09.14
自信が持てず「他の誰かになりたかった」。『i☆Ris』の茜屋日海夏さんが、韓国のルーツなど「自分」を大切に発信するまで
自信を持てない。他の誰かになってみたいーー。
こう考えたことがある人は、少なくないだろう。2012年にデビューした声優アイドルユニット『i☆Ris』(アイリス)の茜屋日海夏(あかねや・ひみか)さんは、その思いから、役者になりたくて芸能界を志した。
だから当初、アイドルとしての活動に戸惑いがあった。他の誰かになりたかったはずなのに、自分自身として、ステージに立つことになったからだ。
正直、やめたいと思う時期もあった。だが12年間、アイドルを続けた。今は夢だった役者やYouTubeなど、自分が前面に出る活動もしている。そして、韓国にルーツがあることなど、自身のことも積極的に発信するようになった。
今も自分を好きにはなりきれていない。だけれど自分を大切にし、みんなに見せるようになった。この変化の背景には、何があったのだろうか。
ドキュメンタリー映画『Live & Documentary Movie 〜i☆Ris on STAGE〜』の公開を記念し、茜屋さんに思いを聞いた。
【前編はこちら】自分を信じ続けるって難しい。体や心を壊す時もあった『i☆Ris』の芹澤優さんが辿り着いた「自分が1番」の形
◆自分でない誰かになりたかった
茜屋さんは12年の軌跡について、「i☆Risをやめたいと思う時期もありました」と思いを明かす。なぜなのか。「もともと役者になりたかったことが背景の1つにあると思います」と振り返る。
幼いころから、舞台やミュージカルを見るのが好きだった茜屋さん。「自分も、人を笑顔にしたり感動させたりしたいと思うようになったんです」。
それと同時に、「母のことは大好きなのですが、小さいころからなかなか褒めてもらえなくて、自信を持てなかったことも大きかったと思います」と語る。「『他の誰かになりたい』と感じてきたことも、役者になりたいと思った背景でした」。
秋田に住んでいたが、中学時代は進路調査票の志望校欄に、芸能活動が盛んな東京の高校を書いた。高校に入ると、数々のオーディションを受けたが、なかなか結果が出なかった。
そんな中、「アニソン・ヴォーカル・オーディション」の広告を目にしたことが転機となる。「柴咲コウさんを始めとする、歌手活動を行う俳優さんにも憧れて、応募を決めました」。
見事オーディションに合格した茜屋さん。歌手として、ソロデビューできると思っていた。だが待っていたのは、『i☆Ris』という、声優アイドルユニットとしての活動だった。
アイドルになりたかったわけではなかった。でも歌もダンスも、とにかく頑張った。「目の前のチャンスを絶対にものにしなくては」と思ったからだ。
声優としては2014年にアニメ『プリパラ』で、主人公の真中らぁら役に抜擢された。「作品の世界に入り、自分とは別の人を演じることが好きだと、改めて実感しました」。
だからこそ、i☆Risでの「アイドル」という仕事には迷いもあった。それは、「茜屋日海夏」という自分としてステージに立つからだ。
「誰かを演じたいという望みと、アイドルの活動が、乖離していると感じていたんです。役者の仕事に集中したくて、3年目くらいでやめると思っていました」
だがi☆Risは1人卒業したものの、今も結成当時のメンバー5人で活動し、12年目となった。なぜ続けているのか。それは、「ファンが私を好きだと言ってくれたから」だという。
「私はずっと、自分のことを好きになれなくて。だから、すごくありがたくて。芸能界を目指した根底にある『自分も、人を笑顔にしたり感動させたりしたい』という思いが、より強くなっていきました」
「ダンスも歌も、とことん突き詰めたい。 中途半端で終わりたくない。もっとできるんじゃないかって思うことがたくさんあるので、今も続けているのかなって思います」
◆「芹澤優には負けたくなかった」
活動初期からパフォーマンスの中心を担ってきた茜屋さん。映画では、「(メンバーの)芹澤優には負けたくなかった」という本音が明かされた。
なぜなのか。遡ると、i☆Risとして顔合わせをする前に、当時のエイベックスビル前のコンビニでたまたま、芹澤さんに出会ったことが原点にある。
「見た瞬間、この子も合格者だ!って分かったんですよ。それくらいオーラがありました」
もともと、声優の専門学校に通っていた芹澤さん。茜屋さんは「スタートラインが違っていました。努力家だったし、たぶん優ちゃんが一番先に行くなって思ったんです」と回顧。一緒にレッスンを受ける中で「とにかく負けたくない!と必死でした」と語る。
芹澤さんは「私こそ、ひみちゃんに負けたくないって思っていました。ひみちゃんこそオーラがあるし、現実として運動神経も一番良かったんですよ」
デビュー曲の「Color」では、ともに落ちサビでソロパートをもらった。「歌う中で、やっぱりお互いにバチバチきているのを感じていました(笑)」
そんな芹澤さんが10周年ライブのMCで、茜屋さんにかけたのは「歌もダンスも。i☆Ris入った時、優が一番だと思ったらそうでもなかったのムカついたんだからな」という言葉だった。そして「自分のこと好きじゃなさすぎだぞ」 「もっと好きになれ自分を!」と背中を押した。
「こんなに歌えて踊れて、お芝居も当時のプリパラを見返していたら、ひみちゃんの方がうまかった。私がこんなに、憧れていると言ったら変だけど、すごい!って追いかけているはずなのに、なんで自信ないんだよ!って」
そんな芹澤さんは映画で、9周年ライブが終わった後、自身と茜屋さんが楽屋で「大泣き」していたことを明かした。
茜屋さんはその理由について、「うまくパフォーマンスできなくて、とにかく悔しかったんですよ」と振り返る。
「あの時期、他の仕事が立て込んでいて。私はどれもバランスよくやるみたいなのがとても苦手で、どれも中途半端になっていたんです。 そんな不器用な自分がすっごく嫌だった、というのも根底にありました」とし、こう続ける。
「ライブ自体はすごく楽しかったのですが、自分の中でもうちょっとうまくできたな、みたいな部分がたくさん出てしまって。弱いところはあまり人には見せたくないのですが、耐えきれなくて」
メンバーがみんな、実力を認める茜屋さん。その根底には、自信がないからこそ向上心が強く、負けず嫌いな面もあるのかもしれない。
「なんというか、欲が出てくるんです。ライブ会場もありがたいことにどんどん大きくなって、やれることが増えてきた中で、自分もそこに合わせたやりようがあるんじゃないかと考えだしたらキリがなくて。自分のパフォーマンスに満足することはないんだろうなって思っています」
◆韓国にルーツ、「誰か」だけでなく「自分」も生きる
近年は、舞台『ワールドトリガー the Stage』(2021年〜)や映画『THIS MAN』(2024年)など、当初から望んでいた役者の仕事も増えている茜屋さん。「やっぱり演技の仕事はずっと大好きなんです」と話す。
だがそれと同時に、2020年にはYouTubeチャンネル「ひみちゃんねる」を開設し、破天荒な「歌ってみた」動画や、YouTuber顔負けの体を張った企画で話題を集めるなど、演者でない「自分」を出す場面も増えている。
象徴的なのは2019年に、韓国人の祖母がおり、韓国にルーツがあることを明かしたことだ。
当初は韓国にルーツがあることは隠していた。それは活動初期のマネージャーに「社会情勢もあるし、今は明かさないでおこうか」と言われたことが背景にあるという。
「私の中では、すごく悔しかったんです。なんで、言っちゃいけないんだろうって」
そんな中、2018年に出演した舞台に大きな影響を受けた。「自分をさらけ出す」という内容のものだった。
「言うならこのタイミングかなって思ったんです。やっぱり自慢のおばあちゃんとお父さんだったし、伝えたかった」
i☆Risには韓国を始めとする世界にもファンがおり、隠すのは不誠実かも知れない。それに「私のルーツを明かした上で、世界中のもっと多くの人に好きになってもらえたらなって」。
公表することに不安がなかったわけではない。だがファンは茜屋さんの他の面と同じように、そうなんだと受け止めてくれた。それだけでなく、茜屋さんが好きなK-POPに関心を持ってくれるようになったファンもいた。特典会などで盛り上がることも増え、嬉しく思う。
今は「いろんなルーツの人が、自分の好きな仕事ができたら良いな」と思う。
他の誰かになりたかった茜屋さん。今も、自信があると胸を張って言えない部分もある。だがいつしか、本当の自分のことを明かしたいという思いも芽生えた。それは演じる役だけでなく、自分のことを好きだと言ってくれる人のおかげなのかもしれない。
i☆Risの10周年を記念した楽曲「Anniversary」の歌詞のもとになった、ファンに向けてつづった手紙に、茜屋さんはこう書いている。
「本来であればアイドルなんてやってないはずの人生。それなのに頑張れるのって、やっぱり皆さんのおかげなんです」
〈取材・執筆=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版〉
Source: HuffPost