2024
04.25

<特集>コロナ鎖国の4年間に北朝鮮で何が起こっていたか(3) 金正恩政権は「反市場」に急転換

国際ニュースまとめ

収穫に動員され畑中で会議する女性たち。2023年9月に中国側から撮影アジアプレス

◆非合法の市場経済が勃興した90年代

1990年代後半、北朝鮮式の社会主義統制経済体制はほぼ瓦解し、食糧をはじめあらゆる消費物資の流通は、自然発生した市場が主導権を握るようになった。政権による幾度の弾圧を経ながらも、市場経済はどんどん拡大・拡散していった。非合法ながら住宅や労働力、医療サービスの市場まで出現しすっかり社会に定着した。私的雇用まで広がり小規模なものは黙認されるようになった。

一般住民の大半には食糧配給もなく、まともな給与も出ないのに、商売や非合法の賃労働で得た現金で、食糧や必要な物資を市場で購入して暮らしていけるようになった。2012年に発足した金正恩政権は中国との貿易を拡大させる一方、国内では貿易会社や企業の裁量を増やし、個人の経済活動を一定程度容認した。14~17年は庶民の収入も増えた。

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<特集>コロナ鎖国の4年間に北朝鮮で何が起こっていたか(1) 死角で発生していた混乱と人の死

<特集>コロナ鎖国の4年間に北朝鮮で何が起こっていたか(2) 国境遮断の衝撃…脱北の時代は終わった

1998年10月江原道元山市で撮影された闇市場の様子。配給制がほぼ崩壊して各地に非合法の商業空間が出現した。働いているのはほとんどが女性だ。撮影アン・チョル(アジアプレス)

 

◆コロナと共に大統制始まる

20年1月にパンデミックが始まると、金政権は即座に防疫を国家の最優先事項と定め、国境を封鎖して人とモノの出入りを徹底して遮断した。中国製品の輸入が止まって市場には閑古鳥が鳴いた。

さらに金正恩政権は国内でも、人とモノの移動を強く制限した。郡や市をまたいでの移動は困難になった。同時にコロナ前から始まっていた「非社会主義、反社会主義的現象との闘い」を強め、個人の経済活動を強力に取り締まった。

自宅で個人食堂を営むのは禁止。パンや餅などの食品、衣料品の縫製、リアカーを使った運搬などの小商いに人を雇うことが不可能になった。成人男子は配置された職場への出勤を強要されて商行為や賃仕事をすることが困難になった。職場を離れて別の稼ぎに精を出す者は「職場離脱者」「無職者」として処罰の対象になった。

あれよあれよという間に、経済が麻痺した。20年の秋には、都市住民が収穫の終わった農村に落穂拾いに向かう行列が見られるようになった。農家に行って食べ物を乞う人が各地に現れた。

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翌21年の夏頃から、私の取材パートナーの周囲でも栄養失調や病気で死亡する人が増え始めた。母子家庭、老人世帯、病弱者、障碍者世帯などの脆弱層から斃(たお)れていった。都市住民は現金収入を得る機会を奪われて、みるみる困窮していったのである。

鴨緑江の堤防工事に動員された都市住民。無報酬労働が住民の暮らしをさらに圧迫する。平安北道を2021年7月中旬に中国側から撮影アジアプレス

 

◆コメの市場販売を禁じ食糧専売制に転換

金正恩政権はパンデミック発生後間もなく、市場での食糧販売に介入し始めた。価格の上限を設定して商人にその厳守を強い、売り惜しみと買い占めを監視した。次に市場での食糧の販売量を制限し、農村から市場への穀物流出の取り締まりに乗り出した。

2019年から各地で復旧を図っていた国営の「糧穀販売所」に食糧を集中させる措置だった。これは主食の白米とトウモロコシの専売店で、私は当初、コロナという非常事態における一時的な食糧管理策だろうと考えた。ところが、その本質は別のところにあることが次第に分かってきた。

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◆カロリー源を掌握し人民を統治

取材パートナーたちの報告を総合すると、21年から「糧穀販売所」では「在庫がある時に売る」方式から、月1~2回、ひとり当たり5キロ程度を世帯単位で販売する方式に変えた。

24年4月時点の私的な取引価格は、概ね白米6400ウォン、トウモロコシ3400ウォンだったが、「糧穀販売所」では白米4400ウォン、トウモロコシ2200ウォンで販売した(いずれも1キロの価格。北朝鮮の1000ウォンは日本円で約16円)。

庶民は安値での販売を歓迎したが、問題は必要量にまったく足りないことだった。出勤する労働者に対しては、1カ月に数キロ程度だが食糧配給が実施されるようになった。欠勤が続く者は除外された。

(参考写真)金正恩政権は何度か「糧穀販売所」の復元を図ったが失敗している。写真は2012年11月に両江道恵山市にて撮影したもの。(アジアプレス)

23年1月、ついに市場での白米とトウモロコシの販売が禁止された。金正恩政権が目論んでいたのは食糧流通の主導権を市場から奪還し、「国家専売制」に移行することだったと私は見ている。

目的は「カロリー統治」の復活だろう。「食べたければ言うことを聞け」とばかりに、食糧を統制の道具として活用する。今後、政権と市場との闘いはどう決着するだろうか。

 

◆突然労賃を10倍に引き上げ

23年11~12月、金正恩政権は官公庁や党の職員、企業の労働者の労賃(北朝鮮では月給とは言わない)を、年初に比べて一斉に10倍以上に引き上げる措置を取った。

ひと月の労賃は、一般労働者が概ね1500~2500ウォン、幹部は4000~8000ウォンだったが、次のように改定された。

公務員 3万5000~5万ウォン
教員  3万8000ウォン~5万ウォン
国営企業の一般労働者 3万5000ウォン程度
※北朝鮮の1000ウォンは日本円で約16円。

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金正恩政権による今回の賃上げの意図について、取材パートナーたちから次のような見解が出た。

「引き上げた労賃は、職場で受け取る配給以外の生活費として使えと幹部は説明したが、それは『糧穀販売所』で世帯ごとに買える金額とほぼ同じだ。ざっと言えば、労働者本人の配給で10キロ、『糧穀販売所』での購入で10キロ、合わせてひと月20キロ程度の食糧を住民に確保させようということだ」

「労賃を引き上げた理由は、個人が市場や金儲けを通じて食糧を買うのではなく、国家の言う通りに仕事をして金を受け取り、それで食糧を買わせるということだ。でもそんなにうまくいくはずはないだろう」

「とにかく職場への出勤を優先させる制度に変えようとしている。個人の収入はますます減っているので、出勤しないと食べ物を手に入れられなくなるという雰囲気だ」

「商売をほとんどさせてくれない。個人の賃仕事も取り締まる。金がない住民たちは、今回の賃金引き上げによって、職場出勤が必須になると認識している」

「実際には、軍隊などへの支援物資準備などの名目で労賃から差し引かれるに決まっているから、賃上げは役に立たないだろうという意見が多い」

北朝鮮の住民統制の基本は組織生活である。学校や職場、社会団体など、所属する組織を通じて思想・政治学習を受け、集会や支援労働に動員される。国家が決めた配置先に出勤させるために食糧を道具に使う「カロリー統治」の強化こそが、「大幅賃上げ」の目的だろう。( 続く4 >>>

 

Source: アジアプレス・ネットワーク