2024
03.30

「731部隊」を描いた韓国ドラマから日本人は何を学ぶか。パク・ソジュン主演「京城クリーチャー」が問いかけること

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韓国の人気俳優、パク・ソジュン主演の、韓国ドラマ「京城クリーチャー」がNetflixで独占配信されている。

旧日本軍による第二次世界大戦中の人体実験をテーマにした内容で、歴史ドラマとスリラーを掛け合わせたストーリーだ。

旧満州・ハルビン郊外で細菌戦の研究を行い、人体実験もしていたとされている731部隊をモチーフにしたとみられているが、若い世代の日本の視聴者たちからは「ドラマで初めて731部隊について知った」という声も出ている。 

731部隊とは何だったのか。なぜ日本では人体実験の歴史があまり知られていないのか。ドラマのストーリーはどこまで史実に基づいているのか。

731部隊について研究する、一橋大学名誉教授の加藤哲郎さんに話を聞いた。

Netflixが2023年12月から独占配信する「京城クリーチャー」の場面写真Netflixが2023年12月から独占配信する「京城クリーチャー」の場面写真

(※この記事には、ドラマの内容が含まれます)

Netflixが2023年12月から独占配信する同ドラマは、世界的に人気な韓国人俳優のパク・ソジュンとハン・ソヒが出演していることからも、注目が集まった。

韓国では、公開後の第1週目から4週連続でトップ1位を記録。日本でも、公開初週でトップ4にランクインし、3週連続でトップ10入りするなど話題となった。 

非英語圏の各国でも、テレビシリーズで4週連続トップ10入りを果たした。

人体実験の被害に遭った「マルタ」

ドラマの舞台は第二次世界大戦中、日本の植民地下にあったソウルだ。植民地時代、現在のソウルは「京城」と呼ばれていた。

ドラマでは、日本軍の部隊が細菌の研究で人体実験をし、「怪物」を生み出してしまったというストーリーとなっている。

この部隊のモデルとなったのが、731部隊だとされている。

731部隊は正式名称「関東軍防疫給水部」で、1936年につくられ、旧満州・ハルビン郊外の平房で細菌戦の研究を行い、人体実験もしていたとされている。

ドラマの中では、人体実験の被害者は「マルタ」と呼ばれ、日本の植民地支配に抵抗する「抗日」の活動をしていた朝鮮の人たちが拘束され、実験棟に連行されていたとの描写があった。

この「マルタ」という言葉は、実際に第二次世界大戦中、731部隊で使われていたという記録が、加害側の証言でも多々出ている。

現代史の研究者で著書に『「飽食した悪魔」の戦後』(花伝社、2017年)、『731部隊と戦後日本』(花伝社、2018年)などがある加藤哲郎さんは、「マルタ」という言葉について以下のように話した。

「抗日活動などをして憲兵隊に捕えられた現地の中国の人々などが『マルタ』と呼ばれ、731部隊の実験棟に送られていました」

「マルタの中には、中国人の他にロシア人や朝鮮人も含まれていました」

731部隊について研究する一橋大学名誉教授の加藤哲郎さん731部隊について研究する一橋大学名誉教授の加藤哲郎さん

また、ドラマの初回エピソードでは、旧満州で人体実験を行っていた部隊が、戦況の悪化を理由に上層部から撤退を指示され、マルタを全員殺害し、証拠隠滅のために実験棟などを全て爆破したというシーンがあった。

それらも、実際に旧満州で終戦間近に起こった史実だという。

「1945年8月9日に、ソ連軍が旧満州に侵攻しました。ソ連軍が平房に到着した際に、人体実験の証拠を残していたら大変なことになると、731部隊はマルタを殺害して、実験棟など全てを爆破し、11日に平房を後にしました。昭和天皇が日本国民に終戦を告げた8月15日の玉音放送の前のことです」

曖昧な史実とフィクションの境目。人体実験は韓国でも行われていたか

「マルタ」という隠語や、平房の実験棟爆破による証拠隠滅など、証言などから実際にあったとされる事柄もドラマには含まれる。

しかし、ドラマ自体はフィクションのため、どこまでは史実で、どこからがフィクションなのかが分かりにくくなっているという問題もある。

まず、ドラマ内では人体実験が京城の病院内でも秘密裏に行われていたという設定になっている。 

加藤さんは、731部隊による人体実験が韓国で行われていたという可能性については否定した。 

「人体実験がソウルの病院でやられていたというのは全くのフィクションです。しかし、マルタとなって殺害された、朝鮮人の被害者がいることは研究で明らかになっています」

「旧満州には当時、朝鮮人や朝鮮にルーツがある人が多く住んでいました。『抗日運動』をしていた朝鮮ルーツの人が、マルタとして殺されていたという記録はあります。現在は、氏名含めて証明をされている人は少なくとも4人とされています」 

人の体を使って実験を行うという残忍な出来事の根底には、旧日本軍の考え方に「優生思想」があったと指摘する。 

「単に植民地として支配していたから加害者になっているというだけではなく、植民地やその土地の人々に対する優生思想、要するに日本人より劣った中国人や朝鮮人には人体実験をしてもいいという考えがあったと思います」

「当時の日本の同盟国はドイツで、ナチスがホロコーストでユダヤ人を虐殺しましたが、日本も同じようなことをやっていました」

中国郊外の平房にある、細菌戦研究で知られる旧日本軍の石井(731)部隊の施設跡地=時事通信社が1996年撮影中国郊外の平房にある、細菌戦研究で知られる旧日本軍の石井(731)部隊の施設跡地=時事通信社が1996年撮影

人体実験めぐる歴史の映像化は過去にも。京城クリーチャーでは植民地時代の描写も

「京城クリーチャー」以前にも、731部隊が海外映画で描かれてきたことはあり、映画内での史実とフィクションの境目の曖昧さは問題となってきた。

加藤さんは、731部隊を描いた香港映画の『黒い太陽』が1989年に公開された際にも、同様の議論が起こっていたと振り返る。 

「京城クリーチャー」では、人体実験から怪物が生まれたというストーリーとなっているが、その理由について、同ドラマの脚本家のカン・ウンギョンさんは韓国メディアに対し「(植民地)時代を象徴できるものは『怪物』」だと考えたと話している。 

ドラマでは植民地下でいかに朝鮮の人々が虐げられ、弾圧と差別の下で生きていたかということも描かれている。ドラマ内の重要人物には、独立を目指す活動家の青年もいる。 

主演俳優らの台詞には、国を侵略された側の若者として、植民地下で生きる悔しさや怒り、悲しみ、平和な世の中への願いなどの思いも込められた。

脚本家のカン・ウンギョン氏は、「最も注力した部分は日帝強占期(日本統治時代)を耐え抜いた人々」「何か言われてもその時代を正面からきちんと扱いたかった」と韓国メディアに話している。

ドラマ公開直前の2023年12月、ドラマについての記者会見に登壇する「京城クリーチャー」の出演俳優らドラマ公開直前の2023年12月、ドラマについての記者会見に登壇する「京城クリーチャー」の出演俳優ら

旧日本軍による人体実験や拷問などが描かれていたため、日本国内からは「反日ドラマ」との声もあがった。しかし、ドラマ内での旧日本軍の描かれ方については、ドラマを全話観た上で、加藤さんは以下のように話す。

「韓国の人たちは、なぜ日本人をこのように描き、このドラマで何を訴えようとしたのかということについて考えてほしい。『なぜ』という疑問を持ち、深めていくことで相互理解にも繋がるのではないかと思う」

731部隊について進む研究。日本政府の見解は

731部隊については2002年、中国人被害者らが起こした国家賠償請求訴訟での東京地裁判決生物兵器の開発や研究、細菌戦の事実が認定されている。

司法でも、生物兵器の開発・研究・細菌戦の事実が認められている状況にも関わらず、日本政府は政治的な理由から「資料が確認されていない」として、公式には人体実験を認めない姿勢を示している。 

731部隊はハルビンにあった施設を去る際に、建物を爆破しており、部隊員によって持ち出された数少ない資料以外には、情報源となるものがあまり残っていない。

マルタとなっていた被害者らも、爆破の際に殺害されるなどしているため、人体実験を直接的に証言できる被害者側の生存者がいないというのが実態だ。 

しかし戦後、加害者側の元隊員らは部隊の実態の証言をしており、それらは書籍や記事に書き残されている。また、戦後79年を迎える現在でも、残された公文書などの資料が次々と見つかっており、研究により少しずつ731部隊の真相が明らかにされつつある。

731部隊については、1981年にルポタージュ『悪魔の飽食』(森村誠一著)や、歴史書『消えた細菌戦部隊 : 関東軍第731部隊』(常石敬一著)が刊行され、日本でも多くの人が知るようになった。

その頃から、各新聞社も加害側にあった元隊員の証言などを取材し、多くの報道が出た。加藤さんはこう説明する。

「『悪魔の飽食』などで731部隊が日本でも多くの人に知られるようになり、ここから色々な証言が出てくることになりました。1995年には、戦後50年ということで全国各地で市町村史がつくられ、多くの人が戦争体験を語り、人体実験の加害を明かした人も出てきました」

「戦後79年が経過した今となっては、加害側もほとんど死去していますが、1995年前後には大変多くの証言が、加害証言も含めて出てきました。その頃に、『日本人が加害の歴史について反省すべきだ』と考えた人たちが、731部隊展という展覧会を開く動きも各地で出てきました」

部隊の存在を示す公文書は、公文書館や厚生労働省に存在する。研究者らがそれらの「発掘」を進めている状態だ。

731部隊の隊員の情報に関しては2018年、国立公文書館が隊員の実名などが記載された「留守名簿」を開示。その後、2023年には組織の構成なども示す「職員表」が見つかっている

731部隊の隊員の実名などが記載された「留守名簿」731部隊の隊員の実名などが記載された「留守名簿」

日本政府は、旧日本軍による「加害の歴史」である731部隊や人体実験に対して、どのような見解を示しているか。

現時点での日本政府の捉え方としては、関東軍のなかに731部隊が存在したことは認めているが、部隊が人体実験や細菌戦を行なっていたか否かということについては、認めていないというのが現状だ。

日本政府は2012年8月の国会への答弁書でも、「いわゆる七三一部隊が旧日本軍の関東軍防疫給水部のことであることは、防衛研究所戦史研究センター史料室が保管している旧日本軍の関連資料から明らかとなっている」として、部隊の存在などは認めている。

「厚生労働省で保管する関東軍防疫給水部に係る留守名簿における人員の総数」として、3560人という人数も明らかにしている。

しかし、731部隊が細菌を取り扱い、細菌培養やワクチン開発をしていたのかという点については「具体的内容を示す資料は現時点まで確認されておらず、お尋ねにお答えすることは困難」とし、細菌戦について以下のように回答した。 

《細菌戦に係る検証作業については、本件の性格や時間的な経過に鑑みれば、更なる調査を行い、明確な形で事実関係を断定することは極めて困難と考えるが、新たな事実が判明する場合には、歴史の事実として厳粛に受け止めていきたい》

韓国ドラマで731部隊を知る日本の若者。歴史の教科書に731部隊が載っていない背景は

SNS上では視聴者から「京城クリーチャーで731部隊について初めて知った」との書き込みも目立った。

自国の過去の加害の歴史について、日本人が知らない大きな理由の一つに、学校の歴史教育で積極的に取り扱わないことが挙げられる。

歴史の教科書には文部科学省の検定があり、学習指導要領などへの記載もないため、人々は加害の歴史を「知る機会」がなかなかないというのが現状でもある。 

日本での歴史の授業では、731部隊を含む加害の歴史について、詳しく習うことはない。教科書にも731部隊や人体実験についてはほとんど記載されていない。

加藤さんは、現状の歴史教育や教科書への記載について、以下のように説明した。 

「大学などでは、731部隊の人体実験についての講義を行うことができますが、中学などの教科書に記載する事項としては、まだ研究が十分でないとされています」

歴史教科書への731部隊の記載をめぐっては、過去に裁判も起きている。

歴史学者である家永三郎らが執筆した歴史教科書『新日本史』について、1983年の教科書検定の当局は、731部隊についての記述を削除するよう命じた。

これに対し家永三郎は、教科書検定は検閲にあたり、憲法違反だと訴えた。世に言う「家永教科書裁判」である。

30年余り続いた一連の裁判は家永側の敗訴で終わったが、731部隊に関する記述の検定内容などについては、一部家永側の主張が認められた。 

『論争731部隊』(松村高夫編、晩聲社、1994年)によると、削除を命じられた一文は、日中戦争についての記述の脚注での以下の内容だ。

またハルビン郊外に七三一部隊と称する細菌戦部隊を設け、数千人の中国人を主とする外国人を捕らえて生体実験を加えて殺すような残虐な作業をソ連の開戦にいたるまで数年にわたってつづけた

検定当局は「現時点ではまだ信用にたえうる学問的研究、論文ないし著書などが発表されていない」とし、教科書への掲載は時期尚早だとした。

松村さんは著書で、検定が行われた頃には「すでに家永が教科書に記述した程度のことは十分明らかだった」と指摘している。 

現在も日本の学校教育では731部隊に触れる機会は極めて少ないが、中国では歴史教育の中で教えられている。

731部隊の施設があったハルビン市平房には、「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」という博物館もある。

加藤さんは、加害の歴史をから目を背ける日本政府の姿勢について、こう指摘する。

「この姿勢は731部隊の問題だけではなく、従軍慰安婦や南京事件についてもそうです。日本政府は戦後、加害の歴史について反省をしなかった。ここがナチスによる加害を認め、反省したドイツと日本の違いです

中国のハルビンにある731部隊についての博物館「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」中国のハルビンにある731部隊についての博物館「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」

なぜ731部隊は長い間、語られなかったのか。戦争裁判での扱いは

戦後、なぜ『悪魔の飽食』が話題になるまで731部隊が問題にならなかったのか。その背景が、加藤さんの主な研究テーマでもある。

「研究などでも明らかにされているように、初めは『隠蔽』、そして部隊関係者らの『免責』という過去がありました。日本は戦後、人体実験の事実についてアメリカ側に隠し通そうとするが、隠しきれなくなり、データをアメリカに提供することで、東京裁判で裁かれることを免れたという背景があります」 

「東京裁判」として知られる、日本の戦前・戦中の指導者の戦争犯罪について審理した「極東国際軍事裁判」では、731部隊関係者は裁かれていない。

731部隊が旧満州から引き揚げる際、隊員たちは、①部隊について隠し口外しない、②公職に就かない、③隊員同士連絡を取らない、という3つのことについて死守するよう伝えられていた。

指示に従い、多くの隊員は戦後も731部隊での出来事について口外することなく余生を送った。

しかし、公職に就かないという点については、特に研究職にあった技師などは、戦後に国立大学や公立病院などで職を得て、高い地位に上りつめた者もいた。

731部隊関係者らが「免責」され、その後、日本の医療医学や大学、医薬産業などで「復権」していった様子については、加藤さんの著書『「飽食した悪魔」の戦後』、『731部隊と戦後日本』などにまとめられている。

ドラマ、731部隊について知る「きっかけ」に

私たちは、「京城クリーチャー」というドラマをどう受け止め、どう考えれば良いのか。

731部隊の研究者という視点から、加藤さんは次のように話す。

「日本人にも、海外の人にも、731部隊について考えるきっかけになったと思います。ドラマを入り口にして、本当はどうだったんだろうか。731部隊とはなんだったんだろうかということを、ぜひ考えて、学んでほしいです

(取材・文=冨田すみれ子)

<参考文献>

『悪魔の飽食』森村誠一(光文社、1981年)

『論争731部隊』松村高夫編(晩聲社、1994年)

『「飽食した悪魔」の戦後』加藤哲郎(花伝社、2017年)

『731部隊と戦後日本』加藤哲郎(花伝社、2018年)

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Source: HuffPost