2024
06.24

「ウクライナ侵略を考える~『大国』の視線を超えて」著者、加藤直樹氏に聞く(1)「反侵略」の立場から(全4回シリーズ)

国際ニュースまとめ

◆モスクワからウクライナを眺める視線に違和感

●著書のなかでは、ロシアの侵略を擁護する人たちに対し、それぞれ文献・論文を検証しながら批判を展開しています。日本のウクライナ理解でこれまで何が足りなかったのでしょうか?

加藤氏:
私はウクライナやロシアについては全くの素人です。ロシアの全面侵攻が始まって以降、勉強を始めました。ネットにはウクライナをめぐって真偽不明の情報が氾濫しています。とくに侵攻開始直後はひどかった。洪水のように拡散されていた気がします。

私は、まずはそうした不確かなものは排除して、アカデミズムの世界でウクライナについて専門的に研究している学者による書籍や論文を中心に読み進めました。そうすると、事態の「本筋」が見えてきて、ネット上に氾濫する情報についても、一定の判断ができるようになりました。最低限の正確な知識と、それをフェアに活用する気構えがあれば、「これはデマだな」「これはアンバランスな見方だな」「これは根拠薄弱だ」と分かるようになります。

独立広場の一角には、マイダン革命の際、犠牲となった参加者を追悼して名前を刻んだ小さな碑が並ぶ。(2023年5月・キーウ:撮影・玉本英子)

おかしな言説が出てくるのは、トリビアルな情報を恣意的につなげて歪んだ像を結ぶからです。トリビアルな情報はその真偽を検証することが不可能であることが多い。また、事実であっても、それをどのような文脈の中に置いて考えるか、全体像の認識を左右する重要度や一般性をどの程度もった事象なのかといったことが吟味されるべきなのですが、そこを飛び越えてしまう。これは、一時期の書店で平積みされていた嫌韓本の韓国像の作り方と同じです。

情報の恣意的なつなげ方でウクライナを否定的に説明する言説が、疑われることもなく受け入れられてしまう根底には、いくつかの理由があると思っています。

いま、独立広場の一角には、戦没兵士を追悼する言葉が書かれた小さな国旗が並ぶ。その数はいまも増え続けている。(2024年5月・キーウ:撮影・玉本英子)

第一に、私たちがウクライナという国についてほとんど無知だったということです。私自身も、たとえば作家のゴーゴリが民族的にはウクライナ人であったことなど、侵攻前は知りませんでした。ウクライナについて全く知らないところに、どこからか真偽不明の情報が大量に流し込まれてしまった。

第二に、研究の世界でもジャーナリズムの世界でも、モスクワからウクライナを眺めるような視線が無自覚な前提になっていることです。昔の記事などを読んでいると、全国紙ではモスクワ特派員がウクライナもカバーしていることが分かります。また、ロシア研究者には、無自覚のうちに宗主国ロシアの視線や認識の枠組みを内面化している人がいます。これも、かつての宗主国である日本人の韓国像が歪む力学と通じるものがあります。

ウクライナはロシア軍の絶え間ないミサイル攻撃にさらされている。破壊された集合住宅の前では、犠牲者を追悼し、花が手向けられていた。写真は亡くなった同級生の遺影を見つめる子ども。(2023年5月・ウマニ:撮影・玉本英子)

驚いたのは、和田春樹さんの文章でした。彼は『ウクライナ戦争即時停戦論』(平凡社新書)のなかで「ロシアとウクライナは350年間一つの国だった」と書いています。「だからこのたびの戦争は…ロシアの内戦だとみることもできる」とまで。

ロシア「と」ウクライナが一つの国だったという表現は、植民地主義の問題を理解していれば出てこないはずの危ういものだと思います。他の民族関係に置き換えて考えてみれば、その恐ろしさが分かります。それに、ロシア=ウクライナ帝国とか、「ロシライナ国」という国があったのではないのです。

すべてのネーション(国民)は、歴史的に形成されるものです。ウクライナの場合、19世紀以降、ウクライナ民族運動が勃興し、1917年にはウクライナ人民共和国が短い間成立し、以後、ソ連内での共和国を経て、1991年にウクライナの独立が実現し、ロシアを含む国際社会がそれを認めました。それからすでに30年間、ウクライナという独立国家が、ロシアとは別の国として存在してきました。にもかかわらず和田さんは、「わずか30年前」の独立だから「ロシアの内戦だとみることもできる」と言い切ってしまう。これはさらに危うい。

私は日本と朝鮮の関係について考え、行動してきた和田春樹さんに敬意を抱いてきましたから、なぜこうした発言が平気でできるのか、理解できません。

(全4回)インタビュー第2回につづく >>

 

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■6月29日に東京で『ウクライナ侵略を考える 「大国」の視線を超えて』(あけび書房)の著者、加藤直樹氏の出版記念講演会が開催される
「ウクライナ侵略を考える 「大国」の視線を超えて」
日 時 6月29日(土)14:00~16:00(開場13:30)
会 場 専修大学神田キャンパス10号館5階10051教室
地下鉄神保町駅A2出口3分/地下鉄九段下駅5出口1分/JR水道橋駅西口7分
オンライン(ZOOM)は事前申し込み(Peatix)
 https://ukrainewar.peatix.com/
講 師 加藤直樹さん
資料代 1000円
共 催 あけび書房
お問い合わせ先 civilesocietyforum@gmail.com
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【加藤直樹(かとう なおき)】
1967年東京都生まれ。出版社勤務を経てフリーランスに。著書に『TRICK「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち』(ころから)、 『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)『謀叛の児 宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)など。

 

 

Source: アジアプレス・ネットワーク

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