11.19
福岡県行橋市の小学校で体育館内にアスベスト飛散 児童らばく露の可能性でも“ねつ造”WHO評価使い安全宣言
福岡県行橋市の仲津小学校(同市大字道場寺)では体育館でもっとも危険性が高いとされる吹き付けアスベスト(石綿)とみられる「吸音材」が約20年にわたって見落とされていただけでなく、館内で飛散していた。ところが8月下旬、市は「健康リスクはきわめて低い」と“安全宣言”した。実際には2つのウソにより保護者らが知るべき石綿リスクが隠されてしまっている状況だ。(井部正之)
◆館内の空気「静穏」測定で石綿検出か
吹き付け材から石綿が検出されたのは市内にある仲津小学校(同市大字道場寺)の体育館。市教育委員会によれば、天井の「吸音材」から基準(重量の0.1%)超の危険性の高い石綿を検出した。体育館は1970年竣工。「吸音材」は厚さ数センチあり、クリソタイル(白石綿)だけでなく、発がん性がより高いアモサイト(茶石綿)を含むと市教委は認める。定量分析まではしていないというが、目視定量で5%超から50%の含有率と報告されており、石綿を高濃度に含む吹き付け石綿とみられる。
2005年7月に吹き付け材からの石綿飛散防止など管理を義務づけた労働安全衛生法(安衛法)石綿障害予防規則(石綿則)が施行。ところが市は翌2006年に市有施設の吹き付け材を採取して分析した際にも同小学校体育館の吹き付け材を見落とし、分析しなかった。その後何度も規制強化され、そのたびに文部科学省が自治体にも通知しているのだが市は分析をおこたり、空気中の石綿濃度測定などの管理もしてこなかった。
今回分析されたのは、2025年度以降の改修工事に向けた設計委託で位置づけられた発注前検査だった。石綿則で管理義務が位置づけられて20年近くになってようやく分析され、石綿を検出。危険性のより高い茶石綿まで使用されていたにもかかわらず、市は法で定められた管理義務を無視してきたことになる。
7月中旬の石綿検出後、市教委は「劣化状況からも飛散が想定される」と体育館の使用を禁止。除去工事に向け、検討を開始した。並行して市は8月9日に館内5か所で空気環境を測定。8月23日、体育館内の3カ所で石綿を検出し、もっとも高い空気1リットルあたり0.26本の石綿繊維数濃度だった。残る2カ所はいずれも同0.088本。
ところが市教委は「本結果で確認された数値については、目安となる数値を大幅に下回る結果となり、健康リスクは極めて低いものであると考えております」と安全宣言した。
市が「目安」として示したのは、世界保健機関(WHO)が1986年に公表した「環境保健クライテリア」という報告だ。市教委による発表は〈アスベストに環境基準はありませんが、※WHO(世界保健機関)の環境保健クライテリア(1986)によりますと、「世界の都市部の一般環境中の石綿濃度は、1リットル当たり1~10本程度であり、この程度であれば健康リスクは検出できないほど低い」と記載されております〉と説明。9月9日の市議会でも市教委の教育部長が同様の答弁をしている。
◆存在しないWHO報告書の記述“引用”と主張
1つ目のウソは、市が安全宣言の根拠とする「目安」である。筆者は英語版の報告書を確認しているが、じつはWHOは市の主張するような目安を示していないのだ。
同クライテリアはWHOの研究者が石綿やそのほかの天然鉱物繊維の健康影響について世界中のデータを持ち寄って評価した報告書である。しかしこの濃度なら安全といった基準は示されていない。
そもそも市教委が同クライテリアにあると主張する「世界の都市部の一般環境中の石綿濃度は、1リットル当たり1~10本程度であり、この程度であれば健康リスクは検出できないほど低い」との記載は、報告書に存在しない。
この1文は、報告書の異なる箇所にある2つの文章を都合良くつなぎ合わせた“ねつ造”といってよい代物なのだ。
筆者のつたない訳で申し訳ないが、説明していこう。報告書の「5.1.3 環境中の空気」(p36)に「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/Lであり、それを上回る場合もある」との記述はある。しかし結論ではなく、あくまで一般環境の説明の1つに過ぎず、その程度だから安全とはどこにも記載されていない。
むしろ続けて、「近年、吹き付け石綿の断熱材が表面に施工された公共施設内の空気による潜在的ばく露が懸念されている」と言及。吹き付け石綿が使用された室内における空気中の石綿濃度について、「通常、大気中に見られる値の範囲内」とし、かっこ書きで「すなわち、通常1本/リットルを超えないが、10本/リットルまで高くなる場合がある」と補足している。
つまり、市の説明とは逆に、空気1リットルあたり1本以下~10本でも健康上の懸念が示されているのだ。それも今回市で見つかったのとまったく同じ、吹き付け石綿による「潜在的ばく露」である。この1点だけでも市の主張がおかしいことは明らかだ。
若干ややこしいのは、WHO報告書の結論に「一般環境では石綿に起因する中皮腫および肺がんのリスクを確実に定量化することはできず、おそらく検出できないほど低い」とも記載があること。そのため、「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/Lであり、それを上回る場合もある」との記載とつなげても間違いではない、との主張もあり得よう。
だがこれも間違いだ。
そもそも「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/L」云々との記載は、WHOが一般環境のリスクを検討した結論ではなく、単なる測定結果の説明、それもその一部でしかない。そして、すでに述べたように、その濃度であれば安全との記述はない。
報告書の「9.1.2.3 一般環境ばく露」(p93)でWHOによるリスク評価の結論として3項目が示されているが、大気中の濃度に関連した1つ目は「一般環境で観察される主要な石綿繊維はクリソタイルで、平均繊維濃度は(石綿飛散の発生源から)遠隔地の農村から(工場や解体などの発生源のある)大都市まで3桁を超える範囲におよぶ」と説明しているに過ぎない(かっこ内は筆者補足)。
続けて結論の2つ目として、「一般環境中のクリソタイル繊維は実質的にすべて長さ5マイクロメートル(1ミリメートルの1000分の1)未満で、直径は可視化に電子顕微鏡が必要である。これらの繊維は労働環境では調べられておらず、人の健康リスクの推定に利用する(ばく露が多いほど危険との)量・反応関係の計算にも考慮されていない」と述べる(同)。
若干補足すると、石綿被害をめぐっては、実際に労働者などが中皮腫など石綿関連疾患を発症した状況を調べる疫学調査により、どの程度のばく露でどれくらいの被害が発生するかを(ある程度)推定できるデータが蓄積されている。これに基づいてそれぞれの国で労働現場などにおけるばく露の基準を定めており、日本においても同様である。
ただし過去の疫学調査は「位相差顕微鏡法(PCM)」という光の屈折率の差を利用して観察する最大倍率400倍の光学顕微鏡により、空気1リットルあたり何本(f/L)の石綿以外の繊維も含む場合がある「総繊維数濃度」なのかを算出して実施してきた(労働現場では濃度が高いのでf/ccが多い)。ところが報告書によれば、大気中で検出した石綿繊維はほとんどが白石綿で、倍率・分解能がより高い電子顕微鏡でなければ観察できない大きさだったというのだ。そのため健康リスクの推定に使う「量・反応関係の計算にも考慮されていない」として、過去の疫学調査によるデータとの比較ができないと指摘しているわけだ。
◆労働現場とは「桁違い」だが
ところが結論の3つ目で、「一般環境では石綿に起因する中皮腫および肺がんのリスクを確実に定量化することはできず、おそらく検出できないほど低い。石綿肺のリスクは実質的にゼロである」との判断を示す。
労働現場と比較できないにもかかわらず、なぜ一般環境の発がんリスクは「おそらく検出できないほど低い」との結論になるのか。
その理由は明記されていないが、一言でいえば、労働環境と比べて石綿ばく露が「桁違い」だからだろう。
報告書は石綿ばく露が多い順に、作業員が現場で石綿を取り扱う「職業ばく露」、石綿を取り扱う作業の周辺にいる作業員や取り扱う作業員の家族、工場の近隣住民など「準職業ばく露」、労働現場やその周辺などと違って明らかなばく露のない「一般環境」の3つに分類。中皮腫(肺や心臓などの膜にできるがん)や肺がん、石綿肺などの健康リスクについて、それぞれ検討している。
結論では当然ながら、石綿ばく露がもっとも多い「職業ばく露」のリスクが1番高く、「職業ばく露グループ(に含まれる人びと)においては石綿へのばく露は石綿肺や肺がん、中皮腫を発症させる」(同)などと指摘。次にリスクが高い「準職業ばく露」について、「中皮腫や肺がんのリスクは一般的に職業ばく露グループよりはるかに低い。石綿肺のリスクは非常に低い」などと説明する。
これらは実際にそうした病気を発症し死亡した労働者らの疫学調査に基づく見解だ。「準職業ばく露」で石綿肺のリスクが「非常に低い」のは、高濃度ばく露でないと発症しない病気だからで、職業ばく露よりも石綿ばく露が少ないためだ。
もっとも危険性が高い職業ばく露について、報告書では「粉じん制御が不十分な産業や鉱山では、最大数十万本/リットルになることもあるが、現代の産業では一般に2000本/リットルを大きく下回る」と解説している(原文のf/mlを本/リットルに換算)。報告書は1972~1978年にイギリスの工場で実施された調査を引用し、適切な工学的制御(明記されていないが局所排気装置など)により、「ほとんどの事例(54~86.5%)でばく露レベルは500本/リットルを下回る」(同)と今後対策が進めばさらに濃度が減少するだろうとも指摘している。
一方、一般環境では、職業ばく露や準職業ばく露と違って、ほとんど光学顕微鏡では検出できず、電子顕微鏡でようやく計数できる状況で、ほとんど白石綿という。濃度は空気1リットルあたり0.1本からせいぜい10本程度。ひどい現場では同2000本を超えるという職業ばく露からみれば、ほとんど光学顕微鏡で観察可能な石綿繊維が検出されていないことから比較できないとしても、ばく露が桁違いに低いことは間違いない。そのため、はっきりと定量化はできないものの、中皮腫や肺がんのリスクは「おそらく検出できないほど低い」、高濃度ばく露でないと発生しない石綿肺は「実質的にゼロ」と結論づけたのだと考えられる。
これはあくまで「光学顕微鏡で計数できない石綿繊維」に限定した内容であり、しかも白石綿のばく露が前提であることはすでに説明したとおりである。一方、日本における建物などの改修・解体工事では、危険性のより高いクロシドライト(青石綿)やアモサイト(茶石綿)など角閃石系石綿を含む可能性があることから参照できない。また日本でも空気環境の測定で走査電子顕微鏡(SEM)が使用される場合もあるが、光学顕微鏡で観察可能な大きさの石綿繊維しか計数しないため、「おそらく検出できないほど低い」との結論を適用できない。
改めて行橋市について見てみると、そもそも検出されているのが、白石綿だけでなく茶石綿まである以上、比較対象外だ。本来これ以上検討の必要はないが、一応市の測定をみていこう。
9月の市議会で体育館内の空気環境測定について聞かれ、市教育委員会の教育部長は「厚生労働省のアスベスト分析マニュアル」に基づいて実施したと答弁。しかし同省の同マニュアルは建材などの試料の分析方法を解説したもので、空気環境測定について記載がない。明らかに環境省の「アスベストモニタリングマニュアル」の間違いだ。分析結果報告書に記載されている程度のことだが、主張の根拠にかかわる部分を間違えるあたりに市の知識不足がうかがえる。
いずれにせよ、環境省マニュアルでも計数対象は「長さ5マイクロメートル以上、幅0.2マイクロメートル以上3マイクロメートル未満、アスペクト(長さと幅の)比3以上」と光学顕微鏡の「位相差顕微鏡法」で観察可能な範囲に限定している。光学顕微鏡で観察不可能な細く短い石綿繊維は計数しないことから、市の主張に反して、WHO報告書の記述を「目安」とすることはできないことになる(そもそも目安ではないが)。
◆石綿0.1本でもリスク上昇
冒頭で指摘したもう1つのウソは、市が実際には存在しないのに“引用”した「世界の都市部の一般環境中の石綿濃度は、1リットル当たり1~10本程度であり、この程度であれば健康リスクは検出できないほど低い」とのリスク認識そのものである。
証拠を示そう。1988年のアメリカ環境保護庁(EPA)によるリスク評価では、空気1リットルあたり0.1本の石綿を吸い続けた場合、10万人に2.3人が中皮腫や肺がんで死亡すると推計している。2000年に世界保健機関ヨーロッパ地域事務所が示した喫煙者と非喫煙者を分類した推計もほぼ同様の結果で、同0.1本で非喫煙者でも2.2人に中皮腫などの死亡者が発生するというものだ(喫煙者は同4人)。
2001年の日本産業衛生学会による勧告で示された職業ばく露における推計でも、白石綿のみのばく露で1000人に1人が中皮腫や肺がんで死亡するのは空気1リットルあたり150本にばく露し続けた場合とされ、青石綿や茶石綿など角閃石系石綿を含む場合は30本と見積もられている。10万人に1人に換算すると白石綿のみのばく露で同1.5本、青石綿など角閃石系石綿を含む場合、0.3本になる。
上記のリスク評価から換算すれば、同1~10本の石綿にばく露し続けた場合、控えめな日本産業衛生学会の推計でも3~30人(角閃石含む)、アメリカEPAでは23~230人が中皮腫などで死亡する計算になる。
このように国内外のいずれの評価でも「1リットル当たり1~10本程度」の継続的な石綿ばく露であっても中皮腫などにより死亡するリスクが上昇することは明らかだ。
こうしたリスク評価は環境省や厚労省など国の有識者会議でも報告・検討されてきた。たとえば2012年8月の環境省の石綿飛散防止専門委員会で、東京工業大学環境・社会理工学院の村山武彦教授は「かなり荒っぽく言ってしまうと、(白石綿だけのばく露で)大体0.1f/L程度の濃度で10のマイナス5乗(10万分の1)ぐらいの生涯リスクが発生するというふうに言われているのが、これまでの大体の目安かなと思われます」「ほかのもの(角閃石系石綿)を含めるとかなり低い数字(角閃石系のみで0.03f/L)も出てきている」などと報告した。この間の他省庁における有識者会議で同じようなリスク評価が報告されているが、それらを含め、ほかの専門家や国側はとくに異論を唱えていない。
そもそも日本においても国際的なリスク評価を基本に基準を定めており、労働ばく露の上限基準は上記の勧告を受けて是正されている。
つまり、空気中の石綿が1リットル当たり1~10本程度であれば、「健康リスクは検出できないほど低い」などという主張は、実際の被害に基づく国内外のリスク評価を無視したウソっぱちだ。きわめてタチの悪いデマと言い換えてもよい。まして報告書に一部記載があるとしても文脈を無視し、無理矢理2つの文章をつなげて報告書の趣旨と異なる内容を“ねつ造”することなど許されることではない。
このように市教委の主張とは異なり、WHO報告書には「一般環境中の石綿濃度は、1リットル当たり1~10本程度であり、この程度であれば健康リスクは検出できないほど低い」との文章は存在せず、当然ながらそんな「目安」は示されていない。そもそも報告書では「都市における大気中の石綿濃度は、一般に1本以下~10本/Lであり、それを上回る場合もある」との記載に続いて、同じ濃度の吹き付け石綿による潜在的ばく露への懸念が表明されていることは、すでに指摘したとおりである。
WHO報告書では吹き付け石綿による「潜在的ばく露」について「懸念」が示されたものの、当時は被害発生まで明確になっていなかったことからそれ以上の言及はない。だが、その後吹き付け石綿による被害とみられる中皮腫発症が世界的に問題になっている。日本においても吹き付け石綿によるばく露が原因とみられる中皮腫被害をめぐって、民事訴訟で2014年に建物所有者に対する賠償命令(最高裁差し戻しの大阪高裁判決)が確定した事例もある。最近では2022年に福岡高裁で北九州市に対する建物の管理責任が認められ、その後確定している。
◆吹き付け石綿で100人超被害
それだけではない。吹き付け石綿のある部屋で働いていただけで、石綿を扱う作業とは無関係の業種の人たち100人超が中皮腫を発症し、それを理由に労災認定を受けていることが厚労省の発表資料から明らかになっている。この事実は、同省が公表する、建物調査を担う有資格者「建築物石綿含有建材調査者」講習の標準テキストにも記載されていた。つまり、国も吹き付け石綿による健康被害を認めているのだ。
今回明らかになった行橋市の仲津小学校体育館内における飛散では、すでに述べたように空気1リットルあたり0.26本ないし0.088本の石綿を検出した。石綿の種類は明らかにされていないが、吹き付け材から茶石綿と白石綿が検出されている以上、その両方あるいはいずれか(飛散しやすい茶石綿の可能性が高い)であろう。
市は静穏時測定であることを認めており、児童らが実際に利用している状況とは異なる。たとえばボールが天井の吹き付け材にぶつかるなどして破片が落下すれば、非常に飛散しやすい茶石綿が含まれていることもあり、かなりの飛散があるはずだ。
じつは9月の市議会で、静穏時測定をめぐる議論があった。「子どもたちが走り回るだとか、天井に向かってボールを蹴り上げてぶつける」などの環境で測定結果が変わるのではないかと質問が出た。これに対し市の教育部長はまず「今回の調査につきましては国、厚生労働省のアスベスト分析マニュアルに基づいた調査となっておりまして、体育館を密閉した静穏状態で実施をしております」と説明。同省の分析マニュアルは建材などの試料の分析方法を解説したもので、空気中の石綿濃度測定についてはまったく記載がない。明らかに環境省の「アスベストモニタリングマニュアル」の間違いだ。分析結果報告書に記載されている程度の内容だが、適切な方法であるとの根拠にかかわる部分でさえ間違えてしまうところに、市教委の石綿に対する知識のなさを感じる。
そのうえで静穏時測定と児童が活動している状況の違いについて、教育部長は「現実的に調査を実施するにあたっては児童が居る状態で実施することはできませんので実際のところは分かりません。今回調査した専門機関にもこの点について確認はいたしましたが、大きな差は出ないとは思われるが断定的なことは言えないということでした」と回答。
関連して、調査前日の8月8日夕方に宮崎県沖・日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が起きたことに言及。行橋市でも震度2を観測したとして、教育部長は「前日の地震の影響があったしても目安となる数値を大幅に下回る結果となりましたので、たとえ児童が体館内で活動している状況で調査を実施したとしましても、その振動により飛散することはあまり考えにくいため、影響はあまりないのではないか」と答弁した。
測定データなど裏付けは示さず、専門の調査機関に聞いたとされる話だけを根拠に「大きな差は出ない」との説明は、市に都合の良い印象操作といわれても仕方あるまい。
なぜなら、実際には飛散が裏付けられているからだ。たとえば、国土交通省が2008年に発行した「目で見るアスベスト建材(第2版)」は吹き付け石綿のある部屋における飛散状況について、「調査結果では、自然落下(経年劣化)は大気より20f/L高く、人による接触、再飛散した場合の石綿濃度はさらに高い結果となっている」と説明。アメリカの大学における調査データを引用し、静穏状態での自然落下により空気1リットルあたり平均20本、吹き付け石綿が施工された天井への接触により、平均で同1万5200本の飛散だったと報告している。同省資料では石綿だけの測定結果なのか、石綿以外も含む可能性のある総繊維数濃度なのか記載はないが、いずれにせよそれなりの石綿飛散だったことは間違いないだろう。
また国内における測定でも、前出・講習テキストに掲載されているが、青石綿の吹き付け材が壁に使用された文具店で、静穏時に同1.02~4.2本、清掃時に同136.5本だったという。
宮崎県沖・日向灘地震の影響は不明だが、一般に粉じん濃度は指数関数的に増減するとされ、石綿についても同様と考えられている。東京都文京区さしがや保育園における飛散事故後に実施された床掃除作業の再現実験をみると、2時間ほどで濃度は半分程度になり、10時間ほどで約10分の1まで減少。沈降するまで計14時間かかったという。
地震は測定前日の午後4時42分からせいぜい1~2分間。測定が翌日の午前10時からだったとすれば、測定は15時間以上も後であり、石綿飛散は完全に沈降した後ということになる。仮に地震で飛散があり、その影響により翌日の測定結果(同0.26本、0.088本)が出たのであれば、飛散時の濃度は少なく見積もっても10倍以上のはずだ。
じつは筆者は市議会質疑よりも前の9月3日に市教委に対して、WHO報告書の“ねつ造”記載を引用した安全宣言について、当該記載が実際には報告書に存在しないことや、実際の石綿リスクは大きく異なることを資料も示しつつ指摘し、「市の安全宣言には問題がある」として見解を求めた。
同13日、市は「本件については適正に対応している」との認識を示し、以後の取材を拒否するようになった。
取材拒否は好きにすればよいが、保護者や市議会に実際の石綿リスクを無視した虚偽の説明を続けていることは許されない。まともに説明もできない以上、低濃度の石綿ばく露問題に詳しい第三者の専門家に協力を求めて、きちんと飛散実験などのうえで科学的な検証のうえで丁寧な説明をすべきではないか。
また結果として20年近くも吹き付け石綿を放置してきたことからも、現在準備中という除去工事において、石綿の外部飛散や除去後の残存などがあってはならない。とくに週1回の測定程度で十分とはいえまい。なにしろ除去工事における石綿の外部漏えい事故は環境省が事前に同意を得て、あらかじめ通告して実施している調査でも2023年度に50%、過去14年間の累計で37.9%に上るのだ。飛散事故を防止し、除去残しを見逃さない徹底した施工監理や測定、完了検査を経験豊富な第三者機関に委託するなど、万全の対策が必要ではないか。
さらにいえば、今後の学校施設における石綿管理もこれまでと同じように“素人”調査・管理でよいわけがない。しかし現状はとにかく吹き付け石綿を除去して目の前からなくしてしまえばよいといわんばかりの見切り発車の対応しか見えてこない。
最近ばく露原因がわからない中皮腫の発症事例が増えているといわれる。行橋市だけの問題ではないが、あえてまともな調査をしないことで建物の管理責任を追及させない方針なのではないかとすら思えてくる。そうして同じ問題が延々と繰り返され、その間に児童らは少しずつ石綿にばく露していく。そんな非人道的な行政対応が繰り返されてよいはずはない。
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Source: アジアプレス・ネットワーク