07.15
勝手に住所を載せられた京アニ遺族「本当に、社会のため?」 実名報道だけでないマスコミからの二次被害
「許可してへんのに…」
被害者遺族である渡邊達子さんは、取材を受けた新聞社の記事を読んで、憤りを抱いた。自分の住んでいる市町村名が勝手に載っていたからだ。
36人が死亡した「京都アニメーション放火殺人事件」(2019年)で亡くなった渡邊美希子さんの母・達子さんと兄・勇さんは現在、「少しでも社会の役に立てるなら」と、当初は断っていたマスコミの取材を受けている。
2人は「遺族取材と実名報道」について、一定の理解を示す。一方でこの5年、他社より先に記事を掲載しようと、遺族の都合を考えない強引な取材を迫られ、心ない言葉を浴びるなど、報道機関から数多くの「二次被害」を受けてきた。
2人がメディアに望むのは▼被害者や遺族、専門家とともに、(取材方法や情報を出す範囲に関する)報道ガイドラインを策定すること▼被害者学や人権、精神医学などの知識を深める場を、報道各社が作ることなど、報道業界全体の変化だ。
「市民が知るべきことを伝えながら、被害者の人権も守る。そんな落としどころを探っていく必要があると思う」と語る達子さんと勇さんとともに、今後求められる「報道の形」を考える。
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◆遺族の現住所を載せる必要があるのか。「伝えた先の生活を考えてほしい」
DNA鑑定で美希子さんの死亡が確定した2019年7月末、京都府警から「実名を出して良いですか」と電話があった。府警はこれまで、ほとんどの殺人事件で被害者の氏名を公表してきたが、「プライバシーが侵害され、遺族が被害を受ける可能性がある」という京アニ側や世間の声を受け、事前に確認を入れたと聞いた。
達子さんは、「美希子は何も悪いことをしていないんだから、逃げも隠れもする必要はない」という自身の夫の言葉に共感し、実名の公開を了承した。
8月2日、死者のうち遺族が承諾した10人のみの実名が公表された(後に全員の実名が公開)。すると、マスコミが自分の家や近所、親族の家に押し寄せた。
達子さんは当初、取材を断っていた。だが月日が経つ中で、「誰もが自信を持って生きていける社会があれば、こんな事件は起きなかったかもしれない」と思うようになった。
そこに、気持ちに土足で踏み込んでこない、ある記者の存在が背中を押した。「この子が書く記事を読んでみたい」。そこからは流れに身を任せた。「少しでも社会の役に立てるなら。それに、自分のしんどさ以外で、断る理由がない」と、取材を受ける覚悟を決めた。
京アニ事件では、被害者の実名報道や強引な遺族取材に対し、批判の声が広がった。その一方、日本新聞協会は、実名報道の意義について、「被害に遭った人がわからない匿名社会では、被害者側から事件の教訓を得たり、後世の人が検証したりすることもできなくなる」などと見解をまとめている。
達子さんと勇さんは、遺族取材や実名報道には一定の理解を示す。だが被害者や遺族であることを知られるのが嫌だという人の気持ちにも強く共感する。
「実名の記録が大事なのは分かります。ですが紙面やネット上で広く報じるのではなく、報道各社に行けば見られるようにするなど、限定的に公開する形ではだめなのでしょうか」(勇さん)
そもそも、なぜ報道を拒む遺族が多いのか。背景の一つに、「本人にも原因がある」などと被害者が偏見の目にさらされたり、責められたりするケースが後を絶たない問題がある。
達子さんは「報じるならばせめて、被害者への差別や偏見が少なくなるような報道も並行すべきではないでしょうか」と話す。
勇さんは「メディアには、伝えた先にその被害者や家族の生活にどう影響が出るか、誠実に考えてほしい」と指摘。情報をどこまで出すか、社会全体で議論されることを望む。
例えば、顔写真だ。美希子さんの写真については、一貫して掲載を断ってきた。理由は美希子さんが、積極的には表に出るのを望まない性格だったから。それに亡くなった人の顔写真が出ることで、遺族だと気づかれ、心ない言葉を浴びる人もいるかもしれない。
そもそも、なぜ顔写真を求められるのか。達子さんと勇さんの問いに「事件をより広く、また後世にも伝えるため」と答える記者もいたが、達子さんは「それならば、本当に必要なのは顔写真でしょうか」と疑問を抱く。
遺族の住所も同様だ。2021年11月に取材を受けた際には、許可していないのに、ある新聞社が2人の住所を載せた。それまでは前任の記者が達子さんの思いを受け止めて上司と“闘い”、記事を書く際も、2人の個人情報を守っていたと、後から知った。住所が出たのは、後任者に引き継ぎをされた直後だった。
日本新聞協会は「社会で共有すべき情報を伝え、記録することが報道機関の責務」とし、マスコミは、できるだけ詳しい情報を載せようとする。また一度世に出た情報は(ネット上で簡単に見つけられるケースも多く)何度載せても良いという風潮があるように感じてきたと、2人は打ち明ける。
だが、載る回数が増えるほど、被害者遺族だと特定される可能性も高まる。2人は「顔写真に遺族の現住所。一つ一つが本当に必要なのか考えてほしい。せめて、許可を取る必要があると思う」と話す。
◆「本当に、社会のため?」
達子さんと勇さんは、メディアの取材手法についても、疑問を抱いてきた。
例えば筆者の取材中にも、ある新聞社の記者が、電話番号を教えているにも関わらず、アポを取らずに渡邊さんの家に取材にやってきた。達子さんは「こんなに相手の人権や人格を否定する訪問の仕方はないやん」とこぼした。
5年間の中で、遺族取材は「突然行かないと取材を受けてもらえない」という論理から、いくら連絡先を伝えたとしても、「アポを取らずに行く」形が通例化していると感じてきた。急に家に来た記者に「やっと会えた!」と言われることもあったという。
取材はつらい経験を思い出すことでもあり、体調が悪くなる場合もある。2人は「どんな形の取材が良いか、せめて一人一人に、電話や手紙で確認するのが筋ではないでしょうか」と話す。
また、取材に来るのはほとんどが、20〜30代の若手記者だった。接する中で、デスクや会社からハラスメントを受け、無理やり取材させられているのではと心配になることも多くあった。
「メディアは遺族取材を『社会のため』だといいます。でも本当に、そうなっているのでしょうか」
社会のためと言いつつ、遺族取材がマスコミの中で、他社よりも早く情報を掲載する「抜き抜かれ」の報道合戦に使われているという「矛盾」に2人が気づくのに、そう時間はかからなかった。実際、他社が先に報じた場合は、記者やその上司の評価、出世に影響するケースもある。
事件の時期などに合わせた「節目報道」への違和感もある。美希子さんの遺作となった『劇場版ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が上映された2020年9月には、公開日に合わせて記事を掲載したいという、達子さんの都合を考えない上司の指示のもと、謝りながら取材に来た記者もいた。
「遺族や被害者も人ぞれぞれ、自分の被害のことを話せるようになるタイミングがあります。本人が話したいと思える時に話せる場所になるのが、報道機関の役目だと感じています」
また2人の家には毎年、事件のあった7月に合わせて、多くの報道陣が個別で押し寄せる。メディアスクラム(集団的過熱取材)に似た状態だという。
日本新聞協会は事件発生直後のメディアスクラム防止策として、代表社が報道各社から質問を取りまとめて取材を行う「代表取材」を挙げている。勇さんは「節目報道にも、ルールがあっても良いかもしれません」と望む。
◆被害者の人権に向き合った「報道ガイドライン」の策定求む
達子さんと勇さんは新聞やテレビから取材を受ける中で、「報道陣には、まかり間違ったら相手を傷つけて、自殺にまで追い込む可能性のある職業だということを理解してほしい」と感じてきた。
なぜ、報道機関による被害者への「二次加害」は後をたたないのか。勇さんは「報道の自由を盾に、被害者の人権を軽視してきた側面もあるように感じています」と話す。達子さんは「業界全体でもっと、人権や被害者学、精神医学に関する知識をアップデートしてほしい」と望む。
日本新聞協会は京アニ事件などを受け、「実名報道に関する考え方」(2022年)や「メディアスクラム防止のための申し合わせ」(2024年改訂)を公表してきた。
ハフポスト日本版が16の報道機関に実施したアンケートでは、回答のあった8つ全てが、記者に対する研修を行っていると答えた(後日、詳細を記事で報道する予定)。ハンドブックやガイドラインを策定しているとした報道機関は4つあった。
だが、被害者の人権を守るための意識改革は道半ばだ。実際、達子さんと勇さんはこの5年で、業界用語や警察用語にならい、被害者の写真を「雁首」、焼死体を「焼き鳥」などと配慮を欠いた隠語で呼ぶ記者も未だに存在することを知った。
「なんで、(達子さんたちの)人権を守りたいだけなのに、上司と闘うことになるのか」とこぼし、新聞社を辞める記者も見てきた。
これからも遺族として取材を受けるため、勇さんは「被害者取材について、専門家や当事者と記者が協力して、時代に合った網羅的な報道ガイドラインを作ってほしい」と話す。
似た前例として、性的マイノリティの当事者団体や報道機関の記者らが作成した「LGBTQ報道ガイドライン」がある。第2版のあとがきには、「(初版の発行により)当事者とメディアの関係性の改善に役立った」という指摘がある。
より良い社会のために、報道の自由は大切だ。だが2人は「より良い社会の中に、『被害者の人権の尊重』も入れてほしい」という。
達子さんは「市民が知るべきことを伝えながら、被害者と遺族の心も守る。その落としどころの探り合いだと思うんです」と話す。
勇さんは「正直なところ、表面的なことしか話せない記者と、本音で語れる記者がいます。報道の暴力性に自覚的か、同じビジョンを共有できるかを見ているんだと思います」と語る。
「被害者が安心して話せるように、報道機関も変わっていく。すると、より長く深い取材ができる。それは取材をする側と受ける側だけでなく、社会にとっても良いことではないでしょうか」
◆
ハフポスト日本版は、事件や事故などの被害者や遺族の置かれる実情を伝え、人権を守る制度設計や生きやすい社会作りを目指す特集『被害者と遺族の「本当」』を始めます。
まずは達子さんと勇さんの記事を、4本掲載します。第2回は青葉真司被告(一審で死刑判決、大阪高裁に控訴中)の裁判や司法制度について思うこと、第3回は事件直後の生活の変化、第4回は被害者に対する偏見や理想の社会像について取材しました。
特集のメイン担当は自身も事件被害者で、以前は新聞社の記者として、「京都アニメーション放火殺人事件」の遺族取材などに携わった佐藤雄が務めます。
【アンケート】
ハフポスト日本版では、被害者や遺族を対象に、被害に遭った後に直面した困難に関するアンケートを行っています。体験・ご意見をお寄せください。回答はこちらから。
〈取材・執筆=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版〉
Source: HuffPost