2024
09.29

「仕事に感情を持ち込むな」と言う人の盲点。ビジネスの意思決定の精度を上げる方法

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仕事で感情的になってはいけない。好き嫌いで働いてはいけない──。

職場やビジネスシーンで、感情や直感で物事を判断することは避けるべきだとされがちです。

しかし、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 』(日経BP)の著者で、認知科学の研究者の今井むつみさん(慶應大学教授)は、「あらゆる意思決定は多かれ少なかれ感情の影響を受けている」と話します。

上司や部下、あるいは取引先とコミュニケーションを円滑に進め、より良い判断を行うために「感情」や「直感」を味方につけるにはどうしたら良いのでしょうか。今井さんに聞きました。

『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』の著者・今井むつみさん『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』の著者・今井むつみさん

脳の「ファスト思考・スロー思考」とは

──本書では、人は多くの選択や意思決定で「好きか嫌いか」で物事を判断しており、「誰もが仕事に感情を持ち込んでいる」と書かれています。これはどういうことでしょうか?

ビジネスシーンで、喜怒哀楽などの感情をストレートに表現することはあまりないと思います。相手を怒鳴りつけるなどの「相手が脅威と感じる大きな波」としての感情表出はコントロールされるべきです。

ここで言う感情とは、直感的な「好き・嫌い」に近いです。たとえば商談で先方からの提案に対して意思決定を下す時には、いいと思っているか・悪いと思っているか、ポジティブなのか・ネガティブなのかという感情が実は一番大きな要因になります。理由を説明するために人はもっともらしいことを言いますが、それはほとんどの場合後付けにすぎません

感情的というのは「困った性質」であり、ビジネスの場では望ましくないとされがちですが、人は無意識のうちに自分の好き嫌いでだいたいのことを決めていて、そこから自分の判断が本当にそれでいいのか、理論的に振り返って考えます

──たとえば管理職や人事など社員を評価する立場の人が「好きか嫌いか」で決めて良いのだろうかという疑問もあります。

そうですね。自分の選択や意思決定を客観視して考えることはすごく大事です。それを「メタ認知」といいます。

人間の脳のメカニズムは2つに分かれており、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは著書『ファスト&スロー』で、直感による意思決定を「ファスト思考/システム1」、時間をかけて熟慮する知的活動を「スロー思考/システム2」と呼んでいます

多くの人は「自分は感情では判断していない、合理的だ」と思っていますが、システム1を完全に排除して、システム2だけで意思決定できる人はいません。人間は基本的にシステム1から逃れられないのです。

人間の意思決定を動かしているのはシステム1だと認識した上で、システム2をうまく働かせられることが、良い意思決定ができるかどうかの鍵になります。結論を出す前に、自分はシステム1にコントロールされてないだろうかと疑い、自分の考えを振り返ることで意思決定の精度を上げることができます。

AIと仕事。人間との違いは「記号接地」しているかどうか

──AI(人工知能)がビジネスで活用され、新卒採用ではAI面接を導入する企業も増えています。これについてはどうみますか?

面接官も人間なので、感情で判断したり偏った印象を持ったりすることはありえます。人には必ずバイアスが働くので、信頼できる、質の高いAIが補助手段として有効になる場合もあるでしょう。受験者に対するAI面接の評価と、自分の評価を付き合わせることで、自分のバイアスに気づくことができます。

ただ、AIの判断が適切かどうかを判断するのは人間なので、落とし穴に陥ってしまう可能性もある。やはりAIを「いつ使ってはいけないか」を見極めるのが大事です。

──AIを使う時に知っておくべきことや、人との違いは何でしょうか?

認知科学の分野で挙げるならば、初期からAIの問題として指摘されており、解決できていない「フレーム問題」があります。フレーム問題とは、「知識をどう使うか」という問題だと言い替えることができます。AIは膨大な知識を学習することはできても、その知識をいつ、どこで使うかを決めるのはとても難しいのです。

認知科学には「記号接地」という概念があり、言葉の意味を理解し、知識として習得するには、身体的な感覚を持つ必要があるという考えです。人間にとっても、記号接地ができておらず身体化されていない知識は、知っていても必ずしもうまく使えるわけではありません。人間とAIの思考の本質的な違いは、この「記号接地」をしているかどうかです。 

人間の場合は、過去にこれに似たことがあったから…と、一見遠いところから仮説を持ってきて、目の前の問題に応用しようと考えることがありますよね。推理小説でも、表面的な状況は違うけれど、名探偵は過去の記憶から今回の事件と似たケースを選び取り、その構造をあてはめて犯人を特定するシーンがあります。

こういうことを人間は直感的に、かつ頻繁に行っていますが、AIには難しいでしょう。AIには同じ数値で表されていたり数値が近かったりするものは選べるけれど、私たちは必ずしも数値で選んでいるわけではなくて、言葉では説明できない直観で選んでいることが多いんです

「ハドソン川の奇跡」にみる、人間の優れた判断力

──AIにはない能力が人間の直観ということですね。著書では、実在のアメリカの飛行機事故をベースにした映画「ハドソン川の奇跡」をもとに、人間の優れた判断はどのように下されているのか紹介しています。

野鳥の群れにぶつかって両翼のエンジンが停止した2009年の飛行機事故で、機長は、管制官からの通常の選択肢である「近くの空港への緊急着陸」という提案を退け、自分の直観に従って1月の冷たいハドソン川に不時着水。乗員乗客155名全員が無事に生還したことで知られています。

事故の後日、調査委員がコンピューターでシミュレーションすると、空港への緊急着陸が可能だったと疑念が提示されますが、機長はそのシミュレーションは、緊急事態に遭遇した人間が状況把握に必要とする時間や葛藤、判断のプロセスを考慮していないと指摘します。実際に、そのプロセスとして「35秒」を加えると、管制塔の指示通りにしたら市街地や森に墜落するという結果がでます。

こうした一秒を争う緊急事態での意思決定は、おそらくシステム2で熟慮する時間はなかったでしょう。膨大なデータに基づくシミュレーションではなく、このベテラン機長の経験に基づいた直観で、多くの人命が救われた事故だと言えると思います

機長は「これは奇跡ではなく、つねに緊急事態に備えて訓練していた結果だ」と言っていたそうです。短い時間で正しい判断ができたのは、様々なリスクを想定した訓練を積み、それを完全に身体に落とし込むことができていたからでしょう。

直観を養う方法は?

──人は直観を養うことはできるのでしょうか?

直観は天から降ってくるものではありません。直観を磨きましょうと言うのは簡単ですが、一朝一夕でできることでもありません。

たとえば、サッカー選手が次のパスを出す時、一瞬で空間を把握して判断しますが、そこにも直観が働いています。その直観が働く背景には、過去の自分の試合での経験もあれば、人の試合を見て頭に入れた知識もあるはずです。

直観を養う上では、自分の経験だけではなくて、第三者の視点を意識することが有効です。そして、それ以上に、一流のサッカー選手の試合の動画を1万回見ても、自分がコートで同じ動きができるわけではないように、知識を身体化させ、考えなくても頭と身体が連動されるようになることが重要です。

──ビジネスにおいても、瞬時での判断・意思決定を求められることは多くあります。本書では、「良いコミュニケーションを取ることができ、優れた直観力を持つ人」を「ビジネスの熟達者」だと定義していますね。

認知科学では、その分野のエキスパートが高いパフォーマンスを発揮していく上での認知の過程を明らかにしていく研究を「熟達」といいます。熟達した人が大事な意思決定を行う時、必ず直観による判断が必要になってきます

たとえば、部下が作った膨大な資料にざっと目を通して「この数字は間違えているのでは」と気づく上司。あるいは取引先との商談中、「この人がこんなことを言うのはおかしいぞ」とコミュニケーションの齟齬をいち早く察知して、言葉の本来の意図を読み取るための質問を投げられる人。それらを瞬時にできるのは、日々の積み重ねによって直観を身に付けているからです。

人間の直観は、ただ漫然と経験したり知識を得たりするのではなく、シミュレーションを繰り返し、精緻な知識を体に落とし込むことで、必要な時に発揮できるようになります

(取材・文=若田悠希/ハフポスト日本版)

【PROFILE】今井むつみさん

慶應義塾大学環境情報学部教授。1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。94年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得。専門は認知科学、言語心理学、発達心理学。主な著書に『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)、『ことばと思考』『学びとは何か』『英語独習法』(岩波新書)、『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書)など。共著に『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書、「新書大賞2024」大賞受賞)、『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫)、『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店)などがある。国際認知科学会(Cognitive Science Society)、日本認知科学会フェロー。最新刊は、『学力喪失』(岩波新書)。

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Source: HuffPost