09.02
必要か疑わしいものでも大ヒットさせた「テレビ通販の父」ロン・ポピール
<野菜スライサーやパスタメーカー、増毛スプレー……。さまざまなグッズの数々を巧みに売りまくった男の「遺産」とは> 7月に86歳で世を去ったロン・ポピールを悼んで半旗が掲揚されることはまずないだろう。所詮はセールスマンだ。商いの世界で消費者の注目を引き付けるための戦いを何十年も戦った闘士ではあるが、戦場で祖国のために戦ったわけではない。それでも、テレビという当時の新しいメディアにおける最強のセールスマンだったことは評価すべきだ。 ポピールはテレビを通して、安っぽい野菜スライサーやジューサーの類いを「人生を変える優れモノ」として売り込んだ(それも30分にもわたって!)。熱っぽく軽妙な口調で商品の効用を説く姿は、その昔、お祭りで怪しげな増毛剤や精力剤を売っていた露天商を思わせた。 こうした実演販売のやり方は、父サムの下で学んだ。便利グッズ開発の天才だったサムは、フードカッター・スライサーの「ベジオマティック」と「チョッポマティック」を発明して大量に売りさばいた人物だ。 父親の商売を手伝っていたポピールが独立して自分の会社ロンコ社を設立したのは、1964年のこと。それ以降は、父親と商売敵になった。それは、敬愛する父親へのある種の恩返しだったのかもしれないし、母親と離婚した後に自分たち兄弟を児童養護施設に押し込んだ父親への意趣返しだったのかもしれない。 真相はともかく、こうして父子は疎遠になり、激しく反目し合った。そして、その過程でポピールは莫大な富を築いた。死去した時点で資産は2億ドルに達していたという。 本当に必要か疑わしい便利グッズ ポピールは、最初は1分間のテレビコマーシャルで、のちには30分のテレビ通販番組で、本当に必要か疑わしい便利グッズの数々を巧みに売り込んだ。やがてケーブルテレビが普及すると、私のように物好きの暇人はそれこそ四六時中、テレビでポピールの姿を見るようになった。 私がこの男に固執し過ぎているのではないかと感じた人もいるだろう。実は、私の病的なまでの「ポピール依存症」には理由がある。 私の父ルービンは舞台俳優出身で、実演販売人兼ナレーターとして仕事をしていた。そんな父にナレーションの仕事を依頼したのがサム・ポピールだった。父がナレーションを担当した「ベジオマティック」は、程なく大ヒット商品になった。これ以降、サムと父は長年にわたり親しい友人であり続けた。 「まだそんなやり方でタマネギを切っているの?」。まな板の前で目を真っ赤にした主婦に向けて、ナレーターの父はいかにも驚きを禁じ得ないという口調で語り掛けた。「ベジオマティックを使えば、あなたが流す涙はうれし涙だけになります!」 ===== 本当に必要か疑わしい便利グッズの数々を巧みに売り込んだポピール AP/AFLO こうしたやぼったい売り込みは、彼らが意図しない形で笑いを生んだ。ロン・ポピールはテレビのお笑い番組でパロディーになり、高視聴率のトークショーに相次いで招かれた。 もしあなたがサラダ用の野菜をスライスするグッズにさほど関心がないとしても、ポピールの会社がテレビ通販番組で送り出す商品のどれかは心に刺さったのではないだろうか。家庭用カラオケセット、電動パスタメーカー、スモークレス灰皿、電気食品乾燥機……こうした品物にハートをわしづかみにされて、真夜中に思わずクレジットカードに手を伸ばした人もいたかもしれない。 ジャーナリストのマルコム・グラッドウェルは、ニューヨーカー誌の記事でロン・ポピールをたたえて「発明家」と呼んだ。だが、ポピールをヘンリー・フォードやトーマス・エジソンと肩を並べる発明家と見なす人はいないだろう。その点は、本人も自覚していたようだ。自分が家庭用カラオケセットの「ミスター・マイクロフォン」ではなくて、面ファスナーの発明者だったらよかったのに、とよく言っていたという。 確かに、レコードプレーヤーや自動車は、世界を変える力を持った発明と言える。それに比べて、この商品を例に持ち出すのはいささか酷かもしれないが、ポピールの増毛スプレー(薄毛が気になる箇所に黒いパウダーを吹き掛けて、毛量を多く見せる商品)は、お笑いのネタになるのがいいところだろう。 安っぽい演出と素人くさい映像の魅力 ポピールが販売してきた個々の商品の評価はさておき、通販番組で私の目をクギ付けにしたのは、予算をかけない素朴な番組作りだ。ポピールの番組では、雇われた聴衆がスタジオで大げさに拍手して、時には商品を口々に絶賛する安っぽい演出が定番だった。それに、映像を乱暴にぶった切るような素人くさい映像編集も見落とせない。 けれども、それ以上に私が目を奪われ、少々あきれずにいられなかったのは、ポピールが通販番組のためにつくり上げたキャラクターだった。番組内でポピールは、残酷なまでにぶっきらぼうな振る舞いを繰り返した。その被害に遭っていたのが、ナンシー・ネルソンのようなアシスタント役の女性たちだった。 電動パスタメーカーの実演をしたときは、ネルソンが進行を助けようとして差し挟む言葉(中身のない発言ではあったけれど)をひっきりなしに遮り、しまいには、無駄話はやめにして、さっさとパスタメーカーに小麦粉を入れろと命令した。 ===== ネルソンがまた何か言おうとすると、ポピールが「小麦粉だ。小麦粉を入れろ!」と叱責。ネルソンは傷ついたような表情を浮かべ、同意を求めるように観客席に目をやる。 私はスタジオに踏み込んで、「劣悪な職場環境をつくった罪」でポピールを逮捕してやりたいと思ったものだ。もし今日の社会でポピールが同様の行動を取っていれば、激しい非難を浴びたに違いない。 残念なのは、「セットして、あとは放っておいて大丈夫」というポピールの有名なキャッチコピーを墓碑銘に使えなくなったことだ。回転肉焼き器の表面が非常に高温になることが分かり、キャッチコピーが変更されてしまったのだ。 いずれにせよ、今どきのおしゃれなキッチン家電が全盛になる前の時代に、ポピールがキッチン用品の世界でいかに大きな存在だったかはずっと記憶し続けたいものだ。 ロン・ポピールよ、キッチンでタマネギを切るときも、そうでないときも、私たちはあなたの死を悼んで涙を流すだろう。
Source:Newsweek
必要か疑わしいものでも大ヒットさせた「テレビ通販の父」ロン・ポピール