08.13
生きた動物や人間から毛を失敬 シジュウカラの大胆不敵な犯行
<巣作りに利用。わざわざむしり取るのには理由があるようで……> 鳥の巣をよく観察すると、材料に動物の毛が紛れ込んでいることがある。実は意図的に哺乳類の毛を使っている場合があり、こうした例は多くの鳥類の系統でみられるものだ。巣を保温する効果を持ち、とくに寒冷地においてヒナの生存率を高める効果があると考えられている。 その入手経路は完全に解明されているわけではないが、過去の研究においては環境中に落ちている抜け毛や動物の死骸から回収するという考え方が示されてきた。ところが最近、生態学の研究者がみずから目撃した事例により、生きた動物から毛を抜き取っている可能性が浮上。調査を進めた結果、同様の事例が稀ながら各地で起きていることが判明した。 このめずらしい事例をアメリカで目撃したのは、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校で環境科学を研究するジェフェリー・ブラウン教授たちの一行だ。米中東部イリノイ州の国立公園内で野鳥の個体数調査を行っていたところ、木の上の地表約3メートルの位置で寝ているアライグマを発見した。その周囲にはシジュウカラが飛んでおり、2〜3分かけて徐々にアライグマに接近すると、毛をついばみはじめたという。シジュウカラは4分ほどのあいだにアライグマから20本以上の体毛を抜き、それをくわえたまま飛び去っていった。 興味をもったブラウン教授たちは、過去の研究や映像資料などの分析に着手した。すると、シジュウカラなど一部の鳥が生きた動物から毛を抜く習慣があることが明らかになった。この行動は以前から限定的に確認されており、ギリシャ語で「毛を盗む」を意味する「クレプトトリシー」という学術的な名前が付けられている。ブラウン教授はより幅広い事例を収集し、同校で進化生態学を研究するマーク・ハウバー教授らとの共著で論文にまとめた。論文は7月下旬、学術誌『エコロジー』に掲載されている。 リスク高い行為 「確実に命を危険に」 数倍の体格差がある動物から毛を何度もむしり取るという行動は、非常にリスクが高い。イリノイ大学が発表したニュースリリースのなかでブラウン教授は、「しかし私が見たシジュウカラは、生きた動物から毛をむしっていたのです」「ツメもキバもある生きたアライグマからです」と述べ、驚きをあらわにしている。 共著者のハウバー教授も、同様の所感を抱いたようだ。カナダ放送協会のラジオ番組『アズ・イット・ハプンズ』に出演し、「口を開けたクロコダイルのなかを歩き回る鳥や、危険を冒してキリンの体に登る鳥などのことを思い出しました」「その行動で確実に命を危険にさらしています」と語っている。 教授が挙げた例は共生関係だ。ワニチドリとも呼ばれるナイルチドリは、ワニの歯に挟まった食べかすを漁り、歯の掃除屋としての役割を果たす。スズメ目のアカハシウシツツキはキリンなど草食動物に取りつき、有害な虫やダニなどを捕食している。 しかし、シジュウカラに毛を奪われたところで、アライグマ側には何のメリットもない。ハウバー教授はカナダ放送協会に対し、シラミかダニを取っているようにはみえないため、「被害者」側にはなんの得もないと説明している。 ===== ヒナのため暖かく安全な巣を…… それでは、なぜシジュウカラはリスクを冒してまで、生きた動物から体毛を集めるのだろうか? 理由のひとつは断熱性能だ。哺乳類の毛を使うことでヒナたちの体温を保ち、無事に巣立てる可能性が向上する。しかし、これだけでは危険を冒す理由づけとして不完全だ。地面に落ちている古い体毛を使えばはるかにリスクが低いからだ。ブラウン教授は、もうひとつ重大な効果があるはずだと推測する。 教授が注目するのは、新鮮な体毛が持つにおいだ。一例として野鳥のオオヒタキモドキは、ヘビの抜け殻を巣に持ち込む習性をもつ。捕食者であるヘビのにおいを利用し、外敵を寄せつけないためだ。また、南アフリカに分布するアトリ科の小鳥の一部は、天敵のフンを巣に持ち込むことで同様の効果を得ている。シジュウカラについても、アライグマの体臭を利用して外敵を遠ざけている可能性がありそうだ。 もう1点、未確定ながら、寄生虫からの保護効果も指摘されている。米サイエンス・アラート誌は、一部の鳥類が防虫効果を持つ植物を巣に敷いていると紹介している。哺乳類の毛に同様の効果があるかは未解明だが、研究チームとしてもこうした例を含め、シジュウカラが複数のメリットを享受しているものとみている。 動画サイトが研究に貢献 野鳥が毛を盗むという行動は、これまでにも少ないながら目撃例があった。アメリカで数例が確認されているほか、オーストラリアでは花の蜜を吸って生きる野鳥のミツスイがコアラの体毛を拝借している。研究チームは調査にあたり、論文に著された事例をほかにも収集しようとしたが、その数は限定的だった。 意外にも研究を進展させたのは、ごくふつうの人々や野鳥愛好家などが撮影した動画であった。研究チームがYouTubeを検索すると、学術論文データベースから見つかった事例の9倍もの数をすぐに収集できたという。エサに夢中のアライグマの背中を狙う小鳥や、ウッドデッキで寝ているペットの犬から大量の毛をむしり取る野鳥の姿などが確認されている。大量の動画が集まる動画サイトは、研究のデータベースとしても打って付けだったようだ。 事例のなかには、人間がターゲットになっているものもあった。科学ニュースサイトのPhys.org(https://phys.org/news/2021-07-birds-hair-mammals.html)が取り上げた動画には、明らかに起きている女性の頭を狙う恐れ知らずの小鳥が収められている。初めは鳥との触れ合いを楽しんでいた女性も、何度も何度も毛を抜かれると痛みが勝つようになり、「もう十分取れた?」「私の毛が……」「部分的にハゲてしまいそう」と、動画を収録しながらも困惑した様子をみせている。 卵から孵るヒナのために暖かい巣を用意しようと、鳥たちも必死なのかもしれない。
Source:Newsweek
生きた動物や人間から毛を失敬 シジュウカラの大胆不敵な犯行