07.18
「自分や家族が幸せならそれで良い」のか。京アニ遺族が問う、「被害者も加害者も生まない」社会
「僕は自分と家族や友人、仕事の仲間といった、身近な人が幸せであれば良いと思うような人間でした」
「でも、それではダメなのかもしれないと感じるようになりました」
京都アニメーション放火殺人事件(2019年)で亡くなった渡邊美希子さんの母・達子さんと兄・勇さんは現在、依頼があれば全国どこにでも赴き、講演をしている。
事件から月日がたち、「誰もが自信を持って生きていける社会があれば、こんな事件は起きなかったかもしれない」と思うようになったからだ。
この5年で、京アニ事件の原因を青葉真司被告(一審で死刑判決、大阪高裁に控訴中)個人の問題として捉えてバッシングする風潮に疑問を抱いてきた。
「被害者も加害者も生まない社会を作りたい」。その一心で取材と講演の依頼を受け続ける達子さんと勇さんとともに、私たちひとりひとりに何ができるのか考えた。
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◆「自分と周囲だけが幸せ」。それではダメなのかも知れない
「青葉被告がもし日々が幸せだったり、迷惑をかけたくないと思える大切な人がいたりしたら、こんな事件は起こったのだろうか?」
勇さんは月日がたつにつれて、こう思うようになった。
青葉被告は京都地裁の公判で、両親の離婚や父親からの虐待など、自身の生い立ちについて語った。また、就職氷河期に見舞われた「ロストジェネレーション(失われた世代)」でもある。
京アニ事件が起こるまで勇さんは、自分や友人、家族など「身近にいる大切な人が幸せであれば良いと思うような人間」だったと振り返る。だが、それではダメなのかもしれないと感じるようになった。
どんな背景があっても、殺人は許されることではない。だが達子さんは、「青葉被告を加害者にした加害者と社会があることは、忘れてはいけないと思うんです」と強調する。
そんな思いを抱える中、カウンセリングを担当している警察の職員から「被害者として、講演してみませんか」と提案を受けた。事件から2年がたつ頃だった。
最初は悩んだ。美希子さんは生前、表に立つことを好まなかったから。だが同時に、「どっちかを選べと言われたら、社会の役に立てることは、やった方が良いと言う人」でもあった。だから、講演の依頼を受けることを決めた。
「美希子は『私が目立つの好きじゃないって知ってるやん…』とため息をつきつつも、『お母さんがそうしたいと思ったんだったら、どうぞ』って言ってくれるだろうなって思ったんです」(達子さん)
達子さんと勇さんは2021年から、依頼があれば全国どこへでも赴き、講演をしている。語る内容は、事件直後から現在に至るまでの心情の変化や、被害者遺族としての経験だ。またカウンセリング制度の充実を始めとする、理想だと思う社会像についても話している。
警察官や支援者には、1つの事例として役立ててほしいと思っている。また遺族である自分の経験は多くの人にとって、あまり聞く機会がない内容かもしれない。だから講演を通し、物事を多角的に見るようなきっかけを作りたいという思いもある。
達子さんと勇さんが講演を通して目指したいのは「犯罪者も被害者も出さない社会」。そのために、物事を善悪だけで判断するのではなく、また、困っている人の背景にある社会課題に思いを馳せるような空気を作っていきたいと考えている。
◆「被害者はかわいそうなもの」とのステレオタイプ、メディアの責任も
達子さんと勇さんは全国を回る中で、講演活動をする被害者や遺族が徐々に減っていると耳にした。背景の1つに、SNS上などでのバッシングが後を絶たないという問題がある。特に「被害に遭うということは、本人にも原因があったのでは」といった偏見や差別は未だに根強い。
複数の専門家は「被害者は悪くない」と指摘する。達子さんと勇さんもそうだと分かった上で、自分に対しては「(美希子さんが)被害に遭ったのは、アニメの道に進むことに背中を押した自分のせいでは…」と思ってしまうことがあると打ち明ける。
勇さんは同時に、そもそも被害に遭ったことについて「悪い、悪くない」と判断する風潮に疑問を抱く。「まずは被害を受けてしんどい思いをしているという事実を、受け止めることが大切だと思うんです」
また、「被害者はかわいそうなもの」、「本当の被害者であれば笑うことはできない」といった言説や押しつけも、被害者や遺族を苦しめるステレオタイプの1つだ。
達子さんは2020年ごろ、筆者の取材に、「私たちは『かわいそう』なんかじゃない。ただ大切な娘を失って、たまにどうしようもなく寂しくなる時があるだけ」と話した。
なぜ被害者や遺族をとりまくステレオタイプは根強いままなのか。達子さんと勇さんは、当事者の実情があまり知られておらず、マスコミの責任も大きいかもしれないと感じてきた。
5年間取材を受ける中で、「遺族はかわいそう」という前提のもと、既存の「被害者像」に当てはめて報じられることも少なくなかった。
それに加え達子さんは、特に女性の遺族に対して、「ずっと泣いている」「弱い」といったジェンダーバイアスがかかっているのではと感じてきた。
遺族取材は長く、「お涙頂戴」の空気が根づいてきた。だが達子さんは「悲しみを広めるのは嫌なんです」と語る。ではなぜ講演をしているのか。「被害者も加害者も生まない社会を作りたい」という前向きな信念があるからだ。
また、担当記者が代替わりしていくことについて、達子さんは遺族取材を経験する記者が増えることは報道業界や社会のためにも大切だと感じている。だが担当者が代わるたび、講演をする理由や被害当時の状況など、同じようなことを聞かれ、「報道が未来に進んでいかない」と感じてきた。
一方でこの5年間、報道機関の取材手法に疑問を抱いたり、裁判を通して青葉被告への感情をブロックしていたことに気づいたりなど、いろんな変化があった。
「被害者も遺族も、日々置かれる状況や考えが変わっていきます。ステレオタイプではなく、目の前にいる当事者の思いに向き合ってもらえたら嬉しいです。世間の一般的なイメージと違うこともたくさんあると思うんです」
まずは被害者や遺族の「本当」が知られ、偏見が緩和していくことを願う。「被害者や遺族が生きやすい世の中は、きっといろんな人にとって生きやすいと思うんです」
◆優しさが、社会に広がってほしい
「できたら、感謝を伝えたい」
達子さんと勇さんは筆者の取材の最後にこう語った。
この5年間、美希子さんを失ったことで感じた苦しさは計り知れない。だが達子さんは「同時に、数多くの人の優しさに助けられました」と振り返る。
例えば何もする気力が起きなかった事件直後には、近所の人が草刈りなどで力を貸してくれた。勇さんも、仕事の仲間が気遣ってくれた。「申し訳なさと同時に、すごくありがたいと思いました」
事件発生の翌月に警察から受け取った、美希子さんのかばんや時計は、燃えていたがきれいな状態だった。「私が真っ黒な遺品を見てショックを受けないように、配慮してくれたんだな」と気づき、感謝を噛み締めた。
報道機関の取材では「二次被害」を受けることも多かった。だが5年間で数人、本当に誠実に向き合ってくれたと感じる記者もいた。また警察のカウンセラーが丁寧に話を聞いてくれて、「傷ついている自分」を認めることができたからこそ、今こうして前を向けている。
京アニにも感謝している。生前の美希子さんが笑顔でうつる写真や映像、家に残っていた絵を描くために集めたとみられるたくさんの資料を見て、達子さんは「美希子は良い環境で楽しく仕事をさせてもらっていたんだな、幸せだったんだなって思うんです」と話す。
そして2人は、京アニ作品のファンにも深く感謝している。事件直後には多くの人が、京アニ第1スタジオ近くの献花台に足を運んで悼んでくれた。
SNSを通し、自分のことのように悲しんでくれるファンの人の存在や、思いのこもったイラストを見られたことは、5年間の支えになった。
「直接出会わなくても、京アニ作品のファンの人たちの優しさに触れることができたことは、私にとって幸せでした。ありがとうって」(達子さん)
そして願うならばこういった優しさが、京アニ事件の犠牲者や、自分たち遺族だけでなく、社会全体に広がってほしい。
「誰もが自信を持って生きていける」。そんな世の中の空気が、「悲しい事件が起きない社会」を作っていくと信じている。
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ハフポスト日本版は、事件や事故などの被害者や遺族の実情を伝え、当事者の実情に合った制度設計や生きやすい社会作りを目指す特集『被害者と遺族の「本当」』を始めました。
まずは達子さんと勇さんの記事を、4本掲載しました(この記事は4本目)。第1回は報道機関から受けた二次被害やメディアに求めること、第2回は青葉真司被告(一審で死刑判決、大阪高裁に控訴中)の裁判や司法制度について思うこと、第3回は事件直後の生活の変化について取材しました。
【アンケート】
ハフポスト日本版では、被害者や遺族を対象に、被害に遭った後に直面した困難に関するアンケートを行っています。体験・ご意見をお寄せください。回答はこちらから。
〈取材・執筆=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版〉
Source: HuffPost