10.07
「中国封じ込め策には抜け穴がある」、パキスタン首相独占インタビュー
<アフガニスタンや中国と地理的・戦略的に深く結び付いたパキスタン。カーン首相が語る対米関係と対テロ対策の本音> 本誌は9月にパキスタンのイムラン・カーン首相への単独インタビューを実施した。聞き手は外交担当シニアライターのトム・オコナー、やりとりはeメールで行われた。 なぜいまパキスタンか。この国がアフガニスタンとも中国とも、地理的かつ戦略的に深く結ばれているからだ。カーン首相は自らの目標や南アジアの現況に対する憂慮を率直に語り、アメリカは今後もアフガニスタンに関与すべきだとし、その理由を説明した。この地域でパキスタンはインドと肩を並べる大国だが、タリバン復権後の地域情勢について首相が詳しく語るのは初めてだ。 イムラン・カーンはクリケットの元人気選手で、1992年には母国をワールドカップ初優勝に導いた。引退後の96年に「パキスタン正義運動」を立ち上げて政界に進出。政財界の腐敗や経済の低迷に対する国民の不満を背景に、2018年の総選挙を制して首相の座に就いた。 米軍撤退後のアフガニスタンが再びテロリストの温床に、テロの輸出基地になってしまわないか。国際社会はそれを最も懸念しており、その点はカーンも同感だと言う。しかしタリバンを毛嫌いするのは筋違いだと主張する。 中国との関係では、そもそもアメリカが中国を敵視する「必要はない」と言い、むしろ潜在的なパートナーと見なすべきだと指摘。今のアメリカがパキスタンの仇敵インドに急接近している点については、テロとの戦いでアメリカに協力してきたのはパキスタンであり、その点は今後も変わらないと強調した。 以下はeメール会見の要旨(若干の編集は加えている)。 ――アメリカのアフガニスタン撤退が、パキスタンと周辺地域に与える当面の影響をどう考えるか。 米軍撤退後のアフガニスタンは困難な移行期にある。現地政府を米軍が支えるという過去20年の統治形態は終わり、タリバンが全土を掌握したように見える。あの国が一つになるのは(旧ソ連の侵攻以来)40年ぶりのことだ。 つまり、アフガニスタン全土に安全が確立される希望はある。平和なアフガニスタンはパキスタンにとって有益であり、貿易や開発の面で新たな可能性が開ける。 しかし現状は人道上の危機だ。新型コロナウイルスの感染拡大もあるし、長く続いた紛争と従来の政府の失政のせいでもある。この危機の解消が最優先だ。 また新しい政府と協力して、アフガニスタンに潜むテロリスト集団を無力化する必要がある。とりわけ問題なのはパキスタン・タリバン運動(TTP)だ。彼らはパキスタンに対して数え切れないほどのテロ攻撃を繰り返してきた。 ===== 若き日にはクリケットのスター選手だったカーン(1985年) BOB MARTIN/GETTY IMAGES ――撤退によってアメリカの信用と影響力は落ちたと思うか。将来、この地域で混乱が生じた場合、各国は中国などを安全保障上のパートナーに選ぶのだろうか。 米大統領自身が認めているとおりで、アフガニスタンへの軍事介入はアメリカにとって、戦略的な重要性を欠いていた。だから手を引いたわけだ。しかしパキスタンもアメリカも、アフガニスタンが国際テロの温床になっては困る。だから、あの国の安定化に向けて協力する必要がある。まずは人道危機に対処し、経済の復興を支援すべきだ。 撤退時の混乱はひどかったから、アメリカ国内ではネガティブな受け止め方もあるだろう。しかしアメリカは自発的に撤退を選んだ。長い目で見れば、アメリカの国際的な信用が損なわれるとは思わない。 一方、中国がアフガニスタンに経済的支援を申し出れば、当然あの国は受け入れる。「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」と一体化し、中国と緊密な関係を結ぶ。そういう路線をタリバンは歓迎している。 しかし、アメリカも重要かつ積極的な役割を果たせるはずだ。人道支援や復興への貢献もあるし、アフガニスタンに潜むテロリストを封じ込める上での協力もある。ドーハでの和平協議でアメリカはタリバンと一定の関係を築いた。米軍撤退の際にはダイレクトに連携した。共通の利益と地域の安定のため、アメリカが新政府と協力する余地はある。 ――パキスタンは20年前のように、今度もタリバン政権を承認するのか。そうだとして、どのような条件が整えば承認に踏み切るのか? 既にタリバンは「暫定政権」を樹立したし、いずれもっと恒久的な統治体制を発表するだろう。わが国としては、隣国を実効支配する勢力に積極的に関与し、経済の破綻や人道の危機を回避し、テロリストの復活を防ぐ以外の選択肢はない。 (理論的には)中央政府の統治が全国に及べば承認の条件は整う。しかし今回は、承認に関しては周辺諸国と足並みをそろえたい。 ――いま国際社会が最も懸念しているのは、アフガニスタンの情勢不安に乗じて武装集団や分離独立派が他国への攻撃を企てる可能性だ。パキスタンもこうした懸念を共有しているか。そして対応策はあるのか。 アフガニスタンに潜み、あの国の現状に付け込んでいるテロ組織が多いのは事実で、わが国もその脅威を非常に懸念している。なかでもTTPは危険だ。彼らはアフガニスタンを拠点に、どこかの国の情報機関の支援を得て、わが国で何度もテロ攻撃を繰り返している。 わが国で働いている中国人に対する攻撃の大半は、TTPによるものだ。彼らは(中国からの分離独立を掲げるウイグル族の武装集団)東トルキスタンイスラム運動(ETIM)ともつながっているようだ。いずれにせよ、わが国はアフガニスタン当局と連携して、TTPを含むテロ組織の動きを阻止する。 ===== カーンにはタリバンとも太いパイプがある(写真はカブールの国際空港を警備するタリバン兵) MARCUS YAMーLOS ANGELES TIMES/GETTY IMAGES ――アメリカはアフガニスタンから撤退する一方で周辺諸国、とりわけインドとの防衛協力を強化しようとしている。だがパキスタンはカシミール地方の帰属をめぐってインドと長年にわたり対立している。アメリカのインド接近は懸念材料か? 大事なのはアフガニスタン発のテロの脅威をなくすことであり、そのために必要なのは包括的なアプローチだ。この点で、わが国はアメリカを含む国際社会と協力していく。 日米豪印の4カ国連携を含め、アメリカがインドを軍事的に支援するのは中国を封じ込めるためだろう。しかし、この戦略には疑問がある。わが国は、インドが中国と敵対することはないとみている。ましてや、アメリカの戦略的利益に供するために中国と戦うとは思えない。 インドがひたすら軍備増強に走るのは南アジアで覇権を確立したいからであり、とりわけパキスタンを脅し、力で抑え込みたいからだ。今でもインドの兵力の70%は、中国ではなくパキスタンとの戦線に配置されている。だからこそ、わが国はインドに最新鋭の武器や軍事技術が供与されることを憂慮する。ただでさえ紛争の火種を抱えているのに、これ以上の軍拡競争が始まったらどうなるか。わが国もインドも、社会経済の発展や国民の福祉につぎ込む予算がなくなってしまう。 ――パキスタンは中国と緊密な戦略的関係を築いてきた。米中関係の悪化に巻き込まれる懸念はないか? わが国と中国の関係は70年来のもので、経済や技術、軍事だけでなく多方面にわたっている。だが、わが国は同時にアメリカとも緊密な関係を保ってきた。1971年に米中の対話を取り持ったのはパキスタンだ。中国との戦略的パートナーシップがアメリカとの協力関係を維持する上で障害になるとは考えない。 そもそもアメリカと中国が敵対する必要はないし、両国の利益にも反する。新型コロナウイルス対策や途上国の経済問題、そして気候変動に対処するにも、両国の協力が不可欠だ。この結論を、一刻も早く両国政府が共有してくれることを願う。 ――9月17日に上海協力機構(SCO)の首脳会議が開かれた。アフガニスタンや地域の問題への対応について、パキスタンとしてどのようなメッセージを発信したか? 地域の現状について、わが国としての見解を述べ、アフガニスタンの現状がこの地域にもたらす困難に対処し、難局を打開するために考えられる道筋を示した。 わが国との関係において、インドが前向きな姿勢に転じれば、SCOはアジア大陸の安定と繁栄を促進するための有益なプラットフォームになり得ると考えている。 ===== ――中国・パキスタン経済回廊(CPEC)の進捗が遅いと懸念する声があるが、パキスタンは中国との連携からどのような恩恵を得ているのか。米バイデン政権が主導する途上国向けインフラ支援構想「ビルド・バック・ベター・ワールド」は、中国の主導する「一帯一路」構想と相いれないと思うか? 中国はCPECの下で今までに250億ドルもの投資を行っている。加えて200億ドル規模の複数プロジェクトが進行中で、さらに250億ドル規模のプロジェクトが控えている。 新型コロナのせいで一部に遅れが出るかもしれないが、現状でCPECの目標は順調に達成されている。今後も加速されていくはずだ。 アメリカの提唱する構想も、わが国は歓迎している。中国の「一帯一路」構想と競り合うものだとは考えない。どちらも途上国が独自の開発計画や持続可能な開発目標(SDGs)を達成する上で不可欠なインフラ構築を助けるイニシアチブだと評価している。 ――今年は(国際テロ組織アルカイダの指導者)ウサマ・ビンラディンがパキスタンの領内で殺害されてから10年、彼が主導した9.11テロから20年の節目に当たる。この20年のアメリカによる「対テロ戦争」をどのように評価するか? アルカイダは、少なくともアフガニスタン領内では無力化された。これは過去20年にわたるパキスタンとアメリカの協力の大きな成果だ。 しかしテロの根源にある問題(思想的な違いや社会・経済的な不公正など)は解決されていない。だからテロの温床となるような思想や言説が世界中に広まり、新たなテロ組織が台頭している。 一方で、イスラム嫌いの過激派やテロ組織も各地で台頭している。最悪なのがインドのヒンドゥー至上主義者だ。彼らは現政権の庇護の下で堂々と、少数派(と言っても実数では約2億人)のイスラム教徒に対するテロ攻撃を繰り返している。 こうした新たなテロリズムに対処するために、世界は新しい包括的な戦略を必要としている。 ――長い目で見て、米軍の撤退はアフガニスタンとその周辺諸国にどのような影響を及ぼすだろうか。 (旧ソ連の侵攻以来)40年も続いた戦争・紛争で、アフガニスタンでは経済も社会も政治も深刻な打撃を受けた。しかし今は「長い戦争」が終わり、アフガニスタンにも周辺諸国にも平和と安定、成長がもたらされるとの希望がある。アフガニスタンで紛争と混乱が続くことは、わが国としても望まない。 (アメリカ主導の)国際社会は20年にわたり、アフガニスタンへの軍事介入を続けてきた。あの国の人々への責任を忘れることは許されない。ちゃんと関与を続ける必要がある。 こちらが望むのは、人道支援や経済協力、通信環境やインフラの整備を通じてアフガニスタンが安定を取り戻すこと。そしてアメリカも中国もロシアも、あの国の平和と再建に一致して貢献することだ。 しかし国内での対立が続き、周辺諸国と超大国との対立が続けば、あの国は再び暴力と紛争の舞台となりかねない。そうなれば新たな難民が発生し、アフガニスタンに潜むテロリストの脅威が増す。そして、この地域全体が不安定になる。
Source:Newsweek
「中国封じ込め策には抜け穴がある」、パキスタン首相独占インタビュー