2021
08.26

アフガニスタン撤退は、バイデンの「英断」だった

国際ニュースまとめ

<「永遠の戦争」を続ける必要はない。アメリカは中国や温暖化などの、戦略課題にシフトするべき時だ> タリバンの攻勢を前にアフガニスタン政府軍はひとたまりもなく敗走し、アシュラフ・ガニ大統領はそそくさと国外に逃亡。残された市民は空港に殺到し、離陸する米軍機にしがみついて死者まで出る騒ぎに──。 こうした光景を目の当たりにして世界中のメディアが抗議の声を上げ、ジョー・バイデン米大統領は轟々たる非難の矢面に立たされた。 アメリカはアフガニスタンを失い、メンツも失った。「いざというとき頼りにならない国」として同盟国の不信を買い、バイデン政権は深刻な痛手を受けた。タリバン政権の復活はアフガニスタンの人々を苦しめるばかりか、世界を再びテロの脅威にさらす危険もある。 近年ではアフガニスタン駐留米軍の人的被害はごくわずかだったことを考えると、米軍撤収は明らかにコストが便益を上回る「まずい判断」だ。 だが待ってほしい。このロジックは米軍駐留の副次的な側面ばかり見て、より大きな戦略的構図を見失っている。 バイデンはアメリカの「永遠の戦争」に終止符を打った。これは国家安全保障戦略を練り直し、「テロの脅威」から今日の重要な戦略的課題である「中国、ロシア、イランの脅威」に資源をシフトするための決断だ。 アフガニスタンでの壮大な無駄遣い そもそもアフガニスタンに1世代のアメリカ人の生命と1兆ドル超の予算をつぎ込むことは、生命財産の壮大なる無駄遣いだったのだ。 過去20年間、「グローバルな対テロ戦争」という概念的な枠組みがアメリカの外交・軍事政策を形作ってきた。2001年1月に大統領に就任したジョージ・W・ブッシュはテロの脅威をさほど重視していなかったが、この年の9月11日、国際テロ組織アルカイダがニューヨークの世界貿易センタービルと首都ワシントン郊外の国防総省を攻撃すると、この攻撃そのものではなく、それに対するアメリカの反応が世界を変えた。 以後、9.11テロへの報復がブッシュの最優先課題となる。1996年からアフガニスタンを支配し、アルカイダのメンバーをかくまっていたタリバンに、米政府は以前からアルカイダの指導者であるウサマ・ビンラディンの身柄引き渡しを要求していた。だが9.11の勃発でもはや交渉の余地はないと判断。米軍はアフガニスタンに侵攻した。 目的はアルカイダをつぶし、ビンラディンを逮捕すること。そしてアルカイダの味方であるタリバンを一掃し、テロの温床と化したアフガニスタンを立て直すことだった。侵攻作戦は目覚ましい成果を上げたが、アメリカがビンラディンを見つけて殺すまでには10年の歳月を要した。 ===== バイデンは米軍撤収の計画は変わらないと断言した ELIZABETH FRANTZーREUTERS アフガニスタンには欧米寄りの新政権が誕生したが、米政府は米軍撤収後にタリバンとアルカイダの残党が再び勢力を拡大することを警戒した。 実際、敗走したタリバンは、国境のパキスタン側の山岳地帯に逃れて態勢を立て直した。パキスタン政府から資金や武器の援助も受けていた。 80年代にソ連がアフガニスタンに侵攻していたとき、パキスタンはCIAから資金を得て、アフガニスタンの武装勢力であるムジャヒディン(イスラム戦士)たちを支援していた。 パキスタンは、当初はムジャヒディン、94年以降はタリバンを利用してアフガニスタンに影響を及ぼそうとした。米軍のアフガニスタン侵攻後も、米側の抗議を無視してタリバン支援を続けた。 グローバルな対テロ戦争が想定していたのは、イスラム過激派のテロ組織は全て共通のイデオロギーと世界戦略で結ばれたネットワークを形成していて、その頂点にビンラディンとアルカイダが君臨している、という構図だ。米情報機関は世界の80以上の国と地域にアルカイダの支部があると警告していた。 これは誤りだった。アルカイダの永続的な組織が存在するのは6カ国のみ。ジハーディスト(聖戦主義者)は共通のイデオロギーはあるが、多くは世界戦略ではなく、地域の勢力争いに没頭している。 「文明の衝突」という考えの誤り 対テロ戦争にはまた、ジハーディストが自由主義の国々を攻撃するのは「私たち(自由主義の国々)の在り方が気に食わないからだ」という前提があった。そこから、これは「文明の衝突」だという考え方が生まれた。 だがジハーディストを突き動かすのは「私たちの在り方」ではなく「私たちがやること」だ。 彼らの多くは、米軍のアフガニスタン占領など特定の行為や状況に抵抗している。つまり、彼らは「反乱分子」であってテロリストではない。タリバンは反乱軍だが、米政府はテロ組織と見なしてきた。 アメリカは、9.11テロの首謀者であり、アルカイダの指導者であるビンラディンが潜伏するアフガニスタンに侵攻した。ところが、ビンラディンをかくまっているタリバン政権のことはすぐに倒せたが、ビンラディン自身がなかなか見つからない。 このためアメリカのミッションは、タリバンの権力奪回を防ぐことへとシフトした。そのために、新生アフガニスタンの政府や警察を強化する「国家建設」が欠かせないと考えるようになった。 ===== だが、米軍幹部と情報関係者らは、野に下ったタリバンの反乱に対して軍事的勝利を収めることは不可能だと、当初から分析していた。同時に、アフガニスタン政府は救いようがなく腐敗しており、アメリカの支援がなければ存続できないと評価していた。 バラク・オバマ大統領(当時)は、08年の就任早々にそれを認識した。副大統領だったバイデンも同じだ。そこでオバマは、駐留米軍を一旦は縮小した。だが、「テロとの戦い」という看板を下ろす政治的コストや、アメリカは「負けた」とレッテルを貼られる可能性から、完全撤収には尻込みした。ドナルド・トランプ前大統領もそうだった。 アフガニスタンにとどまるか、それとも撤収するか。この問題を考えるとき、アメリカの政策立案者らが一番に問わなければならなかったのは、そもそもアフガニスタンにおけるアメリカの重大な国益は何か、だ。テロとの戦いか。戦略的な外交政策か。それを考えれば、おのずとアメリカがアフガニスタンに関与する理由は大きく失われる。 アメリカの国益は傷つかない バイデンは、アメリカがもはやアフガニスタンに重大な国益を持たないと判断した。たとえタリバンが権力を奪還しても、アメリカの重大な国益は傷つかない。タリバンの目的は、アフガニスタンからアメリカを排除することだからだ。 アメリカの国家資源を、アフガニスタンの人々を守り、「アフガニスタンにおけるテロとの戦い」にささげ続ければ、「アメリカのテロとの戦い」への資源配分がゆがめられ、アメリカの戦略的課題に対処する能力が低下する。 現在のアメリカの戦略的課題とは、大国の仲間入りを果たして攻撃的な姿勢を強める中国や、依然として敵対的なロシア、中東を不安定化するイラン、人類の存続を脅かす地球温暖化、そしてアメリカの安定と民主主義を脅かす国内の政治社会問題だ。 米軍の撤収が終了すれば、アフガニスタンを取り巻く力学は変わっていく。アメリカは、テロとの戦いを手伝うと言いつつ、ひそかにタリバンを支援してきたパキスタンと距離を置き、インドとの関係を深化させるだろう。 イランとロシアと中国は、泥沼にはまるアメリカを積極的に傍観する戦略から、パイプラインや「一帯一路」ハイウエーを建設するなど、アフガニスタンの天然資源と地理を利用することに力を入れるようになる。 ===== アフガニスタンの全ての近隣諸国は、タリバンと良好な関係を築こうとするだろう。ただし、アフガニスタンを脆弱で操りやすい国に維持し、テロを輸出したり、過激なイデオロギーを輸出したりしないように目を光らせる。 タリバンの本質が変わっていなければ、彼らはアフガニスタンの国内問題に集中する政治をするはずだ。かつて国際テロリストをかくまったせいで、権力を奪われた苦い経験から、再び同じようなことをする可能性は当面は低い。彼らの本質はテロリストではなく、宗教的原理主義者だ。 米軍の撤収さえ終わっていないのに、大統領や政府軍が早々に逃走したことは、3800万人のアフガニスタン人にとっては悲劇だ。だが、バイデンはアメリカの大統領であり、彼の責任はアメリカの国益を守ることだ。 なにより重要なことに、アフガニスタン撤収は、アメリカの政策立案者と大衆に、アメリカの国家安全保障を真に脅かすものは何かを見極めることを可能にするだろう。 ろくな計画もない「テロとの戦い」の20年間で、世界全体で80万1000人が命を落とし(このうち33万5000人が民間人)、3800万人の難民が生まれ、アメリカは6兆4000億ドル以上の資金と人命を浪費した。 アメリカは今、想像上のテロの脅威に基づき、国家安全保障を考える必要はなくなった。遠く離れた、はっきり言って、重要ではない国アフガニスタンを安定させようと必死になる必要は、もうない。 バイデンは困難だが、正しい決断を下したのだ。

Source:Newsweek
アフガニスタン撤退は、バイデンの「英断」だった