていないと批判した。スイス警察はレイシャルプロファイリングに特化した研修や担当部署の設置といった取り組みをしていたにも関わらず、裁判所はそれでは十分ではないと断じたのだ。
日本のレイシャルプロファイリング訴訟で被告側は、外見だけを理由とした職務質問をしないよう注意喚起した文書や、人権全般に関する研修を実施していることなどを根拠に、レイシャルプロファイリングの運用の存在を否定している。
だが、全国の47都道府県警察と警察庁を対象としたハフポスト日本版の2023年の調査では、警察官による人種差別を防ぐためのガイドラインを策定している警察は「ゼロ」であることが判明。人種差別防止の研修で、外国にルーツのある当事者を講師として招いた講演会を行っていると回答したところもなかった。
井桁弁護士は「レイシャルプロファイリング防止の取り組みは、 ①一般的な差別や人権に関するもの ②外国人差別の防止の重要性 ③レイシャルプロファイリングの特殊性━という3段階に分けて考えられる」とした上で、こう解説する。
「日本の警察はせいぜい①と②にとどまる半面、スイス警察は③を踏まえた取り組みをしていたものの、裁判所はそれでも足りないという厳しい判断を下したのです。単に研修するだけではなくて、それを防止するための具体的かつ効果的な措置を取って初めて義務を果たしたことになる、というのがEUの司法判断ではスタンダードになっている」
「差別的な運用の有無」まで判断を
レイシャルプロファイリングは、当事者個人だけでなく、社会にどのような害悪をもたらすのか。カナダの裁判では、そうした社会的な影響にも言及した判決がある。
「あるモデルの車を運転する白人の容疑者」という情報を基に警察官が捜査していたところ、運転手が黒人であることを把握した後もその車の追跡を継続したルシード・ダディ事件のオンタリオ州控訴審判決(2019年)で、裁判所は過去の判例を引用した上で、レイシャルプロファイリングについて「(捜査機関の)資源を誤った方向に向け、コミュニティのメンバーを疎外することで効果的な警察活動を損なうだけでなく、否定的で破壊的な人種的固定観念(ステレオタイプ)を助長する」と指摘した。
日本のレイシャルプロファイリング訴訟の弁護団は、この裁判所の指摘について「日本を含むあらゆる法体系において共通する問題意識のはず」だとしている。
こうした海外の判例を踏まえ、井桁弁護士は「原告たちが経験した個別の職務質問の違法性を判断するだけではなく、『外国人に見える人に、外見を理由に職務質問するという警察の組織的な運用があったのか』という点についても、日本の裁判所には判断してほしい」と求めている。
次回期日は7月を予定している。
(取材・執筆=國﨑万智 @machiruda0702.bsky.social )
【アンケート】
ハフポスト日本版では、人種差別的な職務質問(レイシャルプロファイリング)に関して、警察官や元警察官を対象にアンケートを行っています。体験・ご意見をお寄せください。回答はこちらから。
Source: HuffPost





