2024
05.15

戦地の「真実」を伝えること。「マリウポリの20日間」の取材を率いたプロデューサーが語る戦争報道の意味とは

国際ニュースまとめ

ロシア軍の砲撃を受けるマリウポリ市内の集合住宅ロシア軍の砲撃を受けるマリウポリ市内の集合住宅

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「この惨劇を世界に伝えてくれ」

担架で運び込まれ市民を救おうと、必死で心臓マッサージを施す医療スタッフが叫ぶ。ドキュメンタリー映画「マリウポリの20日間」の一場面だ。

ロシアによるウクライナ侵攻当初、ロシア軍に包囲された都市マリウポリにとどまったジャーナリストがいた。住宅や病院が爆撃され、逃げ惑うしかない市民の姿を、自らも危険にさらされながら撮影し、世界に発信した。

その貴重な映像をもとに制作された映画は、2024年の第96回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞。日本国内でも4月26日から公開されている。

そもそもの現地取材は、監督を務めたミスティスラフ・チェルノフ氏らが、AP通信の取材チームとして敢行した。その活動は2023年、アメリカ国内の優れた報道に贈られるピューリッツァー賞の中でも、最も権威がある公益部門を受賞している。

戦地の「真実」を伝えることには、どのような意味があるのか。困難な取材活動を率いたAP通信のプロデューサー、ダール・マクラッデン氏に聞いた。

ダール・マクラッデン氏ダール・マクラッデン氏

ーーチェルノフ氏らAP通信の取材チームは、ピューリッツァー賞の中でも最も権威がある公益部門を受賞しました。一連の報道には、どのような価値があったと考えていますか。

チェフノフ氏らが、ロシア軍に包囲されたマリウポリで取材・報道をしていなかったら、今日の世界の誰も、マリウポリで起きたことを知らなかったでしょう。世界は様々な出来事と報道であふれており、映像はスマホで簡単に撮影できます。ですが、マリウポリは世界から遮断されていた。何が起こったのかを私たちが理解できるのは、取材チームのおかげでした。

ピューリッツァー賞の公益部門は、ジャーナリズムに与えられる最高の栄誉であり、彼らの仕事が非常に高く評価されたと受け止めています。

ーー彼らが送信する写真や動画を、AP通信はどこで受信していたのですか。

東京からソウル、ロンドン、メキシコシティまで、世界中にスタッフがいます。記者だけでなく、情報を受け取ってニュースを制作するチームも世界中にいます。今回、ウクライナの映像は、ロンドンを中心に世界中の拠点で受け取りました。制作チームは24時間、年中無休で写真やビデオを受け取り、公開することができます。

ーーチェルノフ氏らがマリウポリで取材をした2022年の2月24日から3月15日までの間に、映像や写真は何回、どれくらいの分量が送信されたのでしょうか。

彼らは時々、10秒か20秒程度の非常に短いビデオクリップを送ってきました。私たちはそのクリップをすべて活用してストーリーを構築し、ニュースとして配信しました。映像として公開したストーリーの数は、おそらく20~25本の範囲でした。写真は300〜400枚出したと思います。

映像に関しては、受信した素材のほぼすべてを配信しました。非常に貴重な内容だったからです。一部にはあまりにも生々しいものがありましたが、自分自身で検閲せず、できる限り多くの情報を公開しました。

「生々しい映像」を受け取って

ーー映画では、現地から映像を送る際に「これは生々しい映像だ」というメモを添えたというシーンが出てきます。受け取る側はどのように感じていましたか。

大切なのは、何が起こっているのかを報道し、人々に、戦争について自分で判断してもらうことです。戦争に伴う人的な犠牲を理解してもらうことが重要だと考え、あらゆる手段を使って報道しました。

映像は戦争の軍事的な側面をとらえたものではなく、人的犠牲を映し出すものでした。見るのは苦痛でしょうが、人々の気分を良くするために、映像から毒を抜こうとか、現実を糊塗(こと)しようとは考えなかった。ありのままを見せようと考えました。

ーー人の生死に関する生々しい映像もありました。報道することにためらいはなかったですか。

ありました。受信した映像には、もっとたくさんの子どもの死が映っていました。真実を伝えることと、人の生に対する尊厳とのバランスを、あらゆるシーンで考慮しました。映画の中で見られるのは、本当に全部ではなく、最終的なバランスをとったものです。

映画を制作したのは、AP通信と、アメリカのボストンにあるパートナー企業で、ドキュメンタリーを制作する会社です。両社の編集に関する基準や倫理アプローチに基づき、対話を続けました。

空爆された病院で傷つき、運び出される妊婦空爆された病院で傷つき、運び出される妊婦

ーーマリウポリから発信された映像がニュースとなった時には、世界中でどれくらいの人が接したのでしょうか。

ほかの報道機関の取材チームが離脱した後、チェルノフ氏らは唯一のニュース発信源となり、マリウポリで起きたことは世界的なニュースになりました。たとえば産科病院の爆破事件がそうです。その写真は世界中のニュースウェブのトップページにあり、ほぼすべての新聞の1面に掲載されました。映像もほぼすべてのニュース番組で報道されました。

「報道が命を救った」

ーー映画の中でチェルノフ氏は「どれだけ人の死を報道しても、何も変わらない」と悲観的なせりふを吐きます。それに対し、チェルノフ氏らを危険から守った警察官は、「この報道は戦争の流れを変える」と言っていました。報道には意味があるとすれば、どのようなものだと思いますか?

見るのがつらいこの映画の中にも、希望の瞬間があります。その一つは、赤ちゃんが生まれる場面です。それも産科病院ではなく、病院の手術室で。赤ちゃんは最初、息をしていませんでした。医師たちのチームが蘇生させ、赤ちゃんは泣き始めます。信じられないほど感動的な瞬間です。

この映画はタイムカプセルではありません。2年前にある場所で起きた出来事についてのものではなく、ウクライナのどこかで毎日起こっていることを描いています。戦争がどのようなもので、それが一般の人々にどのような影響を与えているかをよりよく理解できます。

一つ付け加えておきたいのは、報道チームがマリウポリにいた時、ロシアとウクライナの間で「人道回廊」開設の交渉が進行中だったということです。それは、民間人が避難するための安全なルートであるはずでしたが、命にかかわる問題になった。わずかな「抜け穴」からの私たちの報道が、交渉において重要なポイントになり、ついに回廊が開通して人々は外に出ることができました。

現在は亡命中のマリウポリ市長の特別顧問が、私たちに手紙を書いてきました。「あなたたちの報道は何百万人、少なくとも何十万人の命を救った」と書いていました。

空爆された病院に立ち上がる煙を指差す取材班のメンバー空爆された病院に立ち上がる煙を指差す取材班のメンバー

ーーAP通信には、紛争地にジャーナリストを派遣する際のガイドラインはありますか?

一つ一つのケースについて個別に判断しています。敵対的な環境、戦闘地域での取材は、一見平穏な状況にも危険が潜んでいます。私たちは何を達成しようとしているのか、目的は何かを検討します。その上で、取材活動を承認するかどうかを判断します。

戦争の報道にはリスクが伴います。 リスクを軽減するのは非常に困難です。実際には、トレーニングを受けた人、経験のある人を送り込みます。経験の浅い人がいる場合は、経験のある人に同行させたり、チームを組んだりします。通信の手段・手順を重視して、点検を行います。場合によっては取材チームを追跡し、リアルタイムでどこにいるのかが把握できるようにします。

ーーパレスチナのガザ地区では多くのジャーナリストが死亡したと言われています。AP通信の記者も活動していますか。

くわしくは言えませんが、活動を続けています。多くのジャーナリストが閉じ込められていて、ウクライナとも状況が異なります。私たちは現地の同僚と、1時間ごとに会話するような具合で支援しています。資金と食料を送り、宿泊施設を確保しています。現時点で私たちができることは、ガザの取材チームが正しい判断ができるように、正しい情報を確実に提供することだけです。

ーー最後に、この映画「マリウポリの20日間」を、日本の観客にはどのように見てほしいですか。

もともと私たちの取材は、ドキュメンタリー映画を作るために始めたわけではありませんでした。何が起こっているかを伝えるために、毎日のニュース報道を進めたのです。

マリウポリの街がロシアに包囲され、私たちのチームが閉じ込められるとは、取材を始めたときには思ってもいなかった。映画を見る人にも、そういうジャーナリズムの現場を目撃してほしいです。

Derl McCrudden(ダール・マクラッデン) AP通信の編集管理チームで国際報道を担当する。2010年の入社以前には、ロンドンの報道機関ITNで様々な業務を担当し、2003年のイラク侵攻、2000年の英国のシエラレオネ軍事介入、2005年のパキスタンの壊滅的な地震の取材を担当。2006年に英語版アルジャジーラ設立チームに加わった後は、マレーシアのクアラルンプールにあるアジア放送センターからニュース報道と制作を監督した。2022年のウクライナ侵攻の最初の数カ月間は、この戦争にジャーナリストを派遣し、編集・報道のディレクションをおこなった。

アカデミー賞を受けた映画「マリウポリの20日間」の原題は「20 Days in Mariupol」。97分、字幕付き。4月26日からTOHOシネマズ日比谷など全国で上映されている。公式サイトも開設された。

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Source: HuffPost