12.04
クボタショック震源地・尼崎市が小中学校のアスベスト飛散で“ねつ造”安全宣言 “違法”工事まで計画 住民だけでなく市職員や議員に被害発生でも風化の現実
兵庫県尼崎市は11月26日、市内の小中学校3校で天井などの吹き付け材からアスベスト(石綿)を検出したと発表した。市は教室内などの空気を測定したが、「一般大気中の目安(1本/リットル)以下であり、問題なく安全」と安全宣言。しかし実際には市の主張する「安全」の目安は存在せず“ねつ造”といってよい。さらに“違法”工事の計画まで飛び出した。(井部正之)
◆小中学校3校で吹き付け材の石綿見落とし
同市は8月に下坂部小学校(同市下坂部)で校舎の建て替えに向けた発注前検査を実施したところ、校舎の4部屋で天井などの吹き付け材から基準(重量の0.1%)超のクリソタイル(白石綿)を検出。除去などの対応を迫られることになった。
この問題を受けて、市内の67小中高校・幼稚園を緊急点検。11月26日、上坂部小学校(同市東塚口町)、小田北中学校(同市神崎町)、南武庫之荘中学校(同市南武庫之荘)の3校で吹き付け材から基準超の白石綿を検出したと発表した。
上坂部小学校では東校舎2階にある視聴覚教室・準備室、理科教室・準備室、第2音楽室、多目的室、PTA室、職員作業室、教育相談室の9部屋で、はりに使用された吹き付けパーライト(ガラス質の火山岩を熱処理して作る多孔質材)から白石綿を検出した。これらの部屋には天井板があったが、一部のはりが露出していた。
小田北中学校では南校舎にある屋内階段で1~4階までの天井に施工された吹き付けバーミキュライト(ひる石)に白石綿が含まれていた。南武庫之荘中学校では北校舎の東階段1~4階天井の吹き付けパーライトから白石綿を検出した。
市の衛生研究所が空気中の各校1カ所について空気環境測定を実施したところ、石綿以外の繊維も含む可能性のある「総繊維数濃度」で上坂部小学校と小田北中学校で空気1リットルあたり0.17本、南武庫之荘中学校で定量できる下限の同0.056本未満。石綿だけを計数した「石綿繊維数濃度」も同じ数値という。
発表によれば、吹き付け材のいずれも表面に塗装がされており、「剥落している様子もなく健全」という。さらに市は〈空気中の濃度測定を行いましたが、結果は、「アスベストモニタリングマニュアル」(環境省)における一般大気中の目安(1本/リットル)以下であり、問題なく安全です〉と安全宣言した。
◆国のマニュアル記載ねつ造か
しかしこれは事実ではない。環境大気中のアスベスト濃度を測定するさいの「技術的指針」である同マニュアルは、たしかに空気1リットルあたり1本の総繊維数濃度を「目安」としている。ところが市の説明とは違って、この目安以下であれば、安全とは書かれていない。
石綿製品の製造などが禁止された現在では、大気中に浮遊する石綿は「解体現場等が主な発生源」である。同マニュアルはその周辺における汚染や漏えい監視のために、この目安を採用しているにすぎない。
同マニュアルの該当箇所は、〈まず、位相差顕微鏡法で総繊維濃度を計測し、やや高い値(目安としては1f/L超とする)が計測されたサンプルについては、分析走査電子顕微鏡法等によりアスベストを同定して計数することとし、場合によっては最初から電子顕微鏡法で位相差顕微鏡法と同等のサイズのアスベストを計数することも推奨することとした〉と技術的な手順を説明しているだけだ。計125ページのマニュアルのどこを探してもこの目安以下であれば安全とは記載されていない。
むしろ目安の空気1リットルあたり1本を「やや高い値」と説明。市の説明と違い、「一般大気中の目安」との記載も存在しない。
そもそも「目安」を設定した同省アスベスト大気濃度調査検討会は2013年の報告書でこう指摘する。
〈現時点において、科学的根拠をもって管理基準を設定することは困難であるが、目安としての管理基準は、敷地境界等における石綿繊維数濃度1本/Lが適当と考える。
当該基準設定の考え方は、環境省の近年のモニタリング結果から、一般大気環境中の総繊維数濃度は概ね1本/L以下であることから石綿繊維数濃度も1本/L以下であるというものである。したがって、石綿繊維数濃度が1本/Lを超過する場合は、明らかに石綿の飛散が想定されることから、1本/Lを管理基準として設定するものである。この基準の妥当性については、引き続き検討していく必要がある。〉(p4~5、筆者注:敷地境界「等」には作業区画の境界も含む)
この目安について「科学的根拠をもって管理基準を設定することは困難」と明記。石綿濃度が空気1リットルあたり1本を超えた場合には「明らかに石綿の飛散が想定される」と、単に解体現場の周辺などで石綿の漏えいを監視するための便宜上の目安との位置づけなのである。
そのため、環境省は大気中の石綿について測定結果を毎年公表しているが、その説明には〈環境省の近年のモニタリング結果から、一般大気環境中の総繊維数濃度が概ね1本/L以下であることから、飛散・漏えい確認の観点からの目安を石綿繊維数濃度1本/Lとしています〉と記載しているにすぎず、安全性については一切触れていない。
その理由は、尼崎市の主張に反し、空気1リットルあたり1本以下なら安全といえる科学的なデータがないからだ。
1988年のアメリカ環境保護庁(EPA)によるリスク評価では、空気1リットルあたり0.1本の石綿を吸い続けた場合、10万人に2.3人が中皮腫や肺がんで死亡すると推計。2000年に世界保健機関(WHO)ヨーロッパ地域事務所が示した喫煙者と非喫煙者を分類した推計もほぼ同様の結果で、同0.1本のばく露で喫煙者の場合4人、非喫煙者でも2.2人に中皮腫などの死亡者が発生するというものだ。
こうした疫学調査に基づくリスク評価を参考にした日本産業衛生学会の2001年勧告では16歳から仕事で50年間(1日8時間、週40時間、年間48週)吸い続けると、白石綿だけの場合、空気1リットルあたり1.5本で10万人に1人が中皮腫や肺がんで死亡すると推計した。青石綿など角閃石系石綿を含む場合、0.3本になる。
環境省や厚生労働省の有識者会合でも報告・検討されており、労働ばく露の基準は産業衛生学会の勧告を受けて白石綿150本/リットルに改正されている(角閃石系石綿の基準は設けず)。
このように尼崎市の主張する、環境省のマニュアルに空気1リットルあたり1本以下との「一般大気中の目安」は存在せず、それ以下なら安全との記載はない。それ以下なら安全との科学的な証拠もない。
にもかかわらず、市は勝手に「一般大気中の目安(1本/リットル)以下であり、問題なく安全」と安全宣言したのである。国のマニュアルの記載を市がねつ造したといってよいのではないか。
11月28日、市教育委員会施設課の課長に、環境省のモニタリングマニュアルで示されているのは漏えい監視などの技術的な目安で健康リスクはいっさい評価していないことを指摘したところ、「どこまで書いているかというのはそうですね」「飛散の目安として書いてあるのは認識しております」と認めた。
では〈「アスベストモニタリングマニュアル」(環境省)における一般大気中の目安(1本/リットル)以下であり、問題なく安全です〉との市の主張の根拠を尋ねたところ、「一般大気中の濃度並みということでは変わりない」と繰り返す。
同マニュアルには一般大気並みの濃度であれば安全との記載はないことを改めて聞くと、すでに「飛散の目安として書いてある。そういうことを書かせていただいた」と実際の記載とは異なる説明をした。
市は「ねつ造はしていない」と強弁。
しかし尼崎市の発表は、マニュアルに記載のないことを認識しつつ、勝手に「安全」と付け足したものだ。市の説明からもマニュアルの記載をねつ造した、あるいはそう誤認するように裏付けのない「問題なく安全」との文言を根拠もなく加えて印象操作したのは間違いない。
実際にこれに騙された報道も出ている。11月27日、読売新聞オンラインは〈空気中の濃度は4校とも国の基準値以下で安全だという〉と報じた。
石綿飛散が仮に1リットルあたり最大0.17本だったとしても、これは誰も居ない環境におけるもっとも低い測定結果でしかない。児童・生徒らが教室を使っている環境とは大きく異なり、そうした状況で測定した場合、さらに高くなる可能性がある。
また吹き付け材が「剥落している様子もなく健全」との説明にしても、市の担当者による主張であり、経験を積んだ有資格者による調査ではない。市が分析について第三者性の問題から外部機関にも委託しているが、同じことがこうした調査にもいえよう。なにしろ国のマニュアル記載を“ねつ造”する市なのだ。市側に都合のよい主張をしているだけといわれても仕方あるまい。第三者の経験豊富な専門家にきちんと再調査してもらうべきではないか。
◆20年近く実質法違反か
市は新たに吹き付け材から石綿を検出した3校のうち、現在設備改修工事中の南武庫之荘中学校は石綿の除去工事を追加。年内に完了する予定。上坂部小学校と小田北中学校については12月に吹き付け材を囲い込む工事を実施し、夏休みなどに除去する方針という。
ところが筆者が市教委に作業方法を尋ねたところ、もっとも厳しい対策が求められる吹き付け石綿などの囲い込み工事にもかかわらず、法で定められた隔離養生や負圧除じんなしに実施する計画だった。
違法工事ではないかと指摘したところ、壁に固定具を設置し、その上に仕切りを入れるだけなので「吹き付け材には直接触らないので(問題ない)。環境部局にも確認している」(施設課)とそうした対策は不要との見解を示した。
しかし2020年の大気汚染防止法(大防法)改正後の同11月の同省通知では〈吹付け石綿の囲い込み若しくは石綿含有断熱材等の囲い込み等(これらの建築材料の切断、破砕等を伴うものに限る。)を行う場合又は吹付け石綿の封じ込めを行う場合は、作業時に石綿が飛散するおそれが大きいため、当該特定建築材料の囲い込み等を行う場所を他の場所から隔離し、囲い込み等を行う間、当該隔離した場所において、JISZ8122に定めるHEPAフィルタを付けた集じん・排気装置を使用するものとした(新法第18条の19第2号、新規則第16条の15)〉と記載。
続けて、〈「囲い込み」とは、特定建築材料の周囲を板状の材料等で覆って密閉すること、「封じ込め」とは、特定建築材料の表面又は内部に石綿飛散防止剤を吹付け、又は浸透させ、固着・固定化させることをいう。また、「切断、破砕等」には、切断又は破砕のほか、作業時に石綿の飛散のおそれがある場合の振動も含まれる〉と振動がある場合には、「隔離養生+負圧除じん」が必要との判断を示す。
環境・厚労両省が2021年3月に作成(2024年2月改正)した「建築物等の解体等に係る石綿ばく露防止及び石綿飛散漏えい防止対策徹底マニュアル」でも〈一般に、囲い込み又は封じ込める場合は、除去する場合と比べ石綿の飛散の程度は大きくないと考えられるが、アンカーボルトを打ち込む場合や特定建築材料の劣化・損傷の状態によっては、除去と同程度に特定粉じんの飛散するおそれがある〉(p26)と補足している。ちなみに吹き付け石綿などの除去作業と同等の対策のため、届け出も必要である。
今回のような問題で、さらに違法性のある対応をするのは問題ではないかと指摘したところ、知らなかったらしく、「確認して対応します」(同)と答えた。
あわや違法工事、である。あるいは振動がないとして強行するのだろうか。
囲い込み工事や今後の除去工事についてだが、日本の規制は国際標準から数十年単位で遅れており、漏えい事故も多い。囲い込みや除去後に児童・生徒らがすぐその場所を使うことを考えると、徹底した清掃や完了検査が必要だが、大防法施行規則に「清掃」は位置づけがあるものの、具体的な手法やどこまで徹底した清掃なのかといったことは規定がない。マニュアルでもほとんど記載がないのが実態だ。これについてもやはり第三者の経験豊富な専門家に作業計画の妥当性、施工監理、漏えい監視、完了検査まで徹底した対応を依頼すべきではないか。
労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)の第10条には、建物などに吹き付け石綿があり、劣化などで飛散し、石綿にばく露する可能性がある場合、除去などの措置を求めている。この規定は2005年7月の施行当時からある。翌2006年改正で、そこで労働者を働かせる場合にばく露防止措置を講じるよう追加された。
これは吹き付け石綿のある部屋でばく露することがないように建物の管理義務を定めたものだが、10月の下坂部小学校とあわせ、小中学校4校でこの管理義務に違反してきた可能性がある。ところが市は発表・説明もせず、ばく露させた可能性のある人びとに謝罪もしていない。こうした対応は論外だ。徹底した調査のうえで、保護者や過去にばく露した可能性のある卒業生なども対象に説明会を開くなどしてきちんと謝罪・説明すべきだ。
今回の一連の対応は、法違反の可能性のある不適正な施設管理にともなうものだ。それをふまえて、万全の対策を講じる必要がある。2005年6月末にクボタ旧神崎工場周辺で、住民に石綿ばく露によって発生する中皮腫被害が相次いでいたことが明らかになったクボタショックから19年。住民の被害者はすでに約400人に上り、そのなかには市職員や市議会議員も含む。その“震源地”である尼崎市が石綿の健康リスクを“ねつ造”して、安全宣言したあげく、対策工事で法違反の可能性のある計画をしているのでは話にならない。
当時被害者の掘り起こしに尽力した「アスベスト患者と家族の会連絡会」世話人の古川和子さんは「本当に石綿の問題が風化しているのだなと驚きました。震源地の尼崎がそんな対応では困る。いまもクボタの被害者が出続けているのに、尼崎市が石綿リスクを軽視することがあってはならない」と批判する。
「We will not scatter asbestos.(私たちはアスベストを飛散させない)」と市の公共施設における石綿含有建材「管理の手引き」に書かれた誓いともいうべきことばが空々しい。
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Source: アジアプレス・ネットワーク