08.25
スープストック「新社長自ら育休取得」「最終面接は“好きなもの”をプレゼン」工藤萌さんに聞く“理念を実現する組織づくり”
【あわせて読みたい】スープストック「離乳食騒動」を乗り越えた舞台裏 新社長の工藤萌さんに聞く“沈黙しなかった理由”
食べるスープの専門店を全国展開する「スープストックトーキョー」。
「世の中の体温をあげる」という理念を掲げ、離乳食の無償提供や咀嚼配慮食、ベジタリアンメニューの展開など、“食のバリアフリー”を推進するさまざまな取り組みを行っている。
2024年4月には、資生堂やユーグレナでマーケティング・経営に携わってきた工藤萌さんが、新たに取締役社長に就任。これまで培ってきたブランディング経験などを生かし、企業理念のさらなる実現に取り組んでいくという。
当時顧問として対応した、離乳食無償提供にまつわる騒動を経て再認識した「私たちの社会的意義や使命」とは。そして、自社の理念をどのように“自分ごと”として浸透させていくのだろうか。
「世の中の体温をあげる」とは?
――工藤さんはこれまで資生堂やユーグレナでマーケティングに携わってきたそうですね。「売れれば売れるほど社会がよくなる」という理想を掲げていますが、そのような価値観を持ったきっかけについて教えていただけますか。
私は新卒で資生堂に入社して、営業を経た後、メーキャップブランドやサンケアのマーケティングを担当していました。化粧品を通じて、女性をエンパワーメントできることに喜びを感じていましたが、その一方でモヤモヤとした感情を抱くこともあったんです。
アイシャドウやチークなどのアイテムは、季節ごとにトレンドが変わるため、約3カ月〜半年に1回のペースで新色を出していかなければなりません。スピーディなビジネス展開の醍醐味もある一方で、自分が想いを込めて売り出したものを長く愛してもらえるビジネスモデルへの興味も高まっていました。
そんなときに子供が生まれて「自分の関わるビジネスが、この子たちの将来にどう影響するのだろうか」と深く考えたんです。大量生産・大量消費を促すのではなく、これまで培ってきたマーケティングの力を、社会をより良くする方向に直接的に使っていきたい。そう強く思うようになり、事業を通じて社会課題の縮小に取り組むユーグレナに転職しました。
――工藤さんは2023年3月にスープストックの顧問に就任し、その5カ月後には入社して、取締役となりました。ユーグレナから転職を決断した背景には、離乳食の無償提供にまつわる騒動への対応に関わったことが大きく影響しているそうですね。
副業として顧問を引き受けた当時は、ユーグレナのヘルスケア部門のカンパニー長を務めていました。健康食品や化粧品の売上を通じて、バイオ燃焼の開発や発展途上国の栄養課題などにアプローチすることに大きな意義を感じていましたが、おっしゃる通り、あの件に向き合う中で、居ても立ってもいられない感情になってしまったのがきっかけです。
さまざまなご意見や解釈があるのは当たり前です。ただ、親という立場にある人に限らず、一方的に「おひとりさま」というような表現で一括りにされて、突然対立構造を煽られたことに傷ついた人もたくさんいらっしゃったと思います。
SNS上では「利他の心を持て」という声も多く見かけましたが、それは自分の心に余裕があるからこそ生まれるもの。私としては、ただ正論を振りかざすのではなく、そういう心を自然と持てる社会にするためのソリューションを提供したかった。
そう考えたとき、「世の中の体温をあげる」という理念を掲げるスープストックトーキョーは、日常でふと自分を取り戻したり、人に優しくなれたりするきっかけとなる「居場所」を提供できるブランドだと思ったんです。
――スープを提供するだけでなく、来店する人々が自分を愛せるようなおもてなしを通じて、利他の心を持てる社会を育んでいくということでしょうか。
「世の中の体温をあげる」とは、まさにそういうことだと思うんです。以前、お客さまからいただいたメッセージからも、その可能性を感じました。
その方は仕事でいろいろなストレスを抱えていて、出社前にお店に立ち寄ったとき、ついスタッフに高圧的な態度をとってしまったそうなんです。それでも、スタッフが明るい笑顔で「今日も素敵なよい一日をお過ごしください」とスープを手渡してくれたときに、自分の言動にハッとさせられて、反省するとともに前向きな気持ちになれたそうです。
ユーグレナ時代から、気候変動や栄養課題などさまざまな課題に向き合ってきましたが、仮にそれらが対処的に改善されたとしても、それを維持していくのは一人ひとりの行動です。そう考えると、一人ひとりが自分の心に余裕を持ち、相手や周りのことを考えられる社会になって、はじめて未来に思いを馳せることができるのではないでしょうか。
スープストックトーキョーは、そうした些細な一言やふとした行動によって、世の中の体温をあげて、社会に利他の心を増やしていくことができるはず。私たちが直接温められる人は限られているかもしれませんが、体温があがったお客さまは、きっとどこかで違う誰かを温めている。そんな連鎖を起こしていきたいと思っています。
企業理念を“自分ごと”にする方法
――「世の中の体温をあげる」という理念を、店舗での言動や会社としての取り組みにつなげていくために、社内ではどのように“自分ごと”として浸透させているのでしょうか。
理念には理解・納得・行動というフェーズがありますが、理念に共感できる方の採用を大切にしていることもあり、入社した時点で「納得」という段階にはあると思っています。
ちなみに新卒採用の最終面接では、自分の好きなものをプレゼンしてもらう「表現者採用」を行っています。自分の好きなものを熱く語り、相手を引き込める表現力があるのならば、きっとスープの舞台でも活躍できると考えているからです。皆さん、とても個性豊かなプレゼンをしてくれますが、そのベースには理念への共感があると感じています。
その上で、言葉だけで形骸化しないように、あらゆる機会を通じて「あなたにとって”世の中の体温をあげる”とはどういうことなのか」を問い続けています。すべての研修の評価や営業活動の指標もそこに紐づいているんです。
今は週に4回のペースで、全社員を最大5人のグループに分けて「ブランドを語らう会」を行っています。そこでも「あなたはブランドをどうしていきたいか」「世の中の体温をあげるために何をしたいか」を話し合っています。
とはいえ、社員一人ひとりが「私にとっての理念」を自発的に考えていて、それを定期的に発表しながらアップデートしていくという文化はすでに根付いています。私のミッションは、それをしっかり加速させていくことだと考えています。
――スープストックでは理念浸透のために「賞賛文化」を大切にしていると聞きました。
これからも、さらに「賞賛」を強化していくつもりです。スープストックトーキョーには「賞賛カード」という取り組みがあります。理念実現に対する行動を中心に「素敵だな」と思ったらカードを手渡すというものです。カードを100枚集めたら、表現力を磨くために劇団四季などの公演を観に行けるといった”ご褒美”もあるんです。
店舗に接客マニュアルはなく、それぞれが目の前のお客さまに対して、自分の考える「世の中の体温をあげていく」という理念に沿った行動を取ってくれればいいと伝えています。ですので、店頭に立つスタッフを、社内では「表現者」と呼んでいます。
褒められたスタッフはうれしいだけでなく、改めて自分の強みに気づき、成長実感を得ることもできる。仲間の体温を上げながら、それが結果的にお客さまにつながっていく。そんな体験の積み上げができていると感じています。
課せられた使命は、ブランドの“深化”
――スープストックの“3代目”社長としてのミッション、今後取り組みたいことについて教えてください。
私に課せられたミッションは、変化や進化というよりは「深化」だと思っています。世の中の体温をあげるという実行力や、その引き出しや間口をさらに増やしていくことが求められているのだと。
その一つとして、「誰かの体温をあげられる」という自信のある商品を、必要とする多くの方々にお届けするために、販路拡大にも力を入れていきます。
例えば、病院や介護施設でもスープが役立つ場面ってあると思うんです。今までお店に足を運ばないと買えなかったものを、施設内で置いていただくことも徐々に増えています。
最近では、大阪のある産婦人科にもスープを直接卸すようになりました。もともと、その病院では出産で疲れた女性が簡単に栄養を摂れるようにと、わざわざデパートで自主的に購入してくださっていたそうです。
病気になったり、出産で疲れていたり、そういう場面に寄り添えるように。これからも「沁みるよね」と思ってもらえるような販路を広げていきたいですね。
――今秋には、社長自ら育休を取得するそうですね。
社長に就任したばかりで出産することに迷いもあったのですが、女性が多い職場だからこそ、当事者として還元できることもあるんじゃないかなと思っています。
近年は、働き方の価値観も多様化している中で、一律的な制度は限界を迎えていて、常にアップデートしていくことが必要です。社内でも「働き方開拓」と銘打ってさまざまな取り組みを進めてきましたが、そうした変化に対応しきれていない部分があるのも事実です。
子どもがいてもガッツリ働きたい人、子どもと向き合う時間を大切にしたい人、子どもを持たない人……それぞれの負担が大きくならずに、自分らしく働ける仕組みを作るのが今取り組んでいることです。すべてのスタッフが、自分の人生を豊かにするための選択をするときに、仕事を理由に躊躇しなくていい会社でありたいと思っています。
Source: HuffPost