08.24
ビリギャル・小林さやかさん「大人のマインドセットを変える」。目指す次のステージは?
映画「ビリギャル」の主人公のモデルとして知られる小林さやかさんが米コロンビア大学の教育大学院を修了し、7月に帰国した。
大学院で何を学んだのか、今後は何をするのかーー。小林さんに話を聞いた。
ビリギャルから10年たち…
ーーコロンビア大学の大学院では何を学びましたか?
認知科学を学んできました。
約10年間、ビリギャル本人としていろいろ活動してきた中で「さやかちゃんはもともと頭が良かったんだよ」と多くの人に言われてきました。
ビリギャルのストーリーは「誰でも頑張れば1年で偏差値を40上げて慶応大学に行けるよ」ということを言っているのではなく、「本人の強い意志と正しい動機づけ、そして正しい努力のやり方を知っていて、なおかつ最適な環境があれば誰しも成長できるよ」ということを伝えているんです。
私だからできたのではなくて、「私にはこういう環境があって、こういうふうに捉えることができたから、ビリギャルが生まれた」ということをもう少し科学的に解像度を上げて説明できるようになりたいと思って認知科学を研究しました。
ーー具体的にどういう研究でしょうか?
認知科学とは、私たち人間を含めた動物の認知活動、例えば、考える、覚える、学ぶみたいなものがどうやって働いているのかメカニズムを解明しようとする学問です。
言語習得などがそれに当たりますね。「なんで赤ちゃんはあんなに言語習得が早いんだろう?」とか。こういうのを脳科学や心理学、人間発達学の分野といろいろ協働しながらメカニズムを解明していく。
その中で、私が特に興味があったのが、人が持つマインドセットや信念がパフォーマンスにどう影響するかということ。私がビリギャルに対する皆さんのリアクションを見聞きする中で、どうしてそんなにネガティブな信念を持っているのかなと思うことが多かった経験が、この学問を研究したいと思う動機になりました。
親のマインドセットが鍵
ーーその研究で何が分かったのでしょうか?
子どものパフォーマンスに親のマインドセットがものすごく影響しているということですね。
子どもにとって重要なイベント、例えば、友達とけんかして落ち込んで帰ってきた日、頑張って勉強したけどいい点数が取れなかった日、部活で頑張って練習して県大会で優勝できた日とか。人はそれぞれ、人生において重要な出来事が起こりますよね。そういう時に親や周囲の大人がどういう言葉がけをするかによって、子どものマインドセットはつくられていくらしいのです。
例えば、子どもがテストで100点を取ってきた時、「あんたは本当に賢いね」と言って、その子の生まれ持った能力と成功や成果を結びつけて褒めると、その子どもは「固定マインドセット(Fixed Mindset)」と言われる「人の能力や才能は努力したって変わらない」という信念を育みがちになります。
逆に、100点を取ってきた時に、「あんたよく頑張ったね。毎日頑張って何時間も勉強したもんね」と言って、その子がした努力過程に光を当てて、努力と成果を結びつけるような褒め方をすると、努力や練習によって能力や才能は伸ばせるという信念である「成長マインドセット(Growth Mindset)」を育てることにつながります。
後者の信念を持っていると、他者からのフィードバックや挫折経験を学びの機会と捉えて、どうしたら次はもっとうまくできるだろうと試行錯誤したり、次につなげようとしたりする姿勢が生まれます。対して前者のマインドセットは、「どんなに頑張っても自分は能力が低いから無駄だ…」と信じ込んで挫折経験に弱く、努力をしなくなることにつながります。
例えば、大谷翔平選手の活躍を見て、「あの人は日本人離れした身長と身体能力と運があるから、ああなれただけ。もともと持って生まれた能力が自分とは違う」と、彼がしてきた挫折経験や努力してきた過程には全く興味を持たない人がいたとしましょう。これは固定マインドセット的な考え方で、ここから得られるものは何もありません。
しかし反対に成長マインドセット的な考え方だと、大谷選手が日々どんな努力をしているのか、小さな時にどんな環境にあったのか、自分にも真似できることはないかと調べるようになり、たとえ違う分野でも応用できることが見つかり、自分の成長に生かせるかもしれません。
こう考えて試行錯誤しながら努力を継続できる人のほうが、当たり前だけど成果も得やすいので成功しやすくなる。どちらのマインドセットを持っているかで、随分と人生は変わってしまうと言っても過言ではないと私は思っています。
これは多くの場合、幼少期にどういう言葉をかけられて育ったか、親がどういうマインドセットを持っているかによって子どもの側も大きく影響を受けるという論文をたくさん読みました。
ーー留学に行く前のインタビューで、日本人の自己肯定感の低さに課題意識があると言っていましたが、関係はありますか?
関係がありますね。
日本人はリスクを取る姿勢が弱い。海外に出て日本を見ると、「失敗が怖い。失敗するくらいだったら挑戦しない方がましだ」と思っている人が多い印象があります。
インスタライブをやっていた時に、ある男子生徒がコメントをくれて「僕は商業高校に通っているんですけど、ビリギャルに影響されて早稲田大学に行きたいと思った。でも、早稲田に行きたいと三者面談で言ったらリスクが高すぎるからやめなさいと親と先生に言われた」と。
その先生や親が言うリスクって、不合格になることだと思うんですよね。頑張った結果が不合格だったらかわいそうだから、努力が報われなかったらかわいそうだからということなんでしょうけど。
でも、ちょっと想像してみてほしいです。彼がものすごく頑張ったんだけど早稲田大学は不合格だった世界線と、周りの大人の言う通りにして「やっぱりどうせ無理そうだからやめておこう」と言って挑戦しなかった世界線。どっちの彼が、より成長していると思いますか?
明らかに前者ですよね。仮に早稲田が無理だったとしても、苦手だったものをできるようになろうとして努力したのならば、受験の合否に関わらず、その先で彼が得られる選択肢は確実に増えているはずです。
真剣に取り組んだ挑戦に、リスクってあるのかな。得られるものの方が確実に多いと思います。特に学生のうちにする挑戦に、リスクってあんまりないと思うんですよ。むしろ挑戦しない方が将来の選択肢を減らしていることになるので、リスクだと思んです。
こんなふうに、そのプロセスで本人がどれだけ学んで成長したかを全く評価しないで、結果しか見ない大人や社会の姿勢が、子どもたちの選択肢を狭めているように思えてなりません。子どもに失敗させる、リスクを取らせるということを恐れる大人のマインドセットのせいで、子どもたちは失敗から学ぶことをさせてもらえず、成功体験に飢えています。
成功体験を得るには失敗しまくらないといけないわけなので、失敗するなというのは成功するなと言っているようなもの。この結果、子どもの自尊心や自信がものすごくすり減っています。成功体験がなかったら自信なんか持てないので。
日本人の自己肯定感が低いのは、そのマインドセットのせいだと海外に出てすごくよく分かりました。
私が一番伝えたいのは「これだ」と認知科学を学んで強く思うようになりました。
次なるステージは?
ーー今後、日本でどういう活動をしていきますか?
起業しようと思っています。本や講演だけでは人のマインドセットを変えることはできないと分かっているので、そればっかりやるつもりはないです。
子どもたちの環境をもっとよくするためには大人のマインドセットを変えないとダメなんだというところに、認知科学を学んで行き着きました。マインドセットを変えるには、本人の強い実体験が必要です。本を1冊読む、あるいは誰かの講演を1回聴いただけではマインドセットは変わりません。
失敗を恐れて挑戦したくない、周りの子どもにも挑戦させる勇気のない大人が多すぎるので、そういう人たちを変えたい。まずは大人の人たちに、失敗を恐れずに挑戦する、その中で成功体験を獲得してもらって自信をつけるという機会を提供するビジネスをしたいと考えています。
楽しみにしていてください!
こばやし・さやか 1988年、愛知県生まれ。塾の担当講師だった坪田信貴さんの著書「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」(KADOKAWA)が2013年に出版され、広く知られるように。21年に聖心女子大大学院修士課程修了(学習科学)。24年に米コロンビア大の教育大学院を修了。新著に認知科学に基づいた勉強法をまとめた「私はこうして勉強にハマった」(サンクチュアリ出版)がある。
Source: HuffPost